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5章
5-2
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結果だけ見れば、たった数十分の戦争だった。
竜巻に直撃されたようなイルミナ家の中庭でぼーっと突っ立っていたルーカスは、カオルを抱いたノアを見て、身構える。
「今はどっちだ? ノアの兄貴」
「別に、全部私だ。人を二重人格者のように言うなよ」
ああ、戻った。ケアラに見せなくてよかった。
肩の力を抜く。安堵から軽口が出た。
「鉄錆臭い凱旋だなあナイト様。金に黒に、赤に白に青か。見てるだけでチカチカしてくる」
「煩いな。さっさと帰るぞ。カオルの手当だ」
「兄貴もな。肩、射られてただろうが。あと壊れた車の前ドア、修繕費は兄貴の個人口座から出せよ」
「……わかった」
カオルを抱いたまま、ノアは後部座席に乗り込んだ。
◇
目を覚ますことが、昔からずっと苦痛だった。
(ああ、目が覚める……)
浮上していく感覚に、カオルは泣きそうになる。さっきまで、ノアに抱かれている夢を、見ていたのに。
うっすらと、目を開けた。
「…………あれ?」
拷問部屋では、なかった。
楽しい思い出がたくさん詰まった、エヴァンス家のカオルの部屋だった。
「……夢?」
「その調子だと、私との一夜も夢にされそうだな」
「の、ノア、様っ⁉︎」
簡素な部屋着を着たノアが、ベッドサイドに座っていた。
「あ、あの、すみません寝たままで……っつ、う」
慌てて飛び起きようとして、それで背中が擦れて痛んだ。
横向きに寝かせ直して、ノアは眉を寄せる。
「裂傷と、心身衰弱だそうだ。絶対安静、わかったな。……好きなだけ休め。二度とあんな目には遭わせない」
「すみません。……ノア様、本当に、申し訳……っ」
勝手に家を出ておいて、迷惑をかけるだけかけた挙句にこの有様。
見れば、ノアも肩口に包帯を巻いている。
「その、肩は……」
「ルーカスとケアラが過保護なんだ」
「私のせい、……ですね」
「違う。カオル。覚えておけ。この家では悪くない者は謝る必要はない」
それからノアは、躊躇いがちに両手を伸ばして、カオルを見た。
「手を」
「……え、と?」
「握っても、良いだろうか」
「ええと、その……ノア様が、気になさらないのであれば、私は構いません、けど……」
ノアだって見ていたはずだ。体液に塗れた自分の汚い姿を。
なのに彼は、壊れ物でも扱うように優しくカオルの手を持った。労るように撫でられて、じんわりと快感が走る。
「……ぁ……」
「っ、すまない」
「いいん、です。……もっと、してください」
欲張りすぎただろうか。言った後ではっとしたが、ノアはそのまま撫でてくれた。
◇
カオルはしばらくうとうととした後、再び眠った。もう、うなされてほしくは無い。
そしてノアが部屋から出ると、ルーカスとケアラが仲良く聞き耳を立てていた。
「……私に謝れ、貴様ら」
「え、やだよ。『悪くない者は謝る必要はない』んでしょー? ノアの兄貴ぃ」
「だから謝れと言っているんだ」
調子に乗らせるとすぐこれだ。ため息をつく。でもまあ、重い話の前はこれぐらいが丁度良いのかもしれない。
リビングに、三人並んで座る。
口火を切ったのは、ルーカスだった。
「奥さんの身辺調査な。グレイのおっさんに補強もしてもらったから、これで最終版、確定だ」
カオルが虐げられている、と言うことだけを聞かされていて、その理由はまだはっきりしていなかったのだ。
数枚の資料を流し見する。
そして、一際おおきな一文に、目を見開いた。
『先天性疾患につき、妊娠不可』
「これは……」
「イルミナ家でこれは、まあ致命傷だわな」
なにせ『優秀な男児を産む』ことを売りに拡大して来た女貴族集団なのだから。
「それをノアの兄貴はさあ。……まああれは、不運な事故だったんだけどさ」
ケアラもルーカスも、そしてノアも気になっていたのだ。
産婦人科を見たときの、カオルの言葉。
後にも先にも、彼女が他者を貶めるようなことを言ったのはあれだけだった。しかし……。
「あれは、自虐か……」
「さらに兄貴の自虐も、奥さんには刺さったんだろうな」
「ああ全く……」
薬指に光る指輪を握り込む。
――一番カオルを傷つけたのは、私じゃないか。
「……カオルが回復したら、話をしないといけないな」
「全くだよ。二人とも自分のこと言わなすぎ。会話がないよね、つまんなくない?」
「……お前は慎みを覚えろと俺はいつも思ってるよ」
「ルーカスにはデリカシーが足りなぁい」
「漫才なら見世物小屋でやれ」
ため息をつきはしたが、心は少し軽くなっていた。
感謝と、ルーカスには少し謝罪の意味も込めて、ノアは頭を下げた。
「ありがとう」
竜巻に直撃されたようなイルミナ家の中庭でぼーっと突っ立っていたルーカスは、カオルを抱いたノアを見て、身構える。
「今はどっちだ? ノアの兄貴」
「別に、全部私だ。人を二重人格者のように言うなよ」
ああ、戻った。ケアラに見せなくてよかった。
肩の力を抜く。安堵から軽口が出た。
「鉄錆臭い凱旋だなあナイト様。金に黒に、赤に白に青か。見てるだけでチカチカしてくる」
「煩いな。さっさと帰るぞ。カオルの手当だ」
「兄貴もな。肩、射られてただろうが。あと壊れた車の前ドア、修繕費は兄貴の個人口座から出せよ」
「……わかった」
カオルを抱いたまま、ノアは後部座席に乗り込んだ。
◇
目を覚ますことが、昔からずっと苦痛だった。
(ああ、目が覚める……)
浮上していく感覚に、カオルは泣きそうになる。さっきまで、ノアに抱かれている夢を、見ていたのに。
うっすらと、目を開けた。
「…………あれ?」
拷問部屋では、なかった。
楽しい思い出がたくさん詰まった、エヴァンス家のカオルの部屋だった。
「……夢?」
「その調子だと、私との一夜も夢にされそうだな」
「の、ノア、様っ⁉︎」
簡素な部屋着を着たノアが、ベッドサイドに座っていた。
「あ、あの、すみません寝たままで……っつ、う」
慌てて飛び起きようとして、それで背中が擦れて痛んだ。
横向きに寝かせ直して、ノアは眉を寄せる。
「裂傷と、心身衰弱だそうだ。絶対安静、わかったな。……好きなだけ休め。二度とあんな目には遭わせない」
「すみません。……ノア様、本当に、申し訳……っ」
勝手に家を出ておいて、迷惑をかけるだけかけた挙句にこの有様。
見れば、ノアも肩口に包帯を巻いている。
「その、肩は……」
「ルーカスとケアラが過保護なんだ」
「私のせい、……ですね」
「違う。カオル。覚えておけ。この家では悪くない者は謝る必要はない」
それからノアは、躊躇いがちに両手を伸ばして、カオルを見た。
「手を」
「……え、と?」
「握っても、良いだろうか」
「ええと、その……ノア様が、気になさらないのであれば、私は構いません、けど……」
ノアだって見ていたはずだ。体液に塗れた自分の汚い姿を。
なのに彼は、壊れ物でも扱うように優しくカオルの手を持った。労るように撫でられて、じんわりと快感が走る。
「……ぁ……」
「っ、すまない」
「いいん、です。……もっと、してください」
欲張りすぎただろうか。言った後ではっとしたが、ノアはそのまま撫でてくれた。
◇
カオルはしばらくうとうととした後、再び眠った。もう、うなされてほしくは無い。
そしてノアが部屋から出ると、ルーカスとケアラが仲良く聞き耳を立てていた。
「……私に謝れ、貴様ら」
「え、やだよ。『悪くない者は謝る必要はない』んでしょー? ノアの兄貴ぃ」
「だから謝れと言っているんだ」
調子に乗らせるとすぐこれだ。ため息をつく。でもまあ、重い話の前はこれぐらいが丁度良いのかもしれない。
リビングに、三人並んで座る。
口火を切ったのは、ルーカスだった。
「奥さんの身辺調査な。グレイのおっさんに補強もしてもらったから、これで最終版、確定だ」
カオルが虐げられている、と言うことだけを聞かされていて、その理由はまだはっきりしていなかったのだ。
数枚の資料を流し見する。
そして、一際おおきな一文に、目を見開いた。
『先天性疾患につき、妊娠不可』
「これは……」
「イルミナ家でこれは、まあ致命傷だわな」
なにせ『優秀な男児を産む』ことを売りに拡大して来た女貴族集団なのだから。
「それをノアの兄貴はさあ。……まああれは、不運な事故だったんだけどさ」
ケアラもルーカスも、そしてノアも気になっていたのだ。
産婦人科を見たときの、カオルの言葉。
後にも先にも、彼女が他者を貶めるようなことを言ったのはあれだけだった。しかし……。
「あれは、自虐か……」
「さらに兄貴の自虐も、奥さんには刺さったんだろうな」
「ああ全く……」
薬指に光る指輪を握り込む。
――一番カオルを傷つけたのは、私じゃないか。
「……カオルが回復したら、話をしないといけないな」
「全くだよ。二人とも自分のこと言わなすぎ。会話がないよね、つまんなくない?」
「……お前は慎みを覚えろと俺はいつも思ってるよ」
「ルーカスにはデリカシーが足りなぁい」
「漫才なら見世物小屋でやれ」
ため息をつきはしたが、心は少し軽くなっていた。
感謝と、ルーカスには少し謝罪の意味も込めて、ノアは頭を下げた。
「ありがとう」
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