お二人共、どうぞお幸せに……もう二度と勘違いはしませんから

結城芙由奈@2/28コミカライズ発売

文字の大きさ
上 下
39 / 90

5 ディナーの席

しおりを挟む
 皆で揃って食事処へ行くと、広々とした部屋に真っ白なテーブルクロスが敷かれた丸テーブル席に大勢のお客達が座って楽しげに食事をしていた。

 一部のお客の中には私を見ながら、何やらヒソヒソと話している。その冷たい視線が痛かった。
けれど、アデルの祖父母は彼らの視線をまるで気にする素振りも見せていない。

「あの窓際の席が空いているな。外の景色も見えるから丁度よいだろう」

「ええ、そうね。あの場所がいいわね。行きましょう」

「うん、行こう。お姉ちゃん」

アデルが私の手を引く。

「は、はい……そうですね」

窓際のテーブルに向かっている時、近くの席に座っている人たちがチラチラ私を見ている。
そのあからさまな視線がバーデン家の人々を思い出させ、思わず手が震えた。

「どうしたの? お姉ちゃん?」

私の手の震えがアデルに伝わったのだろう。

「い、いえ。何でも無いのよ?」

無理に笑顔を浮かべると、アデルが私の手をキュッと握りしめて笑い返してくれる。
その姿に少しだけ、心が落ちついた。

「いらっしゃいませ」

皆で席につくと、すぐにウェイターが水の注がれたグラスを持って現れた。

「シュタイナーという名前で、大人用と子供用のディナーセットを予約していたが、一つ追加してくれ」

シュタイナー氏がウェイターに話しかけた。

「シュタイナー様ですね? はい、確かにご予約を承っております。では一つ、追加させて頂きますね」

ウェイターはチラリと私を見ると、お辞儀をして去って行った。
恐らく彼にはそんなつもりはないのだろうが、その視線でさえ私は息が詰まりそうだった。

「お姉ちゃんも、ここに泊まっていたんだね」

すぐにアデルが話しかけてくる。

「ええ、そうなの」

「もしかして、あなたも旅行者なのかしら?」

返事をすると次に婦人が質問してきた。

「え、ええ。そんなところです」

まさか本当の事を言うことも出来ずに私は曖昧に返事をすると、シュタイナー氏が色々と話を始めた。

自分たちは、ここより汽車で4時間程先の『レアド』市に住んでおり、今回ここを訪れたのは年が離れたアデルの兄がここに住んでいるからだということだった。現在大学4年で寮に入っている。時期に卒業を迎えるそうだ。

シュタイナー氏にとって、アデルの兄という人物は自慢の孫なのだろう。
食事が運ばれてきても、饒舌に語り続けていた――

****

「すまなかったね。すっかり話に夢中になってしまったようだ」

食事が済むと、シュタイナー氏が申し訳無さそうに謝罪してきた。

「いいえ。こちらこそ楽しい時間と素晴らしい食事をご馳走になりまして大変感謝しております」

「あなたは良い教育を受けてきた方のようね」

婦人が声をかけてきた。

「え? そうでしょうか……?」

一体私の何を見てそう思ったのだろう。

「それくらい、見て分かるさ。これでも人を見る目はある方だからな」

婦人にかわり、シュタイナー氏が答えた。

「お姉ちゃんはいつまでここに泊まるの?」

「え? わ、私……? 明日の朝には、このホテルを出るつもりよ」

「そうなの? それじゃお姉ちゃんもお家に帰るんだね。私達も明日帰るんだよ~」

「え、ええ。そうね。帰るわ」

アデルの突然の質問に戸惑ってしまう。

帰る……? 一体何処へ帰ると言うのだろう。今の私には、帰る場所は何処にもないのに。
そして私を待つ人も……。

思わず俯くと、婦人が声をかけてきた。

「あら? どうかなさったの?」

「どうしたのだ?」

婦人とシュタイナー氏が交互に声をかけてくる。

「いいえ。何でもありません。ご心配ありがとうございます」

「よし、では食事も済んだことだし……出ようか?」

シュタイナー氏に促され、私達は食事処を後にした。


****

「お姉ちゃんはどこのお部屋に泊まっているの?」

私と手を繋いで歩くアデルが質問してきた。

「私は1階の部屋に泊まっているのよ」

1階の部屋はシングル用の客室専用フロアだった。

「そうなんだ、私はね、3階のお部屋に泊まってるの」

「3階……」

確かその部屋は高級な部屋ばかりのフロアだ。やはり、私とは住む世界が違う。

部屋へ続く通路の入口で、私は足を止めるとお礼を述べた。

「今夜は本当にありがとうございました。皆様の親切は忘れません。アデルも元気でね」

「ええ!? お姉ちゃん、ここでお別れなの!?」

アデルが足にしがみついてきた。

「ええ。そうなるわね」

アデルの頭を撫でると、シュタイナー氏と婦人が思いがけない言葉を口にした。

「フローネさん。明日の朝食も一緒に食べよう」

「そうね、アデルもこんなに懐いていることだし」

「え!? そ、それは……」

まさかの言葉に戸惑っていると、アデルが訴えてきた。

「お姉ちゃん、明日も会いたいよ~」

その可愛らしい様子が、胸を打つ。

「は、はい……では明日もよろしくお願いします……」

気付けば、私は頷いていた――


しおりを挟む
ツギクルバナー
感想 377

あなたにおすすめの小説

お飾りの側妃ですね?わかりました。どうぞ私のことは放っといてください!

水川サキ
恋愛
クオーツ伯爵家の長女アクアは17歳のとき、王宮に側妃として迎えられる。 シルバークリス王国の新しい王シエルは戦闘能力がずば抜けており、戦の神(野蛮な王)と呼ばれている男。 緊張しながら迎えた謁見の日。 シエルから言われた。 「俺がお前を愛することはない」 ああ、そうですか。 結構です。 白い結婚大歓迎! 私もあなたを愛するつもりなど毛頭ありません。 私はただ王宮でひっそり楽しく過ごしたいだけなのです。

盲目の令嬢にも愛は降り注ぐ

川原にゃこ
恋愛
「両家の婚約破棄をさせてください、殿下……!」 フィロメナが答えるよりも先に、イグナティオスが、叫ぶように言った──。 ベッサリオン子爵家の令嬢・フィロメナは、幼少期に病で視力を失いながらも、貴族の令嬢としての品位を保ちながら懸命に生きている。 その支えとなったのは、幼い頃からの婚約者であるイグナティオス。 彼は優しく、誠実な青年であり、フィロメナにとって唯一無二の存在だった。 しかし、成長とともにイグナティオスの態度は少しずつ変わり始める。 貴族社会での立身出世を目指すイグナティオスは、盲目の婚約者が自身の足枷になるのではないかという葛藤を抱え、次第に距離を取るようになったのだ。 そんな中、宮廷舞踏会でフィロメナは偶然にもアスヴァル・バルジミール辺境伯と出会う。高潔な雰囲気を纏い、静かな威厳を持つ彼は、フィロメナが失いかけていた「自信」を取り戻させる存在となっていく。 一方で、イグナティオスは貴族社会の駆け引きの中で、伯爵令嬢ルイーズに惹かれていく。フィロメナに対する優しさが「義務」へと変わりつつある中で、彼はある決断を下そうとしていた。 光を失ったフィロメナが手にした、新たな「光」とは。 静かに絡み合う愛と野心、運命の歯車が回り始める。

旦那様は大変忙しいお方なのです

あねもね
恋愛
レオナルド・サルヴェール侯爵と政略結婚することになった私、リゼット・クレージュ。 しかし、その当人が結婚式に現れません。 侍従長が言うことには「旦那様は大変忙しいお方なのです」 呆気にとられたものの、こらえつつ、いざ侯爵家で生活することになっても、お目にかかれない。 相変わらず侍従長のお言葉は「旦那様は大変忙しいお方なのです」のみ。 我慢の限界が――来ました。 そちらがその気ならこちらにも考えがあります。 さあ。腕が鳴りますよ! ※視点がころころ変わります。 ※※2021年10月1日、HOTランキング1位となりました。お読みいただいている皆様方、誠にありがとうございます。

もう、愛はいりませんから

さくたろう
恋愛
 ローザリア王国公爵令嬢ルクレティア・フォルセティに、ある日突然、未来の記憶が蘇った。  王子リーヴァイの愛する人を殺害しようとした罪により投獄され、兄に差し出された毒を煽り死んだ記憶だ。それが未来の出来事だと確信したルクレティアは、そんな未来に怯えるが、その記憶のおかしさに気がつき、謎を探ることにする。そうしてやがて、ある人のひたむきな愛を知ることになる。

国王陛下、私のことは忘れて幸せになって下さい。

ひかり芽衣
恋愛
同じ年で幼馴染のシュイルツとアンウェイは、小さい頃から将来は国王・王妃となり国を治め、国民の幸せを守り続ける誓いを立て教育を受けて来た。 即位後、穏やかな生活を送っていた2人だったが、婚姻5年が経っても子宝に恵まれなかった。 そこで、跡継ぎを作る為に側室を迎え入れることとなるが、この側室ができた人間だったのだ。 国の未来と皆の幸せを願い、王妃は身を引くことを決意する。 ⭐︎2人の恋の行く末をどうぞ一緒に見守って下さいませ⭐︎ ※初執筆&投稿で拙い点があるとは思いますが頑張ります!

【完結】伯爵令嬢は婚約を終わりにしたい〜次期公爵の幸せのために婚約破棄されることを目指して悪女になったら、なぜか溺愛されてしまったようです〜

よどら文鳥
恋愛
 伯爵令嬢のミリアナは、次期公爵レインハルトと婚約関係である。  二人は特に問題もなく、順調に親睦を深めていった。  だがある日。  王女のシャーリャはミリアナに対して、「二人の婚約を解消してほしい、レインハルトは本当は私を愛しているの」と促した。  ミリアナは最初こそ信じなかったが王女が帰った後、レインハルトとの会話で王女のことを愛していることが判明した。  レインハルトの幸せをなによりも優先して考えているミリアナは、自分自身が嫌われて婚約破棄を宣告してもらえばいいという決断をする。  ミリアナはレインハルトの前では悪女になりきることを決意。  もともとミリアナは破天荒で活発な性格である。  そのため、悪女になりきるとはいっても、むしろあまり変わっていないことにもミリアナは気がついていない。  だが、悪女になって様々な作戦でレインハルトから嫌われるような行動をするが、なぜか全て感謝されてしまう。  それどころか、レインハルトからの愛情がどんどんと深くなっていき……? ※前回の作品同様、投稿前日に思いついて書いてみた作品なので、先のプロットや展開は未定です。今作も、完結までは書くつもりです。 ※第一話のキャラがざまぁされそうな感じはありますが、今回はざまぁがメインの作品ではありません。もしかしたら、このキャラも更生していい子になっちゃったりする可能性もあります。(このあたり、現時点ではどうするか展開考えていないです)

【完結】婚約者を譲れと言うなら譲ります。私が欲しいのはアナタの婚約者なので。

海野凛久
恋愛
【書籍絶賛発売中】 クラリンス侯爵家の長女・マリーアンネは、幼いころから王太子の婚約者と定められ、育てられてきた。 しかしそんなある日、とあるパーティーで、妹から婚約者の地位を譲るように迫られる。 失意に打ちひしがれるかと思われたマリーアンネだったが―― これは、初恋を実らせようと奮闘する、とある令嬢の物語――。 ※第14回恋愛小説大賞で特別賞頂きました!応援くださった皆様、ありがとうございました! ※主人公の名前を『マリ』から『マリーアンネ』へ変更しました。

【完結】王子妃候補をクビになった公爵令嬢は、拗らせた初恋の思い出だけで生きていく

たまこ
恋愛
 10年の間、王子妃教育を受けてきた公爵令嬢シャーロットは、政治的な背景から王子妃候補をクビになってしまう。  多額の慰謝料を貰ったものの、婚約者を見つけることは絶望的な状況であり、シャーロットは結婚は諦めて公爵家の仕事に打ち込む。  もう会えないであろう初恋の相手のことだけを想って、生涯を終えるのだと覚悟していたのだが…。

処理中です...