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※8 消えた彼女(アドニス視点)
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俺——アドニス・ラインハルトは今日初めて、フローネと二人だけで町へ出てきた。
アデルの誕生プレゼントを買うためと言ったものの、それは単なる口実の一つでしかなかった。
アデルの誕生日は7月30日。まだひと月近くあるのだから、別に今日買いに行く必要はなかったのだ。
ただ祖父母から電報が届いている旨を伝える為に呼んだだけだったのだが、彼女の口からアデルは今お昼寝中だと聞かされたので考えが変わった。
いつもアデルの世話を一生懸命見てくれている彼女を労ってやりたい。
町に出て、何か彼女の好きな品をプレゼントして感謝の意を示したいと思ってのことだった。
****
馬車の中で、フローネはどこか気まずそうにしていた。俺と二人きりで出掛けることに緊張しているようにも見えた。
これでは意味が無い。この様子では自分の話をしそうにないと思い、アデルの好みを聞いた後にさりげなくフローネにも尋ねてみようと考えた。
それなのに、結局町に着くまでの間中アデルの話で盛り上がってしまった。
フローネはアデルの話になると表情が変わる。
生き生きとした表情、柔らかな笑顔……そして、時折見せてくれる自愛の籠った瞳。
本当にアデルのことを可愛がってくれていることが良く分かり、好感を持てた。
いつか、俺のためだけにそんな表情を浮かべてくれればいいのに……。
そんなことを密かに思う自分がいた――
****
町に到着し、二人で繁華街を歩いていると時折、フローネは背後を気にしている素振りを見せていた。
どうかしたのかと尋ねても、「何でもありません」と返事をするのでそれ以上は尋ねられなかった。
何となく、彼女に壁を作られてしまったようで寂しく感じた。
そこで彼女ともっと交流を深めたいと思い、喫茶店に誘ったのだが……。
「お客様、恐れ入ります」
フローネと向かい合わせでお茶を飲んでいると、不意にウェイターが話しかけてきた。
「何ですか?」
「はい、実はこの店にお客様のお知り合いと名乗る方がいらしておりまして……少しお話出来ないかと、店の入り口にいらしているのです。少しお時間頂けないでしょうか?」
「知り合い……? 誰ですか?」
「はい、お相手の方はスミスと名乗っております」
「スミス……確かに何人かスミスという知り合いがいるな……」
スミスなんて、ありふれた名前だ。
学生時代にも何人かいたし、親交を深めている人物の中にも同じ名前はいる。
考え込んでいると、フローネが声をかけてきた。
「あの、アドニス様。私のことは大丈夫ですので、どうぞ行って来て下さい。大事な知り合いの方かもしれませんので」
「確かにそうだな。ごめん、フローネ。少し、席を外すよ」
「ええ。どうぞ行ってらしてください」
彼女に見送られながら、俺はウェイターと一緒に店内へ向かった。
それなのに……。
「……誰もいないじゃないですか」
入り口付近で待っていると言う人物はどこにもいなかったのだ。
「あれ? 妙ですね……確かに先ほどまでいらっしゃったのですが……」
ウェイターは首を傾げている。
「どのような人物でしたか?」
「そうですね、年齢はお客様と同じ位の若い男性でした。とても身なりの良い姿をしていたので恐らくは貴族の方では無いでしょうか?」
「そうですか。それで店内にその人物はいますか?」
「……いえ、いらっしゃらないですね」
ウェイターは店内を見渡し、首を振った。
「分かりました。何か勘違いでもあったのでしょう、席に戻ります」
「申し訳ございませんでした」
謝罪するウェイターに背を向けると、再びフローネが待つ席へと戻った。
**
「……え?」
テーブルに戻ると、フローネの姿は消えている。
目の前には彼女の飲みかけのカップが残されているものの、ショルダーバッグは消えている。
「フローネ?」
辺りを見渡しても、何処にも彼女の姿はない。何か不吉な予感がする。
すると、近くのテーブル席に座っていた品の良い老女が声をかけてきた。
「もしかして、そちらに座っていた女性をお探しからしら?」
「はい、そうです」
「その女性なら、突然現れた綺麗なお嬢さんと一緒に帰って行きましたよ」
「ええ!? 帰った!?」
ここは店外にあるオープンカフェ。
確かに、店の中に入らずにそのまま帰ることも出来るが……。
「そ、そんな……一緒にこの店に入って来たって言うのに……」
すると、もう一人の若い男性客が教えてくれた。
「私の目には、帰ったと言うよりも無理やり連れていかれたように見えましたよ。この席の女性は酷く怯えた様子を見せていましたから」
「本当ですか!?」
男性客を振り返った。
「ええ。……そう言えば、現れた女性はとても身なりの良い姿をしていました。恐らく貴族ではないでしょうか? お付きの人物も数人いたようですし」
「貴族……?」
先程のウェイターの話が耳に蘇る。確か、俺を呼んだ人物も若い男性で貴族のように見えたと話していた。
始終、何かを気にしている様子を見せていたフローネ。
偶然現れた2人の若い男女の貴族らしき人物……。
「フローネ……君はもしかして、何か問題を抱えていたのか……?」
呆然と、俺はその場に立ち尽くした――
※ 次話、フローネ視点に戻ります
アデルの誕生プレゼントを買うためと言ったものの、それは単なる口実の一つでしかなかった。
アデルの誕生日は7月30日。まだひと月近くあるのだから、別に今日買いに行く必要はなかったのだ。
ただ祖父母から電報が届いている旨を伝える為に呼んだだけだったのだが、彼女の口からアデルは今お昼寝中だと聞かされたので考えが変わった。
いつもアデルの世話を一生懸命見てくれている彼女を労ってやりたい。
町に出て、何か彼女の好きな品をプレゼントして感謝の意を示したいと思ってのことだった。
****
馬車の中で、フローネはどこか気まずそうにしていた。俺と二人きりで出掛けることに緊張しているようにも見えた。
これでは意味が無い。この様子では自分の話をしそうにないと思い、アデルの好みを聞いた後にさりげなくフローネにも尋ねてみようと考えた。
それなのに、結局町に着くまでの間中アデルの話で盛り上がってしまった。
フローネはアデルの話になると表情が変わる。
生き生きとした表情、柔らかな笑顔……そして、時折見せてくれる自愛の籠った瞳。
本当にアデルのことを可愛がってくれていることが良く分かり、好感を持てた。
いつか、俺のためだけにそんな表情を浮かべてくれればいいのに……。
そんなことを密かに思う自分がいた――
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町に到着し、二人で繁華街を歩いていると時折、フローネは背後を気にしている素振りを見せていた。
どうかしたのかと尋ねても、「何でもありません」と返事をするのでそれ以上は尋ねられなかった。
何となく、彼女に壁を作られてしまったようで寂しく感じた。
そこで彼女ともっと交流を深めたいと思い、喫茶店に誘ったのだが……。
「お客様、恐れ入ります」
フローネと向かい合わせでお茶を飲んでいると、不意にウェイターが話しかけてきた。
「何ですか?」
「はい、実はこの店にお客様のお知り合いと名乗る方がいらしておりまして……少しお話出来ないかと、店の入り口にいらしているのです。少しお時間頂けないでしょうか?」
「知り合い……? 誰ですか?」
「はい、お相手の方はスミスと名乗っております」
「スミス……確かに何人かスミスという知り合いがいるな……」
スミスなんて、ありふれた名前だ。
学生時代にも何人かいたし、親交を深めている人物の中にも同じ名前はいる。
考え込んでいると、フローネが声をかけてきた。
「あの、アドニス様。私のことは大丈夫ですので、どうぞ行って来て下さい。大事な知り合いの方かもしれませんので」
「確かにそうだな。ごめん、フローネ。少し、席を外すよ」
「ええ。どうぞ行ってらしてください」
彼女に見送られながら、俺はウェイターと一緒に店内へ向かった。
それなのに……。
「……誰もいないじゃないですか」
入り口付近で待っていると言う人物はどこにもいなかったのだ。
「あれ? 妙ですね……確かに先ほどまでいらっしゃったのですが……」
ウェイターは首を傾げている。
「どのような人物でしたか?」
「そうですね、年齢はお客様と同じ位の若い男性でした。とても身なりの良い姿をしていたので恐らくは貴族の方では無いでしょうか?」
「そうですか。それで店内にその人物はいますか?」
「……いえ、いらっしゃらないですね」
ウェイターは店内を見渡し、首を振った。
「分かりました。何か勘違いでもあったのでしょう、席に戻ります」
「申し訳ございませんでした」
謝罪するウェイターに背を向けると、再びフローネが待つ席へと戻った。
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「……え?」
テーブルに戻ると、フローネの姿は消えている。
目の前には彼女の飲みかけのカップが残されているものの、ショルダーバッグは消えている。
「フローネ?」
辺りを見渡しても、何処にも彼女の姿はない。何か不吉な予感がする。
すると、近くのテーブル席に座っていた品の良い老女が声をかけてきた。
「もしかして、そちらに座っていた女性をお探しからしら?」
「はい、そうです」
「その女性なら、突然現れた綺麗なお嬢さんと一緒に帰って行きましたよ」
「ええ!? 帰った!?」
ここは店外にあるオープンカフェ。
確かに、店の中に入らずにそのまま帰ることも出来るが……。
「そ、そんな……一緒にこの店に入って来たって言うのに……」
すると、もう一人の若い男性客が教えてくれた。
「私の目には、帰ったと言うよりも無理やり連れていかれたように見えましたよ。この席の女性は酷く怯えた様子を見せていましたから」
「本当ですか!?」
男性客を振り返った。
「ええ。……そう言えば、現れた女性はとても身なりの良い姿をしていました。恐らく貴族ではないでしょうか? お付きの人物も数人いたようですし」
「貴族……?」
先程のウェイターの話が耳に蘇る。確か、俺を呼んだ人物も若い男性で貴族のように見えたと話していた。
始終、何かを気にしている様子を見せていたフローネ。
偶然現れた2人の若い男女の貴族らしき人物……。
「フローネ……君はもしかして、何か問題を抱えていたのか……?」
呆然と、俺はその場に立ち尽くした――
※ 次話、フローネ視点に戻ります
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