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3 幼女と祖母
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振り向くと、品の良い初老の女性が慌ててこちらへ向かって駆け寄ってきた。
女性はアデルの話していた通り、紫の帽子に同色のデイ・ドレスを着ている。
恐らく貴族に違いないだろう。
「おばあちゃん!」
アデルが立ち上がり、叫ぶ。
「アデル! 良かった……! 本当に探したのよ!」
女性はアデルを抱きしめ、手にした綿菓子に気付いた。
「あら? アデル。この綿菓子はどうしたの?」
「あのね、お姉ちゃんに買って貰ったの」
「え?」
その時になり、女性は初めて私に気付いた様子で振り返った。
「あの、あなたがもしや……?」
銀の髪に緑色の瞳が美しい初老の女性が怪訝そうに首を傾げる。
見るからに高位貴族と思われる相手に、見つめられるのは苦手だった。
バーデン家でメイドとして働いてきた私は、すっかり自分よりも目上の相手に気が引けるようになってしまっていたのだ。
「あ、あの……私は……」
すると、アデルが女性のドレスを引っ張る。
「このお姉ちゃんがねぇ、おばあちゃんを捜してくれたの。これも買ってくれたのよ」
アデルは残り僅かになった綿菓子を女性に見せた。
「まぁ……そうだったの?」
「はい、そうです……」
再び女性が私を見つめる。
どうしよう、貴族の子供に平民が食べる屋台の綿菓子を買い与えてしまった。
勝手に、こんな物を食べさせてはいけないと怒られてしまうだろうか?
ところが……。
「まぁ、そうだったのですか? それはご丁寧にありがとうございます。私はパトリシア・シュタイナーと申します。あなたのお名前も教えていただけますか?」
笑みを浮かべて女性は話しかけてきた。
「フローネと申します……」
緊張しながら返事をする。今の私は身分の高い女性を見ると、緊張するようになってしまっていた。
「フローネさんですね? この度はアデルが大変お世話になりました。是非、お礼をさせて下さい。そうだわ、御一緒にお食事でもいかがですか?」
「い、いえ! 食事なんて大丈夫です。ただ、私は泣いているお嬢様に声をかけただけですから」
こんなに身分の高い女性と食事なんて、無理だ。
第一、今の私は着古した服装で見るからに貧しい格好をしている。私と一緒に食事をすれば恥をかかせてしまうだろう。
「そんなこと、おっしゃらずに。あなたはアデルと私の恩人ですから」
「いいえ、本当にお気持ちだけで大丈夫です」
そのとき――
「アデルッ!」
スーツ姿の初老の男性が人混みをかき分けてこちらへ駆けてくる姿が見えた。背後には使用人と思しき人たちもついている。
「あ! おじいちゃーん!」
「あなた! アデルが見つかったわ!」
アデルと女性が手を振っている隙に、私は逃げるようにその場を後にした。
あの人達は怖い人たちでは無いかもしれない。
頭では理解しているものの、どうしてもバーデン家で受けた仕打ちが忘れられずにいたのだ。
「ふぅ……」
広場から離れるとようやく人心地がついた。
「お話の途中で逃げてしまって、失礼なことをしてしまったかしら……」
けれど、あの女性を見た時にバーデン家の人たちを思い出してしまったのだ。
『どこまで図々しい娘なんだ』
『これだから貧乏人は嫌なのよ』
『もう二度と僕とリリスの前に姿を見せるな』
クリフと彼の両親の私を軽蔑する目が……言葉が忘れられない。あのときのことを思いだすだけで身体が震えてしまう。
「勝手にいなくなって、申し訳ございません」
口の中でポツリと小さく呟くと、今夜の宿を探すために繁華街へと足を向けた。
――18時
「ふぅ……やっと部屋が見つかったわ」
寝心地の良いベッドに座るとため息をついた。
あの後、私はホテルを探すために歩き回ったけれど、今は繁盛期で部屋は何処も一杯だった。
唯一空き室が見つかったホテルは『マリ』市でも高級なホテルだけ。
ホテルマンは私のみすぼらしい姿を見て露骨な顔を向けてきた。
けれどホテル代を前払いすると申し出たところ態度が一変し、一番小さい部屋を案内された。
この部屋は私の給金の一週間分だったが、他に行く宛も無かったのでやむを得ず今夜はここに泊まることに決めた。
町から少し離れた場所ならもっと格安の宿があったかもしれないが、疲れていたのでそこまで探す気力が無かったのだ……。
「明日もここに泊まるわけにはいかないわね……ホテルを出たら次の宿泊先を探さないと。その後は新しい仕事を探さないと……出来れば住み込みで働きたいわ……」
そんなことを考えていると、キュルルルと小さくお腹が鳴ってしまった。
そう言えば、アデルと一緒に綿菓子を食べてからまだ何も口にしていなかったことを思い出す。
「アデル……可愛い子だったわ。もう少し、お話したかったけど……」
けれど、私とあの子では住む世界が違う。
「食事に行きましょう」
貴重品をショルダーバッグにしまうと、部屋を後にした。
そして、意外な出来事が私を待ち受けていた――
女性はアデルの話していた通り、紫の帽子に同色のデイ・ドレスを着ている。
恐らく貴族に違いないだろう。
「おばあちゃん!」
アデルが立ち上がり、叫ぶ。
「アデル! 良かった……! 本当に探したのよ!」
女性はアデルを抱きしめ、手にした綿菓子に気付いた。
「あら? アデル。この綿菓子はどうしたの?」
「あのね、お姉ちゃんに買って貰ったの」
「え?」
その時になり、女性は初めて私に気付いた様子で振り返った。
「あの、あなたがもしや……?」
銀の髪に緑色の瞳が美しい初老の女性が怪訝そうに首を傾げる。
見るからに高位貴族と思われる相手に、見つめられるのは苦手だった。
バーデン家でメイドとして働いてきた私は、すっかり自分よりも目上の相手に気が引けるようになってしまっていたのだ。
「あ、あの……私は……」
すると、アデルが女性のドレスを引っ張る。
「このお姉ちゃんがねぇ、おばあちゃんを捜してくれたの。これも買ってくれたのよ」
アデルは残り僅かになった綿菓子を女性に見せた。
「まぁ……そうだったの?」
「はい、そうです……」
再び女性が私を見つめる。
どうしよう、貴族の子供に平民が食べる屋台の綿菓子を買い与えてしまった。
勝手に、こんな物を食べさせてはいけないと怒られてしまうだろうか?
ところが……。
「まぁ、そうだったのですか? それはご丁寧にありがとうございます。私はパトリシア・シュタイナーと申します。あなたのお名前も教えていただけますか?」
笑みを浮かべて女性は話しかけてきた。
「フローネと申します……」
緊張しながら返事をする。今の私は身分の高い女性を見ると、緊張するようになってしまっていた。
「フローネさんですね? この度はアデルが大変お世話になりました。是非、お礼をさせて下さい。そうだわ、御一緒にお食事でもいかがですか?」
「い、いえ! 食事なんて大丈夫です。ただ、私は泣いているお嬢様に声をかけただけですから」
こんなに身分の高い女性と食事なんて、無理だ。
第一、今の私は着古した服装で見るからに貧しい格好をしている。私と一緒に食事をすれば恥をかかせてしまうだろう。
「そんなこと、おっしゃらずに。あなたはアデルと私の恩人ですから」
「いいえ、本当にお気持ちだけで大丈夫です」
そのとき――
「アデルッ!」
スーツ姿の初老の男性が人混みをかき分けてこちらへ駆けてくる姿が見えた。背後には使用人と思しき人たちもついている。
「あ! おじいちゃーん!」
「あなた! アデルが見つかったわ!」
アデルと女性が手を振っている隙に、私は逃げるようにその場を後にした。
あの人達は怖い人たちでは無いかもしれない。
頭では理解しているものの、どうしてもバーデン家で受けた仕打ちが忘れられずにいたのだ。
「ふぅ……」
広場から離れるとようやく人心地がついた。
「お話の途中で逃げてしまって、失礼なことをしてしまったかしら……」
けれど、あの女性を見た時にバーデン家の人たちを思い出してしまったのだ。
『どこまで図々しい娘なんだ』
『これだから貧乏人は嫌なのよ』
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クリフと彼の両親の私を軽蔑する目が……言葉が忘れられない。あのときのことを思いだすだけで身体が震えてしまう。
「勝手にいなくなって、申し訳ございません」
口の中でポツリと小さく呟くと、今夜の宿を探すために繁華街へと足を向けた。
――18時
「ふぅ……やっと部屋が見つかったわ」
寝心地の良いベッドに座るとため息をついた。
あの後、私はホテルを探すために歩き回ったけれど、今は繁盛期で部屋は何処も一杯だった。
唯一空き室が見つかったホテルは『マリ』市でも高級なホテルだけ。
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けれどホテル代を前払いすると申し出たところ態度が一変し、一番小さい部屋を案内された。
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「明日もここに泊まるわけにはいかないわね……ホテルを出たら次の宿泊先を探さないと。その後は新しい仕事を探さないと……出来れば住み込みで働きたいわ……」
そんなことを考えていると、キュルルルと小さくお腹が鳴ってしまった。
そう言えば、アデルと一緒に綿菓子を食べてからまだ何も口にしていなかったことを思い出す。
「アデル……可愛い子だったわ。もう少し、お話したかったけど……」
けれど、私とあの子では住む世界が違う。
「食事に行きましょう」
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