嫌われた令嬢、ヒルダ・フィールズは終止符を打つ

結城芙由奈@2/28コミカライズ発売

文字の大きさ
上 下
522 / 566

第7章 17 別れの手紙 2

しおりを挟む
 その頃―

 エドガーはアンナと一緒に汽車に乗っていた。2人がいる最後部車両は特別車両である。車内は扉で仕切られ、完全な個室状態となっていた。座席はベッドにもする事が出来る、まさに特別車両だった。そして今、ベッドの上では疲れ切ったアンナが静かに眠っていた。

「…」

エドガーはそんなアンナを少しの間、見守っていたがやがて無言で席を立ち…そっと扉を開けると特別車両を出て、車内の外へ出た。
車外に出たエドガーは手摺につかまり、冷たい風が吹きすさぶ中、ヒルダの住む町からグングン遠ざかっていく景色を1人悲しい瞳で見つめていた。自然と手摺を握りしめる手に力がこもる。

やがて…エドガーの目から涙が溢れて来た。

「…クッ…」

涙を止めようにも悲しみが込み上げて来て止まらない。やがてエドガーの口から嗚咽が漏れ出した。

「ウッ…ヒ・ヒルダ…ヒルダ…」

世界中で一番愛するヒルダの名を呼ぶだけでエドガーの胸は張り裂けそうだった。目を閉じれば美しいヒルダが優しく微笑み、自分を見つめてくれる姿が鮮明に蘇って来る。穏やかで心優しいこの世で唯一無二の女性。

(ヒルダ…ずっと…ずっと側にいたかった。ようやく俺の気持ちが通じたと思っていたのに…こんな事になるなんて…。もう…二度と会えないなんて…っ!)

「ヒルダ…許してくれ…」

エドガーの涙はとどまるところを知らなかった…。



そんなエドガーの後姿を見守る人影。

「エドガー様…」

その人影はアンナだった。
手摺に掴まり、泣き崩れる後ろ姿を…さっきまで眠っていたはずのアンナが悲し気な目で見つめている。
エドガーはアンナに見られていると言う事に気付く事も無く、涙が枯れ果てるまで泣き続けるのだった―。



****

(こ、これは…お兄様からの手紙…!)

「ノワール様は…このお手紙を…読まれたのですか…?」

震える声でヒルダは尋ねた。

「まさか!読む筈が無いだろう?この手紙は…エドガーからヒルダへ宛てられて書いた手紙なのだから」

ノワールは首を振った。

「…そうですね…。で、では…読みます…」

本当は手紙を読みたくは無かった。ノワールの話から、自分がエドガーに捨てられてしまったのはゆるぎない事実であるのは分り切っていたからだ。今更事実を知って何になるというのだ。しかし、それでもエドガーの身に何が起こったかは知りたい気持ちの方がずっと勝っていた。
ヒルダは相反する気持ちと葛藤しながら、封筒を開封し、2つ折りになっている手紙を開いて、目を通し始めた―。


****

『愛するヒルダへ』

 ヒルダ、こんな事になって本当にすまない。でもどうか信じて欲しい。別れ際に言った言葉は俺の嘘偽りない本心だ。ヒルダの事を愛していたし、恋人同士になりたいと心の底から願っていた。少なくともあの時までは…。でもまさか帰宅してみるとアンナ嬢が俺を訪ねてきているとは思いもしなかった。そして彼女が不遇な目に遭っていたということも。

 つい最近の出来事だ。アンナ嬢の両親が彼女の留学先の国に向かう途中、蒸気船の事故で亡くなったそうだ。そしてその蒸気船にはアンナと親しくしていたジャンという少年も乗り合わせていた。彼はアンナ嬢の両親を迎えに行く為に一緒に船に乗り合わせ…沈没事故に巻き込まれて亡くなってしまった。両親を一度に亡くしてしまったアンナ嬢には後見人が必要で、新たに後見人になったのは彼女の父親の弟だった。後見人となった叔父は権力を行使して、無理やりアンナ嬢を年上の老人に嫁がせようとしていた。彼女は結婚を激しく拒否すると後見人が言ったそうだ。それならば代わりの結婚相手を連れてくれば家督も譲るし、屋敷も返すと約束したらしい。そしてアンナ嬢は俺との結婚を望み、必死になって俺の行方を探し出し…ようやく訪ね当てて来たそうだ。

だから…すまない、ヒルダ。
元々俺とアンナ嬢は婚約者同士だったが、俺がヒルダを愛していることに気付き、自分から身をひいてくれた。けれど、再び俺を求めてはるばる海を越えて助けを求めて尋ねて来たアンナ嬢をどうしても見捨てる事が出来なかった。
許してくれとは言わない。俺を恨んでくれても構わない。
愛していると言っておきながら…ヒルダの元を去るのだから、我ながら本当に最低な人間だと思っている。

さよなら、ヒルダ。

どうかいつまでも元気で。

例え何所にいても…遠い空の下でヒルダの幸せを心からずっと祈っている。

エドガー

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】 悪役令嬢が死ぬまでにしたい10のこと

淡麗 マナ
恋愛
2022/04/07 小説ホットランキング女性向け1位に入ることができました。皆様の応援のおかげです。ありがとうございます。 第3回 一二三書房WEB小説大賞の最終選考作品です。(5,668作品のなかで45作品) ※コメント欄でネタバレしています。私のミスです。ネタバレしたくない方は読み終わったあとにコメントをご覧ください。 原因不明の病により、余命3ヶ月と診断された公爵令嬢のフェイト・アシュフォード。 よりによって今日は、王太子殿下とフェイトの婚約が発表されるパーティの日。 王太子殿下のことを考えれば、わたくしは身を引いたほうが良い。 どうやって婚約をお断りしようかと考えていると、王太子殿下の横には容姿端麗の女性が。逆に婚約破棄されて傷心するフェイト。 家に帰り、一冊の本をとりだす。それはフェイトが敬愛する、悪役令嬢とよばれた公爵令嬢ヴァイオレットが活躍する物語。そのなかに、【死ぬまでにしたい10のこと】を決める描写があり、フェイトはそれを真似してリストを作り、生きる指針とする。 1.余命のことは絶対にだれにも知られないこと。 2.悪役令嬢ヴァイオレットになりきる。あえて人から嫌われることで、自分が死んだ時の悲しみを減らす。(これは実行できなくて、後で変更することになる) 3.必ず病気の原因を突き止め、治療法を見つけだし、他の人が病気にならないようにする。 4.ノブレス・オブリージュ 公爵令嬢としての責務をいつもどおり果たす。 5.お父様と弟の問題を解決する。 それと、目に入れても痛くない、白蛇のイタムの新しい飼い主を探さねばなりませんし、恋……というものもしてみたいし、矛盾していますけれど、友達も欲しい。etc. リストに従い、持ち前の執務能力、するどい観察眼を持って、人々の問題や悩みを解決していくフェイト。 ただし、悪役令嬢の振りをして、人から嫌われることは上手くいかない。逆に好かれてしまう! では、リストを変更しよう。わたくしの身代わりを立て、遠くに嫁いでもらうのはどうでしょう? たとえ失敗しても10のリストを修正し、最善を尽くすフェイト。 これはフェイトが、余命3ヶ月で10のしたいことを実行する物語。皆を自らの死によって悲しませない為に足掻き、運命に立ち向かう、逆転劇。 【注意点】 恋愛要素は弱め。 設定はかなりゆるめに作っています。 1人か、2人、苛立つキャラクターが出てくると思いますが、爽快なざまぁはありません。 2章以降だいぶ殺伐として、不穏な感じになりますので、合わないと思ったら辞めることをお勧めします。

記憶を失くした彼女の手紙 消えてしまった完璧な令嬢と、王子の遅すぎた後悔の話

甘糖むい
恋愛
婚約者であるシェルニア公爵令嬢が記憶喪失となった。 王子はひっそりと喜んだ。これで愛するクロエ男爵令嬢と堂々と結婚できると。 その時、王子の元に一通の手紙が届いた。 そこに書かれていたのは3つの願いと1つの真実。 王子は絶望感に苛まれ後悔をする。

婚約破棄されたい公爵令息は、子供のふりをしているけれど心の声はとても優しい人でした

三月叶姫
恋愛
北の辺境伯の娘、レイナは婚約者であるヴィンセント公爵令息と、王宮で開かれる建国記念パーティーへ出席することになっている。 その為に王都までやってきたレイナの前で、ヴィンセントはさっそく派手に転げてみせた。その姿はよく転ぶ幼い子供そのもので。 彼は二年前、不慮の事故により子供返りしてしまったのだ――というのは本人の自作自演。 なぜかヴィンセントの心の声が聞こえるレイナは、彼が子供を演じている事を知ってしまう。 そして彼が重度の女嫌いで、レイナの方から婚約破棄させようと目論んでいる事も。 必死に情けない姿を見せつけてくる彼の心の声は意外と優しく、そんな彼にレイナは少しずつ惹かれていった。 だが、王宮のパーティーは案の定、予想外の展開の連続で……? ※設定緩めです ※他投稿サイトにも掲載しております

大好きなあなたを忘れる方法

山田ランチ
恋愛
あらすじ  王子と婚約関係にある侯爵令嬢のメリベルは、訳あってずっと秘密の婚約者のままにされていた。学園へ入学してすぐ、メリベルの魔廻が(魔術を使う為の魔素を貯めておく器官)が限界を向かえようとしている事に気が付いた大魔術師は、魔廻を小さくする事を提案する。その方法は、魔素が好むという悲しい記憶を失くしていくものだった。悲しい記憶を引っ張り出しては消していくという日々を過ごすうち、徐々に王子との記憶を失くしていくメリベル。そんな中、魔廻を奪う謎の者達に大魔術師とメリベルが襲われてしまう。  魔廻を奪おうとする者達は何者なのか。王子との婚約が隠されている訳と、重大な秘密を抱える大魔術師の正体が、メリベルの記憶に導かれ、やがて世界の始まりへと繋がっていく。 登場人物 ・メリベル・アークトュラス 17歳、アークトゥラス侯爵の一人娘。ジャスパーの婚約者。 ・ジャスパー・オリオン 17歳、第一王子。メリベルの婚約者。 ・イーライ 学園の園芸員。 クレイシー・クレリック 17歳、クレリック侯爵の一人娘。 ・リーヴァイ・ブルーマー 18歳、ブルーマー子爵家の嫡男でジャスパーの側近。 ・アイザック・スチュアート 17歳、スチュアート侯爵の嫡男でジャスパーの側近。 ・ノア・ワード 18歳、ワード騎士団長の息子でジャスパーの従騎士。 ・シア・ガイザー 17歳、ガイザー男爵の娘でメリベルの友人。 ・マイロ 17歳、メリベルの友人。 魔素→世界に漂っている物質。触れれば精神を侵され、生き物は主に凶暴化し魔獣となる。 魔廻→体内にある魔廻(まかい)と呼ばれる器官、魔素を取り込み貯める事が出来る。魔術師はこの器官がある事が必須。 ソル神とルナ神→太陽と月の男女神が魔素で満ちた混沌の大地に現れ、世界を二つに分けて浄化した。ソル神は昼間を、ルナ神は夜を受け持った。

完結)余りもの同士、仲よくしましょう

オリハルコン陸
恋愛
婚約者に振られた。 「運命の人」に出会ってしまったのだと。 正式な書状により婚約は解消された…。 婚約者に振られた女が、同じく婚約者に振られた男と婚約して幸せになるお話。 ◇ ◇ ◇ (ほとんど本編に出てこない)登場人物名 ミシュリア(ミシュ): 主人公 ジェイソン・オーキッド(ジェイ): 主人公の新しい婚約者

【完結】どうやら私は婚約破棄されるそうです。その前に舞台から消えたいと思います

りまり
恋愛
 私の名前はアリスと言います。  伯爵家の娘ですが、今度妹ができるそうです。  母を亡くしてはや五年私も十歳になりましたし、いい加減お父様にもと思った時に後妻さんがいらっしゃったのです。  その方にも九歳になる娘がいるのですがとてもかわいいのです。  でもその方たちの名前を聞いた時ショックでした。  毎日見る夢に出てくる方だったのです。

【完結】悪役令嬢は婚約者を差し上げたい

三谷朱花
恋愛
アリス・デッセ侯爵令嬢と婚約者であるハース・マーヴィン侯爵令息の出会いは最悪だった。 そして、学園の食堂で、アリスは、「ハース様を解放して欲しい」というメルル・アーディン侯爵令嬢の言葉に、頷こうとした。

婚約破棄してくださって結構です

二位関りをん
恋愛
伯爵家の令嬢イヴには同じく伯爵家令息のバトラーという婚約者がいる。しかしバトラーにはユミアという子爵令嬢がいつもべったりくっついており、イヴよりもユミアを優先している。そんなイヴを公爵家次期当主のコーディが優しく包み込む……。 ※表紙にはAIピクターズで生成した画像を使用しています

処理中です...