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恋は呪いの如く
しおりを挟む精霊の泉がある森の入り口までは、馬車を使った。
大臣たち、裁判官たちそれぞれに一台ずつ馬車が当てがわれた。
両手を拘束されたアリアドネはひとり、別の馬車に乗せられた。
そして、その周囲を騎乗した騎士たちがぐるりと囲む。逃亡を防ぐ為だ。
「完全なる罪人扱いね・・・」
車窓から見える物々しい光景に、アリアドネは堪えきれず、ふ、と苦笑が漏れた。
カレンデュラ付きの侍女たったひとりの証言で、ろくな調査も行われないまま。
毒を盛った犯人と非難され、今はこうして森へと向かっている。
―――泉に身を投げる為だけに。
アリアドネの心は傷ついてボロボロだった。
冤罪を被せられた事もそうだけれど、なによりカレンデュラが飲んだ毒は、少し前にジョーセフが倒れた毒と同じもので。
それはつまり、アリアドネはジョーセフにも毒を盛ったと思われているという事で。
カレンデュラしか頭にないジョーセフには、自身の毒殺未遂事件よりもはるかに重要な事件だったのだろう。
たとえカレンデュラが、数時間で回復し、翌日には普段の生活に戻れたとしても。
だから、ジョーセフの口から出た非難の言葉は自分が毒に倒れた事より、カレンデュラを危険に晒した事ばかりだった。
その事実がまた、アリアドネの心を抉るのだ。
「・・・本当、心って厄介ね」
不用品を処分するみたいに、邪魔にしかならない恋心など、あっさりと手放してしまえればよかった。
そうしたら、父にあんな顔をさせる事もなかったのに。
幼い頃に別れたきりの母に、兄たちに、あの懐かしいポワソンの地で再会できたのに。
ああ、でも。
あの時は、どうしても彼の側にいたいと思ってしまったのだ。それまでと変わらず、隣で彼を支えたいと。
どうしたら、この気持ちを殺せたのだろうか。
何をしたら、彼を諦められたのだろうか。
冤罪を着せられ、今こうして死に場所へと向かわされているこの瞬間でさえ、まだ完全にはこの恋心を弔えていないというのに。
そう、ここまでされてもまだ、アリアドネの心の底のどこかで、夫への愛が燻り続けている。惨めだ、とアリアドネは思った。
「・・・最初から嫌われていたらよかったのかしら・・・」
出会った頃、ジョーセフは優しかった。
常にアリアドネを気遣ってくれていた。
だから日々、彼への『好き』がアリアドネの中で降り積もっていった。
あれはいつだったろう。
王城に来てまだまもない頃、ポワソンの地が恋しくて、父や母や兄たちに会いたくて、庭の片隅でこっそり泣いていた時。
その姿を窓から見たのだろう、執務中の筈のジョーセフが、気遣わしげな表情を浮かべ、アリアドネのところにやって来た。
『少し散歩をしないか』
『・・・でも、ジョーセフさまは今お仕事ではありませんか?』
『構わない、休憩中だ』
そんな筈はないのに、ジョーセフはそう言ってアリアドネの手を取り、温室へと連れて行った。
季節は晩秋。
王城の庭の木々の葉は既に落ち、花は咲き終わっていた―――そう、温室以外は。
『わあ!』
『気に入ったか』
感嘆の声を上げるアリアドネに、ジョーセフは笑いかけた。
『亡き母上は花がお好きだった。ここにある花々も、全て母上が自ら選び、取り寄せた』
『どれも素敵です』
『そうだろう。この温室の花の管理を、アリアドネ、そなたに任せたい』
『え?』
『そなたは私の妃だからな』
そう言って、花々に囲まれて微笑んだジョーセフは、とてもとても美しく、アリアドネの目に輝いて見えて。
その時、アリアドネはまた、何度目かの恋に落ちたのだ。
「・・・その温室も、10年も経たずに立ち入り禁止にされてしまったけれど」
やがて正式な妻になり、それから数年後にはカレンデュラが現れた。
温室はカレンデュラのものとなり、その後は立ち入る事さえ許されず。
「死んだら、この気持ちから解放されるのかしら」
苦しくて切なくて、それでもこの気持ちを捨てきれない、そんな恋の呪いから―――
そうアリアドネが呟いた時。
ガタン、という音と共に、馬車が止まった。
森の入り口に着いたのだ。
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