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ぴったりの場所
しおりを挟むヨバネスから伝言を受け取ったアーロンは、その後時間を作って北の塔に行き兄と会った。
本来なら、幽閉された者が自らの幽閉場所を選り好みするなどあり得ない。
けれど、今回ジョーセフが願った場所を聞いた後では、アーロンはそれを我が儘とも思えなかった。
―――その場所というのが、精霊の泉の近くにある管理小屋だったからだ。
アーロンが即位し、ジョーセフが幽閉となってから約1年。
その間、兄弟が話をしたのはほんの数回だ。
アーロンは王国を立て直すのに必死だったし、その間ずっとジョーセフは塔の一室で静かに過ごしていた。
それでもアーロンは、兄ジョーセフについての報告を聞く事を欠かさなかった。
だからジョーセフが毎朝毎晩、格子の嵌った窓から精霊の泉の方角を眺めては何かを呟いていると知っていた。
故に理解できるのだ、ジョーセフが何を思ってその願いを口にしたのかを。
だが、理解はしても、王族としての暮らししか経験のないジョーセフが小屋に住めるとは思えなかった。
「兄上、あそこは仮宿としての設備はありますが、ずっと住むとなると足りないものが多すぎます」
「だが、私にはぴったりの場所ではないか」
―――私が殺したアリアドネは、その小屋の近くの泉に沈んだのだから。
アーロンは言い返せずに黙り込んだ。
「ここにいても、結局は食事も掃除も湯浴みも全て使用人がやってくれる。私自身が塔から出られないというだけで、そんなに不自由もしていない。
私が王族である故の処遇だろうが、本当ならもっと重い罰でもいい筈だ」
「・・・」
「私に子種がないことを皆は知らないから使い道があると考えたのだろうが、もう私はここにいる必要のない人間だ。議会も反対はしないだろう」
ジョーセフの言う通り、恐らく議会にかけても強い反対意見は出ないだろう。
懸念事項だったアーロンの結婚に関して相手の女性がようやく決まり、半年後に婚約、そしてその1年後には婚姻を結ぶ事になっていた。
幽閉ではなく別の、そう、たとえば放逐という形で森の管理小屋に移ったとして、体よく王城から出せると喜ぶ者すらいるかもしれない。
「ですが、兄上・・・」
「頼む、アーロン。私はここにいても、もう何の役にも立たない。ならば、なるべく泉の近くにいたいのだ」
そう淡々と話すジョーセフに、かつての皮肉めいた表情はない。
けれど悲しい内容を口にしているのに、やけにすっきりとした顔をしているのが、却ってアーロンは辛かった。
「で、では兄上、小屋にせめて浴槽は設置させてください。あとは・・・そうです、簡易台所も・・・っ」
思わずそう口を挟むと、ジョーセフは一瞬目を見張って、それから苦笑した。
「・・・お前は私に甘い。私は随分とお前に酷いことをしたという自覚があるのだがな」
「兄上」
「でも、ありがとう」
その後アーロンは議会に話を通し、多少の議論は交わされたものの、2人が予測した通り、ジョーセフの希望は叶えられる事になった。
小屋に浴槽と簡易台所を設置する件に関しては、アーロンが私費から捻出するつもりでいたが、ドマ伯爵家の現当主クレイルが費用を出すことを申し出た。
ドマ家は既に、元宰相である前当主クロワの罪―――王家に虚偽を申し立てた事のみが公にされている―――により、伯爵家に降格されていたが、クレイルにとってそれでは贖罪になっていないらしかった。
是非とも、と懇願する形で押し切られ、結局ドマ家が全て費用を負担する形で、管理小屋の改装が行われた。
こうして少しばかり規模が大きくなった元管理小屋にジョーセフが移り住んだのは、約半年後、春の始め頃だった。
その間ジョーセフは、メイドや騎士ヨバネスらに教わって身の回りのことをひと通り自分で出来るように練習した。
幽閉ではなく追放、もしくは配流の形となる今回の措置により、ジョーセフは小屋周辺を出歩く事ができるようになった。
肉や魚、野菜など食料は定期的に届くものの、不測の事態には食べものを自分で確保しなければならない場合もある為だ。
移動が許された範囲内―――それに精霊の泉も含まれていた。
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