9 / 168
ひな鳥
しおりを挟む
あれはいつの頃だっただろう。
「どうしたの、アデライン」
「これ・・・この子が、落ちてたの・・・」
「・・・」
セスは黙って目の前の大木を見上げる。
「・・・あそこに巣があるね。その雛はあそこから落ちたみたいだ」
「まだ生きてるの。お腹空いたって鳴いてる・・・。戻してあげないと」
「・・・無理だよ」
「え・・・?」
あっさりと返された否定の言葉に、頭が真っ白になった。
掌の上でピーピーと鳴いている雛の声だけが、やけに耳につく。
「野生の鳥はもの凄く警戒心が強いんだ。巣から落ちて他の匂いがついた雛は、たとえ巣に戻しても親鳥から世話をしてもらえない」
「そ、んな・・・じゃあこの子は・・,」
「巣に戻しても、放置されて死ぬだろうね」
「親鳥がいるのに・・・?」
そう呟いて、目の前の雛をじっと見つめる。
気がつけば、ぽつりと本心が漏れていた。
「・・・同じね」
私と。
「アデル・・・」
掌の上の雛を見て、急に惨めな気分になった。
涙が溢れそうになった。
まだ、生きてるのに。
すぐそこに、親がいるのに。
雛を乗せていた掌を、ふわりとセスの両手で包まれる。
見上げると、セスがにっこりと微笑んでいた。
「大丈夫。君には僕がいる。そしてこの子には僕と君がいるでしょ?」
「え・・・?」
「僕たちでこの子の世話をしよう。大丈夫。きっと使用人の誰かが育て方を知ってるよ。教えてもらった通りにやれば、この子もちゃんと育つから」
驚いて、溢れそうだった涙が引っ込んでしまう。
でも何も言えなくて、ただ目の前に立つ優しい義弟をじっと見つめていたら。
「おいで」
腕を引っ張られた。
「馬小屋に行こう。干し草をもらって、即席の巣を作るんだ。エサのこととかは・・・誰かに聞かないと分からないけど」
私たちで・・・育てる。
この子を、育てる。
ううん、その前に、セスは何て言った?
--- 大丈夫。君には僕がいる。そしてこの子には僕と君がいる ---
その言葉を、頭の中で繰り返す。
大丈夫。君には僕がいる。
君には僕がいる。
私には、セスがいる。
私には、セスが。
不思議と心が落ち着いた。
馬小屋に向かって歩くセスの後ろ姿を、アデラインがじっと見つめる。
セス。私の義弟。私の・・・仮の婚約者。
父によって本当の両親から引き離され、命令で私の婚約者にさせられた可哀想な義弟。
なのに文句ひとつ言わずに、いつも私に優しくしてくれる人。
父に見捨てられた私の傍に、いつも居てくれる人。
貴方は、きっとたくさんの我慢を強いられているだろう。それも私のせいで。
なのに貴方はこんなにも優しい。・・・出会ったときから、ううん、いつだって。
ごめんね、セス。
貴方は優しいから、実の父さえ無関心を貫く無価値な私を放ってはおけない。
私のせいで、優しいご両親から、そして大好きな兄弟たちから引き離されてしまったのに。
それが分かっているのに、気がつけば私は貴方に甘えているの。
ごめんね、セス。
今だけ。
今だけでいいから貴方の側にいさせて。
必ず放してあげる。
好きな人が出来た時には必ず。
貴方が人生を共に過ごしたいと思った人は、決して貴方から引き離させはしない、そんなことは絶対にさせないから。
だから。
約束のように唱える言葉が口を吐く。
これでもう少し傍にいられると、言い訳のように紡ぐ呪文。
「セスみたいに優しい人は他にいないわ。きっと素敵な方を見つけて幸せになってね。絶対よ?」
「・・・」
困ったようにセスは微笑む。
大丈夫。
もう二度と、自分に愛される価値があるなんて思い上がったりはしない。
だから安心していてね。
その時が来たら、必ずこの手を放すから。
「どうしたの、アデライン」
「これ・・・この子が、落ちてたの・・・」
「・・・」
セスは黙って目の前の大木を見上げる。
「・・・あそこに巣があるね。その雛はあそこから落ちたみたいだ」
「まだ生きてるの。お腹空いたって鳴いてる・・・。戻してあげないと」
「・・・無理だよ」
「え・・・?」
あっさりと返された否定の言葉に、頭が真っ白になった。
掌の上でピーピーと鳴いている雛の声だけが、やけに耳につく。
「野生の鳥はもの凄く警戒心が強いんだ。巣から落ちて他の匂いがついた雛は、たとえ巣に戻しても親鳥から世話をしてもらえない」
「そ、んな・・・じゃあこの子は・・,」
「巣に戻しても、放置されて死ぬだろうね」
「親鳥がいるのに・・・?」
そう呟いて、目の前の雛をじっと見つめる。
気がつけば、ぽつりと本心が漏れていた。
「・・・同じね」
私と。
「アデル・・・」
掌の上の雛を見て、急に惨めな気分になった。
涙が溢れそうになった。
まだ、生きてるのに。
すぐそこに、親がいるのに。
雛を乗せていた掌を、ふわりとセスの両手で包まれる。
見上げると、セスがにっこりと微笑んでいた。
「大丈夫。君には僕がいる。そしてこの子には僕と君がいるでしょ?」
「え・・・?」
「僕たちでこの子の世話をしよう。大丈夫。きっと使用人の誰かが育て方を知ってるよ。教えてもらった通りにやれば、この子もちゃんと育つから」
驚いて、溢れそうだった涙が引っ込んでしまう。
でも何も言えなくて、ただ目の前に立つ優しい義弟をじっと見つめていたら。
「おいで」
腕を引っ張られた。
「馬小屋に行こう。干し草をもらって、即席の巣を作るんだ。エサのこととかは・・・誰かに聞かないと分からないけど」
私たちで・・・育てる。
この子を、育てる。
ううん、その前に、セスは何て言った?
--- 大丈夫。君には僕がいる。そしてこの子には僕と君がいる ---
その言葉を、頭の中で繰り返す。
大丈夫。君には僕がいる。
君には僕がいる。
私には、セスがいる。
私には、セスが。
不思議と心が落ち着いた。
馬小屋に向かって歩くセスの後ろ姿を、アデラインがじっと見つめる。
セス。私の義弟。私の・・・仮の婚約者。
父によって本当の両親から引き離され、命令で私の婚約者にさせられた可哀想な義弟。
なのに文句ひとつ言わずに、いつも私に優しくしてくれる人。
父に見捨てられた私の傍に、いつも居てくれる人。
貴方は、きっとたくさんの我慢を強いられているだろう。それも私のせいで。
なのに貴方はこんなにも優しい。・・・出会ったときから、ううん、いつだって。
ごめんね、セス。
貴方は優しいから、実の父さえ無関心を貫く無価値な私を放ってはおけない。
私のせいで、優しいご両親から、そして大好きな兄弟たちから引き離されてしまったのに。
それが分かっているのに、気がつけば私は貴方に甘えているの。
ごめんね、セス。
今だけ。
今だけでいいから貴方の側にいさせて。
必ず放してあげる。
好きな人が出来た時には必ず。
貴方が人生を共に過ごしたいと思った人は、決して貴方から引き離させはしない、そんなことは絶対にさせないから。
だから。
約束のように唱える言葉が口を吐く。
これでもう少し傍にいられると、言い訳のように紡ぐ呪文。
「セスみたいに優しい人は他にいないわ。きっと素敵な方を見つけて幸せになってね。絶対よ?」
「・・・」
困ったようにセスは微笑む。
大丈夫。
もう二度と、自分に愛される価値があるなんて思い上がったりはしない。
だから安心していてね。
その時が来たら、必ずこの手を放すから。
1
お気に入りに追加
388
あなたにおすすめの小説
挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました
結城芙由奈
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】
今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。
「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」
そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。
そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。
けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。
その真意を知った時、私は―。
※暫く鬱展開が続きます
※他サイトでも投稿中
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
【完】愛していますよ。だから幸せになってくださいね!
さこの
恋愛
「僕の事愛してる?」
「はい、愛しています」
「ごめん。僕は……婚約が決まりそうなんだ、何度も何度も説得しようと試みたけれど、本当にごめん」
「はい。その件はお聞きしました。どうかお幸せになってください」
「え……?」
「さようなら、どうかお元気で」
愛しているから身を引きます。
*全22話【執筆済み】です( .ˬ.)"
ホットランキング入りありがとうございます
2021/09/12
※頂いた感想欄にはネタバレが含まれていますので、ご覧の際にはお気をつけください!
2021/09/20
【完結済】政略結婚予定の婚約者同士である私たちの間に、愛なんてあるはずがありません!……よね?
鳴宮野々花@軍神騎士団長1月15日発売
恋愛
「どうせ互いに望まぬ政略結婚だ。結婚までは好きな男のことを自由に想い続けていればいい」「……あらそう。分かったわ」婚約が決まって以来初めて会った王立学園の入学式の日、私グレース・エイヴリー侯爵令嬢の婚約者となったレイモンド・ベイツ公爵令息は軽く笑ってあっさりとそう言った。仲良くやっていきたい気持ちはあったけど、なぜだか私は昔からレイモンドには嫌われていた。
そっちがそのつもりならまぁ仕方ない、と割り切る私。だけど学園生活を過ごすうちに少しずつ二人の関係が変わりはじめ……
※※ファンタジーなご都合主義の世界観でお送りする学園もののお話です。史実に照らし合わせたりすると「??」となりますので、どうぞ広い心でお読みくださいませ。
※※大したざまぁはない予定です。気持ちがすれ違ってしまっている二人のラブストーリーです。
※この作品は小説家になろうにも投稿しています。
本日、私の大好きな幼馴染が大切な姉と結婚式を挙げます
結城芙由奈
恋愛
本日、私は大切な人達を2人同時に失います
<子供の頃から大好きだった幼馴染が恋する女性は私の5歳年上の姉でした。>
両親を亡くし、私を養ってくれた大切な姉に幸せになって貰いたい・・・そう願っていたのに姉は結婚を約束していた彼を事故で失ってしまった。悲しみに打ちひしがれる姉に寄り添う私の大好きな幼馴染。彼は決して私に振り向いてくれる事は無い。だから私は彼と姉が結ばれる事を願い、ついに2人は恋人同士になり、本日姉と幼馴染は結婚する。そしてそれは私が大切な2人を同時に失う日でもあった―。
※ 本編完結済。他視点での話、継続中。
※ 「カクヨム」「小説家になろう」にも掲載しています
※ 河口直人偏から少し大人向けの内容になります
新しい人生を貴方と
緑谷めい
恋愛
私は公爵家令嬢ジェンマ・アマート。17歳。
突然、マリウス王太子殿下との婚約が白紙になった。あちらから婚約解消の申し入れをされたのだ。理由は王太子殿下にリリアという想い人ができたこと。
2ヵ月後、父は私に縁談を持って来た。お相手は有能なイケメン財務大臣コルトー侯爵。ただし、私より13歳年上で婚姻歴があり8歳の息子もいるという。
* 主人公は寛容です。王太子殿下に仕返しを考えたりはしません。
身代わり婚~暴君と呼ばれる辺境伯に拒絶された仮初の花嫁
結城芙由奈
恋愛
【決してご迷惑はお掛けしません。どうか私をここに置いて頂けませんか?】
妾腹の娘として厄介者扱いを受けていたアリアドネは姉の身代わりとして暴君として名高い辺境伯に嫁がされる。結婚すれば幸せになれるかもしれないと淡い期待を抱いていたのも束の間。望まぬ花嫁を押し付けられたとして夫となるべく辺境伯に初対面で冷たい言葉を投げつけらた。さらに城から追い出されそうになるものの、ある人物に救われて下働きとして置いてもらえる事になるのだった―。
探さないでください。旦那様は私がお嫌いでしょう?
雪塚 ゆず
恋愛
結婚してから早一年。
最強の魔術師と呼ばれる旦那様と結婚しましたが、まったく私を愛してくれません。
ある日、女性とのやりとりであろう手紙まで見つけてしまいました。
もう限界です。
探さないでください、と書いて、私は家を飛び出しました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる