時が巻き戻った悪役令嬢は、追放先で今度こそ幸せに暮らしたい

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1章5 チェルシー

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「あ! そうだ、こうしてはいられません! 旦那様がお呼びなのです。オフィーリア様が戻られましたら至急、書斎に来るようにとのことです」

爺やが慌てた様子で教えてくれた。

「お父様が呼んでいるのね? 分かったわ。すぐに行くから」

ついに……この時がやってきたのだ。

「何だか嫌な予感がします。私も一緒について行きましょうか?」

婆やが心配そうに声をかけてくる。

「大丈夫よ。私一人で行くから」

「ですが……」

「やぁね。婆やは本当に心配性なんだから。私はもう20歳よ。1人で大丈夫よ。では早速行ってくるわね」

すると爺やと婆やが涙ぐむ。

「オフィーリア様……何だか随分大人びましたね」
「ええ、本当。婆やは嬉しいです」

「アハハハ……いやね」

大人びてるのは当然だ。だって私は80歳まで『ルーズ』の村で生きてきたのだから。今の爺やと婆やよりずっと長生きしたのだ。

「それじゃあね」

私は2人に手を振ると、60年ぶりの懐かしい我が家へ足を踏み入れた。


「あ、お帰りなさいませ。オフィーリア様」
「オフィーリア様にご挨拶申し上げます」

書斎へ向かうため、大理石が敷かれた廊下を歩いていると大勢の使用人達が挨拶してくる。
皆笑顔で声をかけてくるも、彼らの本性を私は知っている。
私がアシルから『ルーズ』へ追放されることが決定したとき、彼らは誰一人として私について来ようとはしなかった。

唯一手を上げてくれたのが、爺やと婆や。そして……。

「オフィーリア様! お戻りになられたのですね!?」

突然背後から大きな声で呼び止められた。

あ……その声は……。

振り向くと、栗毛色の髪を結い上げたメイド……チェルシーが立っていた。

チェルシー……!

「チェルシー……」

私より2歳年下のメイド。爺やと婆やの孫娘で、たった1人メイドとしてついてきてくれた。
そこで彼女は私の為に犠牲になって死んでいった。
まだ、たった23歳だったのに……!

その彼女が元気な姿で、今私の目の前に立っている。
チェルシーの最期の姿が脳裏に浮かび……思わず目が熱くなってきた。

「え? ど、どうしたのですか……オフィーリア様……?」

驚いた様に目を見開いたチェルシーが近付いて来る。

「チェルシー!」

私は自分から駆け寄り……気付けば彼女を強く抱きしめていた。

「オ、オフィーリア様? 一体どうなさったのです? まさかアシル様に何か言われたのですか?」

まるで見当違いだったけれども、無言で頷いた。

「そうだったのですか……。オフィーリア様をこんなに悲しませるなんて……本当に酷いお方ですね。でも大丈夫です、オフィーリア様には私がついてますから」

チェルシーはそっと、私の背中に手を回し……年下なのに優しく背中を撫でてくれる。

『大丈夫です……オフィーリア様には……私がついてますから』


あの村に住んでいた頃、何度チェルシーからこの言葉を聞かされてきたことだろう。
彼女は私を安心させる為に言い聞かせてきた。それこそ自分の死の間際まで。

あれは『ルーズ』に住んで5年目のことだった。
この頃には既に婆やと爺やもこの世を去り、私とチェルシー2人だけの生活を送っていた。
その年は度重なる気候変動のせいで、国全体が食糧危機に見舞われた。

王都でも食料不足が続き……王侯貴族たちは周辺の町や村からまるで強奪するように食料を奪っていったのだ。
その手は辺境の村『ルーズ』にも及び、王都の使徒たちに寄り村人たちは根こそぎ食料を奪われてしまった。

多くの村人たちが飢えの為亡くる中、私が生きながらえたのはチェルシーのお陰だった。
彼女は食料を地下に隠してあり、自分は最低限の食事しかとらずに私に分け与えてくれたのだ。

『私は食欲が無いので』

チェルシーはそう言って笑い、私はその言葉を真に受けた。
……いや、本当はチェルシーだってお腹が空いていたのに、気づかないふりをしてきたのだ。

自分だけお腹を見たし、チェルシーは痩せ細っていく。
このままではいけないと、自覚したときにはもう手遅れだった。

チェルシーは栄養失調で、この世を去ってしまった。

『オフィーリア様……これ以上お傍に居られず…‥申し訳ございません……』

最期にこの言葉を残して、チェルシーは息を引き取ったのだった――
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