記憶喪失になった嫌われ悪女は心を入れ替える事にした

第118話 蘇る前世の記憶

「…」

私は黙って里美を見た。彼女の目は怒りに満ちている。そして…その時にふと思った。

あれ…？あの瞳…何処かで見た気がする…？

けれどそれが何所だったのか、さっぱり思い出せない。何かとても重要な事だったはずなのに、何故か少しも思い出せない。それどころかさっきまで私と一緒にいた人物の顔も名前も今となっては思い出す事が出来ずにいた。

里美はずかずかと近付いてくると私の眼前でピタリと止まった。

「何所へ行こうって言うのよ。新しい恋人のところかしら？」

「は？圭介と別れたばかりなのに新しい恋人なんかいるはずないでしょう？何よ…こんなところまで追いかけて来て…。早く圭介の所に戻ったら？大切な恋人なんでしょう？」

「別れたって言うのなら…圭介なんて気安く呼ばないでよ！」

里美はヒステリックに叫ぶ。…かなり情緒不安定なのかもしれない。

「分ったわ…ごめんなさい。圭介さんの所へ戻ったら？」

「な、何よ…人の事馬鹿にして…！美咲はいっつもそうよ！勉強も運動も…なんでもそつなくこなして、周りからは人気があるし、恋人だってすぐに出来る。それなのに…私は…あんたが近くにいるだけで、私がどれだけ劣等感にさいなまされているか分る？！」

「な…」

あまりにも勝手な言い分に呆れて言葉がすぐに出て来なかった。

「いっつもいっつもあんたの周りには人が集まって…だから悔しかったらあんたの恋人を奪って来たのに！すぐに新しい男を作って…本当に嫌な女よ！」

里美は恐ろしい目で睨み付けて来る。

「何よ…そんなに私が憎いなら、傍に来なければいいでしょう？それが嫌だって言うなら私から離れるわよ」

そして背を向けて歩き出すと、里美が叫んだ。

「待ちなさいよっ！」

里美が後を追って来た。冗談じゃない、今の里美は普通じゃない。早く逃げてやり過ごさなければ…！

誰が待つものですかっ！

私は急いで駆けだした。すると当然の様に里美は後を追ってくる。夜の町を女2人の追いかけっこが始まった。

逃げながら私は心の中で舌打ちした。

圭介の奴…一体何やってるのよっ！

恋人なら里美を追いかけるべきなのに、それすらしない。そう言えば…私から里美に乗り換えていった恋人達の中では何人か復縁を迫ってきたことがあったけど、ひょっとすると里美に飽きてしまったのだろうか？
そんな事を考えている内に横断歩道へ差し掛かった。

「待ちさないよっ！」

里美がしつこく追いかけてくる。

「誰が待つものですかっ！」

横断歩道に差し掛かった時…。


プアアアアア―――ンッ！！

大きなクラクションと共に巨大なヘッドライトがこっちへ向かって突進してきた。そして私のすぐ後ろには里美もいる。

「「え？」」

私と里美は同時に声をあげた。目の前に現れたのはトラックだったのだ。

眩しい光に照らされながら私は思いだした。

そうだ…私はここで里美と…。

ドンッ！！

次の瞬間激しい衝撃が走り、気付けば私も里美も道路の上に倒れていた。そして身体から流れる生暖かい血…。

私のすぐ傍で倒れていた里美が呟いている。

「美咲…許さない…次こそは…必ず…」

何…？
里美は今、何て言ったの…？

目の前がだんだん真っ暗になっていく。誰かが私の名前を叫んでいるような声が聞こえているけれども、やがてその声も聞こえなくなった。

こうして私はこの世界での生を終えた―。