39 / 77
39 遅れた教室
しおりを挟む
「先生、こちらです。」
私は黒い皮のドクターズバッグを手にした医務室の先生をヘンリーが乗っている馬車が待機している場所まで連れてきた。けれどもどこにも馬車の姿はない。
「テア。ヘンリーの乗っている馬車はどれなんだい?」
医務室の先生が不思議そうに尋ねてきた。
「あら・・・変ですねえ・・。正門の脇に馬車を止めておいたはずなんですけど・・?」
きょろきょろ見渡していると。左側から大きな声が聞こえてきた。
「お嬢様ーっ!こちらですっ!」
振り返ると、そこには少し離れた場所にある大木の下で馬車を止めたヘンリーの御者が帽子を取って大きく腕を振っている様子が目に入った。
「あ、先生。あちらの馬車です。行きましょう。」
先生は黙ってうなずくと駆け足で馬車へ向かった。私はその後を歩いてついていく。
「ううう・・・。」
遅れて到着すると、馬車の中からヘンリーのうめき声が聞こえている。扉は閉められているが、多分中で治療が行われているのだろう。
そこへ御者が私にお礼を言ってきた。
「お嬢様、どうもありがとうございました。先生を連れて来て下さって。」
「いいのよ、お礼なんて。当然のことだもの。それにしても・・馬車を移動させたのね。」
「はい、ヘンリー様がここは暑いからどこか木陰に移動しろとおっしゃったので・・。」
「そうだったのね。」
そして馬車の方をチラリとみると御者に言った。
「私のカバンはまだ馬車の中よね?だからヘンリーの治療が終わるまでここで待たせてもらわ。」
今は治療中だろうから馬車の扉を開けることは出来ないだろうし・・。すると御者が言った。
「あ、それなら大丈夫です。俺が預かっていますから。」
そして彼は御者台に行くと、ハンドル付きのカバンを持ってきてくれた。
「こちらがお嬢様のカバンですよね?」
「まあ、ありがとう。貴方が私のカバンを預かってくれていたのね?」
左手で受け取るとお礼を言った。
「え、ええ・・・そ、そうですね・・。」
しかし、彼は何故か歯切れ悪く答える。
「それじゃ、私は先に教室へ行くからヘンリーに伝えておいてね?」
「え?先に行かれるのですか?ヘンリー様を待たないのですか?」
彼は驚いたように私を見た。
「え?ええ・・・。」
確かに今までの私ならヘンリーを待っていたかもしれない。だけど私はヘンリーによく思われていないことが分かったし、キャロルとヘンリーの恋を応援しようと決めたのだから、いつまでも許婚としてでしゃばるわけにはいかない。だから私は言った。
「ヘンリーは今日、いやいや私を屋敷迄迎えに来てくれたのだから、少しは解放してあげないと気の毒だもの。それじゃ、行ってきます。」
「あ、はい。行ってらっしゃいませ。」
私は御者に手を振ると教室へと向かった―。
****
誰一人学生がいない、シンと静まり返った教室が並ぶ廊下を歩き、私は自分のクラスの前で立ち止まった。入学2日目の1時限目はカリキュラムの説明の時間で、廊下の窓から教室を覗き込むと、全員真剣な顔で初老の男性教授の話を聞いている。
ス~・・
深呼吸して緊張を和らげると、私は教室のドアをガチャリと開けた。
すると一斉にクラス中の視線が私に集中する。その中で私はキャロルを見つけた。彼女はちいさく手招きをしている。
う・・き、緊張する・・・。
「どうしたんだね?君は・・遅刻かな?」
「はい、遅れて申し訳ござません。テア・シャルダンと言います。」
「ひょっとして・・その怪我が原因かね?遅れてきたのは?」
「いえ、違います。」
「フム・・分かった。では空いている席に座りなさい。」
教授はそれだけ言うと、また黒板の方に向き直った。学生たちも皆黒板に視線を移したけれども、キャロルだけは私の方を向いて手招きしている。そこで私は目立たないようにキャロルの傍へ行くと右隣にストンと座り、カバンをそっと椅子に下した。
「テア・・あまりにも遅いから心配してしまったわ。」
キャロルは小声で言う。
「ごめんなさいね。医務室の先生をヘンリーの馬車迄案内するのに時間がかかってしまったから。」
「そうだったの?それで・・・ヘンリーの具合はどうなの?」
やはりキャロルはヘンリーを心配している。
「それがね・・途中で先生が馬車に向かって駆けだしたから私は後から追いついたのよ。そうしたらすでに馬車の扉が閉じられていて、中で診察が始まっていたから、私は席に教室へ来たのよ。」
「まあ。そうだったの?」
「ええ・・いつもならヘンリーを待つところだったのだけど・・待たないで先に来てしまったわ。」
するとキャロルが言った。
「ええ、そうよ。それでいいのよテア。もう・・貴女はヘンリーから離れるべきよ。」
キャロルは真剣な目で私を見た―。
私は黒い皮のドクターズバッグを手にした医務室の先生をヘンリーが乗っている馬車が待機している場所まで連れてきた。けれどもどこにも馬車の姿はない。
「テア。ヘンリーの乗っている馬車はどれなんだい?」
医務室の先生が不思議そうに尋ねてきた。
「あら・・・変ですねえ・・。正門の脇に馬車を止めておいたはずなんですけど・・?」
きょろきょろ見渡していると。左側から大きな声が聞こえてきた。
「お嬢様ーっ!こちらですっ!」
振り返ると、そこには少し離れた場所にある大木の下で馬車を止めたヘンリーの御者が帽子を取って大きく腕を振っている様子が目に入った。
「あ、先生。あちらの馬車です。行きましょう。」
先生は黙ってうなずくと駆け足で馬車へ向かった。私はその後を歩いてついていく。
「ううう・・・。」
遅れて到着すると、馬車の中からヘンリーのうめき声が聞こえている。扉は閉められているが、多分中で治療が行われているのだろう。
そこへ御者が私にお礼を言ってきた。
「お嬢様、どうもありがとうございました。先生を連れて来て下さって。」
「いいのよ、お礼なんて。当然のことだもの。それにしても・・馬車を移動させたのね。」
「はい、ヘンリー様がここは暑いからどこか木陰に移動しろとおっしゃったので・・。」
「そうだったのね。」
そして馬車の方をチラリとみると御者に言った。
「私のカバンはまだ馬車の中よね?だからヘンリーの治療が終わるまでここで待たせてもらわ。」
今は治療中だろうから馬車の扉を開けることは出来ないだろうし・・。すると御者が言った。
「あ、それなら大丈夫です。俺が預かっていますから。」
そして彼は御者台に行くと、ハンドル付きのカバンを持ってきてくれた。
「こちらがお嬢様のカバンですよね?」
「まあ、ありがとう。貴方が私のカバンを預かってくれていたのね?」
左手で受け取るとお礼を言った。
「え、ええ・・・そ、そうですね・・。」
しかし、彼は何故か歯切れ悪く答える。
「それじゃ、私は先に教室へ行くからヘンリーに伝えておいてね?」
「え?先に行かれるのですか?ヘンリー様を待たないのですか?」
彼は驚いたように私を見た。
「え?ええ・・・。」
確かに今までの私ならヘンリーを待っていたかもしれない。だけど私はヘンリーによく思われていないことが分かったし、キャロルとヘンリーの恋を応援しようと決めたのだから、いつまでも許婚としてでしゃばるわけにはいかない。だから私は言った。
「ヘンリーは今日、いやいや私を屋敷迄迎えに来てくれたのだから、少しは解放してあげないと気の毒だもの。それじゃ、行ってきます。」
「あ、はい。行ってらっしゃいませ。」
私は御者に手を振ると教室へと向かった―。
****
誰一人学生がいない、シンと静まり返った教室が並ぶ廊下を歩き、私は自分のクラスの前で立ち止まった。入学2日目の1時限目はカリキュラムの説明の時間で、廊下の窓から教室を覗き込むと、全員真剣な顔で初老の男性教授の話を聞いている。
ス~・・
深呼吸して緊張を和らげると、私は教室のドアをガチャリと開けた。
すると一斉にクラス中の視線が私に集中する。その中で私はキャロルを見つけた。彼女はちいさく手招きをしている。
う・・き、緊張する・・・。
「どうしたんだね?君は・・遅刻かな?」
「はい、遅れて申し訳ござません。テア・シャルダンと言います。」
「ひょっとして・・その怪我が原因かね?遅れてきたのは?」
「いえ、違います。」
「フム・・分かった。では空いている席に座りなさい。」
教授はそれだけ言うと、また黒板の方に向き直った。学生たちも皆黒板に視線を移したけれども、キャロルだけは私の方を向いて手招きしている。そこで私は目立たないようにキャロルの傍へ行くと右隣にストンと座り、カバンをそっと椅子に下した。
「テア・・あまりにも遅いから心配してしまったわ。」
キャロルは小声で言う。
「ごめんなさいね。医務室の先生をヘンリーの馬車迄案内するのに時間がかかってしまったから。」
「そうだったの?それで・・・ヘンリーの具合はどうなの?」
やはりキャロルはヘンリーを心配している。
「それがね・・途中で先生が馬車に向かって駆けだしたから私は後から追いついたのよ。そうしたらすでに馬車の扉が閉じられていて、中で診察が始まっていたから、私は席に教室へ来たのよ。」
「まあ。そうだったの?」
「ええ・・いつもならヘンリーを待つところだったのだけど・・待たないで先に来てしまったわ。」
するとキャロルが言った。
「ええ、そうよ。それでいいのよテア。もう・・貴女はヘンリーから離れるべきよ。」
キャロルは真剣な目で私を見た―。
48
お気に入りに追加
3,580
あなたにおすすめの小説
愛しき冷血宰相へ別れの挨拶を
川上桃園
恋愛
「どうかもう私のことはお忘れください。閣下の幸せを、遠くから見守っております」
とある国で、宰相閣下が結婚するという新聞記事が出た。
これを見た地方官吏のコーデリアは突如、王都へ旅立った。亡き兄の友人であり、年上の想い人でもある「彼」に別れを告げるために。
だが目当ての宰相邸では使用人に追い返されて途方に暮れる。そこに出くわしたのは、彼と結婚するという噂の美しき令嬢の姿だった――。
これは、冷血宰相と呼ばれた彼の結婚を巡る、恋のから騒ぎ。最後はハッピーエンドで終わるめでたしめでたしのお話です。
完結まで執筆済み、毎日更新
もう少しだけお付き合いください
第22回書き出し祭り参加作品
2025.1.26 女性向けホトラン1位ありがとうございます
隣国でひっそりと子育てしている私のことを、執着心むき出しの初恋が追いかけてきます
鳴宮野々花@軍神騎士団長1月15日発売
恋愛
一夜の過ちだなんて思いたくない。私にとって彼とのあの夜は、人生で唯一の、最良の思い出なのだから。彼のおかげで、この子に会えた────
私、この子と生きていきますっ!!
シアーズ男爵家の末娘ティナレインは、男爵が隣国出身のメイドに手をつけてできた娘だった。ティナレインは隣国の一部の者が持つ魔力(治癒術)を微力ながら持っており、そのため男爵夫人に一層疎まれ、男爵家後継ぎの兄と、世渡り上手で気の強い姉の下で、影薄く過ごしていた。
幼いティナレインは、優しい侯爵家の子息セシルと親しくなっていくが、息子がティナレインに入れ込みすぎていることを嫌う侯爵夫人は、シアーズ男爵夫人に苦言を呈す。侯爵夫人の機嫌を損ねることが怖い義母から強く叱られ、ティナレインはセシルとの接触を禁止されてしまう。
時を経て、貴族学園で再会する二人。忘れられなかったティナへの想いが燃え上がるセシルは猛アタックするが、ティナは自分の想いを封じ込めるように、セシルを避ける。
やがてティナレインは、とある商会の成金経営者と婚約させられることとなり、学園を中退。想い合いながらも会うことすら叶わなくなった二人だが、ある夜偶然の再会を果たす。
それから数ヶ月。結婚を目前に控えたティナレインは、隣国へと逃げる決意をした。自分のお腹に宿っていることに気付いた、大切な我が子を守るために。
けれど、名を偽り可愛い我が子の子育てをしながら懸命に生きていたティナレインと、彼女を諦めきれないセシルは、ある日運命的な再会を果たし────
生まれ育った屋敷で冷遇され続けた挙げ句、最低な成金ジジイと結婚させられそうになったヒロインが、我が子を守るために全てを捨てて新しい人生を切り拓いていこうと奮闘する物語です。
※いつもの完全オリジナルファンタジー世界の物語です。全てがファンタジーです。
※この作品は小説家になろう、カクヨムにも投稿しています。
わたくし、残念ながらその書類にはサインしておりませんの。
朝霧心惺
恋愛
「リリーシア・ソフィア・リーラー。冷酷卑劣な守銭奴女め、今この瞬間を持って俺は、貴様との婚約を破棄する!!」
テオドール・ライリッヒ・クロイツ侯爵令息に高らかと告げられた言葉に、リリーシアは純白の髪を靡かせ高圧的に微笑みながら首を傾げる。
「誰と誰の婚約ですって?」
「俺と!お前のだよ!!」
怒り心頭のテオドールに向け、リリーシアは真実を告げる。
「わたくし、残念ながらその書類にはサインしておりませんの」
離縁してくださいと言ったら、大騒ぎになったのですが?
ネコ
恋愛
子爵令嬢レイラは北の領主グレアムと政略結婚をするも、彼が愛しているのは幼い頃から世話してきた従姉妹らしい。夫婦生活らしい交流すらなく、仕事と家事を押し付けられるばかり。ある日、従姉妹とグレアムの微妙な関係を目撃し、全てを諦める。
出世のために結婚した夫から「好きな人ができたから別れてほしい」と言われたのですが~その好きな人って変装したわたしでは?
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
古代魔法を専門とする魔法研究者のアンヌッカは、家族と研究所を守るために軍人のライオネルと結婚をする。
ライオネルもまた昇進のために結婚をしなければならず、国王からの命令ということもあり結婚を渋々と引き受ける。
しかし、愛のない結婚をした二人は結婚式当日すら顔を合わせることなく、そのまま離れて暮らすこととなった。
ある日、アンヌッカの父が所長を務める魔法研究所に軍から古代文字で書かれた魔導書の解読依頼が届く。
それは禁帯本で持ち出し不可のため、軍施設に研究者を派遣してほしいという依頼だ。
この依頼に対応できるのは研究所のなかでもアンヌッカしかいない。
しかし軍人の妻が軍に派遣されて働くというのは体裁が悪いし何よりも会ったことのない夫が反対するかもしれない。
そう思ったアンヌッカたちは、アンヌッカを親戚の娘のカタリーナとして軍に送り込んだ――。
素性を隠したまま働く妻に、知らぬ間に惹かれていく(恋愛にはぽんこつ)夫とのラブコメディ。
「わかれよう」そうおっしゃったのはあなたの方だったのに。
友坂 悠
恋愛
侯爵夫人のマリエルは、夫のジュリウスから一年後の離縁を提案される。
あと一年白い結婚を続ければ、世間体を気にせず離婚できるから、と。
ジュリウスにとっては亡き父が進めた政略結婚、侯爵位を継いだ今、それを解消したいと思っていたのだった。
「君にだってきっと本当に好きな人が現れるさ。私は元々こうした政略婚は嫌いだったんだ。父に逆らうことができず君を娶ってしまったことは本当に後悔している。だからさ、一年後には離婚をして、第二の人生をちゃんと歩んでいくべきだと思うんだよ。お互いにね」
「わかりました……」
「私は君を解放してあげたいんだ。君が幸せになるために」
そうおっしゃるジュリウスに、逆らうこともできず受け入れるマリエルだったけれど……。
勘違い、すれ違いな夫婦の恋。
前半はヒロイン、中盤はヒーロー視点でお贈りします。
四万字ほどの中編。お楽しみいただけたらうれしいです。
私が愛する王子様は、幼馴染を側妃に迎えるそうです
こことっと
恋愛
それは奇跡のような告白でした。
まさか王子様が、社交会から逃げ出した私を探しだし妃に選んでくれたのです。
幸せな結婚生活を迎え3年、私は幸せなのに不安から逃れられずにいました。
「子供が欲しいの」
「ごめんね。 もう少しだけ待って。 今は仕事が凄く楽しいんだ」
それから間もなく……彼は、彼の幼馴染を側妃に迎えると告げたのです。
兄にいらないと言われたので勝手に幸せになります
毒島醜女
恋愛
モラハラ兄に追い出された先で待っていたのは、甘く幸せな生活でした。
侯爵令嬢ライラ・コーデルは、実家が平民出の聖女ミミを養子に迎えてから実の兄デイヴィッドから冷遇されていた。
家でも学園でも、デビュタントでも、兄はいつもミミを最優先する。
友人である王太子たちと一緒にミミを持ち上げてはライラを貶めている始末だ。
「ミミみたいな可愛い妹が欲しかった」
挙句の果てには兄が婚約を破棄した辺境伯家の元へ代わりに嫁がされることになった。
ベミリオン辺境伯の一家はそんなライラを温かく迎えてくれた。
「あなたの笑顔は、どんな宝石や星よりも綺麗に輝いています!」
兄の元婚約者の弟、ヒューゴは不器用ながらも優しい愛情をライラに与え、甘いお菓子で癒してくれた。
ライラは次第に笑顔を取り戻し、ベミリオン家で幸せになっていく。
王都で聖女が起こした騒動も知らずに……
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる