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100日目―最強陥落―
しおりを挟む「さて、いったい何がどうなっているんだか」
脳を掴んで揺さぶるようなアラームの音に叩き起こされて、沙羅は深部の住居の扉を閉めた。
内側からガチャリとロックがかかるのを確認して、先に進む。
―――アイリーンが裏切ったか、梓が何かしたか。……十中八九、梓だろうな。
何度も泣かせ弄んだ黒髪の研究者と、短めの茶髪が似合う勝ち気な女をセットで思い出した。
きっと今頃、処理に追われる冴は住居で半泣きだろう。施設の裏がバレれば這う這うの体で逃亡生活を余儀なくされるのだから当然か。
沙羅はひたすら、ぞくぞくする。
生きのいい垂涎の獲物が、何人も現れてくれたのだから、これもまた、沙羅にとっては当然だ。捕まえて、嬲って、丁寧にじっくりと堕とす楽しみが増えた。
そう考えていた沙羅の足が、止まる。
深部の通路、唯一の道を塞ぐように、防具で顔を隠した3人の敵が立っていた。
「…………思ったよりも複雑なことになっているらしいな」
「まあまあ、私たちにとってはラッキーデイっすけどね」
個性を潰すようなラバースーツに身を包んだ真ん中の敵が、飄々と笑う。
「元々、潜入工作的な話はあったんですけど、なんか内輪でセキュリティがばがばにしたっぽいっすね。おかげで4人、仲良く入れました」
返事には拳を選んだ。
ふらふらと両手を広げて悦に浸るラバースーツの懐に、二歩で踏み込む。真ん中を庇うように割り込んできた両サイドの女ごと、沙羅は拳を振り抜いた。
鈍い音が三つ響き、廊下に転がる侵入者を、沙羅は冷たく見下ろす。
「とりあえず両肩両膝の骨を折る。あとは迎えに来るまで悶えていろ」
「……っつ、つー。やぁっぱり強いっすね。さっすが沙羅さん。あんたとまともにやって勝てる人間なんているんすかね」
「気に入らないな」
「なにがっすか」
「その、策を弄すれば勝てるとでも言いたげな口調がだ」
ぺらぺらと後輩口調の奴がリーダー格なのは把握した。まずはそこから叩き潰す。
腕を締めていたベルトを外して鞭のように振る。女は、意外と反応が早い。しゃがんだ頭を蹴り飛ばそうとするも、また止められる。受け止められた反動で、沙羅は跳ねた。両脇から迫る部下の片方を蹴り、もう片方の髪を掴んで振り回す。リーダー格がそれもぎりぎりでかわす。脇の女の髪が束で抜け、砲弾のように壁にめり込んだ。
部下の体でできた陰に隠れて、リーダー格は肘を伸ばしてこちらに真っ直ぐ向ける。
その動作に、ぞわりと危険な匂いを感じた。
沙羅はとっさに回避行動を取る。顔を振る。その耳元を、弾が掠める。
「暗器か? だが甘い」
「ゴム弾っすよ。まだまだまだだっ」
複数の弾が飛び交い、反射する。非常用のコンセントを打ち抜き、スプリンクラーを破損させ、沙羅が守る奥の扉を凹ませた。
「………っ」
「やっぱり妹は大事っすかねぇ! 捕まえたら一緒に遊んであげますから楽しみにしててくださいよ!」
「縊り殺すぞこの三下」
「それに、詰みっす」
どこがだ、と返そうとした沙羅は、ばちち、と何も刺していないのに火花を散らし始めたコンセントに悪寒を覚える。慌てて飛びのくも、リーダー格は嘲り笑った。
「むだむだむだだ」
直後、設置されたすべてのスプリンクラーが一斉に作動した。
飛びのくも何も、通路全体を埋め尽くされていては逃げ場がない。ラバースーツの三人が平然と立つ中で、沙羅は1人もろに感電して苦悶の声を漏らす。
「がっ! ………っぐ、く」
「へぇぇ。最大電圧らしいっすけど耐えるんすねぇ」
「………うちのモルモットに、手回しでも、したのか」
「ああ、違うっすよ。最初に言ったじゃないっすか。4人で仲良くはいれましたって。まあ一人は遠隔っすけど」
―――まずいな。
常時電撃を受け続け、体の痺れが止まらない沙羅は顔をしかめる。このまま3人を相手にし続けるのはおそらく無理で、そう遠くないうちに突破される。
ならば、と。
体が動くうちに全力で深部まで駆けて、鍵のかかったままのドアを思いっきり蹴り飛ばした。
重機のような轟音が響いて、ドアの上部がひしゃげて隙間ができる。その隙間から、沙羅は叫んだ。
「冴! 逃げろ、即刻脱出しろ! 後で必ず追い付いてやる! がっ、ぁ!」
「はいはい、愛情ごっこは済みましたっすか?」
その大きい背に背後からゴム弾を浴びせて、女は笑う。
「でも、逃がすわけにはいかないんすよね。こっちの目的は崩壊じゃなくて乗っ取りなんで。トップが逃げちゃあ面倒いじゃないっすか」
沙羅は向き直って、不規則に暴れはじめた鼓動を無理やり呼吸で押さえつける。獰猛な笑みを浮かべて、挑発するように手を突き出した。
「……女一人、逃げる時間を、私が、っ、稼げないとでも、思ってるのか?」
「きゃーかっこいーっすね。じゃあ、一斉射撃」
特殊な打ち出し方をしているのか、ガスが漏れるような音と共に降り注ぐゴム弾の雨を全身で受けて、沙羅はただ立ち続ける。
電撃を受けた体で、文字通り一歩も引かずに、冴が逃げるための時間を稼ぎ続けた。
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