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第5章 13 それぞれのクリスマス 9

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 午後10時―

 ここはアンナの住む邸宅である。アンナの屋敷にはクリスマスを祝う人々が大勢集まっていた。

「エドガー様…どこにいるのかしら?」

アンナはパーティー会場の中をキョロキョロとエドガーの姿を求めて探し回っていたが、人が多すぎて見つけられない。

「折角この日の為にドレスを新調したから早く見せたいのに…」

アンナは自分の着ている真っ赤なパーティードレスに触れながらため息をついた。胸元にパールを縫い付けたベルベットのふんわりした裾にフリルをふんだんにあしらったパーティードレスは地元の有名デザイナーがデザインしたアンナの為だけのドレスだった。お披露目するのは今日が初めてである。

「真っ先にエドガー様に見て貰いたかったのに…」

アンナは溜息をついた―。


 アンナはエドガーと一緒に屋敷へ戻ると、すぐに両親が出迎えてくれた。そして母はアンナにすぐに部屋へ戻りパーティドレスに着替えてくるように命じたのだ。本当はエドガーと一緒に部屋へ行き、着替え終わるまで別室で待っていて貰いたかった。
エドガーにエスコートして貰い、パーティ会場に現れたかったのだ。


「あれ、アンナじゃないか?」

エドガーを会場で探していると、不意に背後から声を掛けられた。

「え?」

振り向くと、そこに立っていたのはアンナと同い年の遠縁の少年だった。少年は紺色のスーツを着用していた。

「何よ、ジャン。貴方もここに来ていたのね?」

アンナはふてくされたような顔でジャンを見た。ジャンと呼ばれた、アンナと同じく黒髪の少年は腕組みすると言った。

「当り前だろ?父さんも来ているんだから。今日はアンナの父さんから大事な発表があるって聞かされたからやってきたんだよ」

「大事な発表…?」

アンナは首を傾げた。

「なぁ、それよりアンナの婚約者の男って何所にいるんだよ。」

ジャンは好奇心いっぱいの目でアンナに尋ねて来た。

「何処かにいるはずよ。だって一緒に帰って来たんだもの」

「何?2人で何処かに行ってたのか?」

「ええ。一緒にクリスマス礼拝に行って来たのよ」

「え!俺が誘った時は断ったくせに!婚約者と一緒に礼拝に行って来たのか?!」

「そうよ。どうして貴方と一緒に行かなくちゃいけないのよ。彼は婚約者なのよ?」

「そんなに婚約者がいいのかよ」

ジャンは腕組みしながら機嫌悪そうにアンナを見た。

「当り前でしょう?とても優しいし‥‥ジャンとは全然違うわ」

アンナはジャンが昔から苦手だった。いつもジャンには大嫌いな虫を投げつけられたり、本に落書きされたりと嫌な目に沢山あわされてきたからだ。最近になって嫌がらせはしなくなってきたが、それでも苦手な事に変わりない。

(エドガー様とは全然違うわ…。彼はずっと大人だもの)

「…っ!だ、だけどその婚約者はお前をパーティ会場でこうやって放っているんだろう?」

「違うわっ!お母様に引き離されちゃったのよ。着替えてくるように言われたから!それで、先にここへ来たエドガー様を探しに来たんだから」

「なら俺も探すの手伝ってやる!」

ジャンは突然アンナの手を掴むと歩き始め…足を止めて振り返った。

「…ところで、お前の婚約者って…どんな顔してるんだ?」

「ジャン…」

アンナは頭を押さえてため息をついた―。



 その頃、エドガーは集まった同年代の子息たちと話をしていた。

「エドガー、君がパーティーに参加するなんて珍しいじゃないか?」

「いや、当り前だろう?このパーティーの主催者はエドガーの婚約者の父親なんだぞ?」

「確か、まだ15歳の少女だったよな?」

皆エドガーの婚約者に興味津々だったが、エドガーは殆ど彼らの話を聞いていなかった。何故なら頭の中はヒルダの事で一杯だったからである。

(ヒルダ…大丈夫だっただろうか…)

エドガーにはとてもではないが、このパーティーの騒ぎを受け入れがたかった。楽しむ心境にはなれなかったのだ。
冷めた気持ちでワインを飲んでいると、不意に1人の子息がエドガーに話しかけてきた。

「そう言えば、エドガー。君には血の繋がらない妹がいたよな?」

「あ!噂に聞いたことがあるぞ?ずっと何処か都会へ行っていたけど、今は戻って来てるんだよな?」

「ああ。確か絶世の美少女なんて言われているそうじゃないか?」

彼らがヒルダに興味を持ち始め、エドガーはイライラが募って来た。何しろここにいる子息たちはあまり女性に対していい噂が無かったからだ。

「エドガー、君の妹を俺達に紹介してくれよ」

エドガーの眉がピクリと上がった。

(何だって…?ヒルダを紹介しろだって…?)

「確か噂で聞いたんだ。婚約者が死んでしまったって…俺達が慰めてあげたいんだよ」

「へぇ~…薄幸の美少女かぁ…いいね」

彼らはヒルダの話で盛り上がり始めた。それがエドガーには我慢できなかった。

「それでいつ会わせてくれる?出来ればデートさせて貰いたいな」

ビクッ!

エドガーの肩が跳ねる。

「俺の妹に…ヒルダに手を出すな!」

ついに1人の子息の言葉にエドガーが激高した―。


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