お二人共、どうぞお幸せに……もう二度と勘違いはしませんから

結城芙由奈@2/28コミカライズ発売

文字の大きさ
上 下
45 / 90

第5章 1 出会い

しおりを挟む
 翌日、朝食後――…

 昨日同様、二手に分かれての探索となった。
 お座敷様を逃がそうとしている橘と十和子さん、そして『仕事』と割り切って捕まえる気の店長……別行動になるのは当然だ。

 昨夜の秘密会議では、今日橘が敷地の結界を解除する予定となっている。
 しかし、橘の話では結界をなくしてしまってもお座敷様が逃げることは難しいらしい。

『あまりに長い間この地に縛り付けられていたため、結びつきが強くなり過ぎています。お座敷様とこの地とのゆかりを断ち切る作業が必要になります』

『じゃあ、結界を壊すだけじゃなく……やっぱり、お座敷様を探し出さないといけないのか』

『はい』

 橘とのやり取りを思い出し、俺は気合を入れた。
 今日はとにかく店長の邪魔をする!
 何がなんでもお座敷様を見つけられないようにしなくては!

 俺は店長とアレクと一緒にお座敷様を探して敷地内を見て回る――…かと思いきや、店長は朝から露天風呂に入り、のんびりと部屋でくつろぎだした。

「あの……えーっと、お座敷様を探しに行かないんですか?」

 拍子抜けした俺は、きっとさぞかしマヌケな顔をしていただろう。我慢できずに問いかけた俺に、店長は軽く肩を竦めた。

「普通に探し回っても見つけるのは難しいって、昨日分かっただろ? 無駄な努力はしない」

「諦めたってことですか!?」

「都築くん、なんだか嬉しそうだね」

「そ、そんな事ないですよっ! お茶淹れますね!」

 色々見透かされてるようで店長の視線が居心地悪い。
 アレクはアレクで、ちょっと複雑そうに俺たちを見比べている。
 俺は三人分のお茶を淹れ、仲居さんが『女将からです』と持ってきてくれた高級そうな饅頭を添えて、店長とアレクの前に置いた。

 それにしても、いつになくアレクが大人しい。
 やけに無口だし、俺が話しかけても生返事しか返ってこない。

 お座敷様を逃がすことに賛成なのか反対なのか、アレクの考えをきちんと確かめたい気持ちもあるが、何だか上手くタイミングが掴めない。

 声をかけようと口を開きかけたちょうどその時、アレクがかぶりつこうとした饅頭がボタッとテーブルに落ちた。

「アレク?」

 アレクは一瞬俺を見た後、すぐに店長へと視線を向ける。

「尾張、今――…」

「あぁ、ずいぶん早かったね」

「え? ちょ、ちょっと……何っ!?」

 状況が掴めず二人を見比べる俺に、アレクが説明してくれる。

「今、敷地の結界が解かれた。きっと橘だな……」

 マジか! さすが橘、仕事が早い!!
 てか、店長とアレクはそれを感じることが出来るのか!?

 店長は涼しい表情かおでお茶をすすった。

「丸一日はかかると思ってたけど、こんな短時間で……橘くん、やるねぇ」

 ちょっと感心したような……いや、楽しんでいるような店長の口ぶりから焦りなどは感じられない。

「都築くん、橘くんに連絡して。大事な話があるから、お昼ご飯いらなくてもちゃんと大広間に来るようにって」

「は、はい……」

 大事な話……なんだろう。
 俺はスマホを取り出し、橘にLIMEした。



☆*:;;;:**:;;;:*☆*:;;☆*:;;;:**:;;;:*☆



 昼食の時間になり、店長とアレク、俺の三人は大広間へと移動した。
 やはり今回も仲居さん達が豪華な料理を運んできてくれる。

 橘と十和子さんはまだだが、店長はさっそくご機嫌でお刺身を摘まみながら白ワインを楽しみだした。酒に強いのは知ってたが、それにしたってここに来てからシャンパンだの冷酒だの飲み過ぎじゃないか?

 橘と十和子さんが広間に入って来る。
 食事を摂る十和子さんはテーブルについたが、橘は立ったまま店長に頭を下げた。

「お話があると伺いました」

「うん」

 店長は橘の頭のてっぺんから足先までゆっくりと視線を走らせた。
 何を「見て」いるんだろう……。

「お座敷様を見つける目処めどはたってるのかな?」

「……いえ、十和子さんにもご協力いただいてますが、正直見つけるのはとても難しいと思います」

「だよね」

 白ワインのグラスをテーブルに置き、店長は軽く身を乗り出した。

「お座敷様を見つけるまで休戦して、協力しない? 策があるんだけど人数が欲しいんだ」

「策、ですか?」

 橘は軽く目を見開いた。

「橘くんはお座敷様の気持ちを考えてみた?」

「気持ち……?」

「百年ずっと、あの奥の間にいらしたんだ。どんな気分だったと思う?」

「それは……、……」

 口籠り、俯いてしまった橘に、店長はちょっと面倒くさそうな表情かおで肩を竦めた。

「別に閉じ込めた橘家を責めてるわけじゃないから、いちいち落ち込まないでくれる?」

「……はい」

 お座敷様の気持ち、か。
 窓もなく、薄暗く、祭壇以外何もない部屋、ほとんど動き回ることも出来ない状況で百年……俺だったら、きっとおかしくなってしまうだろう。

「きっと、ものすごーく退屈なさってたと思わない?」

 店長の言葉に、橘は顔を上げた。

「退屈、ですか?」

「うん、お座敷様は『楽しいこと』に飢えてらっしゃると思う」

「なるほど、確かにそうかも知れません」

「そこで、だ。皆で楽しくどんちゃん騒ぎをして、お座敷様をおびき出そうと思うんだけど……どうかな? 『アメノウズメ作戦』だよ」

 いきなり飛び出した作戦名に、俺とアレクは目をパチクリさせた。

「あめの、うずめ……???」

 十和子さんが小さく笑みを漏らし、俺とアレクに説明してくれる。

「アメノウズメというのは日本神話に登場する女神です。『天岩戸あまのいわと』のお話が有名ですね。太陽神アマテラスが天岩戸にお隠れになって、天界である高天原たかまがはらが闇に包まれてしまいました。困った八百万やおよろずの神は会議を開いて、何か楽しいことをしてアマテラスの興味を引く事にしたんです。アメノウズメが楽しくおどけて踊り、それを見た神様たちは大笑い。楽しそうな外の様子が気になるアマテラスが岩戸から出て来られた……というお話です」

 十和子さんの説明を聞いたアレクは腕を組み、店長へと目をやる。

「俺たちが楽しく騒げば、それに誘われてお座敷様の方から出て来て下さる……という事か?」

「やみくもに探し回るより、ずっといいだろ?」

 まるで悪だくみでもしているかのように、店長はふふっと笑った。
 しばらく考え込んでいた橘が声を上げる。

「確かに――…、やってみる価値はあると思います」

 十和子さんも同意とばかりに頷いた。
 全員の意見が揃ったところで、店長は満足気に頷く。

「よし、話は決まりだ。都築くん、なるべく賑やかにしたいから宴会場を使わせてもらえるよう、番頭さんにお願いしてきて」

「分かりました」

 俺が動き出すと同時に店長も立ち上がった。

「そうと決まれば宴会前にもっかい露天風呂入ってこよーっと。あ、そうそう! 都築くん、フロントに行くならついでにヘッドスパと足つぼマッサージ、それから泥パックの予約も取っといてくれる? 三十分後でいいから」

「…………分かりました」

 どこまでもマイペースに温泉旅行を満喫してらっしゃる……。



☆*:;;;:**:;;;:*☆*:;;☆*:;;;:**:;;;:*☆



 事情を説明すると、番頭さんは快く準備を引き受けてくれた。
 数人の仲居さん達と一緒に宴会場『白鷺』の準備を整え、料理やお酒の他にもカラオケセットだのなんだの……まるで社員旅行の宴会みたいだ。

 全ての準備が終わり、エステルームへ報告に行った俺を待っていたのは、髪もお肌もつやつやピカピカに仕上がった上機嫌の店長だった。
しおりを挟む
ツギクルバナー
感想 377

あなたにおすすめの小説

お飾りの側妃ですね?わかりました。どうぞ私のことは放っといてください!

水川サキ
恋愛
クオーツ伯爵家の長女アクアは17歳のとき、王宮に側妃として迎えられる。 シルバークリス王国の新しい王シエルは戦闘能力がずば抜けており、戦の神(野蛮な王)と呼ばれている男。 緊張しながら迎えた謁見の日。 シエルから言われた。 「俺がお前を愛することはない」 ああ、そうですか。 結構です。 白い結婚大歓迎! 私もあなたを愛するつもりなど毛頭ありません。 私はただ王宮でひっそり楽しく過ごしたいだけなのです。

離婚した彼女は死ぬことにした

まとば 蒼
恋愛
2日に1回更新(希望)です。 ----------------- 事故で命を落とす瞬間、政略結婚で結ばれた夫のアルバートを愛していたことに気づいたエレノア。 もう一度彼との結婚生活をやり直したいと願うと、四年前に巻き戻っていた。 今度こそ彼に相応しい妻になりたいと、これまでの臆病な自分を脱ぎ捨て奮闘するエレノア。しかし、 「前にも言ったけど、君は妻としての役目を果たさなくていいんだよ」 返ってくるのは拒絶を含んだ鉄壁の笑みと、表面的で義務的な優しさ。 それでも夫に想いを捧げ続けていたある日のこと、アルバートの大事にしている弟妹が原因不明の体調不良に襲われた。 神官から、二人の体調不良はエレノアの体内に宿る瘴気が原因だと告げられる。 大切な人を守るために離婚して彼らから離れることをエレノアは決意するが──。 ----------------- とあるコンテストに応募するためにひっそり書いていた作品ですが、最近ダレてきたので公開してみることにしました。 まだまだ荒くて調整が必要な話ですが、どんなに些細な内容でも反応を頂けると大変励みになります。 書きながら色々修正していくので、読み返したら若干展開が変わってたりするかもしれません。 作風が好みじゃない場合は回れ右をして自衛をお願いいたします。

盲目の令嬢にも愛は降り注ぐ

川原にゃこ
恋愛
「両家の婚約破棄をさせてください、殿下……!」 フィロメナが答えるよりも先に、イグナティオスが、叫ぶように言った──。 ベッサリオン子爵家の令嬢・フィロメナは、幼少期に病で視力を失いながらも、貴族の令嬢としての品位を保ちながら懸命に生きている。 その支えとなったのは、幼い頃からの婚約者であるイグナティオス。 彼は優しく、誠実な青年であり、フィロメナにとって唯一無二の存在だった。 しかし、成長とともにイグナティオスの態度は少しずつ変わり始める。 貴族社会での立身出世を目指すイグナティオスは、盲目の婚約者が自身の足枷になるのではないかという葛藤を抱え、次第に距離を取るようになったのだ。 そんな中、宮廷舞踏会でフィロメナは偶然にもアスヴァル・バルジミール辺境伯と出会う。高潔な雰囲気を纏い、静かな威厳を持つ彼は、フィロメナが失いかけていた「自信」を取り戻させる存在となっていく。 一方で、イグナティオスは貴族社会の駆け引きの中で、伯爵令嬢ルイーズに惹かれていく。フィロメナに対する優しさが「義務」へと変わりつつある中で、彼はある決断を下そうとしていた。 光を失ったフィロメナが手にした、新たな「光」とは。 静かに絡み合う愛と野心、運命の歯車が回り始める。

旦那様は大変忙しいお方なのです

あねもね
恋愛
レオナルド・サルヴェール侯爵と政略結婚することになった私、リゼット・クレージュ。 しかし、その当人が結婚式に現れません。 侍従長が言うことには「旦那様は大変忙しいお方なのです」 呆気にとられたものの、こらえつつ、いざ侯爵家で生活することになっても、お目にかかれない。 相変わらず侍従長のお言葉は「旦那様は大変忙しいお方なのです」のみ。 我慢の限界が――来ました。 そちらがその気ならこちらにも考えがあります。 さあ。腕が鳴りますよ! ※視点がころころ変わります。 ※※2021年10月1日、HOTランキング1位となりました。お読みいただいている皆様方、誠にありがとうございます。

もう、愛はいりませんから

さくたろう
恋愛
 ローザリア王国公爵令嬢ルクレティア・フォルセティに、ある日突然、未来の記憶が蘇った。  王子リーヴァイの愛する人を殺害しようとした罪により投獄され、兄に差し出された毒を煽り死んだ記憶だ。それが未来の出来事だと確信したルクレティアは、そんな未来に怯えるが、その記憶のおかしさに気がつき、謎を探ることにする。そうしてやがて、ある人のひたむきな愛を知ることになる。

国王陛下、私のことは忘れて幸せになって下さい。

ひかり芽衣
恋愛
同じ年で幼馴染のシュイルツとアンウェイは、小さい頃から将来は国王・王妃となり国を治め、国民の幸せを守り続ける誓いを立て教育を受けて来た。 即位後、穏やかな生活を送っていた2人だったが、婚姻5年が経っても子宝に恵まれなかった。 そこで、跡継ぎを作る為に側室を迎え入れることとなるが、この側室ができた人間だったのだ。 国の未来と皆の幸せを願い、王妃は身を引くことを決意する。 ⭐︎2人の恋の行く末をどうぞ一緒に見守って下さいませ⭐︎ ※初執筆&投稿で拙い点があるとは思いますが頑張ります!

【完結】伯爵令嬢は婚約を終わりにしたい〜次期公爵の幸せのために婚約破棄されることを目指して悪女になったら、なぜか溺愛されてしまったようです〜

よどら文鳥
恋愛
 伯爵令嬢のミリアナは、次期公爵レインハルトと婚約関係である。  二人は特に問題もなく、順調に親睦を深めていった。  だがある日。  王女のシャーリャはミリアナに対して、「二人の婚約を解消してほしい、レインハルトは本当は私を愛しているの」と促した。  ミリアナは最初こそ信じなかったが王女が帰った後、レインハルトとの会話で王女のことを愛していることが判明した。  レインハルトの幸せをなによりも優先して考えているミリアナは、自分自身が嫌われて婚約破棄を宣告してもらえばいいという決断をする。  ミリアナはレインハルトの前では悪女になりきることを決意。  もともとミリアナは破天荒で活発な性格である。  そのため、悪女になりきるとはいっても、むしろあまり変わっていないことにもミリアナは気がついていない。  だが、悪女になって様々な作戦でレインハルトから嫌われるような行動をするが、なぜか全て感謝されてしまう。  それどころか、レインハルトからの愛情がどんどんと深くなっていき……? ※前回の作品同様、投稿前日に思いついて書いてみた作品なので、先のプロットや展開は未定です。今作も、完結までは書くつもりです。 ※第一話のキャラがざまぁされそうな感じはありますが、今回はざまぁがメインの作品ではありません。もしかしたら、このキャラも更生していい子になっちゃったりする可能性もあります。(このあたり、現時点ではどうするか展開考えていないです)

【完結】婚約者を譲れと言うなら譲ります。私が欲しいのはアナタの婚約者なので。

海野凛久
恋愛
【書籍絶賛発売中】 クラリンス侯爵家の長女・マリーアンネは、幼いころから王太子の婚約者と定められ、育てられてきた。 しかしそんなある日、とあるパーティーで、妹から婚約者の地位を譲るように迫られる。 失意に打ちひしがれるかと思われたマリーアンネだったが―― これは、初恋を実らせようと奮闘する、とある令嬢の物語――。 ※第14回恋愛小説大賞で特別賞頂きました!応援くださった皆様、ありがとうございました! ※主人公の名前を『マリ』から『マリーアンネ』へ変更しました。

処理中です...