6月9日はきっと晴れるから

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第2章 109 名前を呼びたい

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 俺は彩花を追いかけた。

今から電車は1つ前の駅で人身事故の影響で停車することが運命で決まっている。
あの駅には他の路線は走っていないから、電車が動かなければバスかタクシーを利用するしかない。
そのことを彩花に伝えてあげなければ……!


 ホームに辿り着き、彩花を探した。

「彩花…何処にいるんだ……?」

人混みの中を探していると、ホームで佇む彩花を見つけた。

「いた…っ!」

急いで彩花に駆け寄った。

「や、やっと…見つけた…」

息を切らせながら彩花に声を掛けた。

「な、なんなんですか?ここまで追いかけて来るなんて…やっぱりストーカーですか?」

彩花は怯えた様子で俺を見る。

「違うって。そうじゃないよ。今電車が人身事故で止って動かなくなるから他の交通手段にした方がいいって伝えに来たんだよ」

「え?だって…動いているじゃないですか?」

しかし、その直後駅のホームに人身事故のアナウンスが響き渡り、彩花は怪訝そうな顔で俺を見つめていた――。



****


「あの…本当にいいのですか?タクシー代出して頂くなんて…」

2人で駅前でタクシーを待っていると彩花が尋ねてきた。

「ああ、気にしなくていいよ。この仕事の依頼主は太っ腹な人でね…かなり余分に調査費用を貰っているのさ」

考えておいた言い訳をスラスラと口にした。

「大丈夫なのですか?そんな事私に話しても…?」

「いいんだって。別にこれ位の事は個人情報に値しないからね」

そうだ。どうせこれは全て作り話なのだから。

「ありがとうございます…上条さん」

すると彩花がこの世界で初めて俺の名を呼んだ。

「今…俺の名前呼んでくれたの?」

「え?え、ええ…そうですけど?」

驚いたように俺を見る彩花。
彩花に名前を呼んで貰えるのはすごく嬉しい。

だけど……。

「名字で呼んでくれるのもいいけど…出来れば下の名前で呼んでもらいたいな」

「え?ええっ?!一体何を言い出すんですか?」

「駄目…かな?」

彩花、俺はもう一度愛しいお前に名前を呼んでもらいたいんだ……。

「拓也…さん?」

「ありがとう、とても嬉しいよ」

思わず自分の顔がほころぶ。
すると彩花が慌てた様子で名乗ってきた。

「あ、そう言えば私まだ名前言ってませんでしたね?私は南彩花っていいます」

「南彩花…それじゃ彩花って呼んでいいかな?」

「え…?」

図々しいお願いだっただろうか?だが……もう俺には、いや、俺たちにはあまり時間が残されていないんだ…。
だから…彩花……。

「あの…それは…」

「彩花」

有無を言わさず、彼女の名を呼ぶ。

「は…い…」

彩花が返事をしてくれた!

「やった!返事してくれた。よし、それじゃ今から彩花って呼ばせて貰うから」

「え?そ、そんな…」

けれど、彩花は結局承諾してくれた――。


****

 
「たっくん…。1人で大丈夫かな…」

夜の町を走るタクシーの窓から外を眺めていた彩花がポツリと呟く。

「…そんなにあの子が心配?」

「勿論、心配です。そんな事…当然じゃないですか」

「…そう、か」

彩花……そんなに俺のことを気にかけてくれているのか……。

「あの……」

彩花が声を掛ける前に尋ねた。

「今夜アパートに帰ったら…少年をどうするつもり?」

「どうするって…勿論、食事を作ってあげますよ。それにお布団を拝借して私の部屋に泊めようかと思っています」

「そこまでしなくていいよ」

もうこれ以上彩花には子供時代の俺に関わって欲しくは無かった。

「え?」

「その子のアパートには俺が泊まるから」

そうだ、最初から俺が子供時代の自分を助けてやれば良かったんだ。

「何言ってるんですか?駄目ですよ!」

「え?何で?」

何故反対するんだ?

「だって、興信所の人って…見張る相手に姿を見られたらいけないんですよね?」

「あぁ…それは時と場合によるよ。今回の場合はOKさ」

「だけど…万一、たっくんのお父さんが帰宅したらどうするんですか?」

何処までも彩花は俺の心配をしてくれる。

「大丈夫、父親は絶対に今夜は帰って来ないから。俺にはそれが分るんだ」

だから、俺を信じてくれ…彩花。

俺はじっと彼女を見つめた――。




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