150 / 221
9-4 初めての画材屋さん
しおりを挟む
少年が港から去った後も私は暫くの間、その場にとどまり彼の描いた色鉛筆画と目の前の港の光景を見比べていた。
「すごい…色鉛筆だけでこんなに上手に描けるなんて…羨ましい…」
私は日々の生活と家庭勉強に勤しんでいたので、芸術的な物に触れる機会など、全くなかった。
貴族令嬢や裕福な家庭に恵まれた少女達は、ピアノやダンスのレッスン、お茶の淹れ方や礼儀作法を学んでいることだろうが、私にはそのような教養は一切無い。こんな状況で高校卒業後はユーグ大公の元に嫁がなければならないのだ。
青い空にはカモメが空を飛び回っている。
「鳥が羨ましいわ…」
思わずポツリと本音が口から飛び出してしまった。
私にも鳥のような翼があれば…自由気ままに好きな場所へ飛んでいけるのに…。けれど今の私は翼をもがれた鳥かごの中の鳥のような状態だ。
学生である今が一番自由になれるチャンスなのかもしれない。
けれど、私が逃げだせば実家に迷惑が掛かってしまう。
何より父は私と全く血の繋がりも無いのに、母の執事だったというだけで母を連れて誰も知らない土地へ逃げ…私を産んで亡くなった母の代わりに今までずっと育ててくれたのだから…。
親不孝な真似だけはしたくなかった。
「…」
やがて風の向きが変わったのだろうか?先ほどに比べて、肌寒くなってきた。
「何だか寒くなってきたわ…ホテルに戻りましょう」
名前の知らない少年からもらった風景画をポシェットにしまい、私は港を後にした。
****
辻馬車乗り場を探しながら、港町をぶらぶら歩いていると画材屋さんが目に入った。
「画材屋さん…」
先ほど貰った風景画と、一心不乱に絵を描いていた少年の姿が思い出される。
「私も…絵を描いてみようかしら…」
色鉛筆とスケッチブック程度なら予算内で買えるかもしれない…。そう思った私は店の扉を開けた。
カランカラン
扉に取り付けられたベルが静かな店内に響き渡る。
「いらっしゃいませ」
すると奥の方から声を掛けられた。振り向くと店の奥にカウンターがあり、1人のおじいさんがこちらをじっと見つめていた。おじいさんはスケッチブックを手に、何か描いているようだった。
「何かお探しですか?」
眼鏡をかけた優し気なおじいさんが尋ねてきた。
「あの…一番お手頃価格の…スケッチブックと、色鉛筆はありますか?」
私の予算はせいぜい出せても1200ダルク。これ以上高ければ諦めるしかない。
「一番安いスケッチブックと色鉛筆…と言う事ですよね…?」
おじいさんは少し考えこむと、立ち上がった。
入り口から入って左側の壁には本棚が立てられ、恐らくスケッチブックと思しきものが陳列されている。
「スケッチブックなら、これが一番お手軽価格ですよ」
おじいさんは本棚から1冊のスケッチブックを取り出した。それは青い表紙のリング式のスケッチブックでサイズは両掌を合わせた位のものだった。
「色鉛筆は12色セットのこちらがお勧めです」
スケッチブックが並べられている下段は引き出しになっており、おじいさんが引き出しを開けて、薄い箱を取り出すとカウンターへと移動する。
そこで私もおじいさんの後に続いてカウンターに移動した。
「このスケッチブックと色鉛筆、合わせて丁度1000ダルクになりますが…どうされますか?」
1000ダルクなら予算範囲内だ。
「ください…買います」
勿論、私は即決した―。
「すごい…色鉛筆だけでこんなに上手に描けるなんて…羨ましい…」
私は日々の生活と家庭勉強に勤しんでいたので、芸術的な物に触れる機会など、全くなかった。
貴族令嬢や裕福な家庭に恵まれた少女達は、ピアノやダンスのレッスン、お茶の淹れ方や礼儀作法を学んでいることだろうが、私にはそのような教養は一切無い。こんな状況で高校卒業後はユーグ大公の元に嫁がなければならないのだ。
青い空にはカモメが空を飛び回っている。
「鳥が羨ましいわ…」
思わずポツリと本音が口から飛び出してしまった。
私にも鳥のような翼があれば…自由気ままに好きな場所へ飛んでいけるのに…。けれど今の私は翼をもがれた鳥かごの中の鳥のような状態だ。
学生である今が一番自由になれるチャンスなのかもしれない。
けれど、私が逃げだせば実家に迷惑が掛かってしまう。
何より父は私と全く血の繋がりも無いのに、母の執事だったというだけで母を連れて誰も知らない土地へ逃げ…私を産んで亡くなった母の代わりに今までずっと育ててくれたのだから…。
親不孝な真似だけはしたくなかった。
「…」
やがて風の向きが変わったのだろうか?先ほどに比べて、肌寒くなってきた。
「何だか寒くなってきたわ…ホテルに戻りましょう」
名前の知らない少年からもらった風景画をポシェットにしまい、私は港を後にした。
****
辻馬車乗り場を探しながら、港町をぶらぶら歩いていると画材屋さんが目に入った。
「画材屋さん…」
先ほど貰った風景画と、一心不乱に絵を描いていた少年の姿が思い出される。
「私も…絵を描いてみようかしら…」
色鉛筆とスケッチブック程度なら予算内で買えるかもしれない…。そう思った私は店の扉を開けた。
カランカラン
扉に取り付けられたベルが静かな店内に響き渡る。
「いらっしゃいませ」
すると奥の方から声を掛けられた。振り向くと店の奥にカウンターがあり、1人のおじいさんがこちらをじっと見つめていた。おじいさんはスケッチブックを手に、何か描いているようだった。
「何かお探しですか?」
眼鏡をかけた優し気なおじいさんが尋ねてきた。
「あの…一番お手頃価格の…スケッチブックと、色鉛筆はありますか?」
私の予算はせいぜい出せても1200ダルク。これ以上高ければ諦めるしかない。
「一番安いスケッチブックと色鉛筆…と言う事ですよね…?」
おじいさんは少し考えこむと、立ち上がった。
入り口から入って左側の壁には本棚が立てられ、恐らくスケッチブックと思しきものが陳列されている。
「スケッチブックなら、これが一番お手軽価格ですよ」
おじいさんは本棚から1冊のスケッチブックを取り出した。それは青い表紙のリング式のスケッチブックでサイズは両掌を合わせた位のものだった。
「色鉛筆は12色セットのこちらがお勧めです」
スケッチブックが並べられている下段は引き出しになっており、おじいさんが引き出しを開けて、薄い箱を取り出すとカウンターへと移動する。
そこで私もおじいさんの後に続いてカウンターに移動した。
「このスケッチブックと色鉛筆、合わせて丁度1000ダルクになりますが…どうされますか?」
1000ダルクなら予算範囲内だ。
「ください…買います」
勿論、私は即決した―。
0
お気に入りに追加
412
あなたにおすすめの小説
今日は私の結婚式
豆狸
恋愛
ベッドの上には、幼いころからの婚約者だったレーナと同じ色の髪をした女性の腐り爛れた死体があった。
彼女が着ているドレスも、二日前僕とレーナの父が結婚を拒むレーナを屋根裏部屋へ放り込んだときに着ていたものと同じである。
私がいなくなった部屋を見て、あなた様はその心に何を思われるのでしょうね…?
新野乃花(大舟)
恋愛
貴族であるファーラ伯爵との婚約を結んでいたセイラ。しかし伯爵はセイラの事をほったらかしにして、幼馴染であるレリアの方にばかり愛情をかけていた。それは溺愛と呼んでもいいほどのもので、そんな行動の果てにファーラ伯爵は婚約破棄まで持ち出してしまう。しかしそれと時を同じくして、セイラはその姿を伯爵の前からこつぜんと消してしまう。弱気なセイラが自分に逆らう事など絶対に無いと思い上がっていた伯爵は、誰もいなくなってしまったセイラの部屋を見て…。
※カクヨム、小説家になろうにも投稿しています!
お兄様の指輪が壊れたら、溺愛が始まりまして
みこと。
恋愛
お兄様は女王陛下からいただいた指輪を、ずっと大切にしている。
きっと苦しい片恋をなさっているお兄様。
私はただ、お兄様の家に引き取られただけの存在。血の繋がってない妹。
だから、早々に屋敷を出なくては。私がお兄様の恋路を邪魔するわけにはいかないの。私の想いは、ずっと秘めて生きていく──。
なのに、ある日、お兄様の指輪が壊れて?
全7話、ご都合主義のハピエンです! 楽しんでいただけると嬉しいです!
※「小説家になろう」様にも掲載しています。
七年間の婚約は今日で終わりを迎えます
hana
恋愛
公爵令嬢エミリアが十歳の時、第三王子であるロイとの婚約が決まった。しかし婚約者としての生活に、エミリアは不満を覚える毎日を過ごしていた。そんな折、エミリアは夜会にて王子から婚約破棄を宣言される。
婚約破棄された検品令嬢ですが、冷酷辺境伯の子を身籠りました。 でも本当はお優しい方で毎日幸せです
青空あかな
恋愛
旧題:「荷物検査など誰でもできる」と婚約破棄された検品令嬢ですが、極悪非道な辺境伯の子を身籠りました。でも本当はお優しい方で毎日心が癒されています
チェック男爵家長女のキュリティは、貴重な闇魔法の解呪師として王宮で荷物検査の仕事をしていた。
しかし、ある日突然婚約破棄されてしまう。
婚約者である伯爵家嫡男から、キュリティの義妹が好きになったと言われたのだ。
さらには、婚約者の権力によって検査係の仕事まで義妹に奪われる。
失意の中、キュリティは辺境へ向かうと、極悪非道と噂される辺境伯が魔法実験を行っていた。
目立たず通り過ぎようとしたが、魔法事故が起きて辺境伯の子を身ごもってしまう。
二人は形式上の夫婦となるが、辺境伯は存外優しい人でキュリティは温かい日々に心を癒されていく。
一方、義妹は仕事でミスばかり。
闇魔法を解呪することはおろか見破ることさえできない。
挙句の果てには、闇魔法に呪われた荷物を王宮内に入れてしまう――。
※おかげさまでHOTランキング1位になりました! ありがとうございます!
※ノベマ!様で短編版を掲載中でございます。
許婚と親友は両片思いだったので2人の仲を取り持つことにしました
結城芙由奈
恋愛
<2人の仲を応援するので、どうか私を嫌わないでください>
私には子供のころから決められた許嫁がいた。ある日、久しぶりに再会した親友を紹介した私は次第に2人がお互いを好きになっていく様子に気が付いた。どちらも私にとっては大切な存在。2人から邪魔者と思われ、嫌われたくはないので、私は全力で許嫁と親友の仲を取り持つ事を心に決めた。すると彼の評判が悪くなっていき、それまで冷たかった彼の態度が軟化してきて話は意外な展開に・・・?
※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
姫騎士様と二人旅、何も起きないはずもなく……
踊りまんぼう
ファンタジー
主人公であるセイは異世界転生者であるが、地味な生活を送っていた。 そんな中、昔パーティを組んだことのある仲間に誘われてとある依頼に参加したのだが……。 *表題の二人旅は第09話からです
(カクヨム、小説家になろうでも公開中です)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる