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義弟
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「十五歳おめでとう。義姉さん」
背後からかけられた声にアデラインが振り返る。
「・・・ありがとう、セス。でも『義姉さん』はやめてちょうだい。明後日には貴方も十五になるのよ」
「だから呼ぶんだよ。義姉さんが僕より年上になるのはこの二日間だけ。明後日にはまた同い年になるからね」
そう言ってセスは笑った。
ただでさえ整った美しい顔立ちが、笑うと余計にきらきらと眩しく見える。
「明日のパーティで見つかるといいわね。貴方に相応しいお相手が」
「どうかな」
セスが肩をすくめる。
「僕は別に見つからなくても構わないけどね。その時は義姉さんに、もう少し役を続けてもらえばいいんだから」
「もうセスったら、またそんな事を言って」
アデラインは腰に手を当て、セスを睨むように見上げた、
「いい加減、相応しい相手を見つけるべきだわ。貴方はノッガー家の跡取りなのよ?」
「・・・正当な後継者は義姉さんだよ? 侯爵家の血をひく実の娘なんだから」
「わたくしはいいの。結婚して子どもを産み育てる事に幸せを覚える人が貴方の妻になるべきだわ。次期侯爵夫人の座もね」
「・・・僕は、よく知りもしない人と結婚するよりは、義姉さんを妻とする方がよっぽど気が楽なんだけどね」
「セス」
最近、自分の背を追い越した義弟の頬を両手でぐっと抑え込む。
両頬がむぎゅ、と押しつぶされたが、セスは大人しくされるがままになっている。
男の子は、ちょっと目を離すとすぐに大きくなってしまうのね。
そんな、この場とは何の関係もない言葉が頭に浮かび、だがすぐにそれを頭の端に追いやった。
「いいこと? セス」
いつもは義姉と呼ばれることを嫌がるアデラインだったが、今だけは年上ぶるつもりらしい。
自分よりも背の高い義弟を見上げながら、少しばかり大人びた口調を心がけた。
「貴方もよく知っているでしょう? わたくしは愛だの恋だのを信じないの。そんな感情に振り回されるのも、それを信じて裏切られるのも嫌なのよ」
「・・・アデル」
普段の呼称が、セスの口を突いて出る。
アデラインは、にっこりと微笑んだ。
「幸い、お父さまはこの侯爵家が存続できるのであれば、わたくしが嫁ごうと嫁ぐまいと気にもしないわ。どうしても、と命令されれば政略結婚をする可能性はあるけれど、そうなったら我慢するしかないと思ってる。出来れば働きに出たいけれどね」
「政略結婚だったら、僕でいいじゃないか」
「勿論、いいと思ってるわよ? だから今、貴方の仮の婚約者を務めてるんじゃないの」
アデラインは抑えていた手で、むぎゅむぎゅとセスの頬をつまみ始めた。
「・・・痛いよ、アデル」
「あら、ごめんなさい? だけどね、セス。貴方には幸せになってもらいたいの」
両手でつままれ、面白い形に変形しているセスの顔は、それでも麗しさがさほど損なわれないから不思議なものだ。
セスの鳶色の瞳はいつ見ても優しい色をしている。
アデラインはその柔らかな色をじっと覗き込んだ。
この瞳の色が、アデラインはとてもとても好きだった。
「ねえ、セス。きっと貴方は優しくて素敵な夫になるわ。そんな貴方の隣には、穏やかで家庭的で愛らしい奥さまが相応しい・・・だから素敵な方が見つかるといい、そう心から思っているの」
「アデル・・・」
困ったように眉を寄せるセスに、ふ、と笑いかけ、抑えていた両手を離す。
「まあ、ご令嬢方に大人気の貴方なら選び放題でしょうから、あまり心配はしていないけれど」
自分の部屋のある方向へと足を向け、それから思い出したように振り返る。
「気に入った子が見つかったらいつでも言ってちょうだい。すぐにお父さまに婚約を解消するように言ってあげるから」
「・・・ああ」
去っていく後ろ姿を見つめながら、さっきまでアデラインに抓まれていた頬に手を当て、指先でそっとなぞった。
「本当・・・痛いよ、アデル」
背後からかけられた声にアデラインが振り返る。
「・・・ありがとう、セス。でも『義姉さん』はやめてちょうだい。明後日には貴方も十五になるのよ」
「だから呼ぶんだよ。義姉さんが僕より年上になるのはこの二日間だけ。明後日にはまた同い年になるからね」
そう言ってセスは笑った。
ただでさえ整った美しい顔立ちが、笑うと余計にきらきらと眩しく見える。
「明日のパーティで見つかるといいわね。貴方に相応しいお相手が」
「どうかな」
セスが肩をすくめる。
「僕は別に見つからなくても構わないけどね。その時は義姉さんに、もう少し役を続けてもらえばいいんだから」
「もうセスったら、またそんな事を言って」
アデラインは腰に手を当て、セスを睨むように見上げた、
「いい加減、相応しい相手を見つけるべきだわ。貴方はノッガー家の跡取りなのよ?」
「・・・正当な後継者は義姉さんだよ? 侯爵家の血をひく実の娘なんだから」
「わたくしはいいの。結婚して子どもを産み育てる事に幸せを覚える人が貴方の妻になるべきだわ。次期侯爵夫人の座もね」
「・・・僕は、よく知りもしない人と結婚するよりは、義姉さんを妻とする方がよっぽど気が楽なんだけどね」
「セス」
最近、自分の背を追い越した義弟の頬を両手でぐっと抑え込む。
両頬がむぎゅ、と押しつぶされたが、セスは大人しくされるがままになっている。
男の子は、ちょっと目を離すとすぐに大きくなってしまうのね。
そんな、この場とは何の関係もない言葉が頭に浮かび、だがすぐにそれを頭の端に追いやった。
「いいこと? セス」
いつもは義姉と呼ばれることを嫌がるアデラインだったが、今だけは年上ぶるつもりらしい。
自分よりも背の高い義弟を見上げながら、少しばかり大人びた口調を心がけた。
「貴方もよく知っているでしょう? わたくしは愛だの恋だのを信じないの。そんな感情に振り回されるのも、それを信じて裏切られるのも嫌なのよ」
「・・・アデル」
普段の呼称が、セスの口を突いて出る。
アデラインは、にっこりと微笑んだ。
「幸い、お父さまはこの侯爵家が存続できるのであれば、わたくしが嫁ごうと嫁ぐまいと気にもしないわ。どうしても、と命令されれば政略結婚をする可能性はあるけれど、そうなったら我慢するしかないと思ってる。出来れば働きに出たいけれどね」
「政略結婚だったら、僕でいいじゃないか」
「勿論、いいと思ってるわよ? だから今、貴方の仮の婚約者を務めてるんじゃないの」
アデラインは抑えていた手で、むぎゅむぎゅとセスの頬をつまみ始めた。
「・・・痛いよ、アデル」
「あら、ごめんなさい? だけどね、セス。貴方には幸せになってもらいたいの」
両手でつままれ、面白い形に変形しているセスの顔は、それでも麗しさがさほど損なわれないから不思議なものだ。
セスの鳶色の瞳はいつ見ても優しい色をしている。
アデラインはその柔らかな色をじっと覗き込んだ。
この瞳の色が、アデラインはとてもとても好きだった。
「ねえ、セス。きっと貴方は優しくて素敵な夫になるわ。そんな貴方の隣には、穏やかで家庭的で愛らしい奥さまが相応しい・・・だから素敵な方が見つかるといい、そう心から思っているの」
「アデル・・・」
困ったように眉を寄せるセスに、ふ、と笑いかけ、抑えていた両手を離す。
「まあ、ご令嬢方に大人気の貴方なら選び放題でしょうから、あまり心配はしていないけれど」
自分の部屋のある方向へと足を向け、それから思い出したように振り返る。
「気に入った子が見つかったらいつでも言ってちょうだい。すぐにお父さまに婚約を解消するように言ってあげるから」
「・・・ああ」
去っていく後ろ姿を見つめながら、さっきまでアデラインに抓まれていた頬に手を当て、指先でそっとなぞった。
「本当・・・痛いよ、アデル」
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