1 / 29
1章
1-1
しおりを挟む
カオル=イルミナ。二二歳。
彼女の朝は、日が登る前に始まる。目覚まし時計なんて上等な小物は与えられていないが、寝坊をすると折檻を受けるので自然に覚えた。
起きるとまず、ボロボロになった作業着に着替える。バケツと雑巾を持って、そっと廊下へ。
惨めなカオルを嘲笑うように、内装は豪華。
イルミナ家は、ある分野の医療技術で財を成した、新興の貴族だ。莫大な金と地位を得たイルミナ家は、成金らしく大きなお屋敷を建てた。
カオルの朝の仕事は、屋敷の便所掃除だった。
男子用も女子用も関係ない。モップなんて渡してもらえない。夏は汗をかきながら、冬は冷水に凍えながら、無心で床と便器を拭く。
家族と鉢合わせると、仕事が遅いとなじられてしまう。だから、早く、早く。
やっと全ての便所掃除が終わっても、休みはない。
給仕用の服に着替えて、厨房へ向かう。
頭を下げて入室すると、メイド長が顔を顰めた。
「遅いわよ。それに、ちゃんと手を洗ってきたんでしょうね。臭いわよ」
「申し訳、ありません……」
擦り切れるぐらい洗った。両手は真っ赤だ。でも、体に臭いがついてるのかもしれない。カオルは力無く頭を下げる。
「とにかく、イルミナ家の方々に朝食をお出ししなさい。また無様に転倒でもしようものなら、裸で食器洗いさせるからね」
「は、はい……」
私も、イルミナ家の一員だったんだけどな……。
もう、一〇年は前か。初潮を迎えるまでは、カオルもあっち側だった。綺麗に盛り付けられた、食べきれないほどのご飯。明日もそれを出してもらえると、かつては無邪気に信じていた。
(お、重い……)
カオルは何も食べていない。そのせいで力が出ない。でも、湯気を立てるお料理を見てもお腹は空かなかった。
(私のご飯が、あったかいはずがない。これは別物。……身体ももう、わかってくれてる)
使用人の数は多いが、ご飯を運ぶのはカオル一人だ。イルミナ家の面々が、それを望んだ。だからカオルは、何往復もして長いテーブルに料理を並べる。そして自分も末席につく。
カオルの前に、食事はない。
「それでは、今日も神の恵みに感謝をして、食事をいただきましょう」
当主、ヘレナ=イルミナは、そう言ったのち、唇を歪めた。
「まあ、生まれつき神に愛されなかった愚図もいるみたいだけどね」
ヘレナの言葉に、くすくすといくつもの笑い声が重なる。カオルはただ、肩を震わせた。
「申し訳、ありません……」
「私たちの存在価値、わかるでしょう? 貴族社会において、男児の出生は死活問題。だからイルミナ家の子供は、『天才の男児を産む女性』になるように産まれてくる」
そういうヘレナは、雪のような白髪に、青い瞳を持っている。というか、カオルも含めて、イルミナ家の女は全員がそうだ。
髪は白く、瞳は青い。
どれも、劣性遺伝だ。嫁ぎ先の血の特徴を損なわないよう、全員が劣性遺伝を持つように調整され、産み落とされる。
「なのに。便所女。貴女は治療不能の不妊症。こんなのイルミナ家の歴史でも初めてだわ。ああ不快」
ヘレナの声が大きくなって、カオルはぎゅ、とテーブルの下で、両手を握った。
「申し訳、ありません……」
「それしか言えないのかしら、貴女は」
「わ、私、は……っ」
「ああ、やっぱり黙って。臭いわよ。便所女」
静かにフォークを置いて、ヘレナは口元を上品に拭く。
くすくす、くすくす。
嘲笑の真ん中で、一人きり粗末な服で項垂れる。
(お母さん……)
初潮を迎えて病が発覚するまでは、優しかった。カオルを名前で呼んでくれた。
お姉ちゃんも、妹も。皆もう、カオルを名前では呼んでくれない。
カオルが俯いている間に、食事は終わっていた。
メイド長が雑にジューサーを持ってくる。中には既に、定量の栄養剤。
カオルは、いつも通りに、テーブルに頭を擦り付けた。
「どうか、私にも、お情けを……お恵みを、ください」
「良いわよ。こんな残飯しかないけど」
「あ、ありがとう、ございます……」
一人一人から、皿を受け取って、中身を全部ジューサーに入れる。無秩序に突っ込まれた食べ物と、嫌がらせに入れられた氷。スイッチを入れると、それらが全部ぐちゃぐちゃになる。
「栄養価は満点よ」
ヘレナは鼻で笑った。
「なにしろ貴女は『展示品』なんだから。健康でいてくれないとね」
「…………」
「ちょっと、無視?」
「ひっ……、い、いえ! ありがとうございます! ありがとう、ございます……」
もう、残飯とも呼べない代物を、カオルは機械的に飲み干していく。冷たい、温い、ぐちゅぐちゅ、たまに固い。痛い。痺れる。
「んう……っ。う、う……っ。お恵みを、ありがとうございました……、美味しかった、です」
「ああそう。良かったわ」
高笑いと共に、かつての家族が下がっていく。カオルはその間、部屋の隅で平伏している。
そして、みんながいなくなると、のろのろと立ち上がった。
皿もジューサーも、洗うのは全部カオルの役目だ。
◇
昼は大きなお風呂を一人で洗い、夕方は再び便所掃除をして過ごす。
慣れたといえば慣れた。悲しみを感じる器官が壊れてしまったのだろう。嘲笑を浴びると気分は重くなるが、それを表現する方法をもう忘れてしまった。
そして、夕食が終わり、ジューサーを片付けたのちが、カオルの最後のお勤めだ。
ヘレナに控え室に連れられる。二人きり。
冷たく言われる。
「全部脱いで。で、それを着なさい」
渡されたのは、ピンク色のネグリジェ。半透明で、大事なところは何一つ隠せない。
「はい……」
カオルは無言でそれを纏う。
白く腰まで伸びた髪。伏し目がちの青い目。栄養の調整の結果、男を誘うように盛り上がった胸と尻。雪のような透明感のある肌。
それらを見て、ヘレナは舌打ちした。
「一際希少な東洋の精子を使った結果がこれか。不妊症でさえなければ、お前は王族にさえ届く器だっただろうに。……全部無駄よ。この役立たず」
「申し訳、ありません……」
「だからせめて、役に立ってもらうわよ。ほら、来なさい」
ヘレナの後ろを、ついていく。
通されたのは、監視カメラに囲まれた部屋。
今日の客は、素性を隠したい方のようだ。
正面のカメラに頭を下げて、ヘレナは艶やかな微笑を浮かべた。
「本日は、ようこそいらっしゃいました。イルミナ家の裏家業にまつわる噂から、ここまでたどり着いた貴方様の情報収集力に最大の敬意を評して、私共の真価をお見せ致しましょう」
そうしてヘレナは、カオルに促す。
カメラのレンズが向くなか、カオルはその場でお辞儀をした。
「イルミナ家『展示品』でございます。身長一六三センチ、体重四五キログラム。髪の色と瞳の色は、どちらも劣性遺伝の白と青です。お客様の特徴を損なわない、健全な男児の出産をお約束、いたします」
とんだ嘘っぱちだ。カオルには出産なんてできない。だから、結婚するのは何人もいる姉か妹の誰かだ。
ヘレナはいつの間にかいなくなっていた。
「どうぞ、ご覧ください……」
カオルは、段取り通り、ストンとネグリジェを落とす。
一糸纏わぬ裸となって、足を開き、両手を頭の上で組む。
「お好きなように、お確かめください。お客さまのご要望にお答えすることが、展示品の……本懐で、ございます……」
この口上が板につくまで、おおよそ二年がかかった。最初の方は、カメラが怖くて、恥ずかしくて、つらくて、ぼろぼろ泣いた。
その度に、裸にされて、玄関ホールに縛りつけられた。
顔だけは隠されていたけど、何十人もの来客に裸を見られ、時には触れられ、啼かされて、それで段々と、抵抗自体をあきらめていった。
ががっ、とスピーカーがオンになる。ヘレナの声だ。
「展示品。前屈みになって、尻を広げなさい」
「はい……」
腰を曲げ、双臀を掴んで横に広げる。秘部と、排泄の穴のチェックは、だいたいみんなやる。
「腰を下ろして、膝を広げなさい」
内心で安堵して、カオルは従う。あのまま、漏らすことを強要されたり、肛門自慰を強要されないだけ、今日は随分マシだ。
股を開いたカオルに、また指示が飛んだ。
「自慰をしなさい」
「はい……。展示品に、快楽を、お許しくださり、ありがとう、ございます……」
決められた口上を述べて、ゆっくりと両手で陰唇を開く。
毎晩毎晩、決められた時間に展示されるものだから、カオルの身体はもう濡れていた。桃色のひだの奥から、透明な汁が垂れて床を濡らす。
ああ、汚してしまった…。
でも、止められない。
展示品らしく、ゆっくりと陰核を剥き、広げた秘部に指を滑り込ませる。
「ああ……、んう、はあ……はあ」
「実況しなさい」
また、ヘレナの声。そして小声で「今夜は上品に演技しなさい」と付け加えられる。
カオルは、きゅっと唇を引き結んで、艶やかに喘ぐ。
「ん、んん……っ。中、が、気持ち良い、です……。外……も、良い……、けど。強くすると、刺激が強くて、怖い……です」
びくびくと、腰を跳ねさせる。自慰ばかり毎日のようにさせられているせいで、すぐに絶頂が近づいてくる。気持ち良い。気持ち、良い……。
(お客さまには、感謝しないといけないの、かも……)
果てる直前に、カオルはいつもそんなことを思う。
(こんな醜女の、自慰なんて見させられて……。どうか、誤解しないで……っ。本当は、イルミナ家の皆は、綺麗なんです。私が、汚れているだけなんです……)
自分の喘ぎ声の汚さに、吐き気がしそう。
「あ、ああ……っ、ん、あん……っ!」
鼻につく喘ぎ声を漏らしながら、カオルはびくんと腰を跳ねさせた。
「あ……、果て、ます……っ」
股を開いたまま、カオルはカメラに向かって絶頂する。何度も体が痙攣して、その度に柔らかそうな双臀が形を変える。
「ご苦労様」
ヘレナの声に、カオルは小さく息を吐く。随分と早いが、今日は、もう終わってくれるらしい。
なんて思っていたら、ぞろぞろと使用人が入ってきた。全員が女。手術用の手袋を嵌めている。
「次は貴女の、耐久値を知りたいらしいわ」
「……はい。ご自由に、展示品をお使いください」
拒否する道は、存在しない。
四肢を押さえつけられ、裸のカオルの性感帯という性感帯を、傷つけないぎりぎりの強さでまさぐられる。
「……っ! っあ! あ、ああっ! あん……っ、あん、んんんっ! あ、すみませ……っ、も、果てま、す……っ! あ、また。あん……っ!」
カメラを向けられながら、カオルは雪のような肌を紅潮させて、イき狂う。
結局この日は、限度時間いっぱいまで機械的に耐久値を測られて、最後は失禁して果ててしまった。
◇
「う……っ」
深夜帯。
展示部屋でカオルは重たい体を起き上がらせる。
「…………嫌な、におい」
自分の尿と愛液の臭いが満ちた部屋から出て、自室から雑巾を取ってくる。
「……汚い」
体液を拭き取り、展示部屋から出る。鉛のように重たい体で浴室に向かい、体を清める。温水のスイッチは切られている。湯舟は栓が抜かれている。だからもう一〇年近く、冷水しか浴びた記憶がない。
「……寒い」
つらい、とは言わない。認めてしまうと、もう立ち上がれなくなりそうで。
入浴を終えて、布団に横になる。
短い睡眠時間で夢を見ることを、楽しみにしている。でも期待に反して、いつも瞬きすると朝になっている。
楽しみといえば、もう一つ。
(早く、歳を取りたい)
皺が増えて、女としての価値がなくなって、晒すに耐えないぐらい徹底的に醜くなりたい。
それだけを求めて、生きている。
彼女の朝は、日が登る前に始まる。目覚まし時計なんて上等な小物は与えられていないが、寝坊をすると折檻を受けるので自然に覚えた。
起きるとまず、ボロボロになった作業着に着替える。バケツと雑巾を持って、そっと廊下へ。
惨めなカオルを嘲笑うように、内装は豪華。
イルミナ家は、ある分野の医療技術で財を成した、新興の貴族だ。莫大な金と地位を得たイルミナ家は、成金らしく大きなお屋敷を建てた。
カオルの朝の仕事は、屋敷の便所掃除だった。
男子用も女子用も関係ない。モップなんて渡してもらえない。夏は汗をかきながら、冬は冷水に凍えながら、無心で床と便器を拭く。
家族と鉢合わせると、仕事が遅いとなじられてしまう。だから、早く、早く。
やっと全ての便所掃除が終わっても、休みはない。
給仕用の服に着替えて、厨房へ向かう。
頭を下げて入室すると、メイド長が顔を顰めた。
「遅いわよ。それに、ちゃんと手を洗ってきたんでしょうね。臭いわよ」
「申し訳、ありません……」
擦り切れるぐらい洗った。両手は真っ赤だ。でも、体に臭いがついてるのかもしれない。カオルは力無く頭を下げる。
「とにかく、イルミナ家の方々に朝食をお出ししなさい。また無様に転倒でもしようものなら、裸で食器洗いさせるからね」
「は、はい……」
私も、イルミナ家の一員だったんだけどな……。
もう、一〇年は前か。初潮を迎えるまでは、カオルもあっち側だった。綺麗に盛り付けられた、食べきれないほどのご飯。明日もそれを出してもらえると、かつては無邪気に信じていた。
(お、重い……)
カオルは何も食べていない。そのせいで力が出ない。でも、湯気を立てるお料理を見てもお腹は空かなかった。
(私のご飯が、あったかいはずがない。これは別物。……身体ももう、わかってくれてる)
使用人の数は多いが、ご飯を運ぶのはカオル一人だ。イルミナ家の面々が、それを望んだ。だからカオルは、何往復もして長いテーブルに料理を並べる。そして自分も末席につく。
カオルの前に、食事はない。
「それでは、今日も神の恵みに感謝をして、食事をいただきましょう」
当主、ヘレナ=イルミナは、そう言ったのち、唇を歪めた。
「まあ、生まれつき神に愛されなかった愚図もいるみたいだけどね」
ヘレナの言葉に、くすくすといくつもの笑い声が重なる。カオルはただ、肩を震わせた。
「申し訳、ありません……」
「私たちの存在価値、わかるでしょう? 貴族社会において、男児の出生は死活問題。だからイルミナ家の子供は、『天才の男児を産む女性』になるように産まれてくる」
そういうヘレナは、雪のような白髪に、青い瞳を持っている。というか、カオルも含めて、イルミナ家の女は全員がそうだ。
髪は白く、瞳は青い。
どれも、劣性遺伝だ。嫁ぎ先の血の特徴を損なわないよう、全員が劣性遺伝を持つように調整され、産み落とされる。
「なのに。便所女。貴女は治療不能の不妊症。こんなのイルミナ家の歴史でも初めてだわ。ああ不快」
ヘレナの声が大きくなって、カオルはぎゅ、とテーブルの下で、両手を握った。
「申し訳、ありません……」
「それしか言えないのかしら、貴女は」
「わ、私、は……っ」
「ああ、やっぱり黙って。臭いわよ。便所女」
静かにフォークを置いて、ヘレナは口元を上品に拭く。
くすくす、くすくす。
嘲笑の真ん中で、一人きり粗末な服で項垂れる。
(お母さん……)
初潮を迎えて病が発覚するまでは、優しかった。カオルを名前で呼んでくれた。
お姉ちゃんも、妹も。皆もう、カオルを名前では呼んでくれない。
カオルが俯いている間に、食事は終わっていた。
メイド長が雑にジューサーを持ってくる。中には既に、定量の栄養剤。
カオルは、いつも通りに、テーブルに頭を擦り付けた。
「どうか、私にも、お情けを……お恵みを、ください」
「良いわよ。こんな残飯しかないけど」
「あ、ありがとう、ございます……」
一人一人から、皿を受け取って、中身を全部ジューサーに入れる。無秩序に突っ込まれた食べ物と、嫌がらせに入れられた氷。スイッチを入れると、それらが全部ぐちゃぐちゃになる。
「栄養価は満点よ」
ヘレナは鼻で笑った。
「なにしろ貴女は『展示品』なんだから。健康でいてくれないとね」
「…………」
「ちょっと、無視?」
「ひっ……、い、いえ! ありがとうございます! ありがとう、ございます……」
もう、残飯とも呼べない代物を、カオルは機械的に飲み干していく。冷たい、温い、ぐちゅぐちゅ、たまに固い。痛い。痺れる。
「んう……っ。う、う……っ。お恵みを、ありがとうございました……、美味しかった、です」
「ああそう。良かったわ」
高笑いと共に、かつての家族が下がっていく。カオルはその間、部屋の隅で平伏している。
そして、みんながいなくなると、のろのろと立ち上がった。
皿もジューサーも、洗うのは全部カオルの役目だ。
◇
昼は大きなお風呂を一人で洗い、夕方は再び便所掃除をして過ごす。
慣れたといえば慣れた。悲しみを感じる器官が壊れてしまったのだろう。嘲笑を浴びると気分は重くなるが、それを表現する方法をもう忘れてしまった。
そして、夕食が終わり、ジューサーを片付けたのちが、カオルの最後のお勤めだ。
ヘレナに控え室に連れられる。二人きり。
冷たく言われる。
「全部脱いで。で、それを着なさい」
渡されたのは、ピンク色のネグリジェ。半透明で、大事なところは何一つ隠せない。
「はい……」
カオルは無言でそれを纏う。
白く腰まで伸びた髪。伏し目がちの青い目。栄養の調整の結果、男を誘うように盛り上がった胸と尻。雪のような透明感のある肌。
それらを見て、ヘレナは舌打ちした。
「一際希少な東洋の精子を使った結果がこれか。不妊症でさえなければ、お前は王族にさえ届く器だっただろうに。……全部無駄よ。この役立たず」
「申し訳、ありません……」
「だからせめて、役に立ってもらうわよ。ほら、来なさい」
ヘレナの後ろを、ついていく。
通されたのは、監視カメラに囲まれた部屋。
今日の客は、素性を隠したい方のようだ。
正面のカメラに頭を下げて、ヘレナは艶やかな微笑を浮かべた。
「本日は、ようこそいらっしゃいました。イルミナ家の裏家業にまつわる噂から、ここまでたどり着いた貴方様の情報収集力に最大の敬意を評して、私共の真価をお見せ致しましょう」
そうしてヘレナは、カオルに促す。
カメラのレンズが向くなか、カオルはその場でお辞儀をした。
「イルミナ家『展示品』でございます。身長一六三センチ、体重四五キログラム。髪の色と瞳の色は、どちらも劣性遺伝の白と青です。お客様の特徴を損なわない、健全な男児の出産をお約束、いたします」
とんだ嘘っぱちだ。カオルには出産なんてできない。だから、結婚するのは何人もいる姉か妹の誰かだ。
ヘレナはいつの間にかいなくなっていた。
「どうぞ、ご覧ください……」
カオルは、段取り通り、ストンとネグリジェを落とす。
一糸纏わぬ裸となって、足を開き、両手を頭の上で組む。
「お好きなように、お確かめください。お客さまのご要望にお答えすることが、展示品の……本懐で、ございます……」
この口上が板につくまで、おおよそ二年がかかった。最初の方は、カメラが怖くて、恥ずかしくて、つらくて、ぼろぼろ泣いた。
その度に、裸にされて、玄関ホールに縛りつけられた。
顔だけは隠されていたけど、何十人もの来客に裸を見られ、時には触れられ、啼かされて、それで段々と、抵抗自体をあきらめていった。
ががっ、とスピーカーがオンになる。ヘレナの声だ。
「展示品。前屈みになって、尻を広げなさい」
「はい……」
腰を曲げ、双臀を掴んで横に広げる。秘部と、排泄の穴のチェックは、だいたいみんなやる。
「腰を下ろして、膝を広げなさい」
内心で安堵して、カオルは従う。あのまま、漏らすことを強要されたり、肛門自慰を強要されないだけ、今日は随分マシだ。
股を開いたカオルに、また指示が飛んだ。
「自慰をしなさい」
「はい……。展示品に、快楽を、お許しくださり、ありがとう、ございます……」
決められた口上を述べて、ゆっくりと両手で陰唇を開く。
毎晩毎晩、決められた時間に展示されるものだから、カオルの身体はもう濡れていた。桃色のひだの奥から、透明な汁が垂れて床を濡らす。
ああ、汚してしまった…。
でも、止められない。
展示品らしく、ゆっくりと陰核を剥き、広げた秘部に指を滑り込ませる。
「ああ……、んう、はあ……はあ」
「実況しなさい」
また、ヘレナの声。そして小声で「今夜は上品に演技しなさい」と付け加えられる。
カオルは、きゅっと唇を引き結んで、艶やかに喘ぐ。
「ん、んん……っ。中、が、気持ち良い、です……。外……も、良い……、けど。強くすると、刺激が強くて、怖い……です」
びくびくと、腰を跳ねさせる。自慰ばかり毎日のようにさせられているせいで、すぐに絶頂が近づいてくる。気持ち良い。気持ち、良い……。
(お客さまには、感謝しないといけないの、かも……)
果てる直前に、カオルはいつもそんなことを思う。
(こんな醜女の、自慰なんて見させられて……。どうか、誤解しないで……っ。本当は、イルミナ家の皆は、綺麗なんです。私が、汚れているだけなんです……)
自分の喘ぎ声の汚さに、吐き気がしそう。
「あ、ああ……っ、ん、あん……っ!」
鼻につく喘ぎ声を漏らしながら、カオルはびくんと腰を跳ねさせた。
「あ……、果て、ます……っ」
股を開いたまま、カオルはカメラに向かって絶頂する。何度も体が痙攣して、その度に柔らかそうな双臀が形を変える。
「ご苦労様」
ヘレナの声に、カオルは小さく息を吐く。随分と早いが、今日は、もう終わってくれるらしい。
なんて思っていたら、ぞろぞろと使用人が入ってきた。全員が女。手術用の手袋を嵌めている。
「次は貴女の、耐久値を知りたいらしいわ」
「……はい。ご自由に、展示品をお使いください」
拒否する道は、存在しない。
四肢を押さえつけられ、裸のカオルの性感帯という性感帯を、傷つけないぎりぎりの強さでまさぐられる。
「……っ! っあ! あ、ああっ! あん……っ、あん、んんんっ! あ、すみませ……っ、も、果てま、す……っ! あ、また。あん……っ!」
カメラを向けられながら、カオルは雪のような肌を紅潮させて、イき狂う。
結局この日は、限度時間いっぱいまで機械的に耐久値を測られて、最後は失禁して果ててしまった。
◇
「う……っ」
深夜帯。
展示部屋でカオルは重たい体を起き上がらせる。
「…………嫌な、におい」
自分の尿と愛液の臭いが満ちた部屋から出て、自室から雑巾を取ってくる。
「……汚い」
体液を拭き取り、展示部屋から出る。鉛のように重たい体で浴室に向かい、体を清める。温水のスイッチは切られている。湯舟は栓が抜かれている。だからもう一〇年近く、冷水しか浴びた記憶がない。
「……寒い」
つらい、とは言わない。認めてしまうと、もう立ち上がれなくなりそうで。
入浴を終えて、布団に横になる。
短い睡眠時間で夢を見ることを、楽しみにしている。でも期待に反して、いつも瞬きすると朝になっている。
楽しみといえば、もう一つ。
(早く、歳を取りたい)
皺が増えて、女としての価値がなくなって、晒すに耐えないぐらい徹底的に醜くなりたい。
それだけを求めて、生きている。
1
お気に入りに追加
70
あなたにおすすめの小説
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?
すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。
翔馬「俺、チャーハン。」
宏斗「俺もー。」
航平「俺、から揚げつけてー。」
優弥「俺はスープ付き。」
みんなガタイがよく、男前。
ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」
慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。
終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。
ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」
保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。
私は子供と一緒に・・・暮らしてる。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
翔馬「おいおい嘘だろ?」
宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。
お兄ちゃんはお医者さん!?
すず。
恋愛
持病持ちの高校1年生の女の子。
如月 陽菜(きさらぎ ひな)
病院が苦手。
如月 陽菜の主治医。25歳。
高橋 翔平(たかはし しょうへい)
内科医の医師。
※このお話に出てくるものは
現実とは何の関係もございません。
※治療法、病名など
ほぼ知識なしで書かせて頂きました。
お楽しみください♪♪
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる