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第1章 18 見られた場面
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夜8時―
誰もいない広々としたホールに明かりがともされた。ここはパーティルームに使用される部屋で、滅多に使われる事は無い。
今、ヒルダとエドガーは2人きりでホールにやってきていた。約束通り、ここで一緒にダンスを踊る為だ。
「お兄様。音楽はどうするのですか?」
「大丈夫、レコードがあるさ」
エドガーは木箱の中から蓄音機を取り出すと言った。そしてテーブルの上に置くと今度はホールの壁際に立てかけられた本棚からレコードを探し出始めた。
「…」
少しの間、真剣にレコードを探していたエドガーだったが、やがて1枚のレコードを探し当てた。
「よし…これにするか」
エドガーが選んだのはゆったりしたワルツの音楽だった。アルバムケースからレコードを取り出すと、蓄音機の上に乗せて針をそっと下ろす。すると音楽が鳴りだした。エドガーはヒルダに近付くと、右手を差し出すと言った。
「ヒルダ、私と踊って頂けますか?」
「はい…お兄様」
ヒルダはおずおずと左手を差し出すと、ギュッとその手は力強く握りしめられた―。
****
今、ヒルダとエドガーはぴったり寄り添ってダンスを踊っていた。今夜は2人だけのダンスパーティーだった。
エドガーは今最高に幸せを感じていた。細く、柔らかなヒルダが自分に身体をぴったりとくっつけ、ゆったりしたステップを踏んでいる。まるで夢のような時間だった。
ヒルダの髪から香る薔薇のような甘い香りがエドガーの鼻腔をくすぐる。思わずヒルダを抱き寄せる力が強まり、繋いだ手に力を込めた時…。
「お、お兄様…苦しいです‥」
ヒルダの言葉にエドガーはハッとなった。
「す、すまない!つい…大丈夫だったか?」
慌てて力を緩めると、ヒルダは顔を上げて笑みを浮かべると言った。
「はい、大丈夫です」
「そうか…」
エドガーは小さく頷いた。
(危ない所だった…危うく理性を失う処だった…)
そしてエドガーは思った。もし、今ヒルダに愛を告白したらどうなるだろう‥と…。
「ヒ…」
名前を呼びかけた時。不意にヒルダが言った。
「ルドルフとは…」
不意にヒルダが言った。
「どうした?」
ルドルフの話がヒルダの口から出て来たのでエドガーは焦った。
「いえ。ルドルフとはこんな風に一度もダンスを踊った事が無かったと思って…」
「そうだったのか…」
エドガーの胸は痛んだ。やはりいまだにヒルダの心の中に住み着いているのはルドルフなのかと思うとやるせなかった。
「そう言えばお兄様」
不意にヒルダが何かを思い出したかのように声を掛けて来た。
「何だ?」
「アンナ様とはこんな風に踊った事があるのですか?」
「あ…。」
突然アンナの事が話題に上り、エドガーはドキリとした。
「あ、アンナとは…」
「すみません、アンナ様とは踊った事があって当然ですよね。何と言ってもお2人は結婚されるのですから」
笑みを浮かべて自分を見つめるヒルダを見ていると、エドガーはアンナとの事を伝えたくなってしまった。婚約破棄をしたいと告げられている事を…。
「ヒルダ、聞いてくれるか‥?」
突然ピタリとエドガーがステップの足を止めた。丁度タイミングよくレコードも鳴り終え、ホールにエドガーの声が響き渡る。
「お兄様…?」
「実は…アンナ嬢からは…婚約を破棄したいと言われているんだ…」
「え…?」
ヒルダは驚いてエドガーを見上げた、その時―。
「2人共、何をしているっ!!」
突然ホールに父、ハリスの声が響き渡った。その声にエドガーはビクリとなり、ヒルダから身体を離した。
「ヒルダ。エドガーから離れるんだ」
「…?」
何も訳が分からないヒルダはエドガーから離れると父、ハリスを見た。
「…」
一方のエドガーはバツが悪そうに視線を逸らせている。
「エドガー。どういう事だ?アンナ嬢から婚約を破棄したいと言われているとは」
「…」
エドガーは答える事が出来なかった。
プツッ
プツッ
プツッ…
ホールには蓄音機の止まった音が小さく響き渡っていた―。
誰もいない広々としたホールに明かりがともされた。ここはパーティルームに使用される部屋で、滅多に使われる事は無い。
今、ヒルダとエドガーは2人きりでホールにやってきていた。約束通り、ここで一緒にダンスを踊る為だ。
「お兄様。音楽はどうするのですか?」
「大丈夫、レコードがあるさ」
エドガーは木箱の中から蓄音機を取り出すと言った。そしてテーブルの上に置くと今度はホールの壁際に立てかけられた本棚からレコードを探し出始めた。
「…」
少しの間、真剣にレコードを探していたエドガーだったが、やがて1枚のレコードを探し当てた。
「よし…これにするか」
エドガーが選んだのはゆったりしたワルツの音楽だった。アルバムケースからレコードを取り出すと、蓄音機の上に乗せて針をそっと下ろす。すると音楽が鳴りだした。エドガーはヒルダに近付くと、右手を差し出すと言った。
「ヒルダ、私と踊って頂けますか?」
「はい…お兄様」
ヒルダはおずおずと左手を差し出すと、ギュッとその手は力強く握りしめられた―。
****
今、ヒルダとエドガーはぴったり寄り添ってダンスを踊っていた。今夜は2人だけのダンスパーティーだった。
エドガーは今最高に幸せを感じていた。細く、柔らかなヒルダが自分に身体をぴったりとくっつけ、ゆったりしたステップを踏んでいる。まるで夢のような時間だった。
ヒルダの髪から香る薔薇のような甘い香りがエドガーの鼻腔をくすぐる。思わずヒルダを抱き寄せる力が強まり、繋いだ手に力を込めた時…。
「お、お兄様…苦しいです‥」
ヒルダの言葉にエドガーはハッとなった。
「す、すまない!つい…大丈夫だったか?」
慌てて力を緩めると、ヒルダは顔を上げて笑みを浮かべると言った。
「はい、大丈夫です」
「そうか…」
エドガーは小さく頷いた。
(危ない所だった…危うく理性を失う処だった…)
そしてエドガーは思った。もし、今ヒルダに愛を告白したらどうなるだろう‥と…。
「ヒ…」
名前を呼びかけた時。不意にヒルダが言った。
「ルドルフとは…」
不意にヒルダが言った。
「どうした?」
ルドルフの話がヒルダの口から出て来たのでエドガーは焦った。
「いえ。ルドルフとはこんな風に一度もダンスを踊った事が無かったと思って…」
「そうだったのか…」
エドガーの胸は痛んだ。やはりいまだにヒルダの心の中に住み着いているのはルドルフなのかと思うとやるせなかった。
「そう言えばお兄様」
不意にヒルダが何かを思い出したかのように声を掛けて来た。
「何だ?」
「アンナ様とはこんな風に踊った事があるのですか?」
「あ…。」
突然アンナの事が話題に上り、エドガーはドキリとした。
「あ、アンナとは…」
「すみません、アンナ様とは踊った事があって当然ですよね。何と言ってもお2人は結婚されるのですから」
笑みを浮かべて自分を見つめるヒルダを見ていると、エドガーはアンナとの事を伝えたくなってしまった。婚約破棄をしたいと告げられている事を…。
「ヒルダ、聞いてくれるか‥?」
突然ピタリとエドガーがステップの足を止めた。丁度タイミングよくレコードも鳴り終え、ホールにエドガーの声が響き渡る。
「お兄様…?」
「実は…アンナ嬢からは…婚約を破棄したいと言われているんだ…」
「え…?」
ヒルダは驚いてエドガーを見上げた、その時―。
「2人共、何をしているっ!!」
突然ホールに父、ハリスの声が響き渡った。その声にエドガーはビクリとなり、ヒルダから身体を離した。
「ヒルダ。エドガーから離れるんだ」
「…?」
何も訳が分からないヒルダはエドガーから離れると父、ハリスを見た。
「…」
一方のエドガーはバツが悪そうに視線を逸らせている。
「エドガー。どういう事だ?アンナ嬢から婚約を破棄したいと言われているとは」
「…」
エドガーは答える事が出来なかった。
プツッ
プツッ
プツッ…
ホールには蓄音機の止まった音が小さく響き渡っていた―。
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