171 / 200
第2章 109 名前を呼びたい
しおりを挟む
俺は彩花を追いかけた。
今から電車は1つ前の駅で人身事故の影響で停車することが運命で決まっている。
あの駅には他の路線は走っていないから、電車が動かなければバスかタクシーを利用するしかない。
そのことを彩花に伝えてあげなければ……!
ホームに辿り着き、彩花を探した。
「彩花…何処にいるんだ……?」
人混みの中を探していると、ホームで佇む彩花を見つけた。
「いた…っ!」
急いで彩花に駆け寄った。
「や、やっと…見つけた…」
息を切らせながら彩花に声を掛けた。
「な、なんなんですか?ここまで追いかけて来るなんて…やっぱりストーカーですか?」
彩花は怯えた様子で俺を見る。
「違うって。そうじゃないよ。今電車が人身事故で止って動かなくなるから他の交通手段にした方がいいって伝えに来たんだよ」
「え?だって…動いているじゃないですか?」
しかし、その直後駅のホームに人身事故のアナウンスが響き渡り、彩花は怪訝そうな顔で俺を見つめていた――。
****
「あの…本当にいいのですか?タクシー代出して頂くなんて…」
2人で駅前でタクシーを待っていると彩花が尋ねてきた。
「ああ、気にしなくていいよ。この仕事の依頼主は太っ腹な人でね…かなり余分に調査費用を貰っているのさ」
考えておいた言い訳をスラスラと口にした。
「大丈夫なのですか?そんな事私に話しても…?」
「いいんだって。別にこれ位の事は個人情報に値しないからね」
そうだ。どうせこれは全て作り話なのだから。
「ありがとうございます…上条さん」
すると彩花がこの世界で初めて俺の名を呼んだ。
「今…俺の名前呼んでくれたの?」
「え?え、ええ…そうですけど?」
驚いたように俺を見る彩花。
彩花に名前を呼んで貰えるのはすごく嬉しい。
だけど……。
「名字で呼んでくれるのもいいけど…出来れば下の名前で呼んでもらいたいな」
「え?ええっ?!一体何を言い出すんですか?」
「駄目…かな?」
彩花、俺はもう一度愛しいお前に名前を呼んでもらいたいんだ……。
「拓也…さん?」
「ありがとう、とても嬉しいよ」
思わず自分の顔がほころぶ。
すると彩花が慌てた様子で名乗ってきた。
「あ、そう言えば私まだ名前言ってませんでしたね?私は南彩花っていいます」
「南彩花…それじゃ彩花って呼んでいいかな?」
「え…?」
図々しいお願いだっただろうか?だが……もう俺には、いや、俺たちにはあまり時間が残されていないんだ…。
だから…彩花……。
「あの…それは…」
「彩花」
有無を言わさず、彼女の名を呼ぶ。
「は…い…」
彩花が返事をしてくれた!
「やった!返事してくれた。よし、それじゃ今から彩花って呼ばせて貰うから」
「え?そ、そんな…」
けれど、彩花は結局承諾してくれた――。
****
「たっくん…。1人で大丈夫かな…」
夜の町を走るタクシーの窓から外を眺めていた彩花がポツリと呟く。
「…そんなにあの子が心配?」
「勿論、心配です。そんな事…当然じゃないですか」
「…そう、か」
彩花……そんなに俺のことを気にかけてくれているのか……。
「あの……」
彩花が声を掛ける前に尋ねた。
「今夜アパートに帰ったら…少年をどうするつもり?」
「どうするって…勿論、食事を作ってあげますよ。それにお布団を拝借して私の部屋に泊めようかと思っています」
「そこまでしなくていいよ」
もうこれ以上彩花には子供時代の俺に関わって欲しくは無かった。
「え?」
「その子のアパートには俺が泊まるから」
そうだ、最初から俺が子供時代の自分を助けてやれば良かったんだ。
「何言ってるんですか?駄目ですよ!」
「え?何で?」
何故反対するんだ?
「だって、興信所の人って…見張る相手に姿を見られたらいけないんですよね?」
「あぁ…それは時と場合によるよ。今回の場合はOKさ」
「だけど…万一、たっくんのお父さんが帰宅したらどうするんですか?」
何処までも彩花は俺の心配をしてくれる。
「大丈夫、父親は絶対に今夜は帰って来ないから。俺にはそれが分るんだ」
だから、俺を信じてくれ…彩花。
俺はじっと彼女を見つめた――。
今から電車は1つ前の駅で人身事故の影響で停車することが運命で決まっている。
あの駅には他の路線は走っていないから、電車が動かなければバスかタクシーを利用するしかない。
そのことを彩花に伝えてあげなければ……!
ホームに辿り着き、彩花を探した。
「彩花…何処にいるんだ……?」
人混みの中を探していると、ホームで佇む彩花を見つけた。
「いた…っ!」
急いで彩花に駆け寄った。
「や、やっと…見つけた…」
息を切らせながら彩花に声を掛けた。
「な、なんなんですか?ここまで追いかけて来るなんて…やっぱりストーカーですか?」
彩花は怯えた様子で俺を見る。
「違うって。そうじゃないよ。今電車が人身事故で止って動かなくなるから他の交通手段にした方がいいって伝えに来たんだよ」
「え?だって…動いているじゃないですか?」
しかし、その直後駅のホームに人身事故のアナウンスが響き渡り、彩花は怪訝そうな顔で俺を見つめていた――。
****
「あの…本当にいいのですか?タクシー代出して頂くなんて…」
2人で駅前でタクシーを待っていると彩花が尋ねてきた。
「ああ、気にしなくていいよ。この仕事の依頼主は太っ腹な人でね…かなり余分に調査費用を貰っているのさ」
考えておいた言い訳をスラスラと口にした。
「大丈夫なのですか?そんな事私に話しても…?」
「いいんだって。別にこれ位の事は個人情報に値しないからね」
そうだ。どうせこれは全て作り話なのだから。
「ありがとうございます…上条さん」
すると彩花がこの世界で初めて俺の名を呼んだ。
「今…俺の名前呼んでくれたの?」
「え?え、ええ…そうですけど?」
驚いたように俺を見る彩花。
彩花に名前を呼んで貰えるのはすごく嬉しい。
だけど……。
「名字で呼んでくれるのもいいけど…出来れば下の名前で呼んでもらいたいな」
「え?ええっ?!一体何を言い出すんですか?」
「駄目…かな?」
彩花、俺はもう一度愛しいお前に名前を呼んでもらいたいんだ……。
「拓也…さん?」
「ありがとう、とても嬉しいよ」
思わず自分の顔がほころぶ。
すると彩花が慌てた様子で名乗ってきた。
「あ、そう言えば私まだ名前言ってませんでしたね?私は南彩花っていいます」
「南彩花…それじゃ彩花って呼んでいいかな?」
「え…?」
図々しいお願いだっただろうか?だが……もう俺には、いや、俺たちにはあまり時間が残されていないんだ…。
だから…彩花……。
「あの…それは…」
「彩花」
有無を言わさず、彼女の名を呼ぶ。
「は…い…」
彩花が返事をしてくれた!
「やった!返事してくれた。よし、それじゃ今から彩花って呼ばせて貰うから」
「え?そ、そんな…」
けれど、彩花は結局承諾してくれた――。
****
「たっくん…。1人で大丈夫かな…」
夜の町を走るタクシーの窓から外を眺めていた彩花がポツリと呟く。
「…そんなにあの子が心配?」
「勿論、心配です。そんな事…当然じゃないですか」
「…そう、か」
彩花……そんなに俺のことを気にかけてくれているのか……。
「あの……」
彩花が声を掛ける前に尋ねた。
「今夜アパートに帰ったら…少年をどうするつもり?」
「どうするって…勿論、食事を作ってあげますよ。それにお布団を拝借して私の部屋に泊めようかと思っています」
「そこまでしなくていいよ」
もうこれ以上彩花には子供時代の俺に関わって欲しくは無かった。
「え?」
「その子のアパートには俺が泊まるから」
そうだ、最初から俺が子供時代の自分を助けてやれば良かったんだ。
「何言ってるんですか?駄目ですよ!」
「え?何で?」
何故反対するんだ?
「だって、興信所の人って…見張る相手に姿を見られたらいけないんですよね?」
「あぁ…それは時と場合によるよ。今回の場合はOKさ」
「だけど…万一、たっくんのお父さんが帰宅したらどうするんですか?」
何処までも彩花は俺の心配をしてくれる。
「大丈夫、父親は絶対に今夜は帰って来ないから。俺にはそれが分るんだ」
だから、俺を信じてくれ…彩花。
俺はじっと彼女を見つめた――。
0
お気に入りに追加
71
あなたにおすすめの小説

社長室の蜜月
ゆる
恋愛
内容紹介:
若き社長・西園寺蓮の秘書に抜擢された相沢結衣は、突然の異動に戸惑いながらも、彼の完璧主義に応えるため懸命に働く日々を送る。冷徹で近寄りがたい蓮のもとで奮闘する中、結衣は彼の意外な一面や、秘められた孤独を知り、次第に特別な絆を築いていく。
一方で、同期の嫉妬や社内の噂、さらには会社を揺るがす陰謀に巻き込まれる結衣。それでも、蓮との信頼関係を深めながら、二人は困難を乗り越えようとする。
仕事のパートナーから始まる二人の関係は、やがて揺るぎない愛情へと発展していく――。オフィスラブならではの緊張感と温かさ、そして心揺さぶるロマンティックな展開が詰まった、大人の純愛ストーリー。


手を伸ばした先にいるのは誰ですか~愛しくて切なくて…憎らしいほど愛してる~【完結】
まぁ
恋愛
ワイン、ホテルの企画業務など大人の仕事、そして大人に切り離せない恋愛と…
「Ninagawa Queen's Hotel」
若きホテル王 蜷川朱鷺
妹 蜷川美鳥
人気美容家 佐井友理奈
「オークワイナリー」
国内ワイナリー最大手創業者一族 柏木龍之介
血縁関係のない兄妹と、その周辺の何角関係…?
華やかな人々が繰り広げる、フィクションです。

思い出さなければ良かったのに
田沢みん
恋愛
「お前の29歳の誕生日には絶対に帰って来るから」そう言い残して3年後、彼は私の誕生日に帰って来た。
大事なことを忘れたまま。
*本編完結済。不定期で番外編を更新中です。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる