6月9日はきっと晴れるから

結城芙由奈@コミカライズ発売中

文字の大きさ
上 下
71 / 200

第2章 11 恋に堕ちた瞬間

しおりを挟む
 彩花が何処で働いているのか場所を知らなかった俺は、彼女が帰宅してくる時間を見計らってアパートの前で待機しているしか無かった。

今の時刻は午後4時半―。

彩花は大体いつも19時近くにアパートに戻っていた。念には念を入れて18時半にはアパート付近で待ち伏せしていた方がいいだろう。本来であればアパートを直接訪ねてもいいのだが、何しろ彩花は今の俺の姿を知らないのだ。押しかければ怯えられるに決まっている。

「仕方ない…カフェで時間でも潰すか…」

俺は駅前のカフェで2時間粘ることに決めた―。



****

 18時30分―

駅の出入り口が良く見えるカフェのカウンター席で何げなく駅から出てくる人々を見つめていた時のことだった。
何と彩花が駅から出てきたのだ。

「!」

俺は驚きのあまり目を見張り…持ってきた写真と見比べて確認した。

間違いないっ!きっと…あれは彩花だっ!俺は急いでカフェを飛びだすと、後先の事
を何も考えずに彼女の後を追った。

そして住宅街に入る直前に彩花に追いついた。

「ちょっと待ってくれっ!」

俺は背後から彩花に向かって大きな声で呼びかけた。

「え…?」

驚いた様子で振り向く彼女に思わず息を飲んだ。

彩花…っ!

そこには俺の15年前の初恋だった女性…彩花が当時と何も変わらぬ姿で立っていたのだ。

「あ…彩花…」

俺は一歩彼女に近づいた。

「え…?」

怪訝そうに歪む彼女の眉。

「彩花っ!」

目の前には15年間一度も忘れた事の無かった初恋の彼女。気付けば俺の理性は吹き飛び、彩花を力強く抱きしめていた。

あの頃は彩花は俺よりもずっと大きかったのに…今は抱きしめると俺の腕の中にすっぽりと納まってしまう程いに小さくてか細い。

こんな小さな体で…アイツから俺の事を身を挺して…自分の命など顧みずに助けてくれたなんて…!
彩花が愛しくてたまらなかった。

すると…。

「キ…」

俺の腕の中で彩花が震えた。

「彩花…?」

名前を呼んだ次の瞬間―。

「キャアアアアアアッ!!ち、痴漢っ!!」

彩花が絶叫した。

「え?ち、痴漢?!」

驚いて彩花から離れると、彼女は目に涙をためてブルブルと震えている。

しまった…!

突然抱きしめたものだから彩花を怯えさせてしまったのだ。

「あ、あの…あ、彩花…?」

しかし彩花は俺に名前を呼ばれるとさらに叫んだ。

「ち、近寄らないでっ!」

そしてスマホを取り出して通報しようとした。

ま、まずいっ!

俺は踵を返すと、夜の町を走って逃げた。もうこうなった以上、彩花に近づくことは出来ない。
俺は自分の愚かさを呪った。

思わず彩花に会えた嬉しさで、理性が一瞬で吹き飛んでしまった。
そして気付けば彼女を強く抱きしめていた…。

この時、俺は自覚した。

ああ、俺は…一瞬で本当の恋に堕ちてしまったのだ―と。
6月9日は何としても彩花の命を救い…恋人同士になりたい…。

愚かにも俺はそんなことを考えていたのだった。

この後、絶望を味わうことになるとは思いもせずに―。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

社長室の蜜月

ゆる
恋愛
内容紹介: 若き社長・西園寺蓮の秘書に抜擢された相沢結衣は、突然の異動に戸惑いながらも、彼の完璧主義に応えるため懸命に働く日々を送る。冷徹で近寄りがたい蓮のもとで奮闘する中、結衣は彼の意外な一面や、秘められた孤独を知り、次第に特別な絆を築いていく。 一方で、同期の嫉妬や社内の噂、さらには会社を揺るがす陰謀に巻き込まれる結衣。それでも、蓮との信頼関係を深めながら、二人は困難を乗り越えようとする。 仕事のパートナーから始まる二人の関係は、やがて揺るぎない愛情へと発展していく――。オフィスラブならではの緊張感と温かさ、そして心揺さぶるロマンティックな展開が詰まった、大人の純愛ストーリー。

振られた私

詩織
恋愛
告白をして振られた。 そして再会。 毎日が気まづい。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

「君を愛するつもりはない」と言ったら、泣いて喜ばれた

菱田もな
恋愛
完璧令嬢と名高い公爵家の一人娘シャーロットとの婚約が決まった第二皇子オズワルド。しかし、これは政略結婚で、婚約にもシャーロット自身にも全く興味がない。初めての顔合わせの場で「悪いが、君を愛するつもりはない」とはっきり告げたオズワルドに、シャーロットはなぜか歓喜の涙を浮かべて…? ※他サイトでも掲載中しております。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

思い出さなければ良かったのに

田沢みん
恋愛
「お前の29歳の誕生日には絶対に帰って来るから」そう言い残して3年後、彼は私の誕生日に帰って来た。 大事なことを忘れたまま。 *本編完結済。不定期で番外編を更新中です。

エリート警察官の溺愛は甘く切ない

日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。 両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

処理中です...