6月9日はきっと晴れるから

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第1章 9 私の職場

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 翌日―

出勤する為に朝7時半にアパートの部屋を出た。

カンカンカンカン…

階段を下りて1階に降りると、階段下にうずくまるようにたっくんが座っていた。

え…?どうしてあんなところに座っているのだろう?

「おはよう、たっくん」

声を掛けると、たっくんが顔を上げた。

「あ…お姉ちゃん。おはよう」

「おはよ、たっくん。こんなところで何してるの?学校…はまだ春休みだよね?」

「う、うん。そうだよ」

「それじゃ、ここで何してたの?」

「え…と、あ、あのね…そ、そう!アリの観察してたんだよ」

「アリ…?」

思わず首を傾げると、たっくんは大きく頷いた。

「そう、アリだよ」

たっくんが地面を指さすと、そこにはアリの大群がぞろぞろ歩いている姿があった。

「ふ~ん…確かにアリだね。昆虫好きなの?」

「うん。普通に好きだよ」

「そっか。それじゃお姉ちゃん、お仕事に行って来るからね。バイバイ」

私が手を振ると、たっくんも笑顔で手を振ってくれた。

「行ってらっしゃい、お姉ちゃん」

「うん」

そして駐輪場に行き、自分の自転車を引っ張りだしてサドルに腰かけると私はペダルを踏み込んで駅を目指した―。



****

 最寄駅から電車に乗って15分。そこから歩いて5分。そこが私の勤める会社だ。
会社と言っても全従業員合わせても18名の小さな会社で介護用品を扱っている会社だった。私はそこで総務の仕事をしている。電話やメールの対応…仕事内容は非常に多いのに、給料が一向に上がらないのが正直辛い所だ。けれど私は高校までしか卒業していないので、基本給は大卒の人に比べると明らかに低い。学歴で引け目を感じるので他の社員の人達には気を遣わなければいけないし…。

それに…今、正直言って少々困っていることがある―。


 午前10時―

「ふ~…」

給湯室で私は溜息をついた。今、私はたまっている仕事の手を止めて全従業員のお茶を淹れる為に大きなやかんでお湯を沸かしている最中だった。
この会社は未だに古い体制が続いていて、必ず午前10時と午後3時に女性社員がお茶を淹れなければならない事になっている。女性社員は私を入れて全部で4名。全員私よりも年上で、勤続年数も私より長いので必然的にお茶を出すのは私という事になっている。
私だって、入社して7年。
それでも男性新入社員はいるものの、お茶を淹れるのは女性社員。従って入社してから毎日お茶を淹れるのは私の仕事になっていた。

「いい加減…この雑用から逃げたいな…」

思わずポツリと本音を漏らした時、不意に背後で声が聞こえた。

「本当だよね?俺もそう思うよ」

その声は…。私は思わず眉をしかめてしまった。

「俺も手伝ってあげるよ。南さん」

そして給湯室にスルリと入って来たのは、この会社の営業部所属の椎名さんだった。私はこの人が苦手だった。中々ハンサムな30歳の男性で、女性社員やお客さんから受けが良かったけれども、私はこの人が苦手だった。

何故なら…。

「いえ、大丈夫です。1人で淹れられますから」

「いいって、いいって。この雑用から逃げたいって言ってたじゃないか」

そして棚の上からお盆と湯呑を人数分乗せながら私に声を掛けて来た。

「南さん、駅前に新しい居酒屋が出来たんだ。2人で今夜一緒に飲みに行かないかい?」

出た…またいつもの『お誘い』が。

「いえ、遠慮しておきます。それに…椎名さん。3カ月前に赤ちゃんが生まれたばかりですよね?どうぞ奥様の為にも早く帰って育児を手伝ってあげて下さい」

そう、この人は既婚者で第一子が生まれて間も無いのに私に何かと声を掛けて来るのだ。椎名さんは中途入社の男性で2年前にこの会社に入って来た。その時から既婚者だった。にも関わらず、椎名さんは私に構ってくる。

「奥様?あ~ダメダメ。女は子供を産むと駄目だね、すっかり『母親』になっちゃって、あれは女捨ててるよね」

その言葉にムッときてしまった。私の母は母親では無く、『女』を選んだと言うのに…。寧ろ椎名さんの赤ちゃんが羨ましく思えてしまう。だから私は言った。

「椎名さんの奥様って、とても素敵な方なんですね。椎名さんが羨ましいです」

「え?お、俺が?」

ふふふ…自分では無く、妻を褒められて戸惑っている。

「私も椎名さんの奥様を見習わなくちゃいけませんね。ここは1人で出来ますので、どうぞ仕事場に戻って下さい」

「あ、ああ…分ったよ…」

椎名さんは何か言いたげだったけれども給湯室を出て行った。

ふぅ~…。

良かった…いなくなってくれて。


しかし…この日はこれだけでは済まなかった―。



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