お二人共、どうぞお幸せに……もう二度と勘違いはしませんから

結城芙由奈@2/28コミカライズ発売

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2章 4 思い出とお別れ

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 「お願いです、助けて下さいまし!」

 久々にやってきたフレール嬢は大分やつれていた。ろくに眠れてもいないのか、目の下にクマが出来ている。

 「助ける……とはどういうことでしょう?」

 アナベラ姉は怪訝な表情。フレール嬢は「……借金の事ですわ」と疲れきったように言った。「利子の軽減について口添えして頂きたいんですの」

 「私に、父に口添えをしろと?」

 アナベラ姉は困惑顔。フレール嬢は「そちらの借金ではありません」と首を横に振る。

 「アナベラ様にしか出来ない事ですわ。金貸し業に詳しい方に借金の事を調べて頂きましたの。そうしたら、メイソン様が金貸しから借りた金をキャンディ伯爵家への返済へと充てているという事実と、その債権が全て銀行とやらに行き着いている事実が判明して――銀行というものの責任者はなのでしょう? きっと、私を恨んでいる事でしょうね」

 『私の前夫』という言葉に私はちょっと引っかかった。アナベラ姉も同じことを思ったのか眉根を僅かに寄せている。

 「恨まれているというのは考え過ぎでは? に聞いたことがありますけれど、そもそも債権の証文というものは裏書きを変えて売買出来るそうですわよ。銀行がたまたま引き受けただけなのではないかしら」

 その言葉にフレール嬢はアナベラ姉に険のある眼差しを向けた。

 「しらばっくれていらっしゃるのですか? 『リボ払い』という仕組みはそもそも銀行が始めたのでしょう? 返済に無理のないように見せかけて、実際に計算すれば借金が何時まで経っても残り続け、ずっと返し続けなければいけなくなるやり方だそうですわね」

 アナベラ姉がちらりと私を見る。ほう、と内心感心した。まあ隠してはいないがそこまで調べたらしい。リボ払いの仕組みも理解したという事は、リプトン伯爵家にはそれなりの知識のある助っ人が出来たようだ。これは調べる必要があるな。

 「それがお考えの根拠としたら少々おかしくありませんこと? だって、無理のある返済を求められても逆にお困りになりますでしょう……?」

 冷静なツッコミ。フレール嬢も確かにその通りだと思ったのだろう、ぐっと押し黙った。
 アナベラ姉は溜息を一つ吐く。

 「そのような事であれば一応口添えはして差し上げますが……難しいと思いますわ。フレール様だけに特例を認めれば、他の債権者達にも不公平ですもの。
 そもそも、フレール様は借金の事も含めて、メイソン様と夫婦同士できちんと話し合われるべきではありませんの? うちに来られてもどうしようもありませんし」

 実に正論である。フレール嬢は顔を歪め、ワッと泣き伏した。

 「そんな事やれるならとっくにやってます! でも無理ですわ! メイソン様ときたらここの所ずっと家に帰ってきて下さらないんですもの! ずっと娼館に入り浸って女遊び、最近は博打にも手を出して!
 家に帰ってきたかと思えば酒臭く、私に暴力まで……金遣いも荒くて借金を重ねるばかり、私のなけなしの装飾品などもお母様の形見を残して全て売られましたわ! あんな……あんな人だとは思わなかった!」

 肩を震わせるフレール嬢。アン姉が同情的な表情を浮かべる。
 成程、リプトン伯爵家はドエライ事になっているらしい。それにしても飲む打つ買う役満でおまけにDVか……正に『生まれついてのろくでなし』だな。
 フレール嬢はハンカチを取り出して嗚咽を堪えながら涙を拭っていた。

 「早く……早く何とかしなければ。私はメイソン様とお別れして、また借金の為に好きでもないいやらしい中年男に嫁ぐ羽目になってしまう。こんな事なら、アールの方が何倍もましでしたわ!」

 私はその言葉にぎょっとした。アナベラ姉も流石に聞き捨てならなかったらしく、今やはっきりと渋面になっている。

 「そんな事を私に仰られても困りますわ。今更だし、第一選んだのは貴女でしょう?」

 「アナベラ様は私と違って美しく何でもお持ちで、求婚者にも不自由しないでしょう? お願いです、アールを返して下さいまし! 私にはもう、後が無い――」

 「はぁ、何を仰っているの!? アールは簡単にあげたり貰ったり出来るような物じゃありませんのよ! お断りします、不愉快ですわ。今すぐお帰り下さいまし!」

 眉を逆立ててカンカンになったアナベラ姉。侍女にフレール嬢を丁重にお見送りするように、と言い付けていた。
 フレール嬢はしばらく嗚咽を漏らして泣いていたが、使用人がやってきて「失礼ですが、お引き取りを」と声を掛けると、幽鬼の如くゆらりと立ち上がる。
 泣きはらした、奇妙な迫力と不気味さを感じさせる光を湛えた眼差しでじっとりと私達を見つめると、「――失礼致しましたわ」と淑女の礼を取る。使用人に連れられて、静かに喫茶室を出て行った。
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