お二人共、どうぞお幸せに……もう二度と勘違いはしませんから

結城芙由奈@2/28コミカライズ発売

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6 悲しい気持ち

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――その夜のこと

私は夢を見た。
とてもとても辛い夢を――

『いい? フローネ。あなたを虐めていいのは私だけなのよ』

『僕が君みたいな女を好きになるはず無いだろう? 思い上がるなよ』

『貧乏な娘のくせに、我々と対等に付き合えると思っていたのか?』

『これだから貧しい人間は嫌なのよ。図々しく上がり込んだりして』

リリスが……クリフが……そしておじ様とおば様が激しく私を詰ってくる。

私は、必死に許しを請う。

『ごめんなさい……どうか許して下さい……もう二度と、勘違いしませんから……皆さんの前に姿を見せませんから……』

「あ……」

不意に、私は自分の声で目が覚めた。

「夢……」

頭がズキズキ痛む。そっと頬に触れると涙で濡れている。ベッドサイドに置かれた時計は5時半をさしており、いつもの起床時間と同じだった。
きっと、毎日の習慣として身体に染み付いていたのだろう。

「私……泣きながら眠っていたのね……」

ベッドに横たわったままポツリと呟く。
見慣れない高い天井も寝心地の良いフカフカのベッドも、どれも貧しい私にはふさわしくないものだった。
ここはお前のような貧乏人がいる場所では無いと言われている気がする。

「……皆さんと食事をしたら、早々にここを出ましょう……私には分不相応な部屋なのだから」

自分に言い聞かせると、ベッドから起き上がり朝の支度を始めた――


朝食の時間は7時半で、待ち合わせ場所は食事処の入口と言われている。
ご馳走になる身分で、遅れるわけにはいかない。
そこで予定時刻よりも20分程早く私は食事処の入口で待っていると、次々と宿泊客が現れて中へと入っていく。

私はなるべく邪魔にならないように隅の方に立っていた。
けれども中にはジロジロと私を見つめてきたり、聞こえよがしに意地悪なことを言ってくる人たちもいた。

「何であんな貧しそうな人がいるのかしら?」

「このホテルの下働きじゃないのか?」

「物乞いが何でここにいるんだよ……」

バーデン家の人々のような冷たい言葉を投げつけられて、今朝の悪夢を思い出す。
やっぱり私はここにいてはいけないのだ。
どうしてこのホテルに宿泊してしまったのだろう……。

思わずギュッと目をつぶった時――

「お姉ちゃん!」

可愛らしい声が聞こえて、目を開けた。すると、ピンク色のワンピース姿のアデルが笑顔で駆け寄ってきた。
手にはうさぎのぬいぐるみを抱きかかえている。

「お姉ちゃん! おはよう!」

アデルが足に抱きついてきた。彼女の存在が今の私の救いだった。

「おはよう、アデル。よく眠れた?」

アデルの柔らかな髪をそっと撫でる。

「うん、寝たよ。お姉ちゃんは?」

「私も朝までぐっすりよ」

すると、シュタイナー夫妻が遅れてやってきた。

「おはよう、フローネさん」
「おはよう」

婦人とシュタイナー氏が交互に挨拶してくる。

「おはようございます。今朝もお誘い頂き、ありがとうございます」

すると、アデルが両手を広げてお願いしてきた。

「お姉ちゃん、抱っこして?」

「アデル、何を言うのだい?」

その言葉にシュタイナー氏が驚くも、私は笑顔で頷いた。

「ええ、いいわよ」

アデルを抱き上げると、嬉しそうに私に頬を擦り寄せてきた。

「アデル……」

その姿に婦人が目頭を押さえる。……一体どうしたのだろう?

「すみませんな、フローネさん。アデルが我儘を言って……」

「いいえ、そんなことありません」

謝ってくるシュタイナー氏に、首を振る。

「早く、食べに行こうよー」

アデルが腕の中で訴えてきた。

「ああ、そうだな。行こう」

シュタイナー氏に促され、私達は朝食をとりに食事処へ入った――



****


「美味しかったね~お姉ちゃん」

食事が終わり、隣に座るアデルが笑顔で話しかけてくる。

「ええ、美味しかったわね」

アデルの口元をナフキンで拭いて上げながら私も笑顔で返事をした。

「フローネさん、私達は9時半発の汽車に乗って『レアド』に帰るの。あなたは何時の汽車で帰るのかしら? もしよければ駅まで一緒に行きましょう。アデルもこんなにあなたに懐いていることだし」

「え?」

その言葉にドキリとする。

「そうだな、それがいい」

「うん。もっと一緒にいられるもんね」

何も事情を知らないシュタイナー氏とアデルが同意する。

「そうだわ。お手紙のやり取りもしましょう。宛先を教えてくれないかしら?」

婦人がハンドバックからメモ帳と万年筆をとりだした。

「宛先……ですか?」

私には行き場所がない。だから当然宛先等あるはずも無いのだ。
この親切な人たちのお願いを何一つ聞いてあげることが出来ないなんて……

そのことを思うと、同しようもないくらいに悲しい気持ちが込み上げてくる。

「あ、あの……私、宛先は……」

口にしかけたとき……我慢しきれなくなった私の目から、一粒の涙が頬を伝った――
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