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賽は投げられた

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王城を出たデンゼルは、従者に指示を出した後、城下に降りて花を買った。


デンゼルはこれから森に向かう。

王領の、アリアドネが沈んだ精霊の泉がある森へと向かうのだ。


従者は任務を果たした後、先にポワソンに戻る事になっていた。

その時に報告は行くだろうが、念の為にポワソンへ鳥を飛ばした。何か勘違いをしてトラキア王国が動きでもしたら大ごとだ。


移動中に見た城下町は、どこか落ち着きがなかった。皆どこか不安そうで、苛立っていた。


それもそうだろう。

精霊王の裁きについては緘口令が敷かれ、アリアドネは公的には病死とされた。

だが、ひとの口に戸は立てられない。どこから情報が漏れたのか、突然に闇が訪れ3日3晩雪が降り続いた異常について、精霊王の怒りによるものと噂になった。

冬が来る前、国王は宰相らに命じて国蔵を解放したが、それで不満は多少抑え込めたとして不安は拭いきれなかった。


国民は今、現国王への不信感と疑心でいっぱいだ。
精霊王の怒りを買った国王、いつまたどんな天罰が下るか分からないと。

それも因果応報とデンゼルは思う。
だがその言葉は、デンゼル自身にも言えることだ。


娘を死なせてしまったデンゼルに罪がない筈がない。


明日はアリアドネが亡くなった日。

アリアドネの無実が完全に証明された日。

デンゼルは今から、娘が眠る泉の前で懺悔をしに行く。

それで娘が帰ってくる訳もないが、今デンゼルが娘にしてやれる事は、それくらいしか思いつかなかった。


買ったばかりの花束を抱え、デンゼルはひたすら森を目指して馬を走らせた。


今頃、幽閉中の王弟アーロンは、従者から書類の写しを受け取っただろうか。

彼がそれを読んでどうするのか少しばかり気になりつつも、もはや自分はこの国の民ではないとデンゼルはかぶりを振った。


さいは投げられた。


これからこの国で何が起ころうと、デンゼルには関係ない。

王弟が王位を取ろうと、側妃と前王弟の関係が明らかになろうと、国王の種無しが判明しようと、宰相の計画が露呈しようと。


デンゼルにはもう関係ない。


王城を出る前、デンゼルは宰相と―――かつての盟友とすれ違った。

恐らく宰相は、デンゼルが何をしに来たか察しただろう。そして国王が全てを知ってしまったであろう事も。


王の血統を存続させることに注力し続けた彼は、デンゼルの行動をどう思っただろうか。

妾が産んだ自身の娘を使ってまで、その娘を前王弟に引き合わせてまで。

そこまでして王家の血を繋げようとした宰相は、全てを暴露したデンゼルを裏切り者と言うだろうか。


宰相は、デンゼルのように国王を支えたつもりでいたかもしれない。

血の繋がりを敢えて隠し、カレンデュラをただの平民としてジョーセフに会わせた事を、忠臣の証だと言いたいのかもしれない。

願うのは王族の血を存続させる事それのみで、私利私欲を満たす意図がないから隠したと。


いや、最早そんな主張などどうでもいい。いずれにせよ、デンゼルは宰相を許せない。


宰相は、デンゼルに何も話さなかった。

国王が種無しだと判明した時も、宰相は事情を知る当時の筆頭医師を独断で処分した。

たぶん宰相は悩んだろう。

3人にまで減ってしまった直系王族の血を、どうやって守ればいいのか、しかもひとりは罪人だ。


理想はアリアドネの懐妊。だが夫は種無しと判明し彼との子は望めない。

王弟アーロンが貴族令嬢と結婚して、妻との間に子が生まれるならそれもよかった。

だがアーロンはまだ若かった上に、アリアドネへの冷遇を気にかけ婚約者を決めなかった。

新たな妃の存在が、アリアドネの立場を更に弱くすることを懸念したからだ。


庶子では継承権がない。

正式な夫婦の間に生まれた子でなくてはならなかった。


アリアドネとジョーセフが正式な婚姻後も白い結婚だった事で、策を弄する時間が生まれ、宰相は考えた。

世に知られていない妾との間の娘、カレンデュラに、王の子としてタスマの子を産ませようと。

幸い、彼女は美しかった。
力を持たない美しいだけのカレンデュラを国王は喜んだ。

宰相は、カレンデュラをタスマにも引き合わせ、国王との閨の前後に逢引きさせた。

西の塔を守る護衛騎士と、カレンデュラの専属侍女たちをも巻き込んで。



暫くの間、宰相の思う通りに計画は進んだ。

第一王子、第一王女、第二王子と立て続けに子が生まれ、少なくとも王位継承権を持つ男子がふたり増えた。


そう、順調だった。


―――タスマとカレンデュラが暴走するまでは。







「・・・結局は策に溺れたか」


つらつらと考えを巡らせながら馬を走らせるうち、デンゼルは森の入り口に到着した。


森の番人に許可証を見せ、泉までの案内を頼む。


花束を抱えるデンゼルを見て、何かを察したのだろう。番人は神妙な態度で先導した。







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