上 下
153 / 566

第5章 4 ヒルダの夏休み ③

しおりを挟む
 夏季休暇も2カ月目に入った。今日はヒルダがフランシス達とマイクの別荘へ遊びに行く日である。

「ヒルダ様、それでは行ってらっしゃいませ。」

ボストンバックを持って玄関に立っているヒルダにカミラは言った。

「ええ、行ってきます。でも・・カミラに悪いわ。私ばかり夏季休暇を楽しんで・・。」

ヒルダは申し訳なさそうに言う。

「何をおっしゃっているのですか。私は8月に2週間お休みをいただくことになっているので大丈夫ですよ。どうかお気になさらないで下さい。」

カミラは笑顔で言う。

「分かったわ、8月のお休みはカミラはゆっくり休んでいてね。それじゃ行ってきます。」

ヒルダはカミラに手を振ると玄関を出て行った。
アパートメントの階段を下りて、メインストリートに出てきたヒルダは真っ白な帽子を目深にかぶり、太陽を仰ぎ見た。真夏の太陽はまぶしく、空は雲一つない快晴で時折上空をカモメやウミネコが飛んでいる。

ポーッ・・・・・・。

港からは風に乗って蒸気船の音が『ロータス』の町に響き渡っている。通りではヒルダの様に大きな旅行鞄を下げた人々が港を目指して楽し気に歩いている。

(皆、夏のバカンスを楽しみに行くのね・・・・。)

その時、ヒルダの目に前方を歩く家族連れが目に入った。両親に囲まれてヒルダと同じ年代の少女が父親と楽し気に会話をしながら旅行鞄を持って港へ向かっている。
ヒルダの胸に『カウベリー』にいる父ハリスと母マーガレットの事が思い出された。

(お父様・・・お母様・・・。)

あの自然に囲まれた美しい農村地帯、『カウベリー』で両親と暮らした穏やかで何不自由なく幸せに暮らしていた懐かしい日々がヒルダの脳裏に蘇ってくる。
だが、その日々がヒルダに戻ってくることは・・・もう二度とない。自分からその幸せを手放してしまったのだ。

(駄目よ・・・もう思い出しては・・。私は全てを捨てて、ここで生きていくと決めたんだから。過去を振り返っても、もう遅いのだから・・・。」

そしてヒルダは故郷への思いを振り切り、前を向いて港を目指して歩き始めた―。



 港へ着くと、既にヒルダ以外の少年少女たちは波止場の前で待っていた。

「ヒルダーッ!」

ヒルダを見つけていち早く駆けつけてきたのは、やはりステラだった。

「おはよう、ヒルダ。」

息を切らせながら駆け寄ってきたステラの後をエミリーも追いついて来る。

「良かった、ヒルダが今日旅行に来てくれて。」

エミリーは笑顔で言う。

「おはよう、ステラ。エミリー。」

ヒルダは2人に挨拶をすると、エミリーが手を出してきた。

「何?エミリー。」

ヒルダが首をかしげるとエミリーは言った。

「ヒルダ、荷物持ってあげる。皆の所へ行きましょう。」

エミリーが指さした先には、フランシス、マイク、カイン、ルイスの4人の少年たちが両手を大きく振っている。フランシスに至っては帽子を取って腕を振っていた。

「全くフランシス達ったら・・・皆ヒルダが一緒に行くから嬉しくて仕方がないのよ。」

ステラが腕組みをしながらブツブツ言っている。

「アハハハ・・・あの人達、皆ヒルダが大好きだから。」

エミリーは快活そうに笑いながら言う。

「でも、ステラやエミリーの事もフランシス達は好きなはずよ。」

ヒルダの言葉にステラは言った。

「まあそうかもね~。私たちは皆熱い友情で結ばれているからね。さ、ヒルダ行きましょう?」

ステラが手を伸ばしてきたので、ヒルダは自然にその手を繋いだ。

(そうよ・・・私にはカミラが・・・そして私を気にかけてくれる人たちがここにいる・・。私の居場所はここなのよ・・。『カウベリー』のヒルダはもう・・あの火事で死んだのだから・・・。)

その時、ヒルダは見た。遠目からだったが港から町へ向かうある人影を。

(え・・・・?ルドルフ・・・・?)

その人物は懐かしい・・・そして過去に愛したルドルフにそっくりだったのだ。

(そんな・・・まさか・・!)

ヒルダが振り返ってその人物を目で追った時・・突如強い風が吹き、ヒルダの帽子が飛ばされてしまった。

「キャッ!」

思わず、ヒルダは目を閉じてしまった。

「あ!ヒルダの帽子が!」

ヒルダの帽子が宙を飛んでいるのをマイクがジャンプし、キャッチした。
そしてヒルダに駆け寄ると、帽子を手渡す。

「おはよう、ヒルダ。はい、帽子。」

「あ、ありがとう。マイク。」

ヒルダは帽子を受け取ると、先程の人物を目で追ったが、もうその姿は無かった。

「あ~さっきの風はすごかったわね。」

「本当、海風って強いわね。」

エミリーとステラの会話を聞きながらマイクはヒルダの様子を伺った。

(なんだ?ヒルダ・・・ぼーっとしてメインストリートを見つめているけど・・?)

「ルドルフ・・・。」

その時、ヒルダは無意識に小声でその名を呼んだ。

「え?ルドルフ?」

しかし、ヒルダは何も答えずにただじっと、思いつめた目でメインストリートを見つめていた―。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

運命の番?棄てたのは貴方です

ひよこ1号
恋愛
竜人族の侯爵令嬢エデュラには愛する番が居た。二人は幼い頃に出会い、婚約していたが、番である第一王子エリンギルは、新たに番と名乗り出たリリアーデと婚約する。邪魔になったエデュラとの婚約を解消し、番を引き裂いた大罪人として追放するが……。一方で幼い頃に出会った侯爵令嬢を忘れられない帝国の皇子は、男爵令息と身分を偽り竜人国へと留学していた。 番との運命の出会いと別離の物語。番でない人々の貫く愛。 ※自己設定満載ですので気を付けてください。 ※性描写はないですが、一線を越える個所もあります ※多少の残酷表現あります。 以上2点からセルフレイティング

十年目の離婚

杉本凪咲
恋愛
結婚十年目。 夫は離婚を切り出しました。 愛人と、その子供と、一緒に暮らしたいからと。

【完】あの、……どなたでしょうか?

桐生桜月姫
恋愛
「キャサリン・ルーラー  爵位を傘に取る卑しい女め、今この時を以て貴様との婚約を破棄する。」 見た目だけは、麗しの王太子殿下から出た言葉に、婚約破棄を突きつけられた美しい女性は……… 「あの、……どなたのことでしょうか?」 まさかの意味不明発言!! 今ここに幕開ける、波瀾万丈の間違い婚約破棄ラブコメ!! 結末やいかに!! ******************* 執筆終了済みです。

茶番には付き合っていられません

わらびもち
恋愛
私の婚約者の隣には何故かいつも同じ女性がいる。 婚約者の交流茶会にも彼女を同席させ仲睦まじく過ごす。 これではまるで私の方が邪魔者だ。 苦言を呈しようものなら彼は目を吊り上げて罵倒する。 どうして婚約者同士の交流にわざわざ部外者を連れてくるのか。 彼が何をしたいのかさっぱり分からない。 もうこんな茶番に付き合っていられない。 そんなにその女性を傍に置きたいのなら好きにすればいいわ。

【完結160万pt】王太子妃に決定している公爵令嬢の婚約者はまだ決まっておりません。王位継承権放棄を狙う王子はついでに側近を叩き直したい

宇水涼麻
恋愛
 ピンク髪ピンク瞳の少女が王城の食堂で叫んだ。 「エーティル様っ! ラオルド様の自由にしてあげてくださいっ!」  呼び止められたエーティルは未来の王太子妃に決定している公爵令嬢である。  王太子と王太子妃となる令嬢の婚約は簡単に解消できるとは思えないが、エーティルはラオルドと婚姻しないことを軽く了承する。  その意味することとは?  慌てて現れたラオルド第一王子との関係は?  なぜこのような状況になったのだろうか?  ご指摘いただき一部変更いたしました。  みなさまのご指摘、誤字脱字修正で読みやすい小説になっていっております。 今後ともよろしくお願いします。 たくさんのお気に入り嬉しいです! 大変励みになります。 ありがとうございます。 おかげさまで160万pt達成! ↓これよりネタバレあらすじ 第一王子の婚約解消を高らかに願い出たピンクさんはムーガの部下であった。 親類から王太子になることを強要され辟易しているが非情になれないラオルドにエーティルとムーガが手を差し伸べて王太子権放棄をするために仕組んだのだ。 ただの作戦だと思っていたムーガであったがいつの間にかラオルドとピンクさんは心を通わせていた。

俺の婚約者は地味で陰気臭い女なはずだが、どうも違うらしい。

ミミリン
恋愛
ある世界の貴族である俺。婚約者のアリスはいつもボサボサの髪の毛とぶかぶかの制服を着ていて陰気な女だ。幼馴染のアンジェリカからは良くない話も聞いている。 俺と婚約していても話は続かないし、婚約者としての役目も担う気はないようだ。 そんな婚約者のアリスがある日、俺のメイドがふるまった紅茶を俺の目の前でわざとこぼし続けた。 こんな女とは婚約解消だ。 この日から俺とアリスの関係が少しずつ変わっていく。

大切なあのひとを失ったこと絶対許しません

にいるず
恋愛
公爵令嬢キャスリン・ダイモックは、王太子の思い人の命を脅かした罪状で、毒杯を飲んで死んだ。 はずだった。 目を開けると、いつものベッド。ここは天国?違う? あれっ、私生きかえったの?しかも若返ってる? でもどうしてこの世界にあの人はいないの?どうしてみんなあの人の事を覚えていないの? 私だけは、自分を犠牲にして助けてくれたあの人の事を忘れない。絶対に許すものか。こんな原因を作った人たちを。

逃した番は他国に嫁ぐ

基本二度寝
恋愛
「番が現れたら、婚約を解消してほしい」 婚約者との茶会。 和やかな会話が落ち着いた所で、改まって座を正した王太子ヴェロージオは婚約者の公爵令嬢グリシアにそう願った。 獣人の血が交じるこの国で、番というものの存在の大きさは誰しも理解している。 だから、グリシアも頷いた。 「はい。わかりました。お互いどちらかが番と出会えたら円満に婚約解消をしましょう!」 グリシアに答えに満足したはずなのだが、ヴェロージオの心に沸き上がる感情。 こちらの希望を受け入れられたはずのに…、何故か、もやっとした気持ちになった。

処理中です...