121 / 200
第2章 61 言えない言葉
しおりを挟む
彩花に言われて上がり込んだ部屋。
玄関を上がると4畳の台所の奥に6畳の畳の部屋。
そこに置かれたパイプベッドに、2人で向かい合って食事をした小さなテーブル。
何もかもが15年前の俺の覚えている光景そのもので、懐かしさのあまり目に涙が浮かびそうになって来た。
「…ッ…」
「どうかしましたか?」
不思議そうな顔で彩花が尋ねてきた。
「い、いえ。この子が…可愛そうで…」
自分の気持ちをごまかすために、咄嗟に俺は自分をだしに、言い訳をした。
「そうですか。…上条さんて優しい人なのですね」
咄嗟についた嘘なのに、彩花は好意的に受け止めてくれたようだ。
「とりあえず、その子を部屋に寝かせてあげて下さい」
彩花に言われ、俺は卓也を抱えたまま畳の部屋に入って寝かせた。
「う…」
畳に寝かせた途端、卓也が痛そうに呻いた。
「あ、悪い。大丈夫か?」
子供時代の自分自身だからこそ、慎重に降ろしたつもりだったがそれでも卓也は痛かったようだ。
「だ、大丈夫…」
卓也は目を潤ませながら俺を見た。
「無理するな。子供なんだから、我慢しないで痛むときは痛いって言って構わないんだぞ?」
大人になればそうそう痛くても訴えられないからな…。
「南さん」
背後にいる彩花に声を掛けた。
「はい」
「すみません、包帯とか…湿布薬とかありますか?」
「ええ、あります!すぐに用意しますね」
彩花は立ち上がると押し入れの引き出しを開けて、少しの間ガサゴソと何かを探していたが、やがて救急箱を取り出すとテーブルの上に乗せた。
「どうぞ、こちらをお使い下さい」
「ありがとうございます」
お礼を述べて受け取ると、すぐに卓也の怪我の手当てを始めた―。
「よし、これで大丈夫だろう」
「…ありがとう…」
起き上がった卓也は頭をさげると、彩花が声を掛けた。
「私の名前は南彩花と言うのよ?お名前教えてくれる?」
「僕‥‥上野卓也っていいます…」
「上野卓也君…なら、たっくんって呼んでもいいかな?」
たっくん…。
俺が呼ばれたわけでもないのに、嬉しくて再び胸に熱いものがこみあげてきた。
もう一度、彩花の言葉でその名を聞けるとは夢にも思っていなかった
「……」
ふと視線に気づくと、卓也が俺をじっと見つめている。
しまった!目が赤くなっていたのだろうか?
ごまかすために俺は笑いながら卓也を見た。
「奇遇じゃないか。上野卓也っていう名前なのか。俺は上条拓也って言うんだ。同じ名前だな?」
「え?お兄ちゃんも…?」
「ああ、そうだ。俺はこのアパートの道を隔てた向かい側のマンションの103号室に住んでるんだ。何か困ったことがあれば、助けてやるからな?」
いつでも助けてやるとは言えなかった。
何故なら、もしこの世界で彩花を助けられなければ…ここを去るのだから――。
玄関を上がると4畳の台所の奥に6畳の畳の部屋。
そこに置かれたパイプベッドに、2人で向かい合って食事をした小さなテーブル。
何もかもが15年前の俺の覚えている光景そのもので、懐かしさのあまり目に涙が浮かびそうになって来た。
「…ッ…」
「どうかしましたか?」
不思議そうな顔で彩花が尋ねてきた。
「い、いえ。この子が…可愛そうで…」
自分の気持ちをごまかすために、咄嗟に俺は自分をだしに、言い訳をした。
「そうですか。…上条さんて優しい人なのですね」
咄嗟についた嘘なのに、彩花は好意的に受け止めてくれたようだ。
「とりあえず、その子を部屋に寝かせてあげて下さい」
彩花に言われ、俺は卓也を抱えたまま畳の部屋に入って寝かせた。
「う…」
畳に寝かせた途端、卓也が痛そうに呻いた。
「あ、悪い。大丈夫か?」
子供時代の自分自身だからこそ、慎重に降ろしたつもりだったがそれでも卓也は痛かったようだ。
「だ、大丈夫…」
卓也は目を潤ませながら俺を見た。
「無理するな。子供なんだから、我慢しないで痛むときは痛いって言って構わないんだぞ?」
大人になればそうそう痛くても訴えられないからな…。
「南さん」
背後にいる彩花に声を掛けた。
「はい」
「すみません、包帯とか…湿布薬とかありますか?」
「ええ、あります!すぐに用意しますね」
彩花は立ち上がると押し入れの引き出しを開けて、少しの間ガサゴソと何かを探していたが、やがて救急箱を取り出すとテーブルの上に乗せた。
「どうぞ、こちらをお使い下さい」
「ありがとうございます」
お礼を述べて受け取ると、すぐに卓也の怪我の手当てを始めた―。
「よし、これで大丈夫だろう」
「…ありがとう…」
起き上がった卓也は頭をさげると、彩花が声を掛けた。
「私の名前は南彩花と言うのよ?お名前教えてくれる?」
「僕‥‥上野卓也っていいます…」
「上野卓也君…なら、たっくんって呼んでもいいかな?」
たっくん…。
俺が呼ばれたわけでもないのに、嬉しくて再び胸に熱いものがこみあげてきた。
もう一度、彩花の言葉でその名を聞けるとは夢にも思っていなかった
「……」
ふと視線に気づくと、卓也が俺をじっと見つめている。
しまった!目が赤くなっていたのだろうか?
ごまかすために俺は笑いながら卓也を見た。
「奇遇じゃないか。上野卓也っていう名前なのか。俺は上条拓也って言うんだ。同じ名前だな?」
「え?お兄ちゃんも…?」
「ああ、そうだ。俺はこのアパートの道を隔てた向かい側のマンションの103号室に住んでるんだ。何か困ったことがあれば、助けてやるからな?」
いつでも助けてやるとは言えなかった。
何故なら、もしこの世界で彩花を助けられなければ…ここを去るのだから――。
0
お気に入りに追加
71
あなたにおすすめの小説
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない
月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。
人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。
2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事)
。
誰も俺に気付いてはくれない。そう。
2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。
もう、全部どうでもよく感じた。
先輩に退部を命じられた僕を励ましてくれたアイドル級美少女の後輩マネージャーを成り行きで家に上げたら、なぜかその後も入り浸るようになった件
桜 偉村
恋愛
別にいいんじゃないんですか? 上手くならなくても——。
後輩マネージャーのその一言が、彼の人生を変えた。
全国常連の高校サッカー部の三軍に所属していた如月 巧(きさらぎ たくみ)は、自分の能力に限界を感じていた。
練習試合でも敗因となってしまった巧は、三軍キャプテンの武岡(たけおか)に退部を命じられて絶望する。
武岡にとって、巧はチームのお荷物であると同時に、アイドル級美少女マネージャーの白雪 香奈(しらゆき かな)と親しくしている目障りな存在だった。
だから、自信をなくしている巧を追い込んで退部させ、香奈と距離を置かせようとしたのだ。
そうすれば、香奈は自分のモノになると思っていたから。
武岡の思惑通り、巧はサッカー部を辞めようとしていた。
しかし、そこに香奈が現れる。
成り行きで香奈を家に上げた巧だが、なぜか彼女はその後も彼の家を訪れるようになって——。
「これは警告だよ」
「勘違いしないんでしょ?」
「僕がサッカーを続けられたのは、君のおかげだから」
「仲が良いだけの先輩に、あんなことまですると思ってたんですか?」
甘酸っぱくて、爽やかで、焦れったくて、クスッと笑えて……
オレンジジュース(のような青春)が好きな人必見の現代ラブコメ、ここに開幕!
※これより下では今後のストーリーの大まかな流れについて記載しています。
「話のなんとなくの流れや雰囲気を抑えておきたい」「ざまぁ展開がいつになるのか知りたい!」という方のみご一読ください。
【今後の大まかな流れ】
第1話、第2話でざまぁの伏線が作られます。
第1話はざまぁへの伏線というよりはラブコメ要素が強いので、「早くざまぁ展開見たい!」という方はサラッと読んでいただいて構いません!
本格的なざまぁが行われるのは第15話前後を予定しています。どうかお楽しみに!
また、特に第4話からは基本的にラブコメ展開が続きます。シリアス展開はないので、ほっこりしつつ甘さも補充できます!
※最初のざまぁが行われた後も基本はラブコメしつつ、ちょくちょくざまぁ要素も入れていこうかなと思っています。
少しでも「面白いな」「続きが気になる」と思った方は、ざっと内容を把握しつつ第20話、いえ第2話くらいまでお読みいただけると嬉しいです!
※基本は一途ですが、メインヒロイン以外との絡みも多少あります。
※本作品は小説家になろう様、カクヨム様にも掲載しています。
ウブな政略妻は、ケダモノ御曹司の執愛に堕とされる
Adria
恋愛
旧題:紳士だと思っていた初恋の人は私への恋心を拗らせた執着系ドSなケダモノでした
ある日、父から持ちかけられた政略結婚の相手は、学生時代からずっと好きだった初恋の人だった。
でも彼は来る縁談の全てを断っている。初恋を実らせたい私は副社長である彼の秘書として働くことを決めた。けれど、何の進展もない日々が過ぎていく。だが、ある日会社に忘れ物をして、それを取りに会社に戻ったことから私たちの関係は急速に変わっていった。
彼を知れば知るほどに、彼が私への恋心を拗らせていることを知って戸惑う反面嬉しさもあり、私への執着を隠さない彼のペースに翻弄されていく……。
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。
元カノと復縁する方法
なとみ
恋愛
「別れよっか」
同棲して1年ちょっとの榛名旭(はるな あさひ)に、ある日別れを告げられた無自覚男の瀬戸口颯(せとぐち そう)。
会社の同僚でもある二人の付き合いは、突然終わりを迎える。
自分の気持ちを振り返りながら、復縁に向けて頑張るお話。
表紙はまるぶち銀河様からの頂き物です。素敵です!
恋煩いの幸せレシピ ~社長と秘密の恋始めます~
神原オホカミ【書籍発売中】
恋愛
会社に内緒でダブルワークをしている芽生は、アルバイト先の居酒屋で自身が勤める会社の社長に遭遇。
一般社員の顔なんて覚えていないはずと思っていたのが間違いで、気が付けば、クビの代わりに週末に家政婦の仕事をすることに!?
美味しいご飯と家族と仕事と夢。
能天気色気無し女子が、横暴な俺様社長と繰り広げる、お料理恋愛ラブコメ。
※注意※ 2020年執筆作品
◆表紙画像は簡単表紙メーカー様で作成しています。
◆無断転写や内容の模倣はご遠慮ください。
◆大変申し訳ありませんが不定期更新です。また、予告なく非公開にすることがあります。
◆文章をAI学習に使うことは絶対にしないでください。
◆カクヨムさん/エブリスタさん/なろうさんでも掲載してます。
狂愛的ロマンス〜孤高の若頭の狂気めいた執着愛〜
羽村美海
恋愛
古式ゆかしき華道の家元のお嬢様である美桜は、ある事情から、家をもりたてる駒となれるよう厳しく育てられてきた。
とうとうその日を迎え、見合いのため格式高い高級料亭の一室に赴いていた美桜は貞操の危機に見舞われる。
そこに現れた男により救われた美桜だったが、それがきっかけで思いがけない展開にーー
住む世界が違い、交わることのなかったはずの尊の不器用な優しさに触れ惹かれていく美桜の行き着く先は……?
✦・━・✦・━・✦・━・✦・━・✦・━・✦・━・✦
✧天澤美桜•20歳✧
古式ゆかしき華道の家元の世間知らずな鳥籠のお嬢様
✧九條 尊•30歳✧
誰もが知るIT企業の経営者だが、実は裏社会の皇帝として畏れられている日本最大の極道組織泣く子も黙る極心会の若頭
✦・━・✦・━・✦・━・✦・━・✦・━・✦・━・✦
*西雲ササメ様より素敵な表紙をご提供頂きました✨
※TL小説です。設定上強引な展開もあるので閲覧にはご注意ください。
※設定や登場する人物、団体、グループの名称等全てフィクションです。
※随時概要含め本文の改稿や修正等をしています。
✧
✧連載期間22.4.29〜22.7.7 ✧
✧22.3.14 エブリスタ様にて先行公開✧
【第15回らぶドロップス恋愛小説コンテスト一次選考通過作品です。コンテストの結果が出たので再公開しました。※エブリスタ様限定でヤス視点のSS公開中】
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる