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終わる夢、汚れる石牢
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今日はどうやら、向こうが先に訪れていたらしい。
まるで内緒話のように、柔らかく鼓膜を揺さぶる音色に振り向くと、木陰でアリアが草笛を吹いていた。
邪魔をするのも無粋な気がして、ヘルディは隣に座って目を閉じる。
アリアが与えてくれるものは、どれもこれも新鮮で美しい。居住区に流れる喚き立てるような音楽よりよほど良い。
ひと段落したところで、ぱちぱちと緩く拍手を送る。
「良い曲だね」
「エルフの懐曲をインキュバスが褒めるというのも、おかしなものですね」
「美的感覚が似てるんじゃない?」
「私の感覚では、女性を辱めて悦に浸るのは最低なのですが」
「取り得る選択肢の中で最良のものを選ぶと、勝手にああなるだけだよ」
じとりと睨んでくるアリアにそう返すと、もう薄っぺらい答えしか返ってこないことは諦めているのか、呆れたようにため息をつかれた。
「里にいたときも、そうやって草笛を?」
「いえ、ハープを使うことが多かったですね。ここにはないので、代用で」
「ハープね」
どんなんだったっけ、と適当に思い描いて、そのまま出力する。
ごとん、とアリアの目の前に不格好な弦楽器が落ちた。
「こんな感じ?」
「……本当に何でもありですね。一応、私の夢なはずなのに」
「そこはまあ、置いといて」
弦の数や造形に関する要望をいくつか聞いて、ハープの形を整える。
心なしか柔らかな表情で大型の弦楽器を抱いて、アリアは首を傾げた。
「あなたは何か心得は?」
「まあ、ピアノが弾けなくもないんだけど。……ああ、でもここなら良いか」
「……含みがありますね」
「音を媒介にして性的興奮を叩きつけるっていう、拷問の一環で習得したんだよね。でもどうせ君は今、感度オフにしてるから」
「なんというかあなたは……。真面目なのが一周まわって傍迷惑な……」
「勤勉は美徳だろう」
軽口をたたき合って、ついでにピアノも出してみる。
音を確かめて、椅子に座る。適当に指を動かす。しばらく触っていなかったが、まあ遊び程度なら指がもつれることもないだろう。
ぽろん、と音を確かめるアリアに言った。
「好きに弾くと良い。適当に合わせるから」
内心ではうずうずしてたのだろうか、途端にアリアが演奏を始めて、ヘルディも言葉通り、適当に鍵盤に指を這わせる。
穏やかな旋律、音が間延びした部分で打鍵してやり、途中からはぴったりと並奏する。
弦楽器の良い所は、口がふさがれない所だ。
「アリア」
髪を撫でる風のように、ゆったりとした曲の合間で静かに言う。
「この夢は、今日で最後だ」
ぴぃん、と引っかいたようなノイズが演奏に交じった。
「……そうですか。ええ、清々しますよ。明日からはゆっくりと寝られるんでしょう?」
「そうであることを祈っているよ。実は、調教師も代わることになったから、今後の方針はわからない」
「……?」
「ナスチャ=レインロード」
その言葉に、今度こそはっきりと演奏が乱れる。
じわりと地平線が淀み始めるのを見て、ヘルディは嘆息したくなるのをぐっとこらえた。
「覚えているんだね」
「ええ、まあ。人族の中で唯一、ひやりとした相手です」
ナスチャに聞いた自己評価も、大体同じものだった。
正面きっては勝てないが、限界まで搦め手を使って不意打ちを掛ければ、なんとか落とせる相手。
「実際、ナスチャのプランで君は捕まったわけだしね」
「……うるさいですよ」
「ナスチャの責めは、きっと辛いよ」
なんの支えもなければ、ぐずぐずに堕ちていってしまうぐらい。
もう曲の体裁も怪しくなってきた演奏を打ち切って、ヘルディはアリアに向き直る。
「でも、ゴールがないわけでもない。そう遠くないうちに、僕は戻ってくる」
「おかしなことを。どっちにしろ、私にとっては不快ですよ。あなた、嫌われていることを忘れていませんか?」
「今はわからなくていい」
言ってもわからないだろうから。
数人だけ存在する調教師は、結果の出し方がそれぞれ異なる。そして、『用済み』となった虜囚で人格が残っているのは、ヘルディが担当した者だけだ。
「そこまで真剣にならなくていいよ。ただ、しばらく耐えていればまた林檎が食べられる、ぐらいに思ってくれればいいさ」
「幼子に飴をあげるような感覚で言われても苛立つだけですが」
「でもあったら食べるだろう?」
「……………………」
最後まで薄っぺらい笑みを心がけて、ヘルディは虚空から赤く実った果実を生み出す。
一口大に切ってから差し出してやると、アリアは無言で一切れ、小さな口の中に収めた。
◇
瑞々しい林檎の甘みが口内に残っている気がしたが、それはもちろん、気のせいだった。
絶頂に焦がれて体の中心からひっきりなしに漏れ出る熱い吐息に、粘ついた唾液が絡むだけだった。
夢が終わって、石牢の圧迫感に苛まれ、アリアは現実を直視する。
誰にも触らせたことのなかった絹のような肌には触手がまとわりつき、手首と足首には無力化の枷を嵌められて、悶え狂う玩具となっている自分。
―――イかせて、ほしい。
ただそれだけで脳が満ちていく。
「ぅぅう……はあ、ぁ……」
「あら、やっぱりヘルディの手掛ける子は綺麗なままね」
「あ、ぁぁ……うぁぁ?」
こつ、と、ヒールの音がしてアリアは項垂れていた首を持ち上げる。
よく手入れされた艶やかな栗色の髪。エルフにはない、あからさまに男を誘う肉感的な体つき。
しっとりとした笑みを浮かべた女性が正面に立つ。
「あな、たは……」
「どうも、ナスチャ=レインロードよ。今日からあなたの調教役、なんだけどねぇ」
「い、っづ!」
なんの前触れもなく、突然、秘叢を撫でられる。
そのまま、まとまった量の陰毛を引っ張られて、アリアは悲鳴を上げた。
「あなたよね、ヘルディの寵愛をずぅっと受けていた泥棒猫は。まったく忌々しい。綺麗な顔だこと。潰してやりたいわ」
「ん、ふぅあ……っ、んぐ、っ!」
真っ白に垂れる愛液を掬い取られて、ぐちゃぐちゃと顔に塗り込まれる。
瞬く間に愛液に濡れたアリアの顔を今度ははたいて、それから無理やり顎を開かせる。
「んぐ、ぁ……ぁ、ぁあ、えっ、ぐ!」
「そうそう。みっともなくなってきたじゃない。どろどろのぐちゃぐちゃ、涎を垂らして悶えて狂って……」
顔だけ切り取れば広告にでも使えそうなほど整った笑みを保ったまま、ナスチャは粘つく口調で囁いた。
「もっと、汚く堕としてあげる」
まるで内緒話のように、柔らかく鼓膜を揺さぶる音色に振り向くと、木陰でアリアが草笛を吹いていた。
邪魔をするのも無粋な気がして、ヘルディは隣に座って目を閉じる。
アリアが与えてくれるものは、どれもこれも新鮮で美しい。居住区に流れる喚き立てるような音楽よりよほど良い。
ひと段落したところで、ぱちぱちと緩く拍手を送る。
「良い曲だね」
「エルフの懐曲をインキュバスが褒めるというのも、おかしなものですね」
「美的感覚が似てるんじゃない?」
「私の感覚では、女性を辱めて悦に浸るのは最低なのですが」
「取り得る選択肢の中で最良のものを選ぶと、勝手にああなるだけだよ」
じとりと睨んでくるアリアにそう返すと、もう薄っぺらい答えしか返ってこないことは諦めているのか、呆れたようにため息をつかれた。
「里にいたときも、そうやって草笛を?」
「いえ、ハープを使うことが多かったですね。ここにはないので、代用で」
「ハープね」
どんなんだったっけ、と適当に思い描いて、そのまま出力する。
ごとん、とアリアの目の前に不格好な弦楽器が落ちた。
「こんな感じ?」
「……本当に何でもありですね。一応、私の夢なはずなのに」
「そこはまあ、置いといて」
弦の数や造形に関する要望をいくつか聞いて、ハープの形を整える。
心なしか柔らかな表情で大型の弦楽器を抱いて、アリアは首を傾げた。
「あなたは何か心得は?」
「まあ、ピアノが弾けなくもないんだけど。……ああ、でもここなら良いか」
「……含みがありますね」
「音を媒介にして性的興奮を叩きつけるっていう、拷問の一環で習得したんだよね。でもどうせ君は今、感度オフにしてるから」
「なんというかあなたは……。真面目なのが一周まわって傍迷惑な……」
「勤勉は美徳だろう」
軽口をたたき合って、ついでにピアノも出してみる。
音を確かめて、椅子に座る。適当に指を動かす。しばらく触っていなかったが、まあ遊び程度なら指がもつれることもないだろう。
ぽろん、と音を確かめるアリアに言った。
「好きに弾くと良い。適当に合わせるから」
内心ではうずうずしてたのだろうか、途端にアリアが演奏を始めて、ヘルディも言葉通り、適当に鍵盤に指を這わせる。
穏やかな旋律、音が間延びした部分で打鍵してやり、途中からはぴったりと並奏する。
弦楽器の良い所は、口がふさがれない所だ。
「アリア」
髪を撫でる風のように、ゆったりとした曲の合間で静かに言う。
「この夢は、今日で最後だ」
ぴぃん、と引っかいたようなノイズが演奏に交じった。
「……そうですか。ええ、清々しますよ。明日からはゆっくりと寝られるんでしょう?」
「そうであることを祈っているよ。実は、調教師も代わることになったから、今後の方針はわからない」
「……?」
「ナスチャ=レインロード」
その言葉に、今度こそはっきりと演奏が乱れる。
じわりと地平線が淀み始めるのを見て、ヘルディは嘆息したくなるのをぐっとこらえた。
「覚えているんだね」
「ええ、まあ。人族の中で唯一、ひやりとした相手です」
ナスチャに聞いた自己評価も、大体同じものだった。
正面きっては勝てないが、限界まで搦め手を使って不意打ちを掛ければ、なんとか落とせる相手。
「実際、ナスチャのプランで君は捕まったわけだしね」
「……うるさいですよ」
「ナスチャの責めは、きっと辛いよ」
なんの支えもなければ、ぐずぐずに堕ちていってしまうぐらい。
もう曲の体裁も怪しくなってきた演奏を打ち切って、ヘルディはアリアに向き直る。
「でも、ゴールがないわけでもない。そう遠くないうちに、僕は戻ってくる」
「おかしなことを。どっちにしろ、私にとっては不快ですよ。あなた、嫌われていることを忘れていませんか?」
「今はわからなくていい」
言ってもわからないだろうから。
数人だけ存在する調教師は、結果の出し方がそれぞれ異なる。そして、『用済み』となった虜囚で人格が残っているのは、ヘルディが担当した者だけだ。
「そこまで真剣にならなくていいよ。ただ、しばらく耐えていればまた林檎が食べられる、ぐらいに思ってくれればいいさ」
「幼子に飴をあげるような感覚で言われても苛立つだけですが」
「でもあったら食べるだろう?」
「……………………」
最後まで薄っぺらい笑みを心がけて、ヘルディは虚空から赤く実った果実を生み出す。
一口大に切ってから差し出してやると、アリアは無言で一切れ、小さな口の中に収めた。
◇
瑞々しい林檎の甘みが口内に残っている気がしたが、それはもちろん、気のせいだった。
絶頂に焦がれて体の中心からひっきりなしに漏れ出る熱い吐息に、粘ついた唾液が絡むだけだった。
夢が終わって、石牢の圧迫感に苛まれ、アリアは現実を直視する。
誰にも触らせたことのなかった絹のような肌には触手がまとわりつき、手首と足首には無力化の枷を嵌められて、悶え狂う玩具となっている自分。
―――イかせて、ほしい。
ただそれだけで脳が満ちていく。
「ぅぅう……はあ、ぁ……」
「あら、やっぱりヘルディの手掛ける子は綺麗なままね」
「あ、ぁぁ……うぁぁ?」
こつ、と、ヒールの音がしてアリアは項垂れていた首を持ち上げる。
よく手入れされた艶やかな栗色の髪。エルフにはない、あからさまに男を誘う肉感的な体つき。
しっとりとした笑みを浮かべた女性が正面に立つ。
「あな、たは……」
「どうも、ナスチャ=レインロードよ。今日からあなたの調教役、なんだけどねぇ」
「い、っづ!」
なんの前触れもなく、突然、秘叢を撫でられる。
そのまま、まとまった量の陰毛を引っ張られて、アリアは悲鳴を上げた。
「あなたよね、ヘルディの寵愛をずぅっと受けていた泥棒猫は。まったく忌々しい。綺麗な顔だこと。潰してやりたいわ」
「ん、ふぅあ……っ、んぐ、っ!」
真っ白に垂れる愛液を掬い取られて、ぐちゃぐちゃと顔に塗り込まれる。
瞬く間に愛液に濡れたアリアの顔を今度ははたいて、それから無理やり顎を開かせる。
「んぐ、ぁ……ぁ、ぁあ、えっ、ぐ!」
「そうそう。みっともなくなってきたじゃない。どろどろのぐちゃぐちゃ、涎を垂らして悶えて狂って……」
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