嫌われた令嬢、ヒルダ・フィールズは終止符を打つ

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第7章 23 擦れ違う心

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  午後4時―

宗教画を観た後、ノワールはヒルダを連れてアパートメントに戻ってきた。

「ヒルダ、今夜はカミラが帰宅したら3人で食事に行こう」

「え…?」

薪ストーブに火を入れていたヒルダがノワールを見た。

「食事にですか…?」

「ああ、そうだ」

カミラが仕事の日はヒルダが食事を作る当番である事をノワールは知っていた。

(だが…今のヒルダには恐らく食事を作る気力すら残っていないだろう。それに…何故かすごく嫌な予感がする。絶対に1人にしてはいけない…!)

ノワールは子供の頃から非常に勘が優れていた。テストで山を張れば大抵当たったし、どのような作品を書けば読者に受けるか…そのような勘にも優れていたのだ。そして今はすっかり弱り切ったヒルダを目の当たりにして、言い知れぬ嫌な予感を抱いていたのだった。

「どうぞ…」

ヒルダは沸かした湯でノワールに紅茶を淹れるとテーブルの上に置いた。

「ああ、ありがとう…」

そして自分の分の紅茶も淹れると、そのまま力なく座り込んでしまった。


カチコチカチコチ…

時計の音だけが静かな部屋に響き渡っている。ヒルダもノワールも黙って紅茶を飲んでいた。ヒルダの傍にいなければと思う反面、今のヒルダにかける言葉が見つからない。幼少期から人づきあいが苦手で本の世界に没頭していた為に、ノワールは人に寄り添う事が苦手だったのだ。それが例え、自分の好きな女性だろうと―。

(俺がもう少し気の利く男だったら…こういう場合、エドガーなら何と声を掛けていた…?)

しかし、いくら考えてもノワールにはうまい言葉が見つからずにいた。

「ヒルダ…俺は…傷ついたお前に何をしてやればいい…?」

とうとうノワールはヒルダに直接尋ねる事にした。

「え…?」

ヒルダは目を見開いてノワールを見た。

「…俺はこの通り…愛想もないし、気の利いた言葉を掛ける事も出来ない男だ。だからこそ、教えてもらいたい。こういう時、どんな言葉なら…ヒルダを慰める事が出来る…?」

ノワールは苦し気にヒルダに尋ねた。

「…」

ヒルダはじっとノワールを見つめていたが…静かに言った。

「…私なら大丈夫ですから…どうかお気になさらないでください」

それはノワールが一番聞きたくない言葉っだった。

「だが、ヒルダ…」

(何故だ?何故ヒルダは…俺に助けを求めないだ?やはり俺ではヒルダを慰める事は出来ないのだろうか…?)

「ノワール様…お忙しいのではありませんか?今も小説の執筆中なのですよね?」

「あ、ああ。そうだが…」

「なら、もうどうぞお帰り下さい。私なら大丈夫ですので。本日は…私の為にお付き合い頂き、ありがとうございました…」

ヒルダは今にも消え入りそうな声でノワールに頭を下げた。

(何を言っているんだ?そんな青ざめた顔で…どこが大丈夫だというのだ?)

だからノワールは首を振った。

「いいや執筆活動なら、ここででも出来る。それに俺はカミラに伝えなければならないことがあるからな…カミラが帰宅するまで俺は帰らないと決めたからな」

「ノワール様‥」

本当はヒルダは放っておいて貰いたかった。1人になって…涙が出なくなるまで泣きたかった。だがノワールはエドガーの兄である。もし自分が悲しめばノワールは責任を感じてしまうだろう…。

そんなヒルダの心の内を知らず、2人の心は擦れ違ったまま…ゆっくりと時間は通り過ぎて行った―。


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