86 / 90
20 クレイマー伯爵夫妻
しおりを挟む
――翌日11時40分
リリスの両親がラインハルト家に到着したことをサラが知らせに来てくれた。
「先ほど、アドニス様が面会されてお話をされました。クレイマー伯爵夫妻がリリス様にお会いしたいそうです」
「もう、アドニス様はお話をされたのね」
アドニス様の話によると、リリスの両親はすぐにでも彼女を『マリ』に連れ帰るつもりらしい。
つまり、リリスとはもうすぐお別れだということだ。
「クレイマー伯爵夫妻は、今応接室にいらっしゃいます。アドニス様はリリス様にお姿をみられないように、隣のお部屋で待機しております。それに男性使用人は全員席を外しておりますので大丈夫です」
「分かったわ。ありがとう。サラ」
お礼を述べると、読書をしているアデルとリリスの元へ向かった。
「リリス、ちょっといい?」
「なぁに? フローネ」
アデルと一緒に絵本を読んでいるリリスに声をかけた。
「リリスにお客様がいらっしゃったの。一緒に会いに行きましょう?」
「え? 私に……? お客様って誰?」
リリスの目に怯えが走る。
「家族よ。リリスのお父様とお母様が来ているの。だから会いに行きましょう?」
するとリリスが首を振った。
「いや! あの人達嫌い! 会いたくない! 会いたくないの!」
「リ、リリス……」
どうしよう、まさか両親のことをリリスが拒むとは思わなかった。
「リリス、パパとママに会いたくないの?」
アデルが不思議そうに尋ねてきた。
「うん。だって、お父様もお母様も意地悪なんだもの」
リリスの目に涙が浮かぶ。
意地悪……? 私には少なくともリリスは両親から大切に育てられているように見えたけど、それは上辺だけのことだったのだろうか?
「でもね、私にはパパもママもいないんだよ。リリスが羨ましいな」
アデルの口から思いがけないセリフが飛び出してきた。
「え……そうだったの……?」
その言葉にリリスが目を見開く。
「うん、だからそんなこと言っちゃ駄目だよ」
アデルの言葉にリリスは一瞬うつむくとポツリと尋ねてきた。
「何処にいるの? お父様とお母様……」
「応接室にいらっしゃるの。私と一緒に行きましょう?」
「うん……」
リリスが頷いたので、私はアデルに声をかけた。
「アデル、少しリリスと応接室に行ってくるわ。サラと一緒にここで待っていてくれる?」
「うん」
「ありがとう、いい子ね」
アデルの頭をなでてあげると、私はリリスを連れて応接室へ向かった。
****
応接室の扉は開け放たれており、ソファに座るリリスの両親の姿があった。
「失礼いたします」
リリスの手を引いて応接室に入ると、お二人は驚いたようにこちらを見た。
「「リリスッ!!」」
両親に同時に声をかけられ、リリスの肩がビクリと跳ねて私の背後にさっと隠れてしまった。
「リリス……」
まさか、父親に怯えているのだろうか? そこで私は距離を置いたまま、二人に挨拶をした。
「お久しぶりです。フローネ・シュゼットです。この度は、ラインハルト侯爵家まで足を運んで頂き、ありがとうございます」
「フローネか……10年ぶりだったか?」
「そうね。あのとき以来かもね」
伯爵の言葉に、夫人が頷く。
「はい。そうですね」
あのとき……それは、勿論リリスが事件に巻き込まれたときのことを指している。
リリスが馬小屋で見つかった話を知った私はクレイマー家に招かれ……リリスと対面した。
そして、それっきり会うことは無かったのだ。
「リリス、迎えにきたわ。帰りましょう」
夫人がリリスに声をかけた。
「いや! 帰らない!」
「何を言っているのだ? 私達はお前を迎えに来たんだぞ? さぁ、帰ろう」
夫人に引き続き、伯爵が声をかける。
「フローネと一緒にいたい! だって、私を一番心配してくれるのはフローネだけだもの!」
「「!!」」
その言葉に伯爵と夫人が青ざめる。
やはり……そういうことだったのだ。恐らく、伯爵夫妻はリリスの心配よりも世間体を考えていた。
リリスの身におきた悲惨なできごとを無かったことにしようとしたのだ。
そんな両親をリリスは信頼することが出来ず……心と身体に受けた傷によって歪んでしまった。
「リリス……なんてことなの……」
「本当に心が子供になってしまったのか……」
「おじ様。おば様、どうかリリスの心に寄り添って頂けますか? 今のリリスに一番必要なのは愛情だと思うのです。リリスもそれを望んでいると思います。その証拠に……男の人を見て怖がるリリスが、おじ様に対しては平気なのですから」
生意気なことを口にしているかもしれないが、私はそう告げずにはいられなかった。
「……分かった。フローネの言う通りにしよう」
「ええ、約束するわ。リリス、私達と一緒に家に帰りましょう?」
夫人がリリスに声をかけるも、リリスは無言のままだった。
「リリス、御両親と一緒に『マリ』へ帰るのよ。アデルが言っていたでしょう? パパとママがいるリリスが羨ましいって。家族と一緒に暮らすのが一番幸せなのよ?」
リリスは少しの間私を見つめ、次に両親に視線を移す。
「帰ろう、リリス」
「もう、あなたを何処にもやらないわ」
「はい……」
リリスは、小さく頷いた――
リリスの両親がラインハルト家に到着したことをサラが知らせに来てくれた。
「先ほど、アドニス様が面会されてお話をされました。クレイマー伯爵夫妻がリリス様にお会いしたいそうです」
「もう、アドニス様はお話をされたのね」
アドニス様の話によると、リリスの両親はすぐにでも彼女を『マリ』に連れ帰るつもりらしい。
つまり、リリスとはもうすぐお別れだということだ。
「クレイマー伯爵夫妻は、今応接室にいらっしゃいます。アドニス様はリリス様にお姿をみられないように、隣のお部屋で待機しております。それに男性使用人は全員席を外しておりますので大丈夫です」
「分かったわ。ありがとう。サラ」
お礼を述べると、読書をしているアデルとリリスの元へ向かった。
「リリス、ちょっといい?」
「なぁに? フローネ」
アデルと一緒に絵本を読んでいるリリスに声をかけた。
「リリスにお客様がいらっしゃったの。一緒に会いに行きましょう?」
「え? 私に……? お客様って誰?」
リリスの目に怯えが走る。
「家族よ。リリスのお父様とお母様が来ているの。だから会いに行きましょう?」
するとリリスが首を振った。
「いや! あの人達嫌い! 会いたくない! 会いたくないの!」
「リ、リリス……」
どうしよう、まさか両親のことをリリスが拒むとは思わなかった。
「リリス、パパとママに会いたくないの?」
アデルが不思議そうに尋ねてきた。
「うん。だって、お父様もお母様も意地悪なんだもの」
リリスの目に涙が浮かぶ。
意地悪……? 私には少なくともリリスは両親から大切に育てられているように見えたけど、それは上辺だけのことだったのだろうか?
「でもね、私にはパパもママもいないんだよ。リリスが羨ましいな」
アデルの口から思いがけないセリフが飛び出してきた。
「え……そうだったの……?」
その言葉にリリスが目を見開く。
「うん、だからそんなこと言っちゃ駄目だよ」
アデルの言葉にリリスは一瞬うつむくとポツリと尋ねてきた。
「何処にいるの? お父様とお母様……」
「応接室にいらっしゃるの。私と一緒に行きましょう?」
「うん……」
リリスが頷いたので、私はアデルに声をかけた。
「アデル、少しリリスと応接室に行ってくるわ。サラと一緒にここで待っていてくれる?」
「うん」
「ありがとう、いい子ね」
アデルの頭をなでてあげると、私はリリスを連れて応接室へ向かった。
****
応接室の扉は開け放たれており、ソファに座るリリスの両親の姿があった。
「失礼いたします」
リリスの手を引いて応接室に入ると、お二人は驚いたようにこちらを見た。
「「リリスッ!!」」
両親に同時に声をかけられ、リリスの肩がビクリと跳ねて私の背後にさっと隠れてしまった。
「リリス……」
まさか、父親に怯えているのだろうか? そこで私は距離を置いたまま、二人に挨拶をした。
「お久しぶりです。フローネ・シュゼットです。この度は、ラインハルト侯爵家まで足を運んで頂き、ありがとうございます」
「フローネか……10年ぶりだったか?」
「そうね。あのとき以来かもね」
伯爵の言葉に、夫人が頷く。
「はい。そうですね」
あのとき……それは、勿論リリスが事件に巻き込まれたときのことを指している。
リリスが馬小屋で見つかった話を知った私はクレイマー家に招かれ……リリスと対面した。
そして、それっきり会うことは無かったのだ。
「リリス、迎えにきたわ。帰りましょう」
夫人がリリスに声をかけた。
「いや! 帰らない!」
「何を言っているのだ? 私達はお前を迎えに来たんだぞ? さぁ、帰ろう」
夫人に引き続き、伯爵が声をかける。
「フローネと一緒にいたい! だって、私を一番心配してくれるのはフローネだけだもの!」
「「!!」」
その言葉に伯爵と夫人が青ざめる。
やはり……そういうことだったのだ。恐らく、伯爵夫妻はリリスの心配よりも世間体を考えていた。
リリスの身におきた悲惨なできごとを無かったことにしようとしたのだ。
そんな両親をリリスは信頼することが出来ず……心と身体に受けた傷によって歪んでしまった。
「リリス……なんてことなの……」
「本当に心が子供になってしまったのか……」
「おじ様。おば様、どうかリリスの心に寄り添って頂けますか? 今のリリスに一番必要なのは愛情だと思うのです。リリスもそれを望んでいると思います。その証拠に……男の人を見て怖がるリリスが、おじ様に対しては平気なのですから」
生意気なことを口にしているかもしれないが、私はそう告げずにはいられなかった。
「……分かった。フローネの言う通りにしよう」
「ええ、約束するわ。リリス、私達と一緒に家に帰りましょう?」
夫人がリリスに声をかけるも、リリスは無言のままだった。
「リリス、御両親と一緒に『マリ』へ帰るのよ。アデルが言っていたでしょう? パパとママがいるリリスが羨ましいって。家族と一緒に暮らすのが一番幸せなのよ?」
リリスは少しの間私を見つめ、次に両親に視線を移す。
「帰ろう、リリス」
「もう、あなたを何処にもやらないわ」
「はい……」
リリスは、小さく頷いた――
1,546
お気に入りに追加
3,382
あなたにおすすめの小説
お飾りの側妃ですね?わかりました。どうぞ私のことは放っといてください!
水川サキ
恋愛
クオーツ伯爵家の長女アクアは17歳のとき、王宮に側妃として迎えられる。
シルバークリス王国の新しい王シエルは戦闘能力がずば抜けており、戦の神(野蛮な王)と呼ばれている男。
緊張しながら迎えた謁見の日。
シエルから言われた。
「俺がお前を愛することはない」
ああ、そうですか。
結構です。
白い結婚大歓迎!
私もあなたを愛するつもりなど毛頭ありません。
私はただ王宮でひっそり楽しく過ごしたいだけなのです。
盲目の令嬢にも愛は降り注ぐ
川原にゃこ
恋愛
「両家の婚約破棄をさせてください、殿下……!」
フィロメナが答えるよりも先に、イグナティオスが、叫ぶように言った──。
ベッサリオン子爵家の令嬢・フィロメナは、幼少期に病で視力を失いながらも、貴族の令嬢としての品位を保ちながら懸命に生きている。
その支えとなったのは、幼い頃からの婚約者であるイグナティオス。
彼は優しく、誠実な青年であり、フィロメナにとって唯一無二の存在だった。
しかし、成長とともにイグナティオスの態度は少しずつ変わり始める。
貴族社会での立身出世を目指すイグナティオスは、盲目の婚約者が自身の足枷になるのではないかという葛藤を抱え、次第に距離を取るようになったのだ。
そんな中、宮廷舞踏会でフィロメナは偶然にもアスヴァル・バルジミール辺境伯と出会う。高潔な雰囲気を纏い、静かな威厳を持つ彼は、フィロメナが失いかけていた「自信」を取り戻させる存在となっていく。
一方で、イグナティオスは貴族社会の駆け引きの中で、伯爵令嬢ルイーズに惹かれていく。フィロメナに対する優しさが「義務」へと変わりつつある中で、彼はある決断を下そうとしていた。
光を失ったフィロメナが手にした、新たな「光」とは。
静かに絡み合う愛と野心、運命の歯車が回り始める。
旦那様は大変忙しいお方なのです
あねもね
恋愛
レオナルド・サルヴェール侯爵と政略結婚することになった私、リゼット・クレージュ。
しかし、その当人が結婚式に現れません。
侍従長が言うことには「旦那様は大変忙しいお方なのです」
呆気にとられたものの、こらえつつ、いざ侯爵家で生活することになっても、お目にかかれない。
相変わらず侍従長のお言葉は「旦那様は大変忙しいお方なのです」のみ。
我慢の限界が――来ました。
そちらがその気ならこちらにも考えがあります。
さあ。腕が鳴りますよ!
※視点がころころ変わります。
※※2021年10月1日、HOTランキング1位となりました。お読みいただいている皆様方、誠にありがとうございます。

もう、愛はいりませんから
さくたろう
恋愛
ローザリア王国公爵令嬢ルクレティア・フォルセティに、ある日突然、未来の記憶が蘇った。
王子リーヴァイの愛する人を殺害しようとした罪により投獄され、兄に差し出された毒を煽り死んだ記憶だ。それが未来の出来事だと確信したルクレティアは、そんな未来に怯えるが、その記憶のおかしさに気がつき、謎を探ることにする。そうしてやがて、ある人のひたむきな愛を知ることになる。
国王陛下、私のことは忘れて幸せになって下さい。
ひかり芽衣
恋愛
同じ年で幼馴染のシュイルツとアンウェイは、小さい頃から将来は国王・王妃となり国を治め、国民の幸せを守り続ける誓いを立て教育を受けて来た。
即位後、穏やかな生活を送っていた2人だったが、婚姻5年が経っても子宝に恵まれなかった。
そこで、跡継ぎを作る為に側室を迎え入れることとなるが、この側室ができた人間だったのだ。
国の未来と皆の幸せを願い、王妃は身を引くことを決意する。
⭐︎2人の恋の行く末をどうぞ一緒に見守って下さいませ⭐︎
※初執筆&投稿で拙い点があるとは思いますが頑張ります!

【完結】伯爵令嬢は婚約を終わりにしたい〜次期公爵の幸せのために婚約破棄されることを目指して悪女になったら、なぜか溺愛されてしまったようです〜
よどら文鳥
恋愛
伯爵令嬢のミリアナは、次期公爵レインハルトと婚約関係である。
二人は特に問題もなく、順調に親睦を深めていった。
だがある日。
王女のシャーリャはミリアナに対して、「二人の婚約を解消してほしい、レインハルトは本当は私を愛しているの」と促した。
ミリアナは最初こそ信じなかったが王女が帰った後、レインハルトとの会話で王女のことを愛していることが判明した。
レインハルトの幸せをなによりも優先して考えているミリアナは、自分自身が嫌われて婚約破棄を宣告してもらえばいいという決断をする。
ミリアナはレインハルトの前では悪女になりきることを決意。
もともとミリアナは破天荒で活発な性格である。
そのため、悪女になりきるとはいっても、むしろあまり変わっていないことにもミリアナは気がついていない。
だが、悪女になって様々な作戦でレインハルトから嫌われるような行動をするが、なぜか全て感謝されてしまう。
それどころか、レインハルトからの愛情がどんどんと深くなっていき……?
※前回の作品同様、投稿前日に思いついて書いてみた作品なので、先のプロットや展開は未定です。今作も、完結までは書くつもりです。
※第一話のキャラがざまぁされそうな感じはありますが、今回はざまぁがメインの作品ではありません。もしかしたら、このキャラも更生していい子になっちゃったりする可能性もあります。(このあたり、現時点ではどうするか展開考えていないです)
【完結】婚約者を譲れと言うなら譲ります。私が欲しいのはアナタの婚約者なので。
海野凛久
恋愛
【書籍絶賛発売中】
クラリンス侯爵家の長女・マリーアンネは、幼いころから王太子の婚約者と定められ、育てられてきた。
しかしそんなある日、とあるパーティーで、妹から婚約者の地位を譲るように迫られる。
失意に打ちひしがれるかと思われたマリーアンネだったが――
これは、初恋を実らせようと奮闘する、とある令嬢の物語――。
※第14回恋愛小説大賞で特別賞頂きました!応援くださった皆様、ありがとうございました!
※主人公の名前を『マリ』から『マリーアンネ』へ変更しました。

【完結】王子妃候補をクビになった公爵令嬢は、拗らせた初恋の思い出だけで生きていく
たまこ
恋愛
10年の間、王子妃教育を受けてきた公爵令嬢シャーロットは、政治的な背景から王子妃候補をクビになってしまう。
多額の慰謝料を貰ったものの、婚約者を見つけることは絶望的な状況であり、シャーロットは結婚は諦めて公爵家の仕事に打ち込む。
もう会えないであろう初恋の相手のことだけを想って、生涯を終えるのだと覚悟していたのだが…。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる