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川口直人 66
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岡本と会った翌日の夜、俺はいつもの様に常盤恵理に呼び出された。
「…お待たせ」
常盤恵理が住むタワーマンションに着くと、エントランスのソファに座っていたあの女に声を掛けた。
「ええ、10分の遅刻よ。一体何してたの?」
相変わらず高圧的な態度で俺に質問して来る。
「電車が遅れたんだよ。仕方ないだろう?」
「電車…まだ電車なんか使っているの?車を買いなさいよ」
「…必要に迫られたら買うさ」
「何よっ?!今が必要な時だとは思わないのっ?!」
俺の言葉にすぐさま反応して怒りをぶつけて来た。
「…」
鈴音と結婚したら車を買おうと思っていた。結婚後、鈴音にお金の苦労はかけさせたくないのでずっと節約生活を続け、貯金していたのだ。出来れば結婚と同時にマンションを買おうと思い、密かに物件まで探していた。
それなのに…。
常盤親子の出現で俺は鈴音との未来を手放さなければならなかったのだ。
「何よ?今度は黙ったりして…そんな態度私にとっていいとでも思っているの?会社や社員がどうなっても構わないのね?」
「それは…っ!」
その時、岡本の言葉が蘇って来る。
『婚約者には反抗的な態度はとらない方がいい。従順なふりをして…出来れば手懐けてみろよ』
そうだった…。会社を立て直して、鈴音を取り戻す為に俺は…。
「ごめん。悪かった。ただ…車を買う余裕は無いんだ。もし必要ならこれからはレンタカーを借りてくる。それで許して貰えないか?」
不本意だったが、俺は常盤恵理に頭を下げた。
「あら?意外と素直じゃないの…。いいわ、別に借りなくても。私、車を持っているから。このタワマンの地下駐車場にレクサスを停めてあるのよ」
「レクサス…」
あの高級車か…。
「私の代わりに運転してくれればいいわ。私、自分でも運転するけどやっぱり
助手席に座るのが好きなのよね」
「…分った。今夜はそれで出掛ければいいのか?」
「う~ん…やめておきましょう。車に乗ったら運転出来ないもの。それより食事に行きましょう。高級イタリアン料理を食べさせてくれる店があるのよ。そこのオーナとは顔見知りだから予約なしでも入店出来るのよ」
「…分った、行こうか」
「ええ」
常盤恵理は嬉しそうに立ち上がると、俺の腕に自分の腕を絡み付けて来た。
「…」
本当はおぞましくて振り払いたかったが、そのたびに岡本の言葉が脳裏を横切る。
そうだ…。今は耐えるんだ。鈴音の為に…。
そして俺は常盤恵理と腕を組み、マンションを出た。
それがどんな結果になるかも知らずに。
いや…あの頃の俺は本当に何も知らなかったのだ。常盤恵理がいかに狡猾な女だったかと言う事を。そして…その陰で鈴音を苦しめていたと言う事に全く気付いてもいなかったのだ。
まさか、鈴音に会いに行っていたとは夢見にも思わずに―。
「…お待たせ」
常盤恵理が住むタワーマンションに着くと、エントランスのソファに座っていたあの女に声を掛けた。
「ええ、10分の遅刻よ。一体何してたの?」
相変わらず高圧的な態度で俺に質問して来る。
「電車が遅れたんだよ。仕方ないだろう?」
「電車…まだ電車なんか使っているの?車を買いなさいよ」
「…必要に迫られたら買うさ」
「何よっ?!今が必要な時だとは思わないのっ?!」
俺の言葉にすぐさま反応して怒りをぶつけて来た。
「…」
鈴音と結婚したら車を買おうと思っていた。結婚後、鈴音にお金の苦労はかけさせたくないのでずっと節約生活を続け、貯金していたのだ。出来れば結婚と同時にマンションを買おうと思い、密かに物件まで探していた。
それなのに…。
常盤親子の出現で俺は鈴音との未来を手放さなければならなかったのだ。
「何よ?今度は黙ったりして…そんな態度私にとっていいとでも思っているの?会社や社員がどうなっても構わないのね?」
「それは…っ!」
その時、岡本の言葉が蘇って来る。
『婚約者には反抗的な態度はとらない方がいい。従順なふりをして…出来れば手懐けてみろよ』
そうだった…。会社を立て直して、鈴音を取り戻す為に俺は…。
「ごめん。悪かった。ただ…車を買う余裕は無いんだ。もし必要ならこれからはレンタカーを借りてくる。それで許して貰えないか?」
不本意だったが、俺は常盤恵理に頭を下げた。
「あら?意外と素直じゃないの…。いいわ、別に借りなくても。私、車を持っているから。このタワマンの地下駐車場にレクサスを停めてあるのよ」
「レクサス…」
あの高級車か…。
「私の代わりに運転してくれればいいわ。私、自分でも運転するけどやっぱり
助手席に座るのが好きなのよね」
「…分った。今夜はそれで出掛ければいいのか?」
「う~ん…やめておきましょう。車に乗ったら運転出来ないもの。それより食事に行きましょう。高級イタリアン料理を食べさせてくれる店があるのよ。そこのオーナとは顔見知りだから予約なしでも入店出来るのよ」
「…分った、行こうか」
「ええ」
常盤恵理は嬉しそうに立ち上がると、俺の腕に自分の腕を絡み付けて来た。
「…」
本当はおぞましくて振り払いたかったが、そのたびに岡本の言葉が脳裏を横切る。
そうだ…。今は耐えるんだ。鈴音の為に…。
そして俺は常盤恵理と腕を組み、マンションを出た。
それがどんな結果になるかも知らずに。
いや…あの頃の俺は本当に何も知らなかったのだ。常盤恵理がいかに狡猾な女だったかと言う事を。そして…その陰で鈴音を苦しめていたと言う事に全く気付いてもいなかったのだ。
まさか、鈴音に会いに行っていたとは夢見にも思わずに―。
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