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2章 7 メイドの仕事
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キャシーに連れてこられた場所は暖炉の火が燃えている洗濯室だった。
部屋の中には洗濯カゴに入れられた洗い物が多数置かれている。ざっと数えるだけでもカゴは10個以上はある。
「いい? 新人の仕事は洗濯よ。今日は一日、ここで洗い物をしなさい」
「こ、これを全てですか?」
あまりの洗濯物の多さに気が遠くなりそうになる。
「ええ、そうよ。汚れ物はあの暖炉の上に置いたヤカンのお湯で浸け置きするのよ? そうしないと脂が取れないから。洗剤はこの箱に入っているわ。これが洗い板とタワシよ。以上だけど、何か質問はある?」
説明を終えると、キャシーが尋ねてきた。
「あの……私、1人で洗濯するのでしょうか?」
「ええ、そうよ。でもいくら何でも勤務時間内に全て洗い終わるのは無理だと思うわ。でもせめて半分は終わらせなさい。洗い終わったものは外の竿に干しなさい。この扉から外に出られるから」
キャシーは外へ続く扉を指さした。窓の外には物干し竿が至るところに設置されている。
「はい……分かりました」
そんな……こんなに大量の洗濯物をたった1人でやらなければならないなんて……。
「あら? 何よ? やる気の無さそうな返事ね」
キャシーが目を釣り上げて睨みつけてきた。
「い、いえ。そんなことありません」
「また後で様子を見に来るからね? さぼっていたらメイド長に言いつけるから」
それだけ言い残すと、キャシーは洗濯室を出ていった。
メイド長は怖そうな女性に見えた。
それに他のメイド達も私のことを好意的に見ている様には思えない。
仕事で頑張って少しでも皆から認められるようにならなければ……。
この先、ここで働いて暮らしていくことは難しくなるだろう。
折角、クリフが好意で行き場のない私をメイドとして雇用してくれたのだから、彼の為にも頑張らなければ。
「とにかく、すぐに仕事を初めないと」
袖まくりをすると、私は早速洗濯を始めた――
****
この日はお昼休憩以外はずっと洗濯作業を続けた。けれど勤務時間内に命じられた洗濯の半分も終わらすことが出来なかった。
そこでメイド長から言いつけられた仕事が終わらなかった罰として夕食を抜かれてしまった。
挙げ句に洗濯が終わるまでは部屋に戻って休むことを禁じられてしまったのだった……。
――22時
「ふぅ……やっと……仕事が終わったわ……」
疲労と空腹でフラフラになりながら、やっとの思いで自分の部屋に戻ってきた。
決められた入浴時間はとっくに過ぎている。
お湯を使うことを許されなかったので、しかたなく洗濯室で固くしぼってきたタオルで身体の汚れを拭き取ることしか出来なかった。
「明日も、1人で洗濯の仕事をさせられてしまうのかしら……」
家から持参してきた夜着に着替えると、ため息が漏れた。
今朝、クリフの迎えを待ち望んで待っていたことが遥か昔のように感じてしまう。
今まで散々苦労して生きてきたけれども……これからは少しずつ良くなっていくのだろうと期待していた。
亡くなった父も、安心してあの世に旅立っていけるだろうと思っていたのに。
いずれはニコルをこの家に呼びよせて、また一緒に暮らせる日が来るだろうと夢を描いていたのに……。
その全てがもろくも崩れ去ってしまったのだ。
「私って馬鹿よね……クリフの『僕のところにおいで』と言った言葉を……プロポーズの言葉だと勘違いしてしまうなんて……」
でも、よくよく考えてみればクリフは私に『僕が一生面倒を見てあげるから』とは言ってくれたものの、愛を告げるような言葉は一切無かった。
クリフが好きなあまり、自分で勝手にいいように解釈してしまったのだ。
その証拠にクリフはお葬式の後から一度も私の前に現れていない。
その段階で、おかしいと気づくべきだったのだ。
「お父様……ニコル……会いたいわ……」
ここへ来て、まだたった一日しか経っていないのに……既に私の心は折れそうだ。
忙しさのあまり、忘れていた悲しみが今頃になって蘇ってくる。
この日の夜――
月明かりが差し込む小さな部屋で、私は枕に顔を押し付けて1人声を殺して泣き続けた――
部屋の中には洗濯カゴに入れられた洗い物が多数置かれている。ざっと数えるだけでもカゴは10個以上はある。
「いい? 新人の仕事は洗濯よ。今日は一日、ここで洗い物をしなさい」
「こ、これを全てですか?」
あまりの洗濯物の多さに気が遠くなりそうになる。
「ええ、そうよ。汚れ物はあの暖炉の上に置いたヤカンのお湯で浸け置きするのよ? そうしないと脂が取れないから。洗剤はこの箱に入っているわ。これが洗い板とタワシよ。以上だけど、何か質問はある?」
説明を終えると、キャシーが尋ねてきた。
「あの……私、1人で洗濯するのでしょうか?」
「ええ、そうよ。でもいくら何でも勤務時間内に全て洗い終わるのは無理だと思うわ。でもせめて半分は終わらせなさい。洗い終わったものは外の竿に干しなさい。この扉から外に出られるから」
キャシーは外へ続く扉を指さした。窓の外には物干し竿が至るところに設置されている。
「はい……分かりました」
そんな……こんなに大量の洗濯物をたった1人でやらなければならないなんて……。
「あら? 何よ? やる気の無さそうな返事ね」
キャシーが目を釣り上げて睨みつけてきた。
「い、いえ。そんなことありません」
「また後で様子を見に来るからね? さぼっていたらメイド長に言いつけるから」
それだけ言い残すと、キャシーは洗濯室を出ていった。
メイド長は怖そうな女性に見えた。
それに他のメイド達も私のことを好意的に見ている様には思えない。
仕事で頑張って少しでも皆から認められるようにならなければ……。
この先、ここで働いて暮らしていくことは難しくなるだろう。
折角、クリフが好意で行き場のない私をメイドとして雇用してくれたのだから、彼の為にも頑張らなければ。
「とにかく、すぐに仕事を初めないと」
袖まくりをすると、私は早速洗濯を始めた――
****
この日はお昼休憩以外はずっと洗濯作業を続けた。けれど勤務時間内に命じられた洗濯の半分も終わらすことが出来なかった。
そこでメイド長から言いつけられた仕事が終わらなかった罰として夕食を抜かれてしまった。
挙げ句に洗濯が終わるまでは部屋に戻って休むことを禁じられてしまったのだった……。
――22時
「ふぅ……やっと……仕事が終わったわ……」
疲労と空腹でフラフラになりながら、やっとの思いで自分の部屋に戻ってきた。
決められた入浴時間はとっくに過ぎている。
お湯を使うことを許されなかったので、しかたなく洗濯室で固くしぼってきたタオルで身体の汚れを拭き取ることしか出来なかった。
「明日も、1人で洗濯の仕事をさせられてしまうのかしら……」
家から持参してきた夜着に着替えると、ため息が漏れた。
今朝、クリフの迎えを待ち望んで待っていたことが遥か昔のように感じてしまう。
今まで散々苦労して生きてきたけれども……これからは少しずつ良くなっていくのだろうと期待していた。
亡くなった父も、安心してあの世に旅立っていけるだろうと思っていたのに。
いずれはニコルをこの家に呼びよせて、また一緒に暮らせる日が来るだろうと夢を描いていたのに……。
その全てがもろくも崩れ去ってしまったのだ。
「私って馬鹿よね……クリフの『僕のところにおいで』と言った言葉を……プロポーズの言葉だと勘違いしてしまうなんて……」
でも、よくよく考えてみればクリフは私に『僕が一生面倒を見てあげるから』とは言ってくれたものの、愛を告げるような言葉は一切無かった。
クリフが好きなあまり、自分で勝手にいいように解釈してしまったのだ。
その証拠にクリフはお葬式の後から一度も私の前に現れていない。
その段階で、おかしいと気づくべきだったのだ。
「お父様……ニコル……会いたいわ……」
ここへ来て、まだたった一日しか経っていないのに……既に私の心は折れそうだ。
忙しさのあまり、忘れていた悲しみが今頃になって蘇ってくる。
この日の夜――
月明かりが差し込む小さな部屋で、私は枕に顔を押し付けて1人声を殺して泣き続けた――
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