お二人共、どうぞお幸せに……もう二度と勘違いはしませんから

結城芙由奈@2/28コミカライズ発売

文字の大きさ
上 下
37 / 90

3 幼女と祖母

しおりを挟む
 振り向くと、品の良い初老の女性が慌ててこちらへ向かって駆け寄ってきた。
女性はアデルの話していた通り、紫の帽子に同色のデイ・ドレスを着ている。
恐らく貴族に違いないだろう。


「おばあちゃん!」

アデルが立ち上がり、叫ぶ。

「アデル! 良かった……! 本当に探したのよ!」

女性はアデルを抱きしめ、手にした綿菓子に気付いた。

「あら? アデル。この綿菓子はどうしたの?」

「あのね、お姉ちゃんに買って貰ったの」

「え?」

その時になり、女性は初めて私に気付いた様子で振り返った。

「あの、あなたがもしや……?」

銀の髪に緑色の瞳が美しい初老の女性が怪訝そうに首を傾げる。
見るからに高位貴族と思われる相手に、見つめられるのは苦手だった。
バーデン家でメイドとして働いてきた私は、すっかり自分よりも目上の相手に気が引けるようになってしまっていたのだ。

「あ、あの……私は……」

すると、アデルが女性のドレスを引っ張る。

「このお姉ちゃんがねぇ、おばあちゃんを捜してくれたの。これも買ってくれたのよ」

アデルは残り僅かになった綿菓子を女性に見せた。

「まぁ……そうだったの?」

「はい、そうです……」

再び女性が私を見つめる。
どうしよう、貴族の子供に平民が食べる屋台の綿菓子を買い与えてしまった。
勝手に、こんな物を食べさせてはいけないと怒られてしまうだろうか?

ところが……。

「まぁ、そうだったのですか? それはご丁寧にありがとうございます。私はパトリシア・シュタイナーと申します。あなたのお名前も教えていただけますか?」

笑みを浮かべて女性は話しかけてきた。

「フローネと申します……」

緊張しながら返事をする。今の私は身分の高い女性を見ると、緊張するようになってしまっていた。

「フローネさんですね? この度はアデルが大変お世話になりました。是非、お礼をさせて下さい。そうだわ、御一緒にお食事でもいかがですか?」

「い、いえ! 食事なんて大丈夫です。ただ、私は泣いているお嬢様に声をかけただけですから」

こんなに身分の高い女性と食事なんて、無理だ。
第一、今の私は着古した服装で見るからに貧しい格好をしている。私と一緒に食事をすれば恥をかかせてしまうだろう。

「そんなこと、おっしゃらずに。あなたはアデルと私の恩人ですから」

「いいえ、本当にお気持ちだけで大丈夫です」

そのとき――

「アデルッ!」

スーツ姿の初老の男性が人混みをかき分けてこちらへ駆けてくる姿が見えた。背後には使用人と思しき人たちもついている。

「あ! おじいちゃーん!」
「あなた! アデルが見つかったわ!」

アデルと女性が手を振っている隙に、私は逃げるようにその場を後にした。

あの人達は怖い人たちでは無いかもしれない。
頭では理解しているものの、どうしてもバーデン家で受けた仕打ちが忘れられずにいたのだ。


「ふぅ……」

広場から離れるとようやく人心地がついた。

「お話の途中で逃げてしまって、失礼なことをしてしまったかしら……」

けれど、あの女性を見た時にバーデン家の人たちを思い出してしまったのだ。

『どこまで図々しい娘なんだ』

『これだから貧乏人は嫌なのよ』

『もう二度と僕とリリスの前に姿を見せるな』

クリフと彼の両親の私を軽蔑する目が……言葉が忘れられない。あのときのことを思いだすだけで身体が震えてしまう。

「勝手にいなくなって、申し訳ございません」

口の中でポツリと小さく呟くと、今夜の宿を探すために繁華街へと足を向けた。



――18時

「ふぅ……やっと部屋が見つかったわ」

寝心地の良いベッドに座るとため息をついた。

あの後、私はホテルを探すために歩き回ったけれど、今は繁盛期で部屋は何処も一杯だった。
唯一空き室が見つかったホテルは『マリ』市でも高級なホテルだけ。
ホテルマンは私のみすぼらしい姿を見て露骨な顔を向けてきた。
けれどホテル代を前払いすると申し出たところ態度が一変し、一番小さい部屋を案内された。
この部屋は私の給金の一週間分だったが、他に行く宛も無かったのでやむを得ず今夜はここに泊まることに決めた。

町から少し離れた場所ならもっと格安の宿があったかもしれないが、疲れていたのでそこまで探す気力が無かったのだ……。

「明日もここに泊まるわけにはいかないわね……ホテルを出たら次の宿泊先を探さないと。その後は新しい仕事を探さないと……出来れば住み込みで働きたいわ……」

そんなことを考えていると、キュルルルと小さくお腹が鳴ってしまった。

そう言えば、アデルと一緒に綿菓子を食べてからまだ何も口にしていなかったことを思い出す。

「アデル……可愛い子だったわ。もう少し、お話したかったけど……」

けれど、私とあの子では住む世界が違う。

「食事に行きましょう」

貴重品をショルダーバッグにしまうと、部屋を後にした。

そして、意外な出来事が私を待ち受けていた――




しおりを挟む
ツギクルバナー
感想 377

あなたにおすすめの小説

お飾りの側妃ですね?わかりました。どうぞ私のことは放っといてください!

水川サキ
恋愛
クオーツ伯爵家の長女アクアは17歳のとき、王宮に側妃として迎えられる。 シルバークリス王国の新しい王シエルは戦闘能力がずば抜けており、戦の神(野蛮な王)と呼ばれている男。 緊張しながら迎えた謁見の日。 シエルから言われた。 「俺がお前を愛することはない」 ああ、そうですか。 結構です。 白い結婚大歓迎! 私もあなたを愛するつもりなど毛頭ありません。 私はただ王宮でひっそり楽しく過ごしたいだけなのです。

離婚した彼女は死ぬことにした

まとば 蒼
恋愛
2日に1回更新(希望)です。 ----------------- 事故で命を落とす瞬間、政略結婚で結ばれた夫のアルバートを愛していたことに気づいたエレノア。 もう一度彼との結婚生活をやり直したいと願うと、四年前に巻き戻っていた。 今度こそ彼に相応しい妻になりたいと、これまでの臆病な自分を脱ぎ捨て奮闘するエレノア。しかし、 「前にも言ったけど、君は妻としての役目を果たさなくていいんだよ」 返ってくるのは拒絶を含んだ鉄壁の笑みと、表面的で義務的な優しさ。 それでも夫に想いを捧げ続けていたある日のこと、アルバートの大事にしている弟妹が原因不明の体調不良に襲われた。 神官から、二人の体調不良はエレノアの体内に宿る瘴気が原因だと告げられる。 大切な人を守るために離婚して彼らから離れることをエレノアは決意するが──。 ----------------- とあるコンテストに応募するためにひっそり書いていた作品ですが、最近ダレてきたので公開してみることにしました。 まだまだ荒くて調整が必要な話ですが、どんなに些細な内容でも反応を頂けると大変励みになります。 書きながら色々修正していくので、読み返したら若干展開が変わってたりするかもしれません。 作風が好みじゃない場合は回れ右をして自衛をお願いいたします。

盲目の令嬢にも愛は降り注ぐ

川原にゃこ
恋愛
「両家の婚約破棄をさせてください、殿下……!」 フィロメナが答えるよりも先に、イグナティオスが、叫ぶように言った──。 ベッサリオン子爵家の令嬢・フィロメナは、幼少期に病で視力を失いながらも、貴族の令嬢としての品位を保ちながら懸命に生きている。 その支えとなったのは、幼い頃からの婚約者であるイグナティオス。 彼は優しく、誠実な青年であり、フィロメナにとって唯一無二の存在だった。 しかし、成長とともにイグナティオスの態度は少しずつ変わり始める。 貴族社会での立身出世を目指すイグナティオスは、盲目の婚約者が自身の足枷になるのではないかという葛藤を抱え、次第に距離を取るようになったのだ。 そんな中、宮廷舞踏会でフィロメナは偶然にもアスヴァル・バルジミール辺境伯と出会う。高潔な雰囲気を纏い、静かな威厳を持つ彼は、フィロメナが失いかけていた「自信」を取り戻させる存在となっていく。 一方で、イグナティオスは貴族社会の駆け引きの中で、伯爵令嬢ルイーズに惹かれていく。フィロメナに対する優しさが「義務」へと変わりつつある中で、彼はある決断を下そうとしていた。 光を失ったフィロメナが手にした、新たな「光」とは。 静かに絡み合う愛と野心、運命の歯車が回り始める。

旦那様は大変忙しいお方なのです

あねもね
恋愛
レオナルド・サルヴェール侯爵と政略結婚することになった私、リゼット・クレージュ。 しかし、その当人が結婚式に現れません。 侍従長が言うことには「旦那様は大変忙しいお方なのです」 呆気にとられたものの、こらえつつ、いざ侯爵家で生活することになっても、お目にかかれない。 相変わらず侍従長のお言葉は「旦那様は大変忙しいお方なのです」のみ。 我慢の限界が――来ました。 そちらがその気ならこちらにも考えがあります。 さあ。腕が鳴りますよ! ※視点がころころ変わります。 ※※2021年10月1日、HOTランキング1位となりました。お読みいただいている皆様方、誠にありがとうございます。

もう、愛はいりませんから

さくたろう
恋愛
 ローザリア王国公爵令嬢ルクレティア・フォルセティに、ある日突然、未来の記憶が蘇った。  王子リーヴァイの愛する人を殺害しようとした罪により投獄され、兄に差し出された毒を煽り死んだ記憶だ。それが未来の出来事だと確信したルクレティアは、そんな未来に怯えるが、その記憶のおかしさに気がつき、謎を探ることにする。そうしてやがて、ある人のひたむきな愛を知ることになる。

国王陛下、私のことは忘れて幸せになって下さい。

ひかり芽衣
恋愛
同じ年で幼馴染のシュイルツとアンウェイは、小さい頃から将来は国王・王妃となり国を治め、国民の幸せを守り続ける誓いを立て教育を受けて来た。 即位後、穏やかな生活を送っていた2人だったが、婚姻5年が経っても子宝に恵まれなかった。 そこで、跡継ぎを作る為に側室を迎え入れることとなるが、この側室ができた人間だったのだ。 国の未来と皆の幸せを願い、王妃は身を引くことを決意する。 ⭐︎2人の恋の行く末をどうぞ一緒に見守って下さいませ⭐︎ ※初執筆&投稿で拙い点があるとは思いますが頑張ります!

【完結】伯爵令嬢は婚約を終わりにしたい〜次期公爵の幸せのために婚約破棄されることを目指して悪女になったら、なぜか溺愛されてしまったようです〜

よどら文鳥
恋愛
 伯爵令嬢のミリアナは、次期公爵レインハルトと婚約関係である。  二人は特に問題もなく、順調に親睦を深めていった。  だがある日。  王女のシャーリャはミリアナに対して、「二人の婚約を解消してほしい、レインハルトは本当は私を愛しているの」と促した。  ミリアナは最初こそ信じなかったが王女が帰った後、レインハルトとの会話で王女のことを愛していることが判明した。  レインハルトの幸せをなによりも優先して考えているミリアナは、自分自身が嫌われて婚約破棄を宣告してもらえばいいという決断をする。  ミリアナはレインハルトの前では悪女になりきることを決意。  もともとミリアナは破天荒で活発な性格である。  そのため、悪女になりきるとはいっても、むしろあまり変わっていないことにもミリアナは気がついていない。  だが、悪女になって様々な作戦でレインハルトから嫌われるような行動をするが、なぜか全て感謝されてしまう。  それどころか、レインハルトからの愛情がどんどんと深くなっていき……? ※前回の作品同様、投稿前日に思いついて書いてみた作品なので、先のプロットや展開は未定です。今作も、完結までは書くつもりです。 ※第一話のキャラがざまぁされそうな感じはありますが、今回はざまぁがメインの作品ではありません。もしかしたら、このキャラも更生していい子になっちゃったりする可能性もあります。(このあたり、現時点ではどうするか展開考えていないです)

【完結】婚約者を譲れと言うなら譲ります。私が欲しいのはアナタの婚約者なので。

海野凛久
恋愛
【書籍絶賛発売中】 クラリンス侯爵家の長女・マリーアンネは、幼いころから王太子の婚約者と定められ、育てられてきた。 しかしそんなある日、とあるパーティーで、妹から婚約者の地位を譲るように迫られる。 失意に打ちひしがれるかと思われたマリーアンネだったが―― これは、初恋を実らせようと奮闘する、とある令嬢の物語――。 ※第14回恋愛小説大賞で特別賞頂きました!応援くださった皆様、ありがとうございました! ※主人公の名前を『マリ』から『マリーアンネ』へ変更しました。

処理中です...