お二人共、どうぞお幸せに……もう二度と勘違いはしませんから

結城芙由奈@2/28コミカライズ発売

文字の大きさ
上 下
17 / 90

2章 7 メイドの仕事

しおりを挟む
 キャシーに連れてこられた場所は暖炉の火が燃えている洗濯室だった。

部屋の中には洗濯カゴに入れられた洗い物が多数置かれている。ざっと数えるだけでもカゴは10個以上はある。

「いい? 新人の仕事は洗濯よ。今日は一日、ここで洗い物をしなさい」

「こ、これを全てですか?」

あまりの洗濯物の多さに気が遠くなりそうになる。

「ええ、そうよ。汚れ物はあの暖炉の上に置いたヤカンのお湯で浸け置きするのよ? そうしないと脂が取れないから。洗剤はこの箱に入っているわ。これが洗い板とタワシよ。以上だけど、何か質問はある?」

説明を終えると、キャシーが尋ねてきた。

「あの……私、1人で洗濯するのでしょうか?」

「ええ、そうよ。でもいくら何でも勤務時間内に全て洗い終わるのは無理だと思うわ。でもせめて半分は終わらせなさい。洗い終わったものは外の竿に干しなさい。この扉から外に出られるから」

キャシーは外へ続く扉を指さした。窓の外には物干し竿が至るところに設置されている。

「はい……分かりました」

そんな……こんなに大量の洗濯物をたった1人でやらなければならないなんて……。

「あら? 何よ? やる気の無さそうな返事ね」

キャシーが目を釣り上げて睨みつけてきた。

「い、いえ。そんなことありません」

「また後で様子を見に来るからね? さぼっていたらメイド長に言いつけるから」

それだけ言い残すと、キャシーは洗濯室を出ていった。

メイド長は怖そうな女性に見えた。
それに他のメイド達も私のことを好意的に見ている様には思えない。
仕事で頑張って少しでも皆から認められるようにならなければ……。
この先、ここで働いて暮らしていくことは難しくなるだろう。

折角、クリフが好意で行き場のない私をメイドとして雇用してくれたのだから、彼の為にも頑張らなければ。

「とにかく、すぐに仕事を初めないと」

袖まくりをすると、私は早速洗濯を始めた――


****

 この日はお昼休憩以外はずっと洗濯作業を続けた。けれど勤務時間内に命じられた洗濯の半分も終わらすことが出来なかった。

そこでメイド長から言いつけられた仕事が終わらなかった罰として夕食を抜かれてしまった。

挙げ句に洗濯が終わるまでは部屋に戻って休むことを禁じられてしまったのだった……。


――22時

「ふぅ……やっと……仕事が終わったわ……」

疲労と空腹でフラフラになりながら、やっとの思いで自分の部屋に戻ってきた。

決められた入浴時間はとっくに過ぎている。
お湯を使うことを許されなかったので、しかたなく洗濯室で固くしぼってきたタオルで身体の汚れを拭き取ることしか出来なかった。

「明日も、1人で洗濯の仕事をさせられてしまうのかしら……」

家から持参してきた夜着に着替えると、ため息が漏れた。
今朝、クリフの迎えを待ち望んで待っていたことが遥か昔のように感じてしまう。

今まで散々苦労して生きてきたけれども……これからは少しずつ良くなっていくのだろうと期待していた。

亡くなった父も、安心してあの世に旅立っていけるだろうと思っていたのに。
いずれはニコルをこの家に呼びよせて、また一緒に暮らせる日が来るだろうと夢を描いていたのに……。
その全てがもろくも崩れ去ってしまったのだ。

「私って馬鹿よね……クリフの『僕のところにおいで』と言った言葉を……プロポーズの言葉だと勘違いしてしまうなんて……」

でも、よくよく考えてみればクリフは私に『僕が一生面倒を見てあげるから』とは言ってくれたものの、愛を告げるような言葉は一切無かった。

クリフが好きなあまり、自分で勝手にいいように解釈してしまったのだ。

その証拠にクリフはお葬式の後から一度も私の前に現れていない。
その段階で、おかしいと気づくべきだったのだ。

「お父様……ニコル……会いたいわ……」

ここへ来て、まだたった一日しか経っていないのに……既に私の心は折れそうだ。
忙しさのあまり、忘れていた悲しみが今頃になって蘇ってくる。


この日の夜――

月明かりが差し込む小さな部屋で、私は枕に顔を押し付けて1人声を殺して泣き続けた――





しおりを挟む
ツギクルバナー
感想 377

あなたにおすすめの小説

お飾りの側妃ですね?わかりました。どうぞ私のことは放っといてください!

水川サキ
恋愛
クオーツ伯爵家の長女アクアは17歳のとき、王宮に側妃として迎えられる。 シルバークリス王国の新しい王シエルは戦闘能力がずば抜けており、戦の神(野蛮な王)と呼ばれている男。 緊張しながら迎えた謁見の日。 シエルから言われた。 「俺がお前を愛することはない」 ああ、そうですか。 結構です。 白い結婚大歓迎! 私もあなたを愛するつもりなど毛頭ありません。 私はただ王宮でひっそり楽しく過ごしたいだけなのです。

盲目の令嬢にも愛は降り注ぐ

川原にゃこ
恋愛
「両家の婚約破棄をさせてください、殿下……!」 フィロメナが答えるよりも先に、イグナティオスが、叫ぶように言った──。 ベッサリオン子爵家の令嬢・フィロメナは、幼少期に病で視力を失いながらも、貴族の令嬢としての品位を保ちながら懸命に生きている。 その支えとなったのは、幼い頃からの婚約者であるイグナティオス。 彼は優しく、誠実な青年であり、フィロメナにとって唯一無二の存在だった。 しかし、成長とともにイグナティオスの態度は少しずつ変わり始める。 貴族社会での立身出世を目指すイグナティオスは、盲目の婚約者が自身の足枷になるのではないかという葛藤を抱え、次第に距離を取るようになったのだ。 そんな中、宮廷舞踏会でフィロメナは偶然にもアスヴァル・バルジミール辺境伯と出会う。高潔な雰囲気を纏い、静かな威厳を持つ彼は、フィロメナが失いかけていた「自信」を取り戻させる存在となっていく。 一方で、イグナティオスは貴族社会の駆け引きの中で、伯爵令嬢ルイーズに惹かれていく。フィロメナに対する優しさが「義務」へと変わりつつある中で、彼はある決断を下そうとしていた。 光を失ったフィロメナが手にした、新たな「光」とは。 静かに絡み合う愛と野心、運命の歯車が回り始める。

旦那様は大変忙しいお方なのです

あねもね
恋愛
レオナルド・サルヴェール侯爵と政略結婚することになった私、リゼット・クレージュ。 しかし、その当人が結婚式に現れません。 侍従長が言うことには「旦那様は大変忙しいお方なのです」 呆気にとられたものの、こらえつつ、いざ侯爵家で生活することになっても、お目にかかれない。 相変わらず侍従長のお言葉は「旦那様は大変忙しいお方なのです」のみ。 我慢の限界が――来ました。 そちらがその気ならこちらにも考えがあります。 さあ。腕が鳴りますよ! ※視点がころころ変わります。 ※※2021年10月1日、HOTランキング1位となりました。お読みいただいている皆様方、誠にありがとうございます。

もう、愛はいりませんから

さくたろう
恋愛
 ローザリア王国公爵令嬢ルクレティア・フォルセティに、ある日突然、未来の記憶が蘇った。  王子リーヴァイの愛する人を殺害しようとした罪により投獄され、兄に差し出された毒を煽り死んだ記憶だ。それが未来の出来事だと確信したルクレティアは、そんな未来に怯えるが、その記憶のおかしさに気がつき、謎を探ることにする。そうしてやがて、ある人のひたむきな愛を知ることになる。

国王陛下、私のことは忘れて幸せになって下さい。

ひかり芽衣
恋愛
同じ年で幼馴染のシュイルツとアンウェイは、小さい頃から将来は国王・王妃となり国を治め、国民の幸せを守り続ける誓いを立て教育を受けて来た。 即位後、穏やかな生活を送っていた2人だったが、婚姻5年が経っても子宝に恵まれなかった。 そこで、跡継ぎを作る為に側室を迎え入れることとなるが、この側室ができた人間だったのだ。 国の未来と皆の幸せを願い、王妃は身を引くことを決意する。 ⭐︎2人の恋の行く末をどうぞ一緒に見守って下さいませ⭐︎ ※初執筆&投稿で拙い点があるとは思いますが頑張ります!

【完結】伯爵令嬢は婚約を終わりにしたい〜次期公爵の幸せのために婚約破棄されることを目指して悪女になったら、なぜか溺愛されてしまったようです〜

よどら文鳥
恋愛
 伯爵令嬢のミリアナは、次期公爵レインハルトと婚約関係である。  二人は特に問題もなく、順調に親睦を深めていった。  だがある日。  王女のシャーリャはミリアナに対して、「二人の婚約を解消してほしい、レインハルトは本当は私を愛しているの」と促した。  ミリアナは最初こそ信じなかったが王女が帰った後、レインハルトとの会話で王女のことを愛していることが判明した。  レインハルトの幸せをなによりも優先して考えているミリアナは、自分自身が嫌われて婚約破棄を宣告してもらえばいいという決断をする。  ミリアナはレインハルトの前では悪女になりきることを決意。  もともとミリアナは破天荒で活発な性格である。  そのため、悪女になりきるとはいっても、むしろあまり変わっていないことにもミリアナは気がついていない。  だが、悪女になって様々な作戦でレインハルトから嫌われるような行動をするが、なぜか全て感謝されてしまう。  それどころか、レインハルトからの愛情がどんどんと深くなっていき……? ※前回の作品同様、投稿前日に思いついて書いてみた作品なので、先のプロットや展開は未定です。今作も、完結までは書くつもりです。 ※第一話のキャラがざまぁされそうな感じはありますが、今回はざまぁがメインの作品ではありません。もしかしたら、このキャラも更生していい子になっちゃったりする可能性もあります。(このあたり、現時点ではどうするか展開考えていないです)

【完結】婚約者を譲れと言うなら譲ります。私が欲しいのはアナタの婚約者なので。

海野凛久
恋愛
【書籍絶賛発売中】 クラリンス侯爵家の長女・マリーアンネは、幼いころから王太子の婚約者と定められ、育てられてきた。 しかしそんなある日、とあるパーティーで、妹から婚約者の地位を譲るように迫られる。 失意に打ちひしがれるかと思われたマリーアンネだったが―― これは、初恋を実らせようと奮闘する、とある令嬢の物語――。 ※第14回恋愛小説大賞で特別賞頂きました!応援くださった皆様、ありがとうございました! ※主人公の名前を『マリ』から『マリーアンネ』へ変更しました。

【完結】王子妃候補をクビになった公爵令嬢は、拗らせた初恋の思い出だけで生きていく

たまこ
恋愛
 10年の間、王子妃教育を受けてきた公爵令嬢シャーロットは、政治的な背景から王子妃候補をクビになってしまう。  多額の慰謝料を貰ったものの、婚約者を見つけることは絶望的な状況であり、シャーロットは結婚は諦めて公爵家の仕事に打ち込む。  もう会えないであろう初恋の相手のことだけを想って、生涯を終えるのだと覚悟していたのだが…。

処理中です...