32 / 57
32話 浮かれる人達
しおりを挟む
「ふ~ん……成程、今朝そんなことがあったのか」
陳列棚に手作りスコーンを並べ終えたマックスが腕組みした。
「ええ。たった1時間程の出来事だったけど、全てがひっくり返ったようだったわ」
「確かに他人の俺から聞いても驚くよ。だけど、良かったのか? 家のそんな大事な話をこの俺にしても」
マックスは自分を指さす。
「そうねぇ……言われてみれば何故かしら? あなたとは昨日知り合ったばかりで、互いのことなんか、まだ殆ど知らない仲なのに……あ、だからこそ話せたのかもしれないわ」
「プ、何だよそれ」
オリビエの話が面白かったのか、マックスが笑う。
「本当の話よ。今の話、ギスランには流石に話す気になれないもの」
「あぁ、オリビエの婚約者のか。まぁ、確かに話せないよな。実は妹がギスランにすり寄っていたのは母親の命令で、イヤイヤだったなんて話はな」
「そうよ。……話は変わるけど、マックス。さっき頂いたスコーン、本当に美味しかったわ。これならすぐに人気が出るはずよ」
「そうか? フォード家の令嬢のお墨付きなら間違いないな」
その言葉に、オリビエの顔が曇る。
「あ……」
「どうかしたのか?」
「あの、父が食に関するコラムを書いているって話だけど……あまり信用しては、もういけないと思って」
「金を貰って、ライバル店をこき下ろす批判記事のことだろう?」
「そうよ。父は、詐欺師だったのよ。だから、私のことも信用できないかもしれないけれど……本当にさっきのスコーンは美味しかったわ。絶対人気が出ると思う。信じて欲しいの」
何故か、マックスには信用してもらいたかったのだ。恐らく、それは昨夜店を訪ねて危ない目に遭いそうになった自分を助けてくれたからなのだろう。
「信用するに決まっているだろう? 何と言っても出会って間もない俺に、 家族の恥をさらけ出すくらいなんだから」
そしてマックスは笑った。
「フフフ、何それ」
オリビエもつられて笑うのだった――
****
—―8時40分
2人で一緒に購買部を出ると、マックスはガチャガチャと鍵をかけた。
「よし、戸締りは大丈夫だ。それじゃ、オリビエ。また店に食事に来てくれよな」
「ええ。また近いうちに寄らせてもらうわ。スコーン、とても美味しかった。ごちそうさまでしたって、お姉さまに伝えて置いてくれる?」
「ああ、伝えておくよ」
2人は購買部の前で別れると、それぞれの講義がある教室へ向かった。
学生たちがひしめきあう廊下を歩いていると、前方からギスランがこちらへ向かって歩いて来る姿が見えた。彼はオリビエの姿を認めると、笑顔で駆け寄って来た。
「おはよう、オリビエ」
「ええ。おはよう。ギスラン」
返事をしながら、オリビエは不思議な気持ちを抱いていた。
昨日迄はギスランに笑顔を向けられると嬉しい気持ちが込み上げていたのに、今は何も感じなくなっていたからだ。
その様子に気付いたのか、ギスランは首を傾げた。
「あれ? 何だか今朝のオリビエは様子が違うように見えるな?」
「そうかしら?」
「そうだよ。何だか元気がないようだ。何かあったのかい?」
「いえ、別に何も無いわ。しいて言えば、この雨のせいかもしれないわね」
即答するオリビエ。何故か、ギスランには一切今朝の出来事を話す気にはなれない。
「そうか? まぁ確かに雨だと気が滅入るよな。でも折角俺に会えたんだから、少しは気が晴れたんじゃないか?」
そのセリフにオリビエがイラッときたのは言うまでもない。しかし、大人の対応をする。
「そうね。ギスランに会えたから少しは気が晴れたわ。それじゃ授業に遅れるといけないからもう行くわね」
そのまま立ち去ろうとした時、ギスランが愉快な台詞を口にした。
「オリビエ、シャロンに伝えておいてくれよ。今度の休暇、屋敷を訪ねるから楽しみに待っていてくれって」
途端に、今朝のシャロンの言い放った台詞を思い出す。
『こっちだってねぇ、好き好んでギスランに声をかけたわけじゃないのよ! お母様に陰気なオリビエから奪ってやりなさいって言われたからよ! そうでなければあんな男、私が相手にするはずないでしょう!!』
「ええ、必ず伝えておくわ。それじゃ、もう行くわね」
「ああ。よろしく頼む」
ギスランはオリビエに背を向けると、去って行った。
(本当に馬鹿なギスランね。実はシャロンに嫌われていたとも知らず。フフフ……この話をした時の、シャロンの反応が今から楽しみだわ。そうだわ、ギスランをたきつけて私と婚約破棄して、シャロンとの婚約を勧めるのもいいかもしれないわ)
そう思うと、何だか楽くなってきた。
「早く教室へ行きましょう」
ウキウキした気持ちでオリビエも自分の教室へ向かった――
陳列棚に手作りスコーンを並べ終えたマックスが腕組みした。
「ええ。たった1時間程の出来事だったけど、全てがひっくり返ったようだったわ」
「確かに他人の俺から聞いても驚くよ。だけど、良かったのか? 家のそんな大事な話をこの俺にしても」
マックスは自分を指さす。
「そうねぇ……言われてみれば何故かしら? あなたとは昨日知り合ったばかりで、互いのことなんか、まだ殆ど知らない仲なのに……あ、だからこそ話せたのかもしれないわ」
「プ、何だよそれ」
オリビエの話が面白かったのか、マックスが笑う。
「本当の話よ。今の話、ギスランには流石に話す気になれないもの」
「あぁ、オリビエの婚約者のか。まぁ、確かに話せないよな。実は妹がギスランにすり寄っていたのは母親の命令で、イヤイヤだったなんて話はな」
「そうよ。……話は変わるけど、マックス。さっき頂いたスコーン、本当に美味しかったわ。これならすぐに人気が出るはずよ」
「そうか? フォード家の令嬢のお墨付きなら間違いないな」
その言葉に、オリビエの顔が曇る。
「あ……」
「どうかしたのか?」
「あの、父が食に関するコラムを書いているって話だけど……あまり信用しては、もういけないと思って」
「金を貰って、ライバル店をこき下ろす批判記事のことだろう?」
「そうよ。父は、詐欺師だったのよ。だから、私のことも信用できないかもしれないけれど……本当にさっきのスコーンは美味しかったわ。絶対人気が出ると思う。信じて欲しいの」
何故か、マックスには信用してもらいたかったのだ。恐らく、それは昨夜店を訪ねて危ない目に遭いそうになった自分を助けてくれたからなのだろう。
「信用するに決まっているだろう? 何と言っても出会って間もない俺に、 家族の恥をさらけ出すくらいなんだから」
そしてマックスは笑った。
「フフフ、何それ」
オリビエもつられて笑うのだった――
****
—―8時40分
2人で一緒に購買部を出ると、マックスはガチャガチャと鍵をかけた。
「よし、戸締りは大丈夫だ。それじゃ、オリビエ。また店に食事に来てくれよな」
「ええ。また近いうちに寄らせてもらうわ。スコーン、とても美味しかった。ごちそうさまでしたって、お姉さまに伝えて置いてくれる?」
「ああ、伝えておくよ」
2人は購買部の前で別れると、それぞれの講義がある教室へ向かった。
学生たちがひしめきあう廊下を歩いていると、前方からギスランがこちらへ向かって歩いて来る姿が見えた。彼はオリビエの姿を認めると、笑顔で駆け寄って来た。
「おはよう、オリビエ」
「ええ。おはよう。ギスラン」
返事をしながら、オリビエは不思議な気持ちを抱いていた。
昨日迄はギスランに笑顔を向けられると嬉しい気持ちが込み上げていたのに、今は何も感じなくなっていたからだ。
その様子に気付いたのか、ギスランは首を傾げた。
「あれ? 何だか今朝のオリビエは様子が違うように見えるな?」
「そうかしら?」
「そうだよ。何だか元気がないようだ。何かあったのかい?」
「いえ、別に何も無いわ。しいて言えば、この雨のせいかもしれないわね」
即答するオリビエ。何故か、ギスランには一切今朝の出来事を話す気にはなれない。
「そうか? まぁ確かに雨だと気が滅入るよな。でも折角俺に会えたんだから、少しは気が晴れたんじゃないか?」
そのセリフにオリビエがイラッときたのは言うまでもない。しかし、大人の対応をする。
「そうね。ギスランに会えたから少しは気が晴れたわ。それじゃ授業に遅れるといけないからもう行くわね」
そのまま立ち去ろうとした時、ギスランが愉快な台詞を口にした。
「オリビエ、シャロンに伝えておいてくれよ。今度の休暇、屋敷を訪ねるから楽しみに待っていてくれって」
途端に、今朝のシャロンの言い放った台詞を思い出す。
『こっちだってねぇ、好き好んでギスランに声をかけたわけじゃないのよ! お母様に陰気なオリビエから奪ってやりなさいって言われたからよ! そうでなければあんな男、私が相手にするはずないでしょう!!』
「ええ、必ず伝えておくわ。それじゃ、もう行くわね」
「ああ。よろしく頼む」
ギスランはオリビエに背を向けると、去って行った。
(本当に馬鹿なギスランね。実はシャロンに嫌われていたとも知らず。フフフ……この話をした時の、シャロンの反応が今から楽しみだわ。そうだわ、ギスランをたきつけて私と婚約破棄して、シャロンとの婚約を勧めるのもいいかもしれないわ)
そう思うと、何だか楽くなってきた。
「早く教室へ行きましょう」
ウキウキした気持ちでオリビエも自分の教室へ向かった――
1,456
お気に入りに追加
3,967
あなたにおすすめの小説
何を間違った?【完結済】
maruko
恋愛
私は長年の婚約者に婚約破棄を言い渡す。
彼女とは1年前から連絡が途絶えてしまっていた。
今真実を聞いて⋯⋯。
愚かな私の後悔の話
※作者の妄想の産物です
他サイトでも投稿しております
愛されなければお飾りなの?
まるまる⭐️
恋愛
リベリアはお飾り王太子妃だ。
夫には学生時代から恋人がいた。それでも王家には私の実家の力が必要だったのだ。それなのに…。リベリアと婚姻を結ぶと直ぐ、般例を破ってまで彼女を側妃として迎え入れた。余程彼女を愛しているらしい。結婚前は2人を別れさせると約束した陛下は、私が嫁ぐとあっさりそれを認めた。親バカにも程がある。これではまるで詐欺だ。
そして、その彼が愛する側妃、ルルナレッタは伯爵令嬢。側妃どころか正妃にさえ立てる立場の彼女は今、夫の子を宿している。だから私は王宮の中では、愛する2人を引き裂いた邪魔者扱いだ。
ね? 絵に描いた様なお飾り王太子妃でしょう?
今のところは…だけどね。
結構テンプレ、設定ゆるゆるです。ん?と思う所は大きな心で受け止めて頂けると嬉しいです。
婚約破棄直前に倒れた悪役令嬢は、愛を抱いたまま退場したい
矢口愛留
恋愛
【全11話】
学園の卒業パーティーで、公爵令嬢クロエは、第一王子スティーブに婚約破棄をされそうになっていた。
しかし、婚約破棄を宣言される前に、クロエは倒れてしまう。
クロエの余命があと一年ということがわかり、スティーブは、自身の感じていた違和感の元を探り始める。
スティーブは真実にたどり着き、クロエに一つの約束を残して、ある選択をするのだった。
※一話あたり短めです。
※ベリーズカフェにも投稿しております。
悪役断罪?そもそも何かしましたか?
SHIN
恋愛
明日から王城に最終王妃教育のために登城する、懇談会パーティーに参加中の私の目の前では多人数の男性に囲まれてちやほやされている少女がいた。
男性はたしか婚約者がいたり妻がいたりするのだけど、良いのかしら。
あら、あそこに居ますのは第二王子では、ないですか。
えっ、婚約破棄?別に構いませんが、怒られますよ。
勘違い王子と企み少女に巻き込まれたある少女の話し。
両親も義両親も婚約者も妹に奪われましたが、評判はわたしのものでした
朝山みどり
恋愛
婚約者のおじいさまの看病をやっている間に妹と婚約者が仲良くなった。子供ができたという妹を両親も義両親も大事にしてわたしを放り出した。
わたしはひとりで家を町を出た。すると彼らの生活は一変した。
【完結】「私は善意に殺された」
まほりろ
恋愛
筆頭公爵家の娘である私が、母親は身分が低い王太子殿下の後ろ盾になるため、彼の婚約者になるのは自然な流れだった。
誰もが私が王太子妃になると信じて疑わなかった。
私も殿下と婚約してから一度も、彼との結婚を疑ったことはない。
だが殿下が病に倒れ、その治療のため異世界から聖女が召喚され二人が愛し合ったことで……全ての運命が狂い出す。
どなたにも悪意はなかった……私が不運な星の下に生まれた……ただそれだけ。
※無断転載を禁止します。
※朗読動画の無断配信も禁止します。
※他サイトにも投稿中。
※表紙素材はあぐりりんこ様よりお借りしております。
「Copyright(C)2022-九頭竜坂まほろん」
※小説家になろうにて2022年11月19日昼、日間異世界恋愛ランキング38位、総合59位まで上がった作品です!
好きでした、婚約破棄を受け入れます
たぬきち25番
恋愛
シャルロッテ子爵令嬢には、幼い頃から愛し合っている婚約者がいた。優しくて自分を大切にしてくれる婚約者のハンス。彼と結婚できる幸せな未来を、心待ちにして努力していた。ところがそんな未来に暗雲が立ち込める。永遠の愛を信じて、傷つき、涙するシャルロッテの運命はいかに……?
※小説家になろう様にも掲載させて頂いております。ただ改稿を行い、結末がこちらに掲載している内容とは異なりますので物語全体の雰囲気が異なる場合がございます。あらかじめご了承下さい。(あちらはゲオルグと並び人気が高かったエイドENDです)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる