怪異解明探偵局

朱鷺月 桜浪

文字の大きさ
上 下
4 / 8
FILE.1 赤いちゃんちゃんこ

ファイル1ー3

しおりを挟む
 翌日、朝から天ノ宮は明星大学とは違う方向へバイクを走らせていた。警察が再び現場検証を始めてしまう前に、昨日感じた違和感の正体を確かめたかったからだ。
 昨夜コンビニのトイレを使ってから、違和感が拭い切れない。違和感の正体はコンビニのトイレではない。昨日事件が起きた公園のトイレに用事があった。
 昨夜、自宅で事件の内容を振り返っていて一つ気がついた事がある。事情聴取を受けた際に、とある筋から入手した聴取記録のコピーと、公園での会話を思い出し何度も確認したが、一致しない供述を見つけた。
 それを調べるために大学ではなく、公園へとやってきた。警察の現場検証の後だ、たいして何も残っていないがそれでも構わなかった。違和感の正体さえ掴めれば、事件は解決へと向かうのだ。
「ラッキー。まだいない」
 天ノ宮は事件のあった公園を訪れていた。警官も一通り調べ終わったからなのか周りに誰もいないのを確認してから、まだ張り巡らされている《KEEP OUT》と書かれた規制テープをくぐり、中へ入る。
 人一人が亡くなっているのだから、あまりいい気分はしない。そして普通の人にはわからないまとわりつくような気配。まだ空気はうっすらと独特の臭いで淀んでいる。すでに血痕と遺体は無くなっていて、そこにあったのだろうというテープが残っていた。
「あの時、霧崎君も私もここでようやく遺体を見つけた。……入口で血痕を見て悲鳴を上げた二人の位置は確かここ。出血は前方、不自然に途切れている場所はない」
 カツ、コツ…と靴の音が狭いタイル張りのトイレに反響する。自分がいた場所と悲鳴があげられた場所を交互に見比べながら、昨日の出来事を思い返し、数回行き来しながら自問自答を繰り返す。
 鞄から取り出したカセットテープを聞きながら、警察署で取られた聴取記録のコピーに、さっと目を通す。
「お嬢、やーっと事件当時の写真が手に入りましたよ。相変わらず人使いの荒い……」
「人使いが荒いのはあの人でしょ。とにかくご苦労様……これでチェックメイトに持っていける。殺人ごっこはおしまいよ」
 いつから居たのか、男が写真数枚片手に悪戯な笑みを浮かべている。天ノ宮は写真に目を通すと、携帯で写真を撮ってから男から受け取ったライターで写真を燃やす。そして開きっぱなしの鞄から、携帯を取り出す。
「もしもし、これから言う方に今すぐ繋いでほしいのですが……」
 着信履歴に残っている番号をリダイヤルして、一つだけ頼み事をして電話を切る。
「よし、こっちはOK。さて本題はここからね」
 もう一件、かけなければならない場所がある。協力してくれるか否かは彼らに説明して問いてみなければわからない。
 だが、必ず協力してくれるはずだと天ノ宮はこっそりと事情聴取の際に調べさせてもらった番号へと電話をかけ始めた。
「お嬢、可愛い坊や達と事件解決目指して頑張ってくださいね」
 天ノ宮が追い払うように手を振ると、男は小さく笑って公園から出て行った。そして、電話に出た相手は、メンバーを集めてくれると言ってくれた。一つ、手間が省けた。
 後は、予想している人物達があの小屋に集まってくるか否か。一瞬、メンバーが集まらないのではないかと不安がよぎったがすぐに首を振る。彼らがいる限り、この事件と関係がなくとも必ず引き寄せられる運命にあるのだから。
 「大丈夫、きっと来る。私も彼らも絡み合ってはいるけど、一本の糸で繋がっている……目的は違えど最終点も同じ。これが、私達の最初の一歩」
 後は、事件当時のメンバーが集まれば全てが終わる。天ノ宮にとっては何度目かの、彼らにとっては最初の事件解明となるのだ。
 出来る限りの用意はしておこうと、天ノ宮は踵を返すと再び公衆トイレへと向かう。あの時と同じ現場を作り上げなければならないのだから。



 同日、霧崎は講義合間の昼休みを使って昨日と相変わらずのオンボロな部室へとやってきた。ドアノブへ手を伸ばすと、ガチャリと音がした。
「あれ、鍵が閉まってる。全学部、確か昼休みのはずけど」
 先に来ているかと思っていた天ノ宮は不在らしく、数度ノックをしてみたが反応はない。仕方なく霧崎は天ノ宮より早く来た時用にと預かった合鍵を鞄から取り出して中へ入り、室内を見渡す。
 あれから変わった様子も朝に顔を出している様子もない。四限からの講義が長引いているのだろうか。そうであっても、いつもなら一言メールが入っているはずだが、それもない。
「八雲さんに昨日の事件について意見を聞こうと思ったんだけど」
 定位置に鞄を置く。携帯を開いて見てみても天ノ宮からの連絡はない。連絡してみようかと思った時、ドンドン!と乱暴にノックする音が聞こえた。返事をする前に勢いよくドアが開かれた。
「なぁんだ、いるじゃないの凉成」
「誰が入っていいと許可したんだ………晴香」
 いいじゃないのよと、堂々たる姿で入ってきたのは法医学部二年の夜野 晴香。
 学部こそ違えどもよく図書室で会い、読む書物も医学関連で似ていると(夜野が一方的に)意気投合して以来、腐れ縁ともいえる付き合いをしている。
「ちょうどアンタを探してるお客さん連れてきてあげたの、有り難く思いなさいよね。ほら、おいでよ」
 夜野が連れてきたのは、昨日出会った桐生一心と後ろに隠れるようにしてもう一人。
 おどおどと怯えたように桐生にしがみついている。変な噂が立っているプレハブ小屋だ、大抵の人間は近づきたくないだろう。
「昨日はどうもありがとうございました、霧崎先輩。えっと、彼女は同じ教育学部の一年で幼なじみの富樫です」
「と、富樫朱鷺と言います………あの、よろしくお願いします。あ、あと一心君が、お世話になりました」
 緊張しているのか、性格なのか、はたまた恐がられているのか、最後は早口に頭を下げて再び桐生の後ろに隠れてしまった。霧崎は極力怯えさせないようにと、言葉を選びながら口を開いた。
「初めまして、富樫さん。医学部三年の霧崎涼成です。桐生君、来てくれたのは有り難いんだけど、申し訳ないことに八雲さんいないんだ。とりあえず、入って?お茶出すから」
 立ったままというのも何なので、霧崎は室内へと促す。決して綺麗ではない室内だが、誰が来ても良いように来客用の備品だけはしっかり備わっている。一部、天ノ宮の趣味だが。
 お茶を出してから、霧崎も自分の椅子に座って大きなため息を吐く。遠慮している桐生と富樫の隣で、一口お茶を飲んだ夜野が口を開く。
「びっくりしたよー、死体見つけたなんて親伝いで聞いてさ」
「あ、“赤いちゃんちゃんこ”の都市伝説みたいだったって……一心君が」
 昨日のうちに、すでにニュースで報道はされていた。霧崎達がパトカーにいる間にも、マスコミが集まり始めていたのだから。だが、学生が被害者という事で、全員の実名は伏せられており、調査が進められているという所までしか聞かされていない。
「誰が、どこでって濁されてはいるみたいだけど、やっぱり噂は早いな。八雲さんの事だから、昨日の事、夜中まで事件の事考えていたと思うから意見を聞こうと思ったけど…」
「残念な事に、八雲ちゃ……おっと、天ノ宮君は今日欠席だよ。幸運な事に、呼ぼうと思っていたお客さんも来ていたようだ」
 全員が声のした方に一斉に振り返った。七海が大あくびをしながらドアにもたれ掛かっていた。少しよれたシャツ、ゆったりと巻かれたネクタイにタバコを銜えている姿は、失礼だが教師には到底見えない。よく警察もこの姿で身元引受人として承認してくれたものだ。
「七海先生、八雲さんが休みってどういう?いつもならケータイに連絡が……」
 そんな中で驚きを隠せないのは霧崎だ。何の連絡も無しに欠席なんてないはずなのに、と鞄の中の携帯を漁る。ちょうどいいタイミングで携帯が着信を告げるメロディが鳴り響く、相手は今まさに噂をしていた天ノ宮からだった。
「もしもし!?八雲さん、今一体どこにいるん―――え?はい、いますけど……。もちろん、七海先生もいます」
 携帯を片手に書くものを探していると、夜野が胸ポケットからボールペンを外して放り投げる。礼の代わりに片手をあげると、簡潔に要点だけを書き記していく。言われたものは、すべて部室にあるもののようだった。
「で、用件はなんだったんだい?」
「あの、俺と桐生君と七海先生。そして晴香と富樫さんを連れて、指定した備品を持って至急例の公園へ来てくれ……だそうです」
「俺はともかく、どうして朱鷺や夜野先輩がいるってわかったんですか?」
「八雲ちゃんだからね。じゃ、俺は車取って来るから、準備出来たら校門前ね」
 七海は意味深な言葉を残してふらりと姿を消す。午後からの講義はどうするのか?という三人の疑問に、霧崎はにやりと笑みを浮かべた。
「午後の講義の事なら安心してくれて大丈夫だよ。八雲さんが単位は取れるようにしてくれてるはずだから。晴香、富樫さん、事件とは関係ないんだけど君達二人も連れてきてほしいって事だから一緒に来てほしい」
「か、構わないけど」
「私も、構いません」
「よし、じゃあ校門へ行こう。なるべく早くって言っていたから」
 疑問符を浮かべる夜野と富樫はお互いに顔を見合わせながら、霧崎が指示した物を七海の車に詰め込み、半ば強制連行という形で全員を乗せて七海が車を発進させた。
「あれ……単位は取れるようにって、これって授業放棄じゃないのよー!?」
 ハッとしたように夜野の悲鳴が響いたが、それは車内にいる霧崎を除いた全員が同じなので……勘弁してもらうとしよう。先ほども言ったが、しっかり単位は取れるのだから。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

【一話完結】3分で読める背筋の凍る怖い話

冬一こもる
ホラー
本当に怖いのはありそうな恐怖。日常に潜むあり得る恐怖。 読者の日常に不安の種を植え付けます。 きっといつか不安の花は開く。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

アイドルグループの裏の顔 新人アイドルの洗礼

甲乙夫
恋愛
清純な新人アイドルが、先輩アイドルから、強引に性的な責めを受ける話です。

あなたのサイコパス度が分かる話(短編まとめ)

ミィタソ
ホラー
簡単にサイコパス診断をしてみましょう

【短編】怖い話のけいじばん【体験談】

松本うみ(意味怖ちゃん)
ホラー
1分で読める、様々な怖い体験談が書き込まれていく掲示板です。全て1話で完結するように書き込むので、どこから読み始めても大丈夫。 スキマ時間にも読める、シンプルなプチホラーとしてどうぞ。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

処理中です...