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どうして、あなたは……
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「いけるよな、これ」
自分に言い聞かせるように、ミクファ=スカーレットは炎拳を振り回す。軌道を追うように生じる熱波が数十人単位で警備兵を吹き散らかしていく。
陽動としては十二分だろう。
作戦通りなら、そろそろ撤退するべきだけど。
―――せっかく、ここまで来たなら。
収容区は、目と鼻の先だ。
苗床として辱めを受けている同胞を救うチャンスは、諦めるにはあまりにも惜しい。
「いける。……いける!」
己を鼓舞するように叫んで、ミクファは収容区へと足を踏み出した。
障害物は焼き抜いて、警備兵は燃やし尽くす。
兵士の練度が上がったわけでもなく、数が増えたわけでもない。
絶対に行くな、と言ったヘルディを鼻で笑う。
―――楽勝じゃないか。
などと思っていたミクファの耳を、高圧の水流が掠めた。
「……っ!?」
特徴的すぎる攻撃に、慌てて背後を向く。
艶やかな栗色の髪を泥にまみれさせ、鬼気迫る表情で一人の女が歩いてくる。
ナスチャ=レインロード。
結界越しに何度も話した相手、油断ならない人間側の筆頭魔術師。
「……なるほど、お前がいるのか。あの男、足止め失敗したのか?」
「ハイエルフは、逃げたわ。……逃がして、しまった」
呪詛のような言葉に空気が重くなる。感覚ではなく、物理的に。
「せめて、あなたを捕まえる。……そうすれば、きっと、まだ、挽回のチャンスぐらいは与えられるはず、だから!」
空気中の湿度が増していると気づいたころには、場がナスチャの味方になっていた。
ミクファの拳が、何にも触れていないのに乾いた音を発する。出力が落ちる。
そこに、水流。
「くっそ!」
両腕で高圧水流を受け止める。
その眉間に人差し指を向けて、ナスチャは銃を撃つ仕草をした。
「ばあん」
―――正面! なら避けて、すぐに近づいてカウンターを……っ。
慌てて首を振るミクファだったが、衝撃は背後からやってきた。
鈍器と化した水柱で後頭部を殴られて、意識が飛ぶ。
「強いけど、馬鹿ね。……罠の設置ぐらい、してるに、決まってるでしょ」
しかし、ナスチャの方も、数分前にアリアに受けた衝撃で脳がずっと揺れていた。それに加え、無理を重ねた魔力行使で、ぷつりと限界を超える。
エルフと人間の筆頭魔導士。
両社は結局、相打ちのように、収容区の扉の前で倒れ伏した。
◇
ミクファとは、日の出頃に里の前で落ち合うことになっている。
里の中、としなかったのは、今にして思えばこうなる可能性を無意識に考えていたのかもしれない。当然だが、結界の中にヘルディはおいそれと入れられない。
そんな彼は、最初こそ戸惑っていたが、今は無重力体験とばかりに感嘆の声を上げていた。
「……あんまり動かないでもらえませんか。これ、けっこう疲れるので」
「休憩すれば?」
「他人事のように……っ!」
とはいえ限界に近かったので、そうすることにした。
里手前の森、人気のない場所に着地して、アリアは木の幹に腰かける。
膝を抱えて座っていると、けらけらと笑われた。
「アリア? ローブの下なんにも着てないんだから、その姿勢は大事なところが全部……」
けらけらと笑ったまま、ふらりとヘルディが斜めに傾いで、アリアは慌てて手を伸ばす。
「ああもう! 次から次へと!」
抱き留めて、隻腕となった男を自分の肩にもたれさせる。
荒い息を吐くヘルディに、アリアは尋ねた。
「……その腕、どういう経緯でそうなったんですか? あなた、現実での戦闘をするタイプではないでしょう」
「まあ、色々あってね」
「…………ハイエルフにしか使えない魔術に、回復と読心があるんですが」
「まだ逃避行中だから魔力の無駄遣いは良くない」
「ここからなら歩いてでも里に着けます」
「え、ちょっと、本気? お勧めしないよ。僕の頭のなかは汚れてるから」
「汚れているのは性根でしょう」
それ以上何か言う前に、ヘルディの左肩に手を添える。
残念ながら欠損を埋めるほどの効力はないが、今ある細胞を修復して熱を抑えるぐらいはできるはずだ。
アリアは、回復と読心を同時に使った。
◇
左腕を失った理由を聞けば、相手はそれを想起する。
そのタイミングで読心を使えば、効率的に情報を抜き取れる。
そして、アリアは知った。
ヘルディが、鍵の形状を知るために望まぬ能力行使を重ねていた事。
アリアに夢で手を出さなかった結果、淫気を吸えずに飢餓状態になっていた事。
鋳型と鉄を握りこんでミクファの炎拳を受け、左腕と引き換えにアリアを助けた事。
さらに、ヘルディが日頃から苛まれていた不快感も、頭に溢れる。
―――こんな。
どうして、笑っていられるんだ。
居住区も牢区画も、彼の視点から見れば最悪の環境だ。誰かが出した淫気、誰かの置いていった残り香、それらがぞわぞわと脳に突き刺さる。
例えるなら、何百万もの羽虫が体中を這っているような。
それに加えて、常に淫気不足で空腹状態。
さらに直近では、灼けつくような火傷の痛み。
―――こんな、の……。
読心が解けても、しばらくは戻ってこられなかった。
ヘルディが何か呼び掛けているが、良く聞こえない。ただ頬を伝う雫の感触だけがよくわかる。
嗚咽を漏らして、アリアは強く、ヘルディを抱きしめた。
◇
あーあ、とヘルディは嘆息する。
とにかく体調が悪くて、読心に抵抗できなかった。
回復が効いてようやく弾いたが、既にアリアは飲まれかけていた。
ぺしぺし、と白い頬を軽くたたく。
「だから言ったのに。だいじょうぶ?」
「それはこちらの台詞です!」
怒鳴られた。
きょとんとしてヘルディは頷く。
「え、ああ。うん、だいぶ楽になったよ。さすがはハイエルフだね、ありが……」
「それ以前の問題です! 不快感も飢餓感もおよそ常人が耐えられるものじゃない。もしかしたら私が受けていた拷問よりも……」
迂闊に共有した感覚を思い出したのか、アリアはぶるりと身震いする。
ヘルディはくつくつと、小さく笑った。
「別に、慣れたよ。もともと迫害が多い種族だったおかげか悪環境への耐性は高いし、僕は忌子だったから。大体の痛みは友達みたいなものだ」
「………………」
「まあ? アリアが夢で抱かせてくれるって言うなら大体の問題は解決するだろうけどねぇ」
誰がそんなことしますか! みたいな返答を想像していた。
だが、アリアからの応答はない。
うつむいて、黒いローブで口元を隠して、細かく震える両手で、アリア自身とヘルディの額の中心を軽く叩く。
「な、にを……」
脳に伝わる、暖かな魔力。
直後に流れ落ちるような睡魔が広がって、ヘルディはかくりと首を折る。
完全に夢に落ちる寸前、かすかに見えた尖った耳は、林檎のように真っ赤だった。
◇
昨日も訪れたのに、ずいぶんと久しぶりに感じる。
目的があって来るのではなく、ただ好んだ場所に訪れるということが久々だからだろう、とヘルディは思う。そもそも、アリアの夢を知るまで、好きな場所や景色というものもなかった。絵画は制作者の淫気が溢れるし、眺望には人が群がる。
幻想の左手を開閉させながら突っ立っていたら、背後から首に腕を回された。
そのまま反転させられて、足を掛けられる。得体のしれない技で芝に転がされて、馬乗りされる。
ヘルディは、目を大きくして、それから声を出して笑った。
「顔真っ赤だよ?」
「…………気のせい、です」
整った顔全体を朱に染めたアリアをからかうと、黙れと言わんばかりに荒々しく唇が落ちてきた。
かちん、と歯が鳴る。勢いに反して恐る恐るといった調子で、温かい舌がヘルディの唇にちろちろと触れる。吐息は全く漏れておらず、アリアが息を止めたまま口づけをしていることがすぐにわかった。
息継ぎのように、唇が離れたタイミングで、ヘルディはアリアの後頭部に手を添える。
景色を反射する、澄んだ翡翠色の目を真っ直ぐに見た。
「いいんだね?」
「………………察してください」
「怪我や飢餓感について、君が責任を感じることは一切ない。それでも……」
「うるさいっ! ん、んんっ、ん、うっ」
―――じゃあもう、手加減しない。
叫んだアリアに、今度はヘルディがキスをする。
息もできないぐらい、気道を塞ぐぐらい深く舌を入れて、口蓋や舌の根も丁寧に舐る。必死に追いすがろうとするアリアの舌を弄んで、飽きさせないように顎を手で撫でてやる。
「ん、ああっ、んむっ、まっ、はげ、しっ……。んーっ! んんんーーーっ!」
「すぅ、ふ、う……っ」
とんとんと胸を叩かれるが、無視してさらに角度を深くする。
しばらく経って、アリアがくたりと体を折ったタイミングで、ヘルディは体を反転させた。
はあ、はあっ、と熱い息を吐くアリアの頬にもキスをして、零れた涙を舌で掬う。
「ふふ、しょっぱい」
「つくづく、あくしゅみ……っ」
「そういう君は、趣味を変えたの?」
裸の上に、唯一アリアが纏っているのはヘルディが渡した黒いローブ。
精神世界だから願望や理想が反映される。その上でこの格好になったという事実に笑みが深くなる。
ローブの中に手を入れると、細くうっすらと媚肉の付いた体は、すでに熱く熟れていた。
感触を楽しむように、ヘルディは指を蠢かせる。絹のような質感の肌はうっすらと汗をかいていて、それで滑りが良い。
ローブの合わせ目に鼻を寄せると、甘酸っぱい匂いが肺に満ちた。
「うう、ん……っ」
「色っぽい声」
虐めているわけでもないのに、睨むようにアリアが見上げてくる。ゆっくりと乳房を揉み、つぷつぷと膨らんだ乳輪を撫でて、ヘルディは彼女の言葉を待つ。
「いちいち、言わなくていい……っ、あん、んんんっ! は、ぁあああっ!」
抗議が飛んできた瞬間に、乳首をつまんだ。
声量をそのまま喘ぎ声にされて、アリアは顔を天に反らす。後頭部が芝にざりざりと擦れて、喉の筋がくっきりと浮かび上がる。
でもやめない。
しこり立った乳首を擦り、扱いて、少し強めに捻じってやる。面白いようにアリアの首が揺れ、艶やかに髪が乱れる。漏れ出る声はどの楽器よりも綺麗な音色で、この時ばかりはヘルディも何も言わなかった。
「あ、んっ! んううう、は、ぁぁ、……っく、ぅあ、ああんっ!」
さりさり、と下の方で音がする。
意識的か無意識か、アリアが太ももを擦り合わせていて、それでローブの布地が音を立てていた。
「足、開いて」
思った以上に低く湿った声が出て、ヘルディは自分で驚く。
アリアは、少しだけ目を丸くした後、熱に浮かされたような顔で小さく頷いた。
太腿の付け根にできていた影が広がる。ローブがはだけて、合わせ目から微かに茂みが覗く。髪よりは少し硬そうで、夥しい愛液に濡れ光っていた。
ヘルディは片手で両乳首を弄んだまま、もう片方の手をゆっくりと下ろす。
陰毛のしゃりしゃりとした手触りを楽しんだ後、陰唇を広げたり閉じたりして弄ぶ。
くちゅ、ぐちゃ、と粘ついた音が下腹部から響いて、アリアは強く目を閉じた。
「あ、ああ……っ、ふうあ、んんっ! も、う……っ!」
かく、かく、と腰が不規則に跳ねるが、それでもまだ、決定的な場所には触らない。
ゆっくりと陰核の根元を撫でて、あくまで虐めるのは胸の頂点にある桃色の突起。
しばらくの喘ぎ声の後、四肢の震えが小刻みになってくる。
今度は意識的に低い声を出した。
「目を、開いて」
「……、っ、うう……っ、はあ、あああっ!」
眉に寄っていた皺が解かれて、輝く虹彩があらわになる。
その瞬間に、ようやく。
ヘルディは、陰核の頂点をぴん、と弾いた。
「くぅぅあああああっ!」
絶頂したと見まがうほど体を歪ませて、アリアが腰を跳ねあげる。痙攣でローブがめくれ、白い太腿が付け根まで晒される。
飽和しきった羞恥と、わずかばかりの悔しさと、それから快楽がぐちゃぐちゃに混ざった目を見て、囁いた。
「綺麗だよ」
ひときわ大きく、淫気を出して。
大きく膨らんだ三つの突起への同時責めが成されて、アリアは甲高く鳴かされる。
「あああ! あああああっ! だめ、それっ、……――――っ!」
「我慢しなくていいよ。果てて」
「あ、ああっ。っく、イ、き、ます……っ、イ……っくぅぅうああああああああっ!」
打ち上げられた魚、というのも比喩としては足りない。まるで体が弾けそうなぐらいに両手両足を波打たせ、体の中心から熱い蜜を迸らせて、アリアは果てた。
あぁ、あぅ……。と不明瞭な喘ぎの残滓をこぼして絶頂の余韻に浸る彼女から、ヘルディはローブを奪い去る。
「あ……っ」
「ふう。ちょっと、満たされた」
一回分の淫気で、少しだけ回復した。
でも、まだ足りない。
両の手、十本の爪を管状に伸ばして、ヘルディはにこりと笑った。
「さあ、これからが本番だよ」
自分に言い聞かせるように、ミクファ=スカーレットは炎拳を振り回す。軌道を追うように生じる熱波が数十人単位で警備兵を吹き散らかしていく。
陽動としては十二分だろう。
作戦通りなら、そろそろ撤退するべきだけど。
―――せっかく、ここまで来たなら。
収容区は、目と鼻の先だ。
苗床として辱めを受けている同胞を救うチャンスは、諦めるにはあまりにも惜しい。
「いける。……いける!」
己を鼓舞するように叫んで、ミクファは収容区へと足を踏み出した。
障害物は焼き抜いて、警備兵は燃やし尽くす。
兵士の練度が上がったわけでもなく、数が増えたわけでもない。
絶対に行くな、と言ったヘルディを鼻で笑う。
―――楽勝じゃないか。
などと思っていたミクファの耳を、高圧の水流が掠めた。
「……っ!?」
特徴的すぎる攻撃に、慌てて背後を向く。
艶やかな栗色の髪を泥にまみれさせ、鬼気迫る表情で一人の女が歩いてくる。
ナスチャ=レインロード。
結界越しに何度も話した相手、油断ならない人間側の筆頭魔術師。
「……なるほど、お前がいるのか。あの男、足止め失敗したのか?」
「ハイエルフは、逃げたわ。……逃がして、しまった」
呪詛のような言葉に空気が重くなる。感覚ではなく、物理的に。
「せめて、あなたを捕まえる。……そうすれば、きっと、まだ、挽回のチャンスぐらいは与えられるはず、だから!」
空気中の湿度が増していると気づいたころには、場がナスチャの味方になっていた。
ミクファの拳が、何にも触れていないのに乾いた音を発する。出力が落ちる。
そこに、水流。
「くっそ!」
両腕で高圧水流を受け止める。
その眉間に人差し指を向けて、ナスチャは銃を撃つ仕草をした。
「ばあん」
―――正面! なら避けて、すぐに近づいてカウンターを……っ。
慌てて首を振るミクファだったが、衝撃は背後からやってきた。
鈍器と化した水柱で後頭部を殴られて、意識が飛ぶ。
「強いけど、馬鹿ね。……罠の設置ぐらい、してるに、決まってるでしょ」
しかし、ナスチャの方も、数分前にアリアに受けた衝撃で脳がずっと揺れていた。それに加え、無理を重ねた魔力行使で、ぷつりと限界を超える。
エルフと人間の筆頭魔導士。
両社は結局、相打ちのように、収容区の扉の前で倒れ伏した。
◇
ミクファとは、日の出頃に里の前で落ち合うことになっている。
里の中、としなかったのは、今にして思えばこうなる可能性を無意識に考えていたのかもしれない。当然だが、結界の中にヘルディはおいそれと入れられない。
そんな彼は、最初こそ戸惑っていたが、今は無重力体験とばかりに感嘆の声を上げていた。
「……あんまり動かないでもらえませんか。これ、けっこう疲れるので」
「休憩すれば?」
「他人事のように……っ!」
とはいえ限界に近かったので、そうすることにした。
里手前の森、人気のない場所に着地して、アリアは木の幹に腰かける。
膝を抱えて座っていると、けらけらと笑われた。
「アリア? ローブの下なんにも着てないんだから、その姿勢は大事なところが全部……」
けらけらと笑ったまま、ふらりとヘルディが斜めに傾いで、アリアは慌てて手を伸ばす。
「ああもう! 次から次へと!」
抱き留めて、隻腕となった男を自分の肩にもたれさせる。
荒い息を吐くヘルディに、アリアは尋ねた。
「……その腕、どういう経緯でそうなったんですか? あなた、現実での戦闘をするタイプではないでしょう」
「まあ、色々あってね」
「…………ハイエルフにしか使えない魔術に、回復と読心があるんですが」
「まだ逃避行中だから魔力の無駄遣いは良くない」
「ここからなら歩いてでも里に着けます」
「え、ちょっと、本気? お勧めしないよ。僕の頭のなかは汚れてるから」
「汚れているのは性根でしょう」
それ以上何か言う前に、ヘルディの左肩に手を添える。
残念ながら欠損を埋めるほどの効力はないが、今ある細胞を修復して熱を抑えるぐらいはできるはずだ。
アリアは、回復と読心を同時に使った。
◇
左腕を失った理由を聞けば、相手はそれを想起する。
そのタイミングで読心を使えば、効率的に情報を抜き取れる。
そして、アリアは知った。
ヘルディが、鍵の形状を知るために望まぬ能力行使を重ねていた事。
アリアに夢で手を出さなかった結果、淫気を吸えずに飢餓状態になっていた事。
鋳型と鉄を握りこんでミクファの炎拳を受け、左腕と引き換えにアリアを助けた事。
さらに、ヘルディが日頃から苛まれていた不快感も、頭に溢れる。
―――こんな。
どうして、笑っていられるんだ。
居住区も牢区画も、彼の視点から見れば最悪の環境だ。誰かが出した淫気、誰かの置いていった残り香、それらがぞわぞわと脳に突き刺さる。
例えるなら、何百万もの羽虫が体中を這っているような。
それに加えて、常に淫気不足で空腹状態。
さらに直近では、灼けつくような火傷の痛み。
―――こんな、の……。
読心が解けても、しばらくは戻ってこられなかった。
ヘルディが何か呼び掛けているが、良く聞こえない。ただ頬を伝う雫の感触だけがよくわかる。
嗚咽を漏らして、アリアは強く、ヘルディを抱きしめた。
◇
あーあ、とヘルディは嘆息する。
とにかく体調が悪くて、読心に抵抗できなかった。
回復が効いてようやく弾いたが、既にアリアは飲まれかけていた。
ぺしぺし、と白い頬を軽くたたく。
「だから言ったのに。だいじょうぶ?」
「それはこちらの台詞です!」
怒鳴られた。
きょとんとしてヘルディは頷く。
「え、ああ。うん、だいぶ楽になったよ。さすがはハイエルフだね、ありが……」
「それ以前の問題です! 不快感も飢餓感もおよそ常人が耐えられるものじゃない。もしかしたら私が受けていた拷問よりも……」
迂闊に共有した感覚を思い出したのか、アリアはぶるりと身震いする。
ヘルディはくつくつと、小さく笑った。
「別に、慣れたよ。もともと迫害が多い種族だったおかげか悪環境への耐性は高いし、僕は忌子だったから。大体の痛みは友達みたいなものだ」
「………………」
「まあ? アリアが夢で抱かせてくれるって言うなら大体の問題は解決するだろうけどねぇ」
誰がそんなことしますか! みたいな返答を想像していた。
だが、アリアからの応答はない。
うつむいて、黒いローブで口元を隠して、細かく震える両手で、アリア自身とヘルディの額の中心を軽く叩く。
「な、にを……」
脳に伝わる、暖かな魔力。
直後に流れ落ちるような睡魔が広がって、ヘルディはかくりと首を折る。
完全に夢に落ちる寸前、かすかに見えた尖った耳は、林檎のように真っ赤だった。
◇
昨日も訪れたのに、ずいぶんと久しぶりに感じる。
目的があって来るのではなく、ただ好んだ場所に訪れるということが久々だからだろう、とヘルディは思う。そもそも、アリアの夢を知るまで、好きな場所や景色というものもなかった。絵画は制作者の淫気が溢れるし、眺望には人が群がる。
幻想の左手を開閉させながら突っ立っていたら、背後から首に腕を回された。
そのまま反転させられて、足を掛けられる。得体のしれない技で芝に転がされて、馬乗りされる。
ヘルディは、目を大きくして、それから声を出して笑った。
「顔真っ赤だよ?」
「…………気のせい、です」
整った顔全体を朱に染めたアリアをからかうと、黙れと言わんばかりに荒々しく唇が落ちてきた。
かちん、と歯が鳴る。勢いに反して恐る恐るといった調子で、温かい舌がヘルディの唇にちろちろと触れる。吐息は全く漏れておらず、アリアが息を止めたまま口づけをしていることがすぐにわかった。
息継ぎのように、唇が離れたタイミングで、ヘルディはアリアの後頭部に手を添える。
景色を反射する、澄んだ翡翠色の目を真っ直ぐに見た。
「いいんだね?」
「………………察してください」
「怪我や飢餓感について、君が責任を感じることは一切ない。それでも……」
「うるさいっ! ん、んんっ、ん、うっ」
―――じゃあもう、手加減しない。
叫んだアリアに、今度はヘルディがキスをする。
息もできないぐらい、気道を塞ぐぐらい深く舌を入れて、口蓋や舌の根も丁寧に舐る。必死に追いすがろうとするアリアの舌を弄んで、飽きさせないように顎を手で撫でてやる。
「ん、ああっ、んむっ、まっ、はげ、しっ……。んーっ! んんんーーーっ!」
「すぅ、ふ、う……っ」
とんとんと胸を叩かれるが、無視してさらに角度を深くする。
しばらく経って、アリアがくたりと体を折ったタイミングで、ヘルディは体を反転させた。
はあ、はあっ、と熱い息を吐くアリアの頬にもキスをして、零れた涙を舌で掬う。
「ふふ、しょっぱい」
「つくづく、あくしゅみ……っ」
「そういう君は、趣味を変えたの?」
裸の上に、唯一アリアが纏っているのはヘルディが渡した黒いローブ。
精神世界だから願望や理想が反映される。その上でこの格好になったという事実に笑みが深くなる。
ローブの中に手を入れると、細くうっすらと媚肉の付いた体は、すでに熱く熟れていた。
感触を楽しむように、ヘルディは指を蠢かせる。絹のような質感の肌はうっすらと汗をかいていて、それで滑りが良い。
ローブの合わせ目に鼻を寄せると、甘酸っぱい匂いが肺に満ちた。
「うう、ん……っ」
「色っぽい声」
虐めているわけでもないのに、睨むようにアリアが見上げてくる。ゆっくりと乳房を揉み、つぷつぷと膨らんだ乳輪を撫でて、ヘルディは彼女の言葉を待つ。
「いちいち、言わなくていい……っ、あん、んんんっ! は、ぁあああっ!」
抗議が飛んできた瞬間に、乳首をつまんだ。
声量をそのまま喘ぎ声にされて、アリアは顔を天に反らす。後頭部が芝にざりざりと擦れて、喉の筋がくっきりと浮かび上がる。
でもやめない。
しこり立った乳首を擦り、扱いて、少し強めに捻じってやる。面白いようにアリアの首が揺れ、艶やかに髪が乱れる。漏れ出る声はどの楽器よりも綺麗な音色で、この時ばかりはヘルディも何も言わなかった。
「あ、んっ! んううう、は、ぁぁ、……っく、ぅあ、ああんっ!」
さりさり、と下の方で音がする。
意識的か無意識か、アリアが太ももを擦り合わせていて、それでローブの布地が音を立てていた。
「足、開いて」
思った以上に低く湿った声が出て、ヘルディは自分で驚く。
アリアは、少しだけ目を丸くした後、熱に浮かされたような顔で小さく頷いた。
太腿の付け根にできていた影が広がる。ローブがはだけて、合わせ目から微かに茂みが覗く。髪よりは少し硬そうで、夥しい愛液に濡れ光っていた。
ヘルディは片手で両乳首を弄んだまま、もう片方の手をゆっくりと下ろす。
陰毛のしゃりしゃりとした手触りを楽しんだ後、陰唇を広げたり閉じたりして弄ぶ。
くちゅ、ぐちゃ、と粘ついた音が下腹部から響いて、アリアは強く目を閉じた。
「あ、ああ……っ、ふうあ、んんっ! も、う……っ!」
かく、かく、と腰が不規則に跳ねるが、それでもまだ、決定的な場所には触らない。
ゆっくりと陰核の根元を撫でて、あくまで虐めるのは胸の頂点にある桃色の突起。
しばらくの喘ぎ声の後、四肢の震えが小刻みになってくる。
今度は意識的に低い声を出した。
「目を、開いて」
「……、っ、うう……っ、はあ、あああっ!」
眉に寄っていた皺が解かれて、輝く虹彩があらわになる。
その瞬間に、ようやく。
ヘルディは、陰核の頂点をぴん、と弾いた。
「くぅぅあああああっ!」
絶頂したと見まがうほど体を歪ませて、アリアが腰を跳ねあげる。痙攣でローブがめくれ、白い太腿が付け根まで晒される。
飽和しきった羞恥と、わずかばかりの悔しさと、それから快楽がぐちゃぐちゃに混ざった目を見て、囁いた。
「綺麗だよ」
ひときわ大きく、淫気を出して。
大きく膨らんだ三つの突起への同時責めが成されて、アリアは甲高く鳴かされる。
「あああ! あああああっ! だめ、それっ、……――――っ!」
「我慢しなくていいよ。果てて」
「あ、ああっ。っく、イ、き、ます……っ、イ……っくぅぅうああああああああっ!」
打ち上げられた魚、というのも比喩としては足りない。まるで体が弾けそうなぐらいに両手両足を波打たせ、体の中心から熱い蜜を迸らせて、アリアは果てた。
あぁ、あぅ……。と不明瞭な喘ぎの残滓をこぼして絶頂の余韻に浸る彼女から、ヘルディはローブを奪い去る。
「あ……っ」
「ふう。ちょっと、満たされた」
一回分の淫気で、少しだけ回復した。
でも、まだ足りない。
両の手、十本の爪を管状に伸ばして、ヘルディはにこりと笑った。
「さあ、これからが本番だよ」
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