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38話 変貌した兄とオリビエの心境の変化
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時々雷がゴロゴロとなる土砂降りの中、馬車はフォード家の屋敷前に到着した。
「オリビエ様、足元に気をつけて降りて下さい」
御者に扉を開けてもらい、馬車から降り立ったオリビエは銀貨1枚を御者に差しだした。
「今日は大雨の中、送迎してくれてありがとう。はい、これ少ないけど何かの足しにしてちょうだい」
フォード家では給料以外で普通、使用人に余分なお金を渡すことはない。当然オリビエの行動に御者は驚く。
「ええっ!? これはぎ、銀貨じゃありませんか! よろしいのですか!? こんなに頂いても!」
青年御者――テッドは歓喜した。何しろ銀貨1枚というのは、一か月分の給料の5分の1に相当する金額だからだ。
当然、賢いオリビエはその事を知っている。
それに彼には近々結婚を考えている女性がいて、お金を貯めていると言う噂話も承知の上だ。
「いいのよ、これは大雨の中身体を張って送迎してくれた手当てだから。その代わり、これからも天候が悪いときは送ってくれるわよね? テッド」
オリビエが笑顔で頷くと、テッドは声高に叫んだ。
「俺の名前も御存知だったのですか!? ええ、ええ! 当然ですとも! 今後はこの命を懸けてでも、オリビエ様を目的地に必ず送り届けることを誓います!」
「そう? それは頼もしい言葉ね。今日はお疲れ様。じゃあね」
「ありがとうございます! ありがとうございます!」
テッドはオリビエが屋敷の中に入るまで、ペコペコ頭を下げ続けた。
こうしてまた1人、オリビエは使用人を味方につけることに成功したのだった――
屋敷に入り、自室に向かって歩いていると次々と使用人達が挨拶してくる。
「お帰りなさいませ、オリビエ様」
「オリビエ様、お帰りなさいませ」
「オリビエ様にご挨拶申し上げます」
今や彼女を無視したり、暴言を吐くような使用人は誰一人いない。
たった1日で使用人の態度がこんなに変わるのは、驚きでしかなかった。
勿論今朝のオリビエの行動が事の発端でもあるのだが、父ランドルフと兄ミハエルが、今後一切オリビエを無視したり蔑ろにしないようにと密かに命じていたのが大きな理由の一つであったのだが……その事実を彼女はまだ知らない。
自分の部屋に辿り着いたオリビエ。
ドアノブに手をかけようとした時、背後から声をかけられた。
「オリビエ」
「え?」
振り向くと、兄のミハエルが笑顔で自分を見つめている。オリビエの背中に悪寒が走ったのは言うまでもない。
「帰って来たのだな? 使用人達からお前が大学から帰って来たことを聞いて、顔を見に来たんだ」
今迄見たことも無い笑顔、優し気な声。全身に鳥肌を立てながらオリビエは作り笑いで挨拶する。
「はい、ただいま戻りました。お兄様」
「その……俺の専属フットマンが実は盗みを働いていたと使用人達から聞いたのが、あいつが盗みを働いていると暴いたのはオリビエなんだって?」
「そうです。私です、それでその使用人の部屋を探してみましたか?」
「そうなんだ! 聞いてくれよ、オリビエ! ニールの奴め……俺のネクタイピンやカフスボタンだけに飽き足らず、靴や夜会服、懐中時計まで盗んでいたんだぞ!? 信じられるか!?」
「は、はぁ……そうなのですね?」
いや。むしろそんなに盗まれていて、何故無くなっていたことに気付かないのか、その事の方が信じられない。そこをオリビエは突っ込みたかったが、兄ミハエルの顔がどうしても間の抜けた阿保面にしか見えなくなってしまった。
「ああ、当然盗んだ物はすべて回収し、クビにして土砂降りの中、叩きだしてやったわ! どうぞお許しくださいと言って、奴は泣いていたが許せるはずも無いからな」
これ以上話をするのは時間の無駄と判断したオリビエ。そうそうに話を打ち切ることにした。
「分かりました。では全て解決したこと言うことですね。それではお兄様。私、大学の課題が残っているのでお部屋に戻らせて頂いてもよろしいでしょうか?」
出来るだけ、腰を低くして尋ねる。
「あ。そうだったのか? 忙しいところ引き留めてすまなった。とりあえずお前に礼を言いたかったんだ。それじゃ、課題頑張れよ」
ミハエルは気持ち悪い程の笑顔で、その場を去って行った。
少しの間、その背中を見届けていたオリビエは自分の部屋へ入り、扉を閉めた。
—―パタン
「な……何あれ!今の手のひらを返したかのような態度は……気持ち悪い!」
オリビエは自分の肩を両手で抱きしめ、改めて思った。
自分は今まで何故、あんな兄に好かれたいと思っていたのだろう——と。
「オリビエ様、足元に気をつけて降りて下さい」
御者に扉を開けてもらい、馬車から降り立ったオリビエは銀貨1枚を御者に差しだした。
「今日は大雨の中、送迎してくれてありがとう。はい、これ少ないけど何かの足しにしてちょうだい」
フォード家では給料以外で普通、使用人に余分なお金を渡すことはない。当然オリビエの行動に御者は驚く。
「ええっ!? これはぎ、銀貨じゃありませんか! よろしいのですか!? こんなに頂いても!」
青年御者――テッドは歓喜した。何しろ銀貨1枚というのは、一か月分の給料の5分の1に相当する金額だからだ。
当然、賢いオリビエはその事を知っている。
それに彼には近々結婚を考えている女性がいて、お金を貯めていると言う噂話も承知の上だ。
「いいのよ、これは大雨の中身体を張って送迎してくれた手当てだから。その代わり、これからも天候が悪いときは送ってくれるわよね? テッド」
オリビエが笑顔で頷くと、テッドは声高に叫んだ。
「俺の名前も御存知だったのですか!? ええ、ええ! 当然ですとも! 今後はこの命を懸けてでも、オリビエ様を目的地に必ず送り届けることを誓います!」
「そう? それは頼もしい言葉ね。今日はお疲れ様。じゃあね」
「ありがとうございます! ありがとうございます!」
テッドはオリビエが屋敷の中に入るまで、ペコペコ頭を下げ続けた。
こうしてまた1人、オリビエは使用人を味方につけることに成功したのだった――
屋敷に入り、自室に向かって歩いていると次々と使用人達が挨拶してくる。
「お帰りなさいませ、オリビエ様」
「オリビエ様、お帰りなさいませ」
「オリビエ様にご挨拶申し上げます」
今や彼女を無視したり、暴言を吐くような使用人は誰一人いない。
たった1日で使用人の態度がこんなに変わるのは、驚きでしかなかった。
勿論今朝のオリビエの行動が事の発端でもあるのだが、父ランドルフと兄ミハエルが、今後一切オリビエを無視したり蔑ろにしないようにと密かに命じていたのが大きな理由の一つであったのだが……その事実を彼女はまだ知らない。
自分の部屋に辿り着いたオリビエ。
ドアノブに手をかけようとした時、背後から声をかけられた。
「オリビエ」
「え?」
振り向くと、兄のミハエルが笑顔で自分を見つめている。オリビエの背中に悪寒が走ったのは言うまでもない。
「帰って来たのだな? 使用人達からお前が大学から帰って来たことを聞いて、顔を見に来たんだ」
今迄見たことも無い笑顔、優し気な声。全身に鳥肌を立てながらオリビエは作り笑いで挨拶する。
「はい、ただいま戻りました。お兄様」
「その……俺の専属フットマンが実は盗みを働いていたと使用人達から聞いたのが、あいつが盗みを働いていると暴いたのはオリビエなんだって?」
「そうです。私です、それでその使用人の部屋を探してみましたか?」
「そうなんだ! 聞いてくれよ、オリビエ! ニールの奴め……俺のネクタイピンやカフスボタンだけに飽き足らず、靴や夜会服、懐中時計まで盗んでいたんだぞ!? 信じられるか!?」
「は、はぁ……そうなのですね?」
いや。むしろそんなに盗まれていて、何故無くなっていたことに気付かないのか、その事の方が信じられない。そこをオリビエは突っ込みたかったが、兄ミハエルの顔がどうしても間の抜けた阿保面にしか見えなくなってしまった。
「ああ、当然盗んだ物はすべて回収し、クビにして土砂降りの中、叩きだしてやったわ! どうぞお許しくださいと言って、奴は泣いていたが許せるはずも無いからな」
これ以上話をするのは時間の無駄と判断したオリビエ。そうそうに話を打ち切ることにした。
「分かりました。では全て解決したこと言うことですね。それではお兄様。私、大学の課題が残っているのでお部屋に戻らせて頂いてもよろしいでしょうか?」
出来るだけ、腰を低くして尋ねる。
「あ。そうだったのか? 忙しいところ引き留めてすまなった。とりあえずお前に礼を言いたかったんだ。それじゃ、課題頑張れよ」
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少しの間、その背中を見届けていたオリビエは自分の部屋へ入り、扉を閉めた。
—―パタン
「な……何あれ!今の手のひらを返したかのような態度は……気持ち悪い!」
オリビエは自分の肩を両手で抱きしめ、改めて思った。
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