62 / 124
マルセルの章 ㉜ 君に伝えたかった言葉
しおりを挟む
「こんばんは。こんなところで会うなんて本当に偶然だね」
カイはにこやかに話しかけてきた。
「まぁ…本当に偶然ですわね。お1人でいらしていたのですか?」
「うん、1人で来ているんだよ」
「そうですか?もしよければ俺たちと一緒のテーブルに来ませんか?」
「いいのかい?お邪魔じゃないかな?」
「ええ、邪魔だなんてとんでもない。そうですよね?イングリット嬢」
「はい、勿論ですわ」
「それでは失礼しますね」
カイは嬉しそうに笑みを浮かべると俺たちのテーブルの椅子に座った。
「カイは良く1人でこの様なお店に来るのですか?」
「いや、滅多に無いよ。今夜ここに来たのは訳があるんだ」
カイはワインを飲みながら静かに言う。
「どんな訳なのか、もし宜しければ教えて頂けないでしょうか?」
イングリット嬢が尋ねた。
「うん、実はね…明後日、ついに『キーナ』へ旅立つことになったんだ」
「え?『キーナ』へ…?しかも明後日ですか?」
カイが『キーナ』へ行くことは聞いていたが、来月ではなかっただろうか?
「以前来月に『キーナ』へ行くと話しておりませんでしたか?」
「うん、そうだったけど…早めに行くことにしたんだよ。前倒しで早期入学者を募っている情報が入ってきてね、それで出発することにしたんだよ」
「あの…先程からお2人の会話の意味がよく分からないのですが…カイザード王太子様は何処か学校に入学されるのですか?」
事情を知らないイングリット嬢が質問してきた。
「そうか、イングリットさんは知らなかったね。実は僕は医者になるために医療大学に入学することにしたんだよ。王族の地位を手放してね」
「えっ?!そ、そうだったのですか…?まさか…それはアゼリア様の事がきっかけですか?」
「そうだよ、僕に医療の知識があれば…少しでもアゼリアの病気の治療をする上で役に立てたかもしれない…それが悔やまれてならないんだ。だから僕は医者を目指すことに決めたんだよ。アゼリアは救う事が出来なかったけど、まだまだ同じ病気で苦しんでいる人々が世界中にいる。僕はそんな人々の命を救えるような医者になりたいんだよ」
「まぁ…本当にカイザード様はご立派な方ですね。それだけアゼリア様の事を大切に思ってらしたのですね」
「…」
イングリット嬢の話を聞き、俺は何故か自分が酷く情けない人間に思えてきた。アゼリアは俺の婚約者だったのに…彼女の体調の異変にも気づく事も出来なかった。そして今もアゼリアの死を引きずり…カイのように前に進むことも出来ずにいる。しかも俺の父は…有能な医者だと言うのに…。
思わず神妙な面持ちで黙ってしまうと、イングリット嬢が声を掛けてきた。
「マルセル様?どうされたのですか?」
「いや…カイは立派な方だと思って…それなのに俺は…前に進むことも出来ずに…」
「マルセル様…」
するとカイが口を開いた。
「マルセルの父上は今や『キーナ』でも有名な医者になっていたよ。白血病の治療に心血を注ぐ医者としてね。君のお父さんはある意味僕の目標でもあるんだ。君はあの先生の血を引いているんだ。ひょっとしたら僕よりも医者に向いているかもしれないよ」
「え…?」
俺はカイの目を見た。その目は真剣だった。
俺が医者を目指す…?だが、俺はもうすぐ25歳になる。医者を目指すには少々遅い年齢では無いだろうか?
けれど…。
アゼリアを失ってから、心のどこかにいつもポカリと穴が開いている様な状態だった。言い訳かもしれないが、その穴を埋めるために毎晩仕事帰りにアルコールを飲んで自分を誤魔化していた。
そうだ。俺はずっと自分を責めていたんだ。何故アゼリアを助けられなかったのだと…。
失われたた命はもう二度と取り戻す事は出来ない。俺はアゼリアの死を無駄にしたくはなかった。
その為には…。
「カイ、俺も…医者を目指そうと思います。父やヨハン先生の様な医者になり…病気で苦しむ人達を助けたい」
「君ならそう言うと思っていたよ。実は明後日、僕が入学する大学の2次募集の面接試験が行われるんだ。その大学はね…面接試験で合否が決まるんだよ。どうする?」
「…受けます。試験を受けて…必ず合格して『キーナ』の大学へ通います」
「そうか…きっとマルセルなら合格出来るはずだよ」
カイは俺を見ると言った。
けれど…俺は全く気付いていなかった。
イングリット嬢が青ざめた顔で俺を見つめていたことを…。
彼女がその時、何を考えていたのかを―。
カイはにこやかに話しかけてきた。
「まぁ…本当に偶然ですわね。お1人でいらしていたのですか?」
「うん、1人で来ているんだよ」
「そうですか?もしよければ俺たちと一緒のテーブルに来ませんか?」
「いいのかい?お邪魔じゃないかな?」
「ええ、邪魔だなんてとんでもない。そうですよね?イングリット嬢」
「はい、勿論ですわ」
「それでは失礼しますね」
カイは嬉しそうに笑みを浮かべると俺たちのテーブルの椅子に座った。
「カイは良く1人でこの様なお店に来るのですか?」
「いや、滅多に無いよ。今夜ここに来たのは訳があるんだ」
カイはワインを飲みながら静かに言う。
「どんな訳なのか、もし宜しければ教えて頂けないでしょうか?」
イングリット嬢が尋ねた。
「うん、実はね…明後日、ついに『キーナ』へ旅立つことになったんだ」
「え?『キーナ』へ…?しかも明後日ですか?」
カイが『キーナ』へ行くことは聞いていたが、来月ではなかっただろうか?
「以前来月に『キーナ』へ行くと話しておりませんでしたか?」
「うん、そうだったけど…早めに行くことにしたんだよ。前倒しで早期入学者を募っている情報が入ってきてね、それで出発することにしたんだよ」
「あの…先程からお2人の会話の意味がよく分からないのですが…カイザード王太子様は何処か学校に入学されるのですか?」
事情を知らないイングリット嬢が質問してきた。
「そうか、イングリットさんは知らなかったね。実は僕は医者になるために医療大学に入学することにしたんだよ。王族の地位を手放してね」
「えっ?!そ、そうだったのですか…?まさか…それはアゼリア様の事がきっかけですか?」
「そうだよ、僕に医療の知識があれば…少しでもアゼリアの病気の治療をする上で役に立てたかもしれない…それが悔やまれてならないんだ。だから僕は医者を目指すことに決めたんだよ。アゼリアは救う事が出来なかったけど、まだまだ同じ病気で苦しんでいる人々が世界中にいる。僕はそんな人々の命を救えるような医者になりたいんだよ」
「まぁ…本当にカイザード様はご立派な方ですね。それだけアゼリア様の事を大切に思ってらしたのですね」
「…」
イングリット嬢の話を聞き、俺は何故か自分が酷く情けない人間に思えてきた。アゼリアは俺の婚約者だったのに…彼女の体調の異変にも気づく事も出来なかった。そして今もアゼリアの死を引きずり…カイのように前に進むことも出来ずにいる。しかも俺の父は…有能な医者だと言うのに…。
思わず神妙な面持ちで黙ってしまうと、イングリット嬢が声を掛けてきた。
「マルセル様?どうされたのですか?」
「いや…カイは立派な方だと思って…それなのに俺は…前に進むことも出来ずに…」
「マルセル様…」
するとカイが口を開いた。
「マルセルの父上は今や『キーナ』でも有名な医者になっていたよ。白血病の治療に心血を注ぐ医者としてね。君のお父さんはある意味僕の目標でもあるんだ。君はあの先生の血を引いているんだ。ひょっとしたら僕よりも医者に向いているかもしれないよ」
「え…?」
俺はカイの目を見た。その目は真剣だった。
俺が医者を目指す…?だが、俺はもうすぐ25歳になる。医者を目指すには少々遅い年齢では無いだろうか?
けれど…。
アゼリアを失ってから、心のどこかにいつもポカリと穴が開いている様な状態だった。言い訳かもしれないが、その穴を埋めるために毎晩仕事帰りにアルコールを飲んで自分を誤魔化していた。
そうだ。俺はずっと自分を責めていたんだ。何故アゼリアを助けられなかったのだと…。
失われたた命はもう二度と取り戻す事は出来ない。俺はアゼリアの死を無駄にしたくはなかった。
その為には…。
「カイ、俺も…医者を目指そうと思います。父やヨハン先生の様な医者になり…病気で苦しむ人達を助けたい」
「君ならそう言うと思っていたよ。実は明後日、僕が入学する大学の2次募集の面接試験が行われるんだ。その大学はね…面接試験で合否が決まるんだよ。どうする?」
「…受けます。試験を受けて…必ず合格して『キーナ』の大学へ通います」
「そうか…きっとマルセルなら合格出来るはずだよ」
カイは俺を見ると言った。
けれど…俺は全く気付いていなかった。
イングリット嬢が青ざめた顔で俺を見つめていたことを…。
彼女がその時、何を考えていたのかを―。
0
お気に入りに追加
943
あなたにおすすめの小説
【完結】双子の伯爵令嬢とその許婚たちの物語
ひかり芽衣
恋愛
伯爵令嬢のリリカとキャサリンは二卵性双生児。生まれつき病弱でどんどん母似の美女へ成長するキャサリンを母は溺愛し、そんな母に父は何も言えない……。そんな家庭で育った父似のリリカは、とにかく自分に自信がない。幼い頃からの許婚である伯爵家長男ウィリアムが心の支えだ。しかしある日、ウィリアムに許婚の話をなかったことにして欲しいと言われ……
リリカとキャサリン、ウィリアム、キャサリンの許婚である公爵家次男のスターリン……彼らの物語を一緒に見守って下さると嬉しいです。
⭐︎2023.4.24完結⭐︎
※2024.2.8~追加・修正作業のため、2話以降を一旦非公開にしていました。
→2024.3.4再投稿。大幅に追加&修正をしたので、もしよければ読んでみて下さい(^^)

【完結】消された第二王女は隣国の王妃に熱望される
風子
恋愛
ブルボマーナ国の第二王女アリアンは絶世の美女だった。
しかし側妃の娘だと嫌われて、正妃とその娘の第一王女から虐げられていた。
そんな時、隣国から王太子がやって来た。
王太子ヴィルドルフは、アリアンの美しさに一目惚れをしてしまう。
すぐに婚約を結び、結婚の準備を進める為に帰国したヴィルドルフに、突然の婚約解消の連絡が入る。
アリアンが王宮を追放され、修道院に送られたと知らされた。
そして、新しい婚約者に第一王女のローズが決まったと聞かされるのである。
アリアンを諦めきれないヴィルドルフは、お忍びでアリアンを探しにブルボマーナに乗り込んだ。
そしてある夜、2人は運命の再会を果たすのである。

【完結】 悪役令嬢が死ぬまでにしたい10のこと
淡麗 マナ
恋愛
2022/04/07 小説ホットランキング女性向け1位に入ることができました。皆様の応援のおかげです。ありがとうございます。
第3回 一二三書房WEB小説大賞の最終選考作品です。(5,668作品のなかで45作品)
※コメント欄でネタバレしています。私のミスです。ネタバレしたくない方は読み終わったあとにコメントをご覧ください。
原因不明の病により、余命3ヶ月と診断された公爵令嬢のフェイト・アシュフォード。
よりによって今日は、王太子殿下とフェイトの婚約が発表されるパーティの日。
王太子殿下のことを考えれば、わたくしは身を引いたほうが良い。
どうやって婚約をお断りしようかと考えていると、王太子殿下の横には容姿端麗の女性が。逆に婚約破棄されて傷心するフェイト。
家に帰り、一冊の本をとりだす。それはフェイトが敬愛する、悪役令嬢とよばれた公爵令嬢ヴァイオレットが活躍する物語。そのなかに、【死ぬまでにしたい10のこと】を決める描写があり、フェイトはそれを真似してリストを作り、生きる指針とする。
1.余命のことは絶対にだれにも知られないこと。
2.悪役令嬢ヴァイオレットになりきる。あえて人から嫌われることで、自分が死んだ時の悲しみを減らす。(これは実行できなくて、後で変更することになる)
3.必ず病気の原因を突き止め、治療法を見つけだし、他の人が病気にならないようにする。
4.ノブレス・オブリージュ 公爵令嬢としての責務をいつもどおり果たす。
5.お父様と弟の問題を解決する。
それと、目に入れても痛くない、白蛇のイタムの新しい飼い主を探さねばなりませんし、恋……というものもしてみたいし、矛盾していますけれど、友達も欲しい。etc.
リストに従い、持ち前の執務能力、するどい観察眼を持って、人々の問題や悩みを解決していくフェイト。
ただし、悪役令嬢の振りをして、人から嫌われることは上手くいかない。逆に好かれてしまう! では、リストを変更しよう。わたくしの身代わりを立て、遠くに嫁いでもらうのはどうでしょう?
たとえ失敗しても10のリストを修正し、最善を尽くすフェイト。
これはフェイトが、余命3ヶ月で10のしたいことを実行する物語。皆を自らの死によって悲しませない為に足掻き、運命に立ち向かう、逆転劇。
【注意点】
恋愛要素は弱め。
設定はかなりゆるめに作っています。
1人か、2人、苛立つキャラクターが出てくると思いますが、爽快なざまぁはありません。
2章以降だいぶ殺伐として、不穏な感じになりますので、合わないと思ったら辞めることをお勧めします。
余命六年の幼妻の願い~旦那様は私に興味が無い様なので自由気ままに過ごさせて頂きます。~
流雲青人
恋愛
商人と商品。そんな関係の伯爵家に生まれたアンジェは、十二歳の誕生日を迎えた日に医師から余命六年を言い渡された。
しかし、既に公爵家へと嫁ぐことが決まっていたアンジェは、公爵へは病気の存在を明かさずに嫁ぐ事を余儀なくされる。
けれど、幼いアンジェに公爵が興味を抱く訳もなく…余命だけが過ぎる毎日を過ごしていく。
聞き間違いじゃないですよね?【意外なオチシリーズ第3弾】
結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【まさか、本気じゃないですよね?】
我が家は系代々王宮に務める騎士の家系。当然自分も学校を卒業後、立派な騎士となるべく日々鍛錬を積んでいる。そんなある日、婚約者の意外な噂を耳にしてしまった――
* 短編です。あっさり終わります
* 他サイトでも投稿中

【完】ええ!?わたし当て馬じゃ無いんですか!?
112
恋愛
ショーデ侯爵家の令嬢ルイーズは、王太子殿下の婚約者候補として、王宮に上がった。
目的は王太子の婚約者となること──でなく、父からの命で、リンドゲール侯爵家のシャルロット嬢を婚約者となるように手助けする。
助けが功を奏してか、最終候補にシャルロットが選ばれるが、特に何もしていないルイーズも何故か選ばれる。
森に捨てられた令嬢、本当の幸せを見つけました。
玖保ひかる
恋愛
[完結]
北の大国ナバランドの貴族、ヴァンダーウォール伯爵家の令嬢アリステルは、継母に冷遇され一人別棟で生活していた。
ある日、継母から仲直りをしたいとお茶会に誘われ、勧められたお茶を口にしたところ意識を失ってしまう。
アリステルが目を覚ましたのは、魔の森と人々が恐れる深い森の中。
森に捨てられてしまったのだ。
南の隣国を目指して歩き出したアリステル。腕利きの冒険者レオンと出会い、新天地での新しい人生を始めるのだが…。
苦難を乗り越えて、愛する人と本当の幸せを見つける物語。
※小説家になろうで公開した作品を改編した物です。
※完結しました。

絶望?いえいえ、余裕です! 10年にも及ぶ婚約を解消されても化物令嬢はモフモフに夢中ですので
ハートリオ
恋愛
伯爵令嬢ステラは6才の時に隣国の公爵令息ディングに見初められて婚約し、10才から婚約者ディングの公爵邸の別邸で暮らしていた。
しかし、ステラを呼び寄せてすぐにディングは婚約を後悔し、ステラを放置する事となる。
異様な姿で異臭を放つ『化物令嬢』となったステラを嫌った為だ。
異国の公爵邸の別邸で一人放置される事となった10才の少女ステラだが。
公爵邸別邸は森の中にあり、その森には白いモフモフがいたので。
『ツン』だけど優しい白クマさんがいたので耐えられた。
更にある事件をきっかけに自分を取り戻した後は、ディングの執事カロンと共に公爵家の仕事をこなすなどして暮らして来た。
だがステラが16才、王立高等学校卒業一ヶ月前にとうとう婚約解消され、ステラは公爵邸を出て行く。
ステラを厄介払い出来たはずの公爵令息ディングはなぜかモヤモヤする。
モヤモヤの理由が分からないまま、ステラが出て行った後の公爵邸では次々と不具合が起こり始めて――
奇跡的に出会い、優しい時を過ごして愛を育んだ一人と一頭(?)の愛の物語です。
異世界、魔法のある世界です。
色々ゆるゆるです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる