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作戦会議
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ミクファ¬=スカーレットは、確かに自里で就寝したはずだった。
「……なんだ、ここ?」
とりあえず体に異常がないことを確認し、それから周りを見回す。
全体的に暑さと熱さに満ちた空間だった。
降り注ぐ陽光は日照りを起こすほど強く肌に刺さり、地面からは間欠泉のようにあちこち火柱が噴き出ている。おまけに、100メートル四方ぐらいで空間が区切られていて、その外は炎の壁で遮られている。
首を傾げるミクファの背後で、憎たらしいぐらい余裕そうな声がした。
「やあやあ、やっぱりアリアみたいに無限空間とはならないみたいだね。でも、これはこれですごいな。焼けそうだ」
「……お前は!」
「こんばんは、覚えていてくれたみたいでよかったよ」
忘れるわけがない。
師匠の敵で、今朝がた左腕を焼いた男が平然と立っていて、ミクファは油断なく構える。
そして気づく。
「あれ、腕が……」
「これは飾りだよ。本体のはちゃんと切断になったから安心して。君は見事だった」
「お前に褒められても嬉しくないんだよ」
「あと、戦うのもやめよう。時間の無駄だ」
こつん、とヘルディがひび割れた地面をつま先で叩く。
とたんに、なにもない中空から大量の触手が発生して、ミクファの全身を締め上げた。
「な……っ、ぐあっ!」
「言ってなかったけどね。僕はインキュバスなんだ。現実世界で快楽を与えた相手と、夢を繋ぐことができる」
「……快、楽? そんな、覚えは」
「まあ、種明かしは後でしよう。……どうせアリアに噛みつかれるだろうし」
―――師匠が噛みつく?
怒ったことがない、静かで柔和な師匠のその姿が想像できないミクファ。
触手が引っ込んで、すとんと腰が落ちる。
均整の取れた体つきの黒い男は、見下ろすようにして言った。
「実はね、僕はアリアを助けようと思っている。それで、君にも助力して欲しい」
「……信じると、でも?」
「これから信じさせるさ。それともアリアに会いたくないかい?」
「会いたいに決まってる!」
言いたいことも謝りたいこともたくさんある。
小さく笑って、ヘルディは指を振る。手品のように扉が現れる。
半分開いて、罠ではないとばかりに先に足を踏み出して、ヘルディは言った。
「あ、僕が左腕を失くしたのは内緒で頼むよ。変に悩ませたくないから」
「悩むって、……誰がだよ」
「アリア」
短く答えて、完全にその姿が扉の向こうに消える。
よろよろと立ち上がって、深く深呼吸をして、それからミクファも扉に手をかけた。
◇
「……すごい」
アリアの夢に入ってすぐ、ミクファは感嘆の声を漏らした。
口ぶりから、そして己の性質から、なんとなくさっきまでのが自分の精神世界だというのはわかっていた。
だとしたら、やっぱり師匠は別格だ。
「すごいだろう」
「なんでお前が自慢げなんだよ」
「……いや、僕も驚いてるよ。まさか数時間でここまで回復するとは」
大自然をきょろきょろと見まわして、ヘルディは何か感じ入るように目を閉じる。
悪人の感動とかはどうでもいいミクファは、ざっと景色を眺めて、それから走り出した。
「あ、ちょっと」
控えめな装飾の白いローブに、翡翠色の髪。焦がれていた姿を木陰に認めて、全力で駆け出す。
「師匠っ!」
そのままの勢いで飛びつくと、さすがにアリアは戸惑ったような声を上げた。
「ミクファ!?」
「会いたかったです……っ、すいません、私がもっとうまく立ち回っていればこんなことには……! だいじょぶでしたか、無事ですか、痛い所は? 痩せてませんか、ししょー……っ!」
「ああもう、離れてください」
ぐりぐりとおでこを押し付けてくる弟子を引きはがして、アリアはじとりとした目を上に投げる。憎たらしいぐらい余裕な笑みを浮かべる男が立っている。
「……今度は何ですか。ずいぶんとよく似た幻影を作りましたね」
「幻影!? 違います本物ですよ! ミクファです、忘れちゃいましたか? 毎食掃除洗濯その他諸々のお世話係もしてたじゃないですか!」
なぜそれを、と言いたげな顔で、アリアの目がヘルディとミクファを行き来する。
翡翠色の彼女は恐る恐る尋ねる。
「…………私が起こした失敗で最も規模が大きかったものは?」
「どっかの国の皇太子との縁談で、尻を触られそうになったから腕を切り落としたって話ですよね? あまりにもあんまりなんで上の方で秘匿されて……」
「わかりました。あなたは本物です」
食い気味に黙らせたが、既にヘルディは顔を引きつらせていた。
「ええ……、アリア。きみさあ……」
「いや違うんです。腕はちゃんと後日くっつけましたよ? それに炊事洗濯だってやろうと思えばできます」
「……洗濯させたら風圧でぐしゃぐしゃにするし、炊事させたら風刃で強制的にスムージーにしますよね」
「やっぱり抜けてるし残念な子枠じゃないか。お弟子さん可哀想……」
「というか!」
がばり、とアリアが唐突に立ち上がる。
急な動きにミクファが悲鳴を上げて芝に転がるが、それを無視してヘルディの胸倉をつかんだ。
「彼女がここにいるということは、ミクファをも手にかけましたね! あなたはいったい何を考えているんですか! やっぱり敵なんでしょう!」
「そんなことはない。実は彼女との繋がりはかなり強引にやったから、あと数十分で途切れる」
なにしろ、ヘルディがやったことと言えば、炭化した手でなんとかミクファの手首をさすって「気持ち良いかい」と聞いただけだ。繋がるかどうかも賭けに近かった。
心なしか早口で、ヘルディは言う。
「時間もないから、作戦会議だ」
◇
会議自体は、数十分で終わった。
そして、ミクファ=スカーレットは目を覚ます。
ヘルディに告げられた作戦を反芻する。
ざっくり言うと、ミクファの役目は陽動だ。
まずはミクファが収容区を襲撃。その隙にヘルディがアリアの魔封石を外す。基本的にはそれだけ。
ただ、一つだけ納得できないこともあった。
「他のエルフを諦めろ、か」
ぎりぎりと拳を握りこむ。
アリアが囚われた戦いだって、収容区で苗床のように扱われているエルフの救出が目的だった。
敵地のど真ん中で師匠が解放されたら、そしてそのどさくさに紛れたら、ヘルディの言うことを無視しても救出できるのではないか。
「くそっ」
悩んでも答えは出ず、ミクファはベッドを強く叩いた。
「……なんだ、ここ?」
とりあえず体に異常がないことを確認し、それから周りを見回す。
全体的に暑さと熱さに満ちた空間だった。
降り注ぐ陽光は日照りを起こすほど強く肌に刺さり、地面からは間欠泉のようにあちこち火柱が噴き出ている。おまけに、100メートル四方ぐらいで空間が区切られていて、その外は炎の壁で遮られている。
首を傾げるミクファの背後で、憎たらしいぐらい余裕そうな声がした。
「やあやあ、やっぱりアリアみたいに無限空間とはならないみたいだね。でも、これはこれですごいな。焼けそうだ」
「……お前は!」
「こんばんは、覚えていてくれたみたいでよかったよ」
忘れるわけがない。
師匠の敵で、今朝がた左腕を焼いた男が平然と立っていて、ミクファは油断なく構える。
そして気づく。
「あれ、腕が……」
「これは飾りだよ。本体のはちゃんと切断になったから安心して。君は見事だった」
「お前に褒められても嬉しくないんだよ」
「あと、戦うのもやめよう。時間の無駄だ」
こつん、とヘルディがひび割れた地面をつま先で叩く。
とたんに、なにもない中空から大量の触手が発生して、ミクファの全身を締め上げた。
「な……っ、ぐあっ!」
「言ってなかったけどね。僕はインキュバスなんだ。現実世界で快楽を与えた相手と、夢を繋ぐことができる」
「……快、楽? そんな、覚えは」
「まあ、種明かしは後でしよう。……どうせアリアに噛みつかれるだろうし」
―――師匠が噛みつく?
怒ったことがない、静かで柔和な師匠のその姿が想像できないミクファ。
触手が引っ込んで、すとんと腰が落ちる。
均整の取れた体つきの黒い男は、見下ろすようにして言った。
「実はね、僕はアリアを助けようと思っている。それで、君にも助力して欲しい」
「……信じると、でも?」
「これから信じさせるさ。それともアリアに会いたくないかい?」
「会いたいに決まってる!」
言いたいことも謝りたいこともたくさんある。
小さく笑って、ヘルディは指を振る。手品のように扉が現れる。
半分開いて、罠ではないとばかりに先に足を踏み出して、ヘルディは言った。
「あ、僕が左腕を失くしたのは内緒で頼むよ。変に悩ませたくないから」
「悩むって、……誰がだよ」
「アリア」
短く答えて、完全にその姿が扉の向こうに消える。
よろよろと立ち上がって、深く深呼吸をして、それからミクファも扉に手をかけた。
◇
「……すごい」
アリアの夢に入ってすぐ、ミクファは感嘆の声を漏らした。
口ぶりから、そして己の性質から、なんとなくさっきまでのが自分の精神世界だというのはわかっていた。
だとしたら、やっぱり師匠は別格だ。
「すごいだろう」
「なんでお前が自慢げなんだよ」
「……いや、僕も驚いてるよ。まさか数時間でここまで回復するとは」
大自然をきょろきょろと見まわして、ヘルディは何か感じ入るように目を閉じる。
悪人の感動とかはどうでもいいミクファは、ざっと景色を眺めて、それから走り出した。
「あ、ちょっと」
控えめな装飾の白いローブに、翡翠色の髪。焦がれていた姿を木陰に認めて、全力で駆け出す。
「師匠っ!」
そのままの勢いで飛びつくと、さすがにアリアは戸惑ったような声を上げた。
「ミクファ!?」
「会いたかったです……っ、すいません、私がもっとうまく立ち回っていればこんなことには……! だいじょぶでしたか、無事ですか、痛い所は? 痩せてませんか、ししょー……っ!」
「ああもう、離れてください」
ぐりぐりとおでこを押し付けてくる弟子を引きはがして、アリアはじとりとした目を上に投げる。憎たらしいぐらい余裕な笑みを浮かべる男が立っている。
「……今度は何ですか。ずいぶんとよく似た幻影を作りましたね」
「幻影!? 違います本物ですよ! ミクファです、忘れちゃいましたか? 毎食掃除洗濯その他諸々のお世話係もしてたじゃないですか!」
なぜそれを、と言いたげな顔で、アリアの目がヘルディとミクファを行き来する。
翡翠色の彼女は恐る恐る尋ねる。
「…………私が起こした失敗で最も規模が大きかったものは?」
「どっかの国の皇太子との縁談で、尻を触られそうになったから腕を切り落としたって話ですよね? あまりにもあんまりなんで上の方で秘匿されて……」
「わかりました。あなたは本物です」
食い気味に黙らせたが、既にヘルディは顔を引きつらせていた。
「ええ……、アリア。きみさあ……」
「いや違うんです。腕はちゃんと後日くっつけましたよ? それに炊事洗濯だってやろうと思えばできます」
「……洗濯させたら風圧でぐしゃぐしゃにするし、炊事させたら風刃で強制的にスムージーにしますよね」
「やっぱり抜けてるし残念な子枠じゃないか。お弟子さん可哀想……」
「というか!」
がばり、とアリアが唐突に立ち上がる。
急な動きにミクファが悲鳴を上げて芝に転がるが、それを無視してヘルディの胸倉をつかんだ。
「彼女がここにいるということは、ミクファをも手にかけましたね! あなたはいったい何を考えているんですか! やっぱり敵なんでしょう!」
「そんなことはない。実は彼女との繋がりはかなり強引にやったから、あと数十分で途切れる」
なにしろ、ヘルディがやったことと言えば、炭化した手でなんとかミクファの手首をさすって「気持ち良いかい」と聞いただけだ。繋がるかどうかも賭けに近かった。
心なしか早口で、ヘルディは言う。
「時間もないから、作戦会議だ」
◇
会議自体は、数十分で終わった。
そして、ミクファ=スカーレットは目を覚ます。
ヘルディに告げられた作戦を反芻する。
ざっくり言うと、ミクファの役目は陽動だ。
まずはミクファが収容区を襲撃。その隙にヘルディがアリアの魔封石を外す。基本的にはそれだけ。
ただ、一つだけ納得できないこともあった。
「他のエルフを諦めろ、か」
ぎりぎりと拳を握りこむ。
アリアが囚われた戦いだって、収容区で苗床のように扱われているエルフの救出が目的だった。
敵地のど真ん中で師匠が解放されたら、そしてそのどさくさに紛れたら、ヘルディの言うことを無視しても救出できるのではないか。
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