奴隷女と冷徹貴族が、夫婦になるまでの物語

blueblack

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5章

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 結果だけ見れば、たった数十分の戦争だった。
 竜巻に直撃されたようなイルミナ家の中庭でぼーっと突っ立っていたルーカスは、カオルを抱いたノアを見て、身構える。

「今はどっちだ? ノアの兄貴」
「別に、全部私だ。人を二重人格者のように言うなよ」

 ああ、戻った。ケアラに見せなくてよかった。
 肩の力を抜く。安堵から軽口が出た。

「鉄錆臭い凱旋だなあナイト様。金に黒に、赤に白に青か。見てるだけでチカチカしてくる」

「煩いな。さっさと帰るぞ。カオルの手当だ」
「兄貴もな。肩、射られてただろうが。あと壊れた車の前ドア、修繕費は兄貴の個人口座から出せよ」
「……わかった」

 カオルを抱いたまま、ノアは後部座席に乗り込んだ。



 目を覚ますことが、昔からずっと苦痛だった。
(ああ、目が覚める……)
 浮上していく感覚に、カオルは泣きそうになる。さっきまで、ノアに抱かれている夢を、見ていたのに。
 うっすらと、目を開けた。

「…………あれ?」

 拷問部屋では、なかった。
 楽しい思い出がたくさん詰まった、エヴァンス家のカオルの部屋だった。

「……夢?」
「その調子だと、私との一夜も夢にされそうだな」
「の、ノア、様っ⁉︎」

 簡素な部屋着を着たノアが、ベッドサイドに座っていた。

「あ、あの、すみません寝たままで……っつ、う」

 慌てて飛び起きようとして、それで背中が擦れて痛んだ。
 横向きに寝かせ直して、ノアは眉を寄せる。

「裂傷と、心身衰弱だそうだ。絶対安静、わかったな。……好きなだけ休め。二度とあんな目には遭わせない」
「すみません。……ノア様、本当に、申し訳……っ」

 勝手に家を出ておいて、迷惑をかけるだけかけた挙句にこの有様。
 見れば、ノアも肩口に包帯を巻いている。

「その、肩は……」
「ルーカスとケアラが過保護なんだ」
「私のせい、……ですね」
「違う。カオル。覚えておけ。この家では悪くない者は謝る必要はない」

 それからノアは、躊躇いがちに両手を伸ばして、カオルを見た。

「手を」
「……え、と?」
「握っても、良いだろうか」
「ええと、その……ノア様が、気になさらないのであれば、私は構いません、けど……」

 ノアだって見ていたはずだ。体液に塗れた自分の汚い姿を。
 なのに彼は、壊れ物でも扱うように優しくカオルの手を持った。労るように撫でられて、じんわりと快感が走る。

「……ぁ……」
「っ、すまない」
「いいん、です。……もっと、してください」

 欲張りすぎただろうか。言った後ではっとしたが、ノアはそのまま撫でてくれた。



 カオルはしばらくうとうととした後、再び眠った。もう、うなされてほしくは無い。
 そしてノアが部屋から出ると、ルーカスとケアラが仲良く聞き耳を立てていた。

「……私に謝れ、貴様ら」
「え、やだよ。『悪くない者は謝る必要はない』んでしょー? ノアの兄貴ぃ」
「だから謝れと言っているんだ」

 調子に乗らせるとすぐこれだ。ため息をつく。でもまあ、重い話の前はこれぐらいが丁度良いのかもしれない。
 リビングに、三人並んで座る。
 口火を切ったのは、ルーカスだった。

「奥さんの身辺調査な。グレイのおっさんに補強もしてもらったから、これで最終版、確定だ」

 カオルが虐げられている、と言うことだけを聞かされていて、その理由はまだはっきりしていなかったのだ。
 数枚の資料を流し見する。
 そして、一際おおきな一文に、目を見開いた。
『先天性疾患につき、妊娠不可』

「これは……」
「イルミナ家でこれは、まあ致命傷だわな」

 なにせ『優秀な男児を産む』ことを売りに拡大して来た女貴族集団なのだから。

「それをノアの兄貴はさあ。……まああれは、不運な事故だったんだけどさ」

 ケアラもルーカスも、そしてノアも気になっていたのだ。
 産婦人科を見たときの、カオルの言葉。
 後にも先にも、彼女が他者を貶めるようなことを言ったのはあれだけだった。しかし……。

「あれは、自虐か……」
「さらに兄貴の自虐も、奥さんには刺さったんだろうな」
「ああ全く……」

 薬指に光る指輪を握り込む。
 ――一番カオルを傷つけたのは、私じゃないか。

「……カオルが回復したら、話をしないといけないな」
「全くだよ。二人とも自分のこと言わなすぎ。会話がないよね、つまんなくない?」
「……お前は慎みを覚えろと俺はいつも思ってるよ」
「ルーカスにはデリカシーが足りなぁい」
「漫才なら見世物小屋でやれ」

 ため息をつきはしたが、心は少し軽くなっていた。
 感謝と、ルーカスには少し謝罪の意味も込めて、ノアは頭を下げた。

「ありがとう」
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