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3章 9 知らなかった事実

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 ドレッサーの前でリリスの髪を整えていると、彼女が鏡越しに話しかけてきた。

「フローネ、クリフの出迎えには私とお義父さまとお義母様が出迎えるの。勿論貴女も一緒にね」

「はい……」

思わず喉がゴクリとなる。
私はまだこの屋敷のメイドとして働き始めてから一度もおじ様とおば様に直接会ったことはない。
私を見てどう思うだろうか……。

「きっと、お二人から名前を聞かれると思うから、フローネとだけ答えなさい。いいわね?」

「は、はい。分かりました」

何故、フローネ・シュゼットと名乗ってはいけないのだろう? けれど私に質問することは許されない。だってリリスに仕える忠実なメイドでなければならないから。

「どうしたの? 浮かない顔をしているじゃない?」

リリスが尋ねてきた。

「い、いえ。そんなことは……」

「ひょっとして弟のことを考えているのかしら?」

「!」

その言葉に思わず手が止まりそうになる。

「……やっぱりね。手紙ならちゃんと渡すように伝えてあるのよ? それとも私が信用出来ないのかしら?」

「いいえ。とんでもありません。リリス様のことは……信頼しておりますから」

本当は弟のことが気になって仕方なかったが、口に出せるはずもない。

「出来ました。リリス様。いかがでしょうか?」

ブラシを置くと鏡の前のリリスに尋ねる」

「……いいわね。やっぱりフローネは髪をセットするのが上手ね」

リリスが髪に結んだリボンに触れると満足そうに笑みを浮かべる。

「お褒めに預かり、光栄です」

「では、エントランスに行くわよ。そろそろクリフが戻ってくる頃だから」

「はい。リリス様」


そして私達はエントランスへ向かった――



****

「お義父様、お義母様。もういらしていたのですね? 遅れて申し訳ございません」

エントランスには既に、クリフの両親が既に数人のフットマンと一緒に待っていた。

「いいのだよ、我々が待ちきれずに早めにここへ来たのだから」

「リリス。今日もとても綺麗よ」

二人は優しげな笑みを浮かべてリリスに声をかける。……昔、まだ私が幼い少女だった頃に向けてくれた眼差しと変わらなかった。

おじ様……おば様……お二人は私に気付いていないのだろうか?

その時、二人の視線が私に向けられてドキリとする。私がフローネだと気付いたのだろうか?

「……ところでリリス。後ろにいるメイドは誰だね?」

え? おじ様は私のことが分からないのだろうか?

「彼女は私の専属メイドです」

「そうなの。あなた、名はなんというのかしら?」

おば様が尋ねてきた。

「はい、フローネと申します」

リリスに言われた通り、自分の名前だけ告げる。すると二人の顔色が変わった。

「何だって? フローネだと? まさか、あの貧乏貴族のフローネ・シュゼットか?」

「まぁ! なんてこと……そうなの? リリス」

おじ様とおば様の態度に、まるで全身に冷水を浴びせられたように感じる。

どういうこと……? 
まさか、おじ様とおば様は……昔から私……いや、父と私のことを軽蔑していたのだろうか?

するとリリスが首を振った。

「いいえ、彼女はフローネ・クレオという者です。ここより遠方の地の男爵家出身で、行儀見習いのために私の専属メイドをさせているのです」

「何だ……そうだったのか。てっきりあの娘かと思っていたよ」

「そうね。雰囲気も似ていたようだったから……でも違うなら良かったわ」

おじ様とおば様がホッとした様子を見せる。そんな二人に笑みを浮かべるリリス。

「いいえ、勘違いは誰にでもあることですから」

何……? これは一体、どういうことなの……?
リリスは私が初めからクリフの御両親に軽蔑されていたことを知っていて……? それで私に名前だけ名乗るように……。

思わず握りしめた手が、足が震えそうになってくる。

その時、突然リリスが肩に手を置いてきた。

「もうすぐ、クリフ様が戻ってくるわ。しっかりお迎えするのよ」

「は、はい……リリス様」


そのとき。

扉が大きく開かれて、クリフが現れてきた。

「ただいま、帰ってきました」

クリフは笑顔で迎えに来た私達を見渡す。

クリフ……。
久しぶりに見た彼の懐かしい姿に目に涙が浮かびそうになる。

「お帰り、クリフ」
「お帰りさない、クリフ」

おじ様とおば様がまず、クリフト抱き合って再会を喜びあう。

そして次にクリフはこちらを向き……。

「あれ? 君は……」

クリフが何か言いかけた時、リリスがクリフに駆け寄った。

「お帰りなさい! クリフ!」

そして、私の見ている前で……リリスはクリフの唇にキスをする。

その様子を嬉しそうに見つめるおじ様とおば様。

クリフ……リリス……。

私は2人が抱き合ってキスしている姿を……ただ、絶望的な気持ちで見つめるしか無かった――
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