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「ああ、びっくりした・・。誰かと思ったらヘンリーじゃない。こんばんは。今夜はとても月が綺麗な夜ね。ところで背中の怪我は大丈夫だった?そんなところに立っていないで家の中へ入っていれば良かったのに。」

するとヘンリーが眉間にしわを寄せて言った。

「おい、何がこんばんはだ。テア・・俺がどれだけ正門でお前が出て来るのを待っていたと思う?背中の傷が痛くてずっと医務室で休んでいて、それでもお前を家に送り届けないと・・・お前の母親に何を言われるか分ったものじゃないから、無理して起き上がって、ずーっと待っていたのに、待てど暮らせど出て来やしないっ!う、いたたた・・。」

ヘンリーは木に両手をつくと、ハアハア言っている。

「ねえ・・・まだ痛むの?ちゃんと病院に行ったら・・?」

「だ、大丈夫だ。傷が動くとすれて痛むだけだ。」

あ・・・そうなんだ・・。

「それで?質問に答えろよ?俺を何時間も放置しておいて・・・お前は今の今まで何所へ行っていた?いや、そもそも正門から出てこなかったのか?」

「ええ、そうなの。今日はキャロルの女子寮の部屋に呼ばれて遊びに行って来たのよ。寮に迎えに来る馬車は裏門に来るんですって。だから私達は裏門から出たのよ。だからヘンリーに会わなかったのね。あ・・・ごめんなさい。てっきり、ヘンリーは怪我の状態が酷いから家に帰ったと思っていたのよ。でも・・・何故、今ここにいるの?もう夜よ?」

私は空を見上げながら言う。

「馬鹿っ!そんなのは見れば分るっ!うっ!いたたた・・・。お、俺は・・お前の母親に今日・・頼まれたからっ・・帰りも一緒に帰ろうと・・待っていたんだっ!よ、よし・・お前がこうして帰って来たなら・・・家に行くぞ。」

そしてヘンリーは私の家へ向かってよろよろと歩きだす。

え?

「ヘンリー。ちょっと待って!」

慌てて左手でヘンリーの後ろからYシャツを掴んだ。

「ぐああっ!いってーっ!!」

途端にヘンリーが痛みのあまり咆哮を上げる。

「キャアッ!ご、ごめんなさいっ!」

慌ててパッと掴んでいた手を離した。

「ば、ばか・・・お、お前・・・背中が傷に・・す、すれると痛いって・・・言っただろう・・?」

涙目でこちらを振り返るヘンリー。

「ご、ごめんなさい・・・つい。ねえ、何故家に行こうとするの?ヘンリーは具合が悪いのだから帰っていいわよ。」

「そ、そんな事出来るかっ!お前と一緒に帰らないと・・何故一緒に帰って来なかっと言われるだろうっ?!」

「だって!もう伝えてあるものっ!」

「・・・え?」

ヘンリーが固まって私を見る。

「もう、家にはキャロルの住む女子寮から電話を掛けてあるのよ。今日は女子寮に遊びに寄ってから帰るから遅くなるって。逆に・・・ヘンリーが一緒に帰れば・・母に変に思われるわ。」

「お、お前なあ・・・っ!」

そしてグイッと私に顔を近づけ・・・。不思議そうな顔をして私を見つめた。

「あれ・・・?テア・・お前何だかいつもと違わないか?」

「あ・・ひょっとしてヘンリーも気付いた?あのね、キャロルがお化粧してくれたのよ。そしてこの髪形はキャロルのルームメイトのダイアナって人がセットしてくれたの。2人ともすごく似合ってるって褒めてくれて・・・。」

「あ、ああ・・そ、そうか・・まあ・・いいんじゃないか?」

ヘンリーが珍しく否定しなかった。そうだ、ついでだから伝えておこう。

「あのね。ヘンリー。母にも伝えておくけど、もう私は貴方に付きまとわないから安心して、貴方を自由にしてあげるから。大学であっても声を掛けるぐらいにとどめておくから。」

「え?お、おい。テア?」

ヘンリーは戸惑った顔をしている。きっと嬉しくてどんな表情をすればいいのか分らないのかもしれない。

「それじゃあね、お休みなさい。気を付けて帰ってね。」

笑みを浮かべてヘンリーを見る。

「お前は・・本当にそれでいいのか」

何故かヘンリーは少しだけ傷ついた顔を見せる。

「え?ええ・・・勿論。」

ここでヘンリーとは一定の距離を置いて、ヘンリーとキャロルの恋を応援する。そう決めたのだから。

「分ったよ・・勝手にしろ。」

何故かふてくされた様にヘンリーは言い、くるりと背中を向けると。門へと向かって歩いて行った。

時折、背中を痛そうにさすりながら・・・。

「今まで私の許婚でいてくれてありがとう、ヘンリー。」

私は小さくなるヘンリーの背中にそっと呟いた―。





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