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45日目―アイリーンの平日―

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 アイリーンの一日は、鈴の音のような喘ぎ声から始まる。
 キングサイズのベッドには、アイリーンのほかにもう一人が寝ている。昼間はのっぺりとした仮面を被って下部組織の一員として働く、子飼いの奴隷だ。
 裸で両手両足を括られて、起床時間になると股間に入れた張形が振動するようになっている。
「あ、あん……、ああああああああああああっ!」
「………んぅ、もう朝ぁ? あと五分……」
「止め、てっ! 止めてください主様ぁ!」
 芋虫のように体をくねらせ、かくかくと腰を震わせる下僕の胸を、アイリーンは軽くつまむ。
「んもう、うるひゃいわよ……」
「ひっ、あっ! イっちゃいます、からあ!」
 アイリーンは梓とは違い、調教時に体の感度を弄ったりはしない。
 代わりに脳を弄る。
 アイリーンの愛撫に限り、ひとかたならぬ快楽を受け取るように躾けられた下僕は、茶髪を振り乱して絶頂する。
 ワントーン上がった嬌声に目を瞬かせ、たらたらと垂れる愛液をひとすくい口に含んで、アイリーンはのっそりと起き上がった。
「ふあ、あああ……。必死さがないと眠気に刺さらないわよねぇ」
「ある、じさま……、寝起き、悪いです……」
「しゃらーっぷ」
 ぐにー、と乳首をねじって、再び絶頂する下僕をよそに、アイリーンは寝室に配置してある奴隷から水と携帯食を受け取る。
 廊下を歩きながらそれらを食べ終わり、コップをキッチンに配置した奴隷に渡して、洗面所に入った。顔を洗い、歯を磨き、手早く髪を整えて、さらに別の奴隷から服を受け取って着用する。
 アイリーンは自室に、3人の奴隷と1人の下僕を囲っている。
 奴隷の方は薬で脳を弄っているので、冷徹従順な代わりに複雑な思考ができない。
 一方、下僕の方は基礎能力の高さが惜しくて、じっくりと時間をかけて手ずから堕とした。そのため、意見も言うし感情もあるし、たまに反抗もする。でもそこが良い。
「主様ぁ……、私の下着、知りませんか?」
 ほら、顔を赤らめて尋ねてくるその姿の、可愛らしいこと。
 アイリーンは下僕に軽くキスをして、にこりと笑った。
「はい、これ」
「あ、あるんですね……。良かったです、また取り上げられるのかと……」
「ああ、クロッチ部分に穴開いてるわよ」
「下着のっ、意味っ!」
「なによもう、文句が多いわねぇ」
「あ、あん………っふ、あああっ、あう……」
 戯れに裸の内腿を擦ってやると、それだけで下僕は甘い声を上げて腰を折る。
 とろりと、愛液の雫が垂れているのを見て、アイリーンは下僕を柔らかく抱きしめる。
 すう、と首筋の匂いを呼吸に満たし、頬をくっつけて、最後に軽く口づけして言った。
「さて、じゃあ私は出るから。あなたもお仕事頑張ってね」
「あ、そういえばさっきメールが来てたんですけど」
「……ねえ、今って甘い雰囲気じゃない? メルヘンな感じ保たせてちょうだいよ」
「す、すみません……。でも真壁元部長からだったので、至急が良いかなって……」
 真壁部長? とアイリーンは首を傾げる。
 梓と違い、こちらはあまり接点はないはずなのだが……。 

■■■
 
 梓が研究室に顔を出したのは、昼休憩が終わってからだった。
 とぼとぼと元気のなさそうな足取りを見て、アイリーンはぐにぐにと頬を揉んで、席を立つ。
「あらぁ? 主席サマは重役出勤で羨ましいこと」
「……私より先に来てるなら私より結果出せよ、この二流」
「あんまり部下を邪険にしてるとそのうち噛みつかれるわよ?」
 ぎしっ、と回転椅子に腰かけたばかりの梓を見下ろして告げる。
 アイリーンと目を合わせた梓は、わずかに瞳を揺らして、それからふいっと顔をそむけた。
―――動揺、不安。
 回転椅子の後ろに回り込んで、アイリーンは梓の首筋に手を這わせる。
「それとも、もう噛みつかれたのかしら? 昨日の調教、動画を途中から差し替えたでしょう? いったいあの時間に何があったのかしら?」
「蛍ちゃんが漏らしたから非表示にしただけだよ……」
「本当かしら? まあそっちはどうでもいいわ。あと一つ、聞きたいことがあるのだけどね」
 とっ、とっ、とっ、とっ。
 一定の、少し早いペースで刻まれる梓の脈を首筋から計って、アイリーンは耳元でささやいた。
「真壁部長から、送られてきたの。梓の……」
 髪を引っ張られ、頭を踏まれる姿が。
 浴槽で好き勝手に弄ばれて、果てる姿が。
 猫のように尻を突き出して、張形に貫かれる姿が。
 とくんっ。
 脈が揺れて、だらりと下がっていた梓の両腕に力がこもる。呼吸は浅くて急くようだ。
 ぎしっ、と椅子を軋ませて、梓はアイリーンへ椅子を反転させる。
「おまえ……っ⁉」
「ごめんなさいね」
 唐突に言われた言葉は、梓にとっては予想外だっただろう。
 梓の小さな体と向かい合う形となったアイリーンは、ぎゅう、と梓を抱きしめた。
 
■■■
 
―――意味が、わからない。
 突然アイリーンに抱き寄せられて。
 くらくらするほど甘い匂いが鼻腔を抜けて、梓はひくっ、と頬を引きつらせた。
「な、にさ……」
「知らなかったの、本当に」
 梓の頭をさらさらと撫でて、アイリーンは言う。
「真壁部長が、何かの手段で梓を痛めつけたのは知ってた。でも、あんなことになってるなんて、本当に、知らなくて……」
「……………っ」
「今まで煽ったりして、ごめんなさいね」
 ぎゅうう、と抱かれる感触に、梓の思考が乱される。
 何人もの女に抱き着いてきたけれど。
 抱きしめられるのも、頭を撫でられるのも、初めてのことで。
 ふわふわとした思考に滑り込むように、アイリーンの口が動く。
「信じてくれとは言わないけれど。まあ、それだけよ。あと、これも」
「今度は、なに……んっ⁉」
 アイリーンの肉感的な体が離れたと思ったら、今度は頬を持ち上げられて。
 ふっくらとした唇を重ねられ、梓はさして抵抗もできずに、一錠の薬を飲まされる。
 一瞬だった。
 すぅぅ、と気持ちが凪いでいき、梓は数秒で安定した自分の心に逆に不安を覚え、首を傾げる。
「………、んぅ……? あ、れ? なに、これ」
「楽になるわよ。私特製だもの」
 少しだけ得意げに、アイリーンは言う。
 効果時間は3時間。即効性の精神安定剤。
 まあ、あんたに比べれば微々たる成果だけど、と自虐的に笑って、アイリーンは梓のポケットに薬を突っ込んだ。
「使わなかったら捨てたらいいわ」
「えっと、…………いくら?」
「別にいいわよ。ああ、あと。午前の間にあんたの主な業務は回しておいたから」
「あ、あり、がと………?」
「お礼には及ばないわ。いや、本当に」
 冷静になったもののいきなりいろいろと言われて面食らう梓に。
 アイリーンはちろりと舌を出して、手刀を切った。
「ごめんなさいね、ちょっとわからないところが多々あって。良ければ教えてもらえるかしら?」
 あんたの研究が色濃く絡んだとこと、あと監視カメラの差し替えのとこと……、と指を折り始めるアイリーンに、梓は小さく笑って答えた。
「ばーか」
「あんたねぇ……っ!」
「来て、教えたげる」
 ぱしんとアイリーンの肩を叩いて、野茨梓は立ちあがる。
 
■■■
 
 業務が終わり、就寝前。
 手足を括った下僕に陰部を舐めさせながら、アイリーンは暗闇で笑う。
―――良い、感じね。
「なんだか、んむ、ちゅ、ぱ、楽しそうですね、主様」
「んふ、あっ、ぅ、まあねえ」
 とろとろと顎を濡らして見上げてくる下僕の顔を太腿で挟んで、アイリーンは秘裂を擦りつける。
 天井を見上げて、舌の動きに翻弄されながら、ぼんやりと考えた。
 研究所で産み落とされ、英才教育を施された人造天才。通称『Aシリーズ』
 最終的に完成に至った数名には、各々に二つ名と開発コンセプトがある。
 Aileenの二つ名は『女王』 
 目を引く容姿と人心掌握術、さらに万能型の頭脳を持って、総合力で他者を圧倒する。
 Azusaの二つ名は『全専攻』
 あらゆる学術的、技術的技能に全リソースを一点特化させた、ある種ピーキーな天才。
「あああっ!」
 長い年月を経て、良い所を的確に刺激してくるようになった下僕の舌に腰を震わせて、アイリーンは笑う。
―――私が使う側で、あんたが使われる側なのは、明らかでしょう。
 そのための布石は、打ってある。
 人事を篭絡して、目の前の下僕を下部組織として別名で登録させた。
 さらに梓に顔を見せ、不感剤の配達人として認識させた。
 研究所からごく近距離限定だが、なんとか外出申請も通した。
―――今が、狙い目ね。
「ある、じさまっ、果てて、くださいっ」
「あ、あんっ! い、い……。は、ぅあ、あああっ! イっ、………くっ!」
 ふるふると体を揺らし、下僕の顔を太腿で挟んで。
 アイリーンは、恍惚とした表情で絶頂を迎えた。
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