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2章 8 呼び出し
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バーデン伯爵家へメイドとして働き始めてから、私の辛い日々が始まった。
新人メイドということで、見習いの私に与えられたのは洗濯業務だけだった。
毎日毎日、朝から仕事が終了する時間まで洗濯に明け暮れる日々が続いた。
働き始めて3日目で、アカギレができた。
4日目で指先がヒビ切れ、洗濯物に血を付けて汚してしまい酷く叱責されて食事を抜かれてしまった。
そこで、給料を前借りして高い軟膏を買って塗るようにしたところアカギレは治ったものの借金を作ってしまった……。
毎日が辛くて辛くてたまらなかった。
バーデン伯爵家の使用人たちは、何故か全員が私に冷たく、話し相手や相談になってくれる人が1人もいなかった。
衣食住に困ることは無かったけれども、きつい洗濯の仕事で身体は疲労しきっていたし、孤独で胸が押し潰されそうだった。
クリフが私の元に顔を出すことも無ければ、子供の頃に可愛がってくれた彼の両親ともまだ再会を果たしていない。
ひょっとして、私がここのメイドとして働いていることを知らないのだろうか?
それとも、一介のメイドに会うつもりなどないからだろうか……?
還りたい。あの頃に。
貧しかったけれども温かい家族に包まれた、優しさで溢れていたあの頃の生活に戻りたい。
毎晩泣きながら眠りにつき、懐かしくて幸せだった頃の夢を見る。
そして、朝……残酷な現実の世界で目を覚ます。
そんな日々が続いた――
****
それは私がこの屋敷でメイドとして働き始めて4ヶ月が過ぎた頃のこと。
寒い冬も終わり、季節は過ごしやすい5月になっていた。
もうアカギレに悩まされることも無くなり、仕事にもすっかり慣れた私はこの日も洗濯室にこもって、仕事をしていた。
「フローネ。ちょっといいかい」
声をかけられ、顔をあげるとメイド長が入口に立ってこちらを見つめている。
「メイド長。どうかされましたか?」
「あんた、紅茶を淹れることは出来るかい?」
「はい、出来ますが……?」
「なら話は早い。今日は洗濯の仕事はいいから、ついておいで」
「は、はい」
先に立って廊下を歩くメイド長の背中を慌てて追う。
一体、私に何の仕事をさせるつもりなのだろう? もしかして、4ヶ月間洗濯業務を頑張ったので仕事の配置換えをしてくれるのだろうか?
密かな期待を抱きつつ、私はメイド長の後をついて行った。
****
連れてこられた場所は、厨房だった。
「さぁ、このお茶とお菓子を出すのが、今回のお前の仕事だよ」
メイド長が2人分のティーセットの乗ったワゴンを押し付けてきた。
「これをお出しすれば良いのですか?」
「そうだよ、届ける先は屋敷の中庭にあるガゼボだ。場所は知っているね?」
「はい、知っています」
何しろ、子供の頃散々遊んだ場所なのだから。
「なら、案内はいらないね。お二人にお茶とお菓子をお出しするんだよ」
「分かりました。それで……お茶をお出しする方は……」
「そんなこと、メイドのお前が知る必要は無いんだよ!」
メイド長はぴしゃりと言い、私を睨みつけてきた。
「あ……申し訳ございません。出過ぎたことを尋ねてしまいました」
メイド長の気分を損ねてしまえば、食事が抜かれてしまうかもしれない。
「さっさと行っておいで」
手でシッシと追い払う仕草をするメイド長。
「はい、行ってまいります」
ワゴンを押して厨房を出ていく時、メイド長の声が聞こえてきた。
「全く……あんな新人メイドに頼むなんて……」
あの口ぶりで分かった。
私にお茶を出すように命じたのはメイド長よりも、もっと立場が上の人だということが。
彼女は私がお茶を運ぶ役目になったのが気に入らないのだろう。
メイド長の言葉が聞こえないふりをして、ワゴンを押しながら急ぎ足でガゼボへ向かった――
新人メイドということで、見習いの私に与えられたのは洗濯業務だけだった。
毎日毎日、朝から仕事が終了する時間まで洗濯に明け暮れる日々が続いた。
働き始めて3日目で、アカギレができた。
4日目で指先がヒビ切れ、洗濯物に血を付けて汚してしまい酷く叱責されて食事を抜かれてしまった。
そこで、給料を前借りして高い軟膏を買って塗るようにしたところアカギレは治ったものの借金を作ってしまった……。
毎日が辛くて辛くてたまらなかった。
バーデン伯爵家の使用人たちは、何故か全員が私に冷たく、話し相手や相談になってくれる人が1人もいなかった。
衣食住に困ることは無かったけれども、きつい洗濯の仕事で身体は疲労しきっていたし、孤独で胸が押し潰されそうだった。
クリフが私の元に顔を出すことも無ければ、子供の頃に可愛がってくれた彼の両親ともまだ再会を果たしていない。
ひょっとして、私がここのメイドとして働いていることを知らないのだろうか?
それとも、一介のメイドに会うつもりなどないからだろうか……?
還りたい。あの頃に。
貧しかったけれども温かい家族に包まれた、優しさで溢れていたあの頃の生活に戻りたい。
毎晩泣きながら眠りにつき、懐かしくて幸せだった頃の夢を見る。
そして、朝……残酷な現実の世界で目を覚ます。
そんな日々が続いた――
****
それは私がこの屋敷でメイドとして働き始めて4ヶ月が過ぎた頃のこと。
寒い冬も終わり、季節は過ごしやすい5月になっていた。
もうアカギレに悩まされることも無くなり、仕事にもすっかり慣れた私はこの日も洗濯室にこもって、仕事をしていた。
「フローネ。ちょっといいかい」
声をかけられ、顔をあげるとメイド長が入口に立ってこちらを見つめている。
「メイド長。どうかされましたか?」
「あんた、紅茶を淹れることは出来るかい?」
「はい、出来ますが……?」
「なら話は早い。今日は洗濯の仕事はいいから、ついておいで」
「は、はい」
先に立って廊下を歩くメイド長の背中を慌てて追う。
一体、私に何の仕事をさせるつもりなのだろう? もしかして、4ヶ月間洗濯業務を頑張ったので仕事の配置換えをしてくれるのだろうか?
密かな期待を抱きつつ、私はメイド長の後をついて行った。
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連れてこられた場所は、厨房だった。
「さぁ、このお茶とお菓子を出すのが、今回のお前の仕事だよ」
メイド長が2人分のティーセットの乗ったワゴンを押し付けてきた。
「これをお出しすれば良いのですか?」
「そうだよ、届ける先は屋敷の中庭にあるガゼボだ。場所は知っているね?」
「はい、知っています」
何しろ、子供の頃散々遊んだ場所なのだから。
「なら、案内はいらないね。お二人にお茶とお菓子をお出しするんだよ」
「分かりました。それで……お茶をお出しする方は……」
「そんなこと、メイドのお前が知る必要は無いんだよ!」
メイド長はぴしゃりと言い、私を睨みつけてきた。
「あ……申し訳ございません。出過ぎたことを尋ねてしまいました」
メイド長の気分を損ねてしまえば、食事が抜かれてしまうかもしれない。
「さっさと行っておいで」
手でシッシと追い払う仕草をするメイド長。
「はい、行ってまいります」
ワゴンを押して厨房を出ていく時、メイド長の声が聞こえてきた。
「全く……あんな新人メイドに頼むなんて……」
あの口ぶりで分かった。
私にお茶を出すように命じたのはメイド長よりも、もっと立場が上の人だということが。
彼女は私がお茶を運ぶ役目になったのが気に入らないのだろう。
メイド長の言葉が聞こえないふりをして、ワゴンを押しながら急ぎ足でガゼボへ向かった――
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