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小さな光

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まるで幕を取り払ったかのように闇が晴れ、デンゼルの前に美しい泉の光景が再び現れた。

だが空からは冷たく美しい雪の欠片が降り始め、少しずつ勢いを増していく。


デンゼルは空を見上げ、突き刺す様な冷たさを顔中に受けながら思った。


きっと、また3日3晩降り続くのだろう。

こうなってはすぐにポワソンに戻るのも難しい。

早く番人の小屋に戻って、雪をやり過ごさねば。



―――なのに。


デンゼルの体は動かなかった。動きたくなかった。だってここに、この泉の底に、アリアドネは眠っている。


もう少し。

あともう少しだけ。


きっと、いつまで経っても同じ事を言い続けるのだろうと思いながら。
それでもデンゼルは泉の淵に立ち続けた。


降り注ぐ雪が静かに水面にとけて消える様はひどく幻想的だった。
まるでここだけデンゼルの知る世界とは切り離された場所の様で、それがまた彼を悲しくさせた。

立ち尽くすデンゼルの肩や頭に雪が降り積もっていく。
だがそれを厭う気持ちすら、今のデンゼルにはなかった。


そうしてどれだけ時が経っただろう。周囲は徐々に薄暗くなり始めていた。


体はすっかり冷え切ってしまった。
頭も体も雪まみれで、感覚もほぼなくなっている。

森に入る為に薄手の上着は羽織っていたが、そもそも季節は夏の終わり。デンゼルは軽装だった。


いい加減に小屋に行かないと本当に凍え死んでしまう。そんな事を思って、けれどやはり足は動かず。


そんな時。
辺りが暗くなってきたせいだろうか、デンゼルは、雪に混じって微かに光る何かがあちこちにあることに気づいた。

見間違いではない。

デンゼルは目を凝らした。

その小さい何かは雪と違って地面や水面に落ちることはなく、ふわふわと泉の上を舞っている。

そして、そのひとつがデンゼルの周りを漂っては、時に頭や肩や手にちょん、と止まる。


デンゼルは、ふと気づいた。


その光る何かが触れたところが、少しだけ感覚が戻ってきていることに。


すっかり雪で凍え感覚がなくなった体が、全身雪まみれの体が、その何かが触れた箇所だけ温かさを感じ始めているのだ。


「・・・なんと不思議な・・・もしや、精霊、なのか・・・?」


普段のデンゼルなら、絶対に口にしない言葉だった。

けれどここは精霊の泉。
違和感なくそんな言葉が溢れてしまったのは仕方ないのかもしれない。


「そうだな・・・子どもの精霊・・・うむ、そう思うことにしよう」


ひとり呟きながら、デンゼルはその光る何かを―――デンゼルに温かさを分けてくれる不思議な光体を―――目で追った。

そうして彼の視線が偶然、泉の中心へと向いた時。


デンゼルは、水面に人のような姿をしたものが立っている事に気づいた。

人のような姿をしたもの・・・・・・・・・・・とはまさしく言葉通りだった。姿こそ人のようだが、体はその向こうにある景色が透けて見えて、人ならざるものである事は確かだったから。


その人のような姿をしたものは、デンゼルと視線が合うと、すっと滑るように近づいた。

そして、驚きで固まるデンゼルに向かって手を伸ばし―――


とん


軽く眉間を指で押した。


瞬間、デンゼルの目が何かを捉える。

今までずっとデンゼルの周りを漂っていた光る何かが、形を―――姿を得た。

そう、デンゼルの体のあちこちに触れては温もりをくれていた何かの姿が、今、デンゼルの目にはっきりと映ったのだ。


それは変わらず雪片のように小さく、儚げで頼りない存在に見える。

けれど、その姿は。


「アリ、アドネ・・・?」


デンゼルの記憶にある、幼いアリアドネがそこにいた。

体全体が淡く光り、背中には小さな羽が生えている。けれど、その顔は幼い頃のアリアドネに間違いなくて。


デンゼルは震える手を、ゆっくりと差し出した。

小さなアリアドネが、ふわりと手のひらの上に降りた。

その触れた所から、じわじわと温かさが広がっていって。

冷え切って何も感じなくなっていたそこに、感覚が戻っていく。




―――ああ、そうか。


デンゼルは思った。


アリアドネは、雪に埋もれる私を心配してくれていたのか。


そう気づいてしまえば、涙が後から後から溢れてしまう。もう止められなかった。

雪が降る中、それでも流す涙がデンゼルの顔を凍てつかせる事はなかった。

小さなアリアドネがふわふわ飛び回っては、そっと涙を拭いてくれたからだ。


「アリア・・・」


デンゼルは嗚咽を漏らす。


「また会えるとは思っていなかった・・・お前の体は、冷たい泉の底に沈んでしまったから・・・だから・・・」


たぶん、アリアドネの姿が見えるのは今だけだ。
人のような姿をしたものが、きっと今だけアリアドネに会わせてくれた。

凍える父親を必死に温めようとする小さなアリアドネに免じて、いっときだけ見える眼を与えてくれたのだ。


「・・・精霊王さま、ありがとうございます・・・」


気づけば、人のような姿をしたものはいなくなっていた。

泉の淵に置いた筈の花束もまた、いつの間にかに消えていて。


この時、ようやくデンゼルは、泉を去る決心がついたのだった。





デンゼルはその後、番人の小屋に戻って夜を過ごした。

翌朝目を覚ました時、予想通り森はすっかり雪で覆われていた―――が。


あと2昼夜続くと思っていた雪は既に止み、見上げれば青空が広がっていた。


デンゼルは知らないが、正確には夜半の1時すぎに雪は止んだ。


その理由や詳細については、同日のうちに王都の広場にて発表がなされた。



―――国王代理アーロンによって。





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