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32話 浮かれる人達
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「ふ~ん……成程、今朝そんなことがあったのか」
陳列棚に手作りスコーンを並べ終えたマックスが腕組みした。
「ええ。たった1時間程の出来事だったけど、全てがひっくり返ったようだったわ」
「確かに他人の俺から聞いても驚くよ。だけど、良かったのか? 家のそんな大事な話をこの俺にしても」
マックスは自分を指さす。
「そうねぇ……言われてみれば何故かしら? あなたとは昨日知り合ったばかりで、互いのことなんか、まだ殆ど知らない仲なのに……あ、だからこそ話せたのかもしれないわ」
「プ、何だよそれ」
オリビエの話が面白かったのか、マックスが笑う。
「本当の話よ。今の話、ギスランには流石に話す気になれないもの」
「あぁ、オリビエの婚約者のか。まぁ、確かに話せないよな。実は妹がギスランにすり寄っていたのは母親の命令で、イヤイヤだったなんて話はな」
「そうよ。……話は変わるけど、マックス。さっき頂いたスコーン、本当に美味しかったわ。これならすぐに人気が出るはずよ」
「そうか? フォード家の令嬢のお墨付きなら間違いないな」
その言葉に、オリビエの顔が曇る。
「あ……」
「どうかしたのか?」
「あの、父が食に関するコラムを書いているって話だけど……あまり信用しては、もういけないと思って」
「金を貰って、ライバル店をこき下ろす批判記事のことだろう?」
「そうよ。父は、詐欺師だったのよ。だから、私のことも信用できないかもしれないけれど……本当にさっきのスコーンは美味しかったわ。絶対人気が出ると思う。信じて欲しいの」
何故か、マックスには信用してもらいたかったのだ。恐らく、それは昨夜店を訪ねて危ない目に遭いそうになった自分を助けてくれたからなのだろう。
「信用するに決まっているだろう? 何と言っても出会って間もない俺に、 家族の恥をさらけ出すくらいなんだから」
そしてマックスは笑った。
「フフフ、何それ」
オリビエもつられて笑うのだった――
****
—―8時40分
2人で一緒に購買部を出ると、マックスはガチャガチャと鍵をかけた。
「よし、戸締りは大丈夫だ。それじゃ、オリビエ。また店に食事に来てくれよな」
「ええ。また近いうちに寄らせてもらうわ。スコーン、とても美味しかった。ごちそうさまでしたって、お姉さまに伝えて置いてくれる?」
「ああ、伝えておくよ」
2人は購買部の前で別れると、それぞれの講義がある教室へ向かった。
学生たちがひしめきあう廊下を歩いていると、前方からギスランがこちらへ向かって歩いて来る姿が見えた。彼はオリビエの姿を認めると、笑顔で駆け寄って来た。
「おはよう、オリビエ」
「ええ。おはよう。ギスラン」
返事をしながら、オリビエは不思議な気持ちを抱いていた。
昨日迄はギスランに笑顔を向けられると嬉しい気持ちが込み上げていたのに、今は何も感じなくなっていたからだ。
その様子に気付いたのか、ギスランは首を傾げた。
「あれ? 何だか今朝のオリビエは様子が違うように見えるな?」
「そうかしら?」
「そうだよ。何だか元気がないようだ。何かあったのかい?」
「いえ、別に何も無いわ。しいて言えば、この雨のせいかもしれないわね」
即答するオリビエ。何故か、ギスランには一切今朝の出来事を話す気にはなれない。
「そうか? まぁ確かに雨だと気が滅入るよな。でも折角俺に会えたんだから、少しは気が晴れたんじゃないか?」
そのセリフにオリビエがイラッときたのは言うまでもない。しかし、大人の対応をする。
「そうね。ギスランに会えたから少しは気が晴れたわ。それじゃ授業に遅れるといけないからもう行くわね」
そのまま立ち去ろうとした時、ギスランが愉快な台詞を口にした。
「オリビエ、シャロンに伝えておいてくれよ。今度の休暇、屋敷を訪ねるから楽しみに待っていてくれって」
途端に、今朝のシャロンの言い放った台詞を思い出す。
『こっちだってねぇ、好き好んでギスランに声をかけたわけじゃないのよ! お母様に陰気なオリビエから奪ってやりなさいって言われたからよ! そうでなければあんな男、私が相手にするはずないでしょう!!』
「ええ、必ず伝えておくわ。それじゃ、もう行くわね」
「ああ。よろしく頼む」
ギスランはオリビエに背を向けると、去って行った。
(本当に馬鹿なギスランね。実はシャロンに嫌われていたとも知らず。フフフ……この話をした時の、シャロンの反応が今から楽しみだわ。そうだわ、ギスランをたきつけて私と婚約破棄して、シャロンとの婚約を勧めるのもいいかもしれないわ)
そう思うと、何だか楽くなってきた。
「早く教室へ行きましょう」
ウキウキした気持ちでオリビエも自分の教室へ向かった――
陳列棚に手作りスコーンを並べ終えたマックスが腕組みした。
「ええ。たった1時間程の出来事だったけど、全てがひっくり返ったようだったわ」
「確かに他人の俺から聞いても驚くよ。だけど、良かったのか? 家のそんな大事な話をこの俺にしても」
マックスは自分を指さす。
「そうねぇ……言われてみれば何故かしら? あなたとは昨日知り合ったばかりで、互いのことなんか、まだ殆ど知らない仲なのに……あ、だからこそ話せたのかもしれないわ」
「プ、何だよそれ」
オリビエの話が面白かったのか、マックスが笑う。
「本当の話よ。今の話、ギスランには流石に話す気になれないもの」
「あぁ、オリビエの婚約者のか。まぁ、確かに話せないよな。実は妹がギスランにすり寄っていたのは母親の命令で、イヤイヤだったなんて話はな」
「そうよ。……話は変わるけど、マックス。さっき頂いたスコーン、本当に美味しかったわ。これならすぐに人気が出るはずよ」
「そうか? フォード家の令嬢のお墨付きなら間違いないな」
その言葉に、オリビエの顔が曇る。
「あ……」
「どうかしたのか?」
「あの、父が食に関するコラムを書いているって話だけど……あまり信用しては、もういけないと思って」
「金を貰って、ライバル店をこき下ろす批判記事のことだろう?」
「そうよ。父は、詐欺師だったのよ。だから、私のことも信用できないかもしれないけれど……本当にさっきのスコーンは美味しかったわ。絶対人気が出ると思う。信じて欲しいの」
何故か、マックスには信用してもらいたかったのだ。恐らく、それは昨夜店を訪ねて危ない目に遭いそうになった自分を助けてくれたからなのだろう。
「信用するに決まっているだろう? 何と言っても出会って間もない俺に、 家族の恥をさらけ出すくらいなんだから」
そしてマックスは笑った。
「フフフ、何それ」
オリビエもつられて笑うのだった――
****
—―8時40分
2人で一緒に購買部を出ると、マックスはガチャガチャと鍵をかけた。
「よし、戸締りは大丈夫だ。それじゃ、オリビエ。また店に食事に来てくれよな」
「ええ。また近いうちに寄らせてもらうわ。スコーン、とても美味しかった。ごちそうさまでしたって、お姉さまに伝えて置いてくれる?」
「ああ、伝えておくよ」
2人は購買部の前で別れると、それぞれの講義がある教室へ向かった。
学生たちがひしめきあう廊下を歩いていると、前方からギスランがこちらへ向かって歩いて来る姿が見えた。彼はオリビエの姿を認めると、笑顔で駆け寄って来た。
「おはよう、オリビエ」
「ええ。おはよう。ギスラン」
返事をしながら、オリビエは不思議な気持ちを抱いていた。
昨日迄はギスランに笑顔を向けられると嬉しい気持ちが込み上げていたのに、今は何も感じなくなっていたからだ。
その様子に気付いたのか、ギスランは首を傾げた。
「あれ? 何だか今朝のオリビエは様子が違うように見えるな?」
「そうかしら?」
「そうだよ。何だか元気がないようだ。何かあったのかい?」
「いえ、別に何も無いわ。しいて言えば、この雨のせいかもしれないわね」
即答するオリビエ。何故か、ギスランには一切今朝の出来事を話す気にはなれない。
「そうか? まぁ確かに雨だと気が滅入るよな。でも折角俺に会えたんだから、少しは気が晴れたんじゃないか?」
そのセリフにオリビエがイラッときたのは言うまでもない。しかし、大人の対応をする。
「そうね。ギスランに会えたから少しは気が晴れたわ。それじゃ授業に遅れるといけないからもう行くわね」
そのまま立ち去ろうとした時、ギスランが愉快な台詞を口にした。
「オリビエ、シャロンに伝えておいてくれよ。今度の休暇、屋敷を訪ねるから楽しみに待っていてくれって」
途端に、今朝のシャロンの言い放った台詞を思い出す。
『こっちだってねぇ、好き好んでギスランに声をかけたわけじゃないのよ! お母様に陰気なオリビエから奪ってやりなさいって言われたからよ! そうでなければあんな男、私が相手にするはずないでしょう!!』
「ええ、必ず伝えておくわ。それじゃ、もう行くわね」
「ああ。よろしく頼む」
ギスランはオリビエに背を向けると、去って行った。
(本当に馬鹿なギスランね。実はシャロンに嫌われていたとも知らず。フフフ……この話をした時の、シャロンの反応が今から楽しみだわ。そうだわ、ギスランをたきつけて私と婚約破棄して、シャロンとの婚約を勧めるのもいいかもしれないわ)
そう思うと、何だか楽くなってきた。
「早く教室へ行きましょう」
ウキウキした気持ちでオリビエも自分の教室へ向かった――
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