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3章 6 混乱
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私は再び洗濯場に戻ってきていた。
中に入ると、やはり私が出ていったままの状態で洗濯物は放置されたままだった。
「続きをやらなくちゃ……」
自分に任された分の洗濯物だけは、必ず本日中に終わらせなければ翌日に持ち越されて溜まる一方だ。
アカギレの手に、冷たい水は酷く染みる。せめてもの救いは、暖炉のある部屋で洗濯が出来ることだろう。
袖まくりをして、冷たい水桶に手を入れようとしたとき。
「……何をされているのですか? フローネさん」
不意に声をかけられ驚いて振り向くと、先程リリスの隣にいた男性がいつの間にか扉の側に立っていた。
「あ……先程の……」
「はい、私はリリス様の執事であるクロードと申します。覚えておりませんか? フローネさんのお父上の葬儀の時に一度お会いしているのですが」
「……え? あ……そう言えば……」
思い出した。
あのとき、熱を出して葬儀に来られなかったリリスの代わりにお悔やみのお金を置いていってくれた人だ。
「言われるまで気付かず、申し訳ございませんでした。あの時は本当にお世話になりました」
「いいえ、お礼など結構です。この度クリフ様の元へ嫁ぐ際に私も一緒についてくることになった次第なのです。
「そうだったのですか……それで、私に何の御用でしょうか?」
「リリス様がお呼びです。なのでお迎えに参りました」
「で、でも私にはこの仕事があります。洗濯物をためると明日がもっと大変になりますので行けません」
「いいえ、それなら大丈夫です。既に代わりの者を呼んでおりますから」
「え……? 代わりの者……?」
戸惑っていると、クロードさんが振り返って声をかけた。
「入りなさい」
「……はい……」
項垂れた様子で洗濯場に現れたのはメイド長だった。
「! メイド長……!」
「いいえ。この者は、もうメイド長ではありません。下働き専用のメイドです」
淡々と下言葉で語るクロードさん。
「さぁ、彼女の代わりに本日からお前が洗濯メイドになるのだ。……ここをクビにされたくなければな」
「わ、分かりました……」
元メイド長は足を引きずるように入ってくると、無言で冷たい水桶の洗濯物を洗い始めた。
「あ、あの……」
声をかけようとするとクロードさんに名前を呼ばれた。
「フローネさん、リリス様がお呼びです。行きましょう」
「はい……」
クロードさんは背を向けると、歩きはじめたので私もその後を追った。
そして何気なく元メイド長を振り返り……息を呑んだ。
彼女のふくらはぎに無数のみみず腫れが出来ており、ところどころ血が滲んでいたのだ。
そう。まるでムチで打たれたかのような傷跡が――
****
「こちらでリリス様がお待ちです」
連れて来られたのは真っ白な大扉の前だった。
――コンコン
クロードさんが扉を叩き、声をかけた。
「リリス様、フローネさんをお連れしました」
『入って』
リリスの声が聞こえ、クロードさんが私を振り向く。
「どうぞお入り下さい、私の役目はここまでですので」
「はい……」
頷くと、私はそっと扉を開けた。
すると、眼の前に美しい部屋が飛び込んできた。部屋の装飾は水色に統一され、部屋に置かれた調度品はどれも高級品ばかりだとすぐに分かる。
室内にはカウチソファに座るリリスの姿があった。
「……入って。フローネ」
「はい……」
戸惑いながら部屋に入り、立ち止まるとリリスが手招きする。
「どうしたの? こっちへいらっしゃいよ」
言われるまま、リリスの近くまで寄ると彼女は顔をしかめた。
「あら? どうしたの? その顔」
「え? 顔……?」
「左の頬が赤くなっているじゃない。どうしたの?」
「こ、これは……」
とてもではないが、叩かれたとは言えなかった。けれど、リリスは気づいたようだ。
「そう、誰かに叩かれたのね。……フローネにこんなことするなんて……許せないわ……」
やっぱり彼女は私のことを大事に考えてくれる親友なのだ。思わず感動して嬉し涙が滲みそうになったとき。
「あなたを虐めていいのは私だけなのに」
「……え?」
その言葉に血の気が引く。
「リリス……?」
今の言葉は聞き違いだろうか? 思わず彼女の名前を口にしたとき。
「リリス? 今私をリリスと呼んだの? メイドの分際で」
リリスは私を睨みつけてきた。頭の中は混乱していたが、彼女はもうここの若奥様であり、私はただの使用人なのだ。
「も、申し訳ございませんでした! リリス様!」
「そう、分かればいいのよフローネ。今からあなたは私の専属メイドになるのよ。さっき、あなたを虐めたメイドたちは全員見習いメイドに降格させたわ。これからは一番きつい仕事をまかせることにしたの。だってそうでしょう? 私の許可なく、勝手にあなたに酷いことをしたのだから」
そしてリリスは美しい笑顔で私を見つめる。
「リ、リリス……様……?」
分からない……リリスが何を考えているのか、理解できなかった。
けれど、この日を境に私はリリスの専属メイドとして働くことが決まった。
運命のあの日が訪れるまで――
中に入ると、やはり私が出ていったままの状態で洗濯物は放置されたままだった。
「続きをやらなくちゃ……」
自分に任された分の洗濯物だけは、必ず本日中に終わらせなければ翌日に持ち越されて溜まる一方だ。
アカギレの手に、冷たい水は酷く染みる。せめてもの救いは、暖炉のある部屋で洗濯が出来ることだろう。
袖まくりをして、冷たい水桶に手を入れようとしたとき。
「……何をされているのですか? フローネさん」
不意に声をかけられ驚いて振り向くと、先程リリスの隣にいた男性がいつの間にか扉の側に立っていた。
「あ……先程の……」
「はい、私はリリス様の執事であるクロードと申します。覚えておりませんか? フローネさんのお父上の葬儀の時に一度お会いしているのですが」
「……え? あ……そう言えば……」
思い出した。
あのとき、熱を出して葬儀に来られなかったリリスの代わりにお悔やみのお金を置いていってくれた人だ。
「言われるまで気付かず、申し訳ございませんでした。あの時は本当にお世話になりました」
「いいえ、お礼など結構です。この度クリフ様の元へ嫁ぐ際に私も一緒についてくることになった次第なのです。
「そうだったのですか……それで、私に何の御用でしょうか?」
「リリス様がお呼びです。なのでお迎えに参りました」
「で、でも私にはこの仕事があります。洗濯物をためると明日がもっと大変になりますので行けません」
「いいえ、それなら大丈夫です。既に代わりの者を呼んでおりますから」
「え……? 代わりの者……?」
戸惑っていると、クロードさんが振り返って声をかけた。
「入りなさい」
「……はい……」
項垂れた様子で洗濯場に現れたのはメイド長だった。
「! メイド長……!」
「いいえ。この者は、もうメイド長ではありません。下働き専用のメイドです」
淡々と下言葉で語るクロードさん。
「さぁ、彼女の代わりに本日からお前が洗濯メイドになるのだ。……ここをクビにされたくなければな」
「わ、分かりました……」
元メイド長は足を引きずるように入ってくると、無言で冷たい水桶の洗濯物を洗い始めた。
「あ、あの……」
声をかけようとするとクロードさんに名前を呼ばれた。
「フローネさん、リリス様がお呼びです。行きましょう」
「はい……」
クロードさんは背を向けると、歩きはじめたので私もその後を追った。
そして何気なく元メイド長を振り返り……息を呑んだ。
彼女のふくらはぎに無数のみみず腫れが出来ており、ところどころ血が滲んでいたのだ。
そう。まるでムチで打たれたかのような傷跡が――
****
「こちらでリリス様がお待ちです」
連れて来られたのは真っ白な大扉の前だった。
――コンコン
クロードさんが扉を叩き、声をかけた。
「リリス様、フローネさんをお連れしました」
『入って』
リリスの声が聞こえ、クロードさんが私を振り向く。
「どうぞお入り下さい、私の役目はここまでですので」
「はい……」
頷くと、私はそっと扉を開けた。
すると、眼の前に美しい部屋が飛び込んできた。部屋の装飾は水色に統一され、部屋に置かれた調度品はどれも高級品ばかりだとすぐに分かる。
室内にはカウチソファに座るリリスの姿があった。
「……入って。フローネ」
「はい……」
戸惑いながら部屋に入り、立ち止まるとリリスが手招きする。
「どうしたの? こっちへいらっしゃいよ」
言われるまま、リリスの近くまで寄ると彼女は顔をしかめた。
「あら? どうしたの? その顔」
「え? 顔……?」
「左の頬が赤くなっているじゃない。どうしたの?」
「こ、これは……」
とてもではないが、叩かれたとは言えなかった。けれど、リリスは気づいたようだ。
「そう、誰かに叩かれたのね。……フローネにこんなことするなんて……許せないわ……」
やっぱり彼女は私のことを大事に考えてくれる親友なのだ。思わず感動して嬉し涙が滲みそうになったとき。
「あなたを虐めていいのは私だけなのに」
「……え?」
その言葉に血の気が引く。
「リリス……?」
今の言葉は聞き違いだろうか? 思わず彼女の名前を口にしたとき。
「リリス? 今私をリリスと呼んだの? メイドの分際で」
リリスは私を睨みつけてきた。頭の中は混乱していたが、彼女はもうここの若奥様であり、私はただの使用人なのだ。
「も、申し訳ございませんでした! リリス様!」
「そう、分かればいいのよフローネ。今からあなたは私の専属メイドになるのよ。さっき、あなたを虐めたメイドたちは全員見習いメイドに降格させたわ。これからは一番きつい仕事をまかせることにしたの。だってそうでしょう? 私の許可なく、勝手にあなたに酷いことをしたのだから」
そしてリリスは美しい笑顔で私を見つめる。
「リ、リリス……様……?」
分からない……リリスが何を考えているのか、理解できなかった。
けれど、この日を境に私はリリスの専属メイドとして働くことが決まった。
運命のあの日が訪れるまで――
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