33 / 76
1章24 旅立ち
しおりを挟む
――翌朝午前4時
まだ夜も明けきらない、薄暗い廊下を私は台車を引っ張って歩いていた。
台車の上には『ルーズ』に運ぶ荷物が積まれてある。
私が今日、ここを出て行くことは父以外誰にも知られてはならない。
だから荷運びも1人で行っているのだ。
昔の私だったら考えられない行動だと思うが、60年も厳しい生活をしてきた。
これくらいどうってことはない。
「……うっ。そ、それにしても……中々重いわね」
どうやらこの頃の私は、かなりひ弱だったようだ。これくらいの台車を引っ張るだけでもきついのだから。
「『ルーズ』に着いたら……か、身体も鍛えなくちゃ……」
心に誓いながら、厩舎を目指した――
****
「……ふぅ。こんなものかしら?」
荷馬車に積み上げられた荷物を眺めると、愛馬のロードに声をかけた。
「ロード、荷馬車を引かせてごめんね? これから私と一緒に『ルーズ』まで行きましょう」
美しい茶色の毛並みのロードの首筋を優しく撫でると「ヒヒン」と小さく鳴く。
まるで「はい、分かりました」と返事をしてくれたように感じる。
「誰かにも見つからないうちに行きましょう」
目立たない茶色のマントを羽織り、目深にフードをかぶると厩舎の扉を開け……驚きで大きな声を上げてしまった。何と、目の前にビリーが立っていたからだ。
「ええっ!? ビリーッ!? な、何故ここに!」
すると途端にビリーが涙目になる。
「オ、オフィーリア様……と、遠くに行ってしまうって本当ですか……?」
「え? ど、どうしてそれを……?」
するとビリーは袖で涙を拭った。
「使用人の人達が僕に言ったんです……オフィーリア様は悪い令嬢だから……王子様に婚約破棄されて……こ、ここから遠くへ追い出されるって……」
「え……? そんなこと聞かされたの?」
私の言葉に黙って頷くビリー。
思わず心の中で舌打ちしてしまった。
ここの使用人達は、どれだけ私を嫌っているのだろう。よりによって昨日私が連れてきたビリーにそんな話をするなんて。
「本当ですか? 本当に……遠くへ行くのですか?」
ボロボロ泣きながらビリーが尋ねてくる。
「ビリー……」
ここで嘘をついても仕方がない。本当のことを話すことにした。
「本当よ、ビリー。私はね、今から1人で『ルーズ』という村へ行くの。何日も何日もかけてね。そこでずっと暮らすのよ」
「そ、そんな……! だったら僕も連れて行って下さい!」
「はぁ!?」
とんでもないことを言うビリーに面食らってしまった。
「ちょ、ちょっと何を言っているの? いい? ここにいれば食事も貰えるし、ベッドで眠ることだって出来るのよ? それは確かに仕事はしなくてはいけないけれど、お金だって貰えるのよ? 私について来たって、いいこと無いわよ? お金だってあげられないもの」
「オフィーリア様といられるなら、お腹が空いても我慢します! 寝るのは床だってかまいません! 一生懸命働きますから……僕を捨てないで下さい!」
ビリーが泣きながらしがみついてきた。
「ビリー……」
「は、初めてだったんです……お父さんがいなくなって、僕に親切にしてくれた人は……オフィーリア様だけだったんです……」
しがみついてボロボロ泣くビリー。
こんなに泣いて、すがってくる少年を私は見捨てることが出来なかった。
「……分かったわ。仕方ないから連れて行ってあげる」
「本当ですか?」
ビリーが顔を上げた。その頬は涙で濡れている。
「ええ、本当よ。でもその代わり、今から出発するけどいい? 人目につく前に発ちたいのよ」
「いいです!」
途端に笑顔になる。
「なら、早く乗って」
御者台に乗ると、ビリーに声をかけた。
「はい!」
ビリーが乗り込むと、私は手綱を握りしめた。
「それじゃ、『ルーズ』に向かって出発よ!?」
「はい、オフィーリア様!」
こうして朝焼けが空を染める頃……私は再び『ルーズ』へ向けて出発した。
追放先で、今度こそ幸せに暮らすために――
まだ夜も明けきらない、薄暗い廊下を私は台車を引っ張って歩いていた。
台車の上には『ルーズ』に運ぶ荷物が積まれてある。
私が今日、ここを出て行くことは父以外誰にも知られてはならない。
だから荷運びも1人で行っているのだ。
昔の私だったら考えられない行動だと思うが、60年も厳しい生活をしてきた。
これくらいどうってことはない。
「……うっ。そ、それにしても……中々重いわね」
どうやらこの頃の私は、かなりひ弱だったようだ。これくらいの台車を引っ張るだけでもきついのだから。
「『ルーズ』に着いたら……か、身体も鍛えなくちゃ……」
心に誓いながら、厩舎を目指した――
****
「……ふぅ。こんなものかしら?」
荷馬車に積み上げられた荷物を眺めると、愛馬のロードに声をかけた。
「ロード、荷馬車を引かせてごめんね? これから私と一緒に『ルーズ』まで行きましょう」
美しい茶色の毛並みのロードの首筋を優しく撫でると「ヒヒン」と小さく鳴く。
まるで「はい、分かりました」と返事をしてくれたように感じる。
「誰かにも見つからないうちに行きましょう」
目立たない茶色のマントを羽織り、目深にフードをかぶると厩舎の扉を開け……驚きで大きな声を上げてしまった。何と、目の前にビリーが立っていたからだ。
「ええっ!? ビリーッ!? な、何故ここに!」
すると途端にビリーが涙目になる。
「オ、オフィーリア様……と、遠くに行ってしまうって本当ですか……?」
「え? ど、どうしてそれを……?」
するとビリーは袖で涙を拭った。
「使用人の人達が僕に言ったんです……オフィーリア様は悪い令嬢だから……王子様に婚約破棄されて……こ、ここから遠くへ追い出されるって……」
「え……? そんなこと聞かされたの?」
私の言葉に黙って頷くビリー。
思わず心の中で舌打ちしてしまった。
ここの使用人達は、どれだけ私を嫌っているのだろう。よりによって昨日私が連れてきたビリーにそんな話をするなんて。
「本当ですか? 本当に……遠くへ行くのですか?」
ボロボロ泣きながらビリーが尋ねてくる。
「ビリー……」
ここで嘘をついても仕方がない。本当のことを話すことにした。
「本当よ、ビリー。私はね、今から1人で『ルーズ』という村へ行くの。何日も何日もかけてね。そこでずっと暮らすのよ」
「そ、そんな……! だったら僕も連れて行って下さい!」
「はぁ!?」
とんでもないことを言うビリーに面食らってしまった。
「ちょ、ちょっと何を言っているの? いい? ここにいれば食事も貰えるし、ベッドで眠ることだって出来るのよ? それは確かに仕事はしなくてはいけないけれど、お金だって貰えるのよ? 私について来たって、いいこと無いわよ? お金だってあげられないもの」
「オフィーリア様といられるなら、お腹が空いても我慢します! 寝るのは床だってかまいません! 一生懸命働きますから……僕を捨てないで下さい!」
ビリーが泣きながらしがみついてきた。
「ビリー……」
「は、初めてだったんです……お父さんがいなくなって、僕に親切にしてくれた人は……オフィーリア様だけだったんです……」
しがみついてボロボロ泣くビリー。
こんなに泣いて、すがってくる少年を私は見捨てることが出来なかった。
「……分かったわ。仕方ないから連れて行ってあげる」
「本当ですか?」
ビリーが顔を上げた。その頬は涙で濡れている。
「ええ、本当よ。でもその代わり、今から出発するけどいい? 人目につく前に発ちたいのよ」
「いいです!」
途端に笑顔になる。
「なら、早く乗って」
御者台に乗ると、ビリーに声をかけた。
「はい!」
ビリーが乗り込むと、私は手綱を握りしめた。
「それじゃ、『ルーズ』に向かって出発よ!?」
「はい、オフィーリア様!」
こうして朝焼けが空を染める頃……私は再び『ルーズ』へ向けて出発した。
追放先で、今度こそ幸せに暮らすために――
313
お気に入りに追加
849
あなたにおすすめの小説

【完結】婚姻無効になったので新しい人生始めます~前世の記憶を思い出して家を出たら、愛も仕事も手に入れて幸せになりました~
Na20
恋愛
セレーナは嫁いで三年が経ってもいまだに旦那様と使用人達に受け入れられないでいた。
そんな時頭をぶつけたことで前世の記憶を思い出し、家を出ていくことを決意する。
「…そうだ、この結婚はなかったことにしよう」
※ご都合主義、ふんわり設定です
※小説家になろう様にも掲載しています

【完結】白い結婚なのでさっさとこの家から出ていきます~私の人生本番は離婚から。しっかり稼ぎたいと思います~
Na20
恋愛
ヴァイオレットは十歳の時に両親を事故で亡くしたショックで前世を思い出した。次期マクスター伯爵であったヴァイオレットだが、まだ十歳ということで父の弟である叔父がヴァイオレットが十八歳になるまでの代理として爵位を継ぐことになる。しかし叔父はヴァイオレットが十七歳の時に縁談を取り付け家から追い出してしまう。その縁談の相手は平民の恋人がいる侯爵家の嫡男だった。
「俺はお前を愛することはない!」
初夜にそう宣言した旦那様にヴァイオレットは思った。
(この家も長くはもたないわね)
貴族同士の結婚は簡単には離婚することができない。だけど離婚できる方法はもちろんある。それが三年の白い結婚だ。
ヴァイオレットは結婚初日に白い結婚でさっさと離婚し、この家から出ていくと決めたのだった。
6話と7話の間が抜けてしまいました…
7*として投稿しましたのでよろしければご覧ください!
【完結】恋は、終わったのです
楽歩
恋愛
幼い頃に決められた婚約者、セオドアと共に歩む未来。それは決定事項だった。しかし、いつしか冷たい現実が訪れ、彼の隣には別の令嬢の笑顔が輝くようになる。
今のような関係になったのは、いつからだったのだろう。
『分からないだろうな、お前のようなでかくて、エマのように可愛げのない女には』
身長を追い越してしまった時からだろうか。
それとも、特進クラスに私だけが入った時だろうか。
あるいは――あの子に出会った時からだろうか。
――それでも、リディアは平然を装い続ける。胸に秘めた思いを隠しながら。
お認めください、あなたは彼に選ばれなかったのです
めぐめぐ
恋愛
騎士である夫アルバートは、幼馴染みであり上官であるレナータにいつも呼び出され、妻であるナディアはあまり夫婦の時間がとれていなかった。
さらにレナータは、王命で結婚したナディアとアルバートを可哀想だと言い、自分と夫がどれだけ一緒にいたか、ナディアの知らない小さい頃の彼を知っているかなどを自慢げに話してくる。
しかしナディアは全く気にしていなかった。
何故なら、どれだけアルバートがレナータに呼び出されても、必ず彼はナディアの元に戻ってくるのだから――
偽物サバサバ女が、ちょっと天然な本物のサバサバ女にやられる話。
※頭からっぽで
※思いつきで書き始めたので、つたない設定等はご容赦ください。
※夫婦仲は良いです
※私がイメージするサバ女子です(笑)

高慢な王族なんてごめんです! 自分の道は自分で切り開きますからお気遣いなく。
柊
恋愛
よくある断罪に「婚約でしたら、一週間程前にそちらの有責で破棄されている筈ですが……」と返した公爵令嬢ヴィクトワール・シエル。
婚約者「だった」シレンス国の第一王子であるアルベール・コルニアックは困惑するが……。
※小説家になろう、カクヨム、pixivにも同じものを投稿しております。

地味令嬢を馬鹿にした婚約者が、私の正体を知って土下座してきました
くも
恋愛
王都の社交界で、ひとつの事件が起こった。
貴族令嬢たちが集う華やかな夜会の最中、私――セシリア・エヴァンストンは、婚約者であるエドワード・グラハム侯爵に、皆の前で婚約破棄を告げられたのだ。
「セシリア、お前との婚約は破棄する。お前のような地味でつまらない女と結婚するのはごめんだ」
会場がざわめく。貴族たちは興味深そうにこちらを見ていた。私が普段から控えめな性格だったせいか、同情する者は少ない。むしろ、面白がっている者ばかりだった。

偽りの愛に終止符を
甘糖むい
恋愛
政略結婚をして3年。あらかじめ決められていた3年の間に子供が出来なければ離婚するという取り決めをしていたエリシアは、仕事で忙しいく言葉を殆ど交わすことなく離婚の日を迎えた。屋敷を追い出されてしまえば行くところなどない彼女だったがこれからについて話合うつもりでヴィンセントの元を訪れる。エリシアは何かが変わるかもしれないと一抹の期待を胸に抱いていたが、夫のヴィンセントは「好きにしろ」と一言だけ告げてエリシアを見ることなく彼女を追い出してしまう。

【完結】婚約者?勘違いも程々にして下さいませ
リリス
恋愛
公爵令嬢ヤスミーンには侯爵家三男のエグモントと言う婚約者がいた。
先日不慮の事故によりヤスミーンの両親が他界し女公爵として相続を前にエグモントと結婚式を三ヶ月後に控え前倒しで共に住む事となる。
エグモントが公爵家へ引越しした当日何故か彼の隣で、彼の腕に絡みつく様に引っ付いている女が一匹?
「僕の幼馴染で従妹なんだ。身体も弱くて余り外にも出られないんだ。今度僕が公爵になるって言えばね、是が非とも住んでいる所を見てみたいって言うから連れてきたんだよ。いいよねヤスミーンは僕の妻で公爵夫人なのだもん。公爵夫人ともなれば心は海の様に広い人でなければいけないよ」
はて、そこでヤスミーンは思案する。
何時から私が公爵夫人でエグモンドが公爵なのだろうかと。
また病気がちと言う従妹はヤスミーンの許可も取らず堂々と公爵邸で好き勝手に暮らし始める。
最初の間ヤスミーンは静かにその様子を見守っていた。
するとある変化が……。
ゆるふわ設定ざまああり?です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる