ヒロインに騙されて婚約者を手放しました<番外編:リアムの場合>

結城芙由奈@2/28コミカライズ発売

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第4話 僕だけのヒロイン <完>

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 その日の夜、僕はドキドキしながらクリスから受け取った手紙を封筒からそっと取り出した。

「それにしても・・・クリス・・・こんな分厚い手紙をよくも破けないように封筒に入れる事が出来たなあ・・・。」

妙な事に感心しながら、僕は早速1枚目に目を通した—。


 クリスの書いた手紙は2人の思いでばかりだった。そのどれもが全て懐かしく、僕はクリスの文才能力に改めて感心し、毎日楽しみながら少しずつ読んでいった。
一方・・・心の中は空しさで一杯だった。
だって、あの時以来またしてもクリスは僕の前に姿を現さなくなってしまったんだから。だけど、この頃になって来ると僕にはクリスの事ばかりを思う余裕が無くなってきていた。だって、だんだん学園祭は近付いて来るし、舞台練習も徐々に激しくなっていったから。だけど、その方がクリスの事ばかりを考えなくて済むのである意味タイミングが良かったのかもしれない。
そしてナディアの方は・・・。

「ねえ、リアムッ!いつになったら私の気持ちに答えてくれるのっ?私と付き合ってよ!」

今日も舞台袖に引っ張り込まれた僕はナディアに壁際に追い詰められていた。
ナディアは僕を逃がさないと言わんばかりに僕の両脇の壁に手をついて囲い込んでいる。
そんな僕らの横を他の演劇部員たちが通り過ぎていく。

「ヤレヤレ、あの2人。又あんな事してるよ。」

「ナディー、頑張ってリアムを落せよ。」

「あれでもあの2人、付き合っていないっていうのかね・・・?」

等々、皆好き勝手な事を言って僕が困っているのに助けてくれない。うう~本当にいい加減にして欲しい。だけど、ナディアは僕の舞台での大事なパートナー。本番前に下手な事を言って今の関係を崩せば舞台に支障がきたしそうだし・・。

「わ、わかったよ、ナディア。学園祭の時まで・・・返事待ってくれる?」

とうとう根負けして僕はナディアに言った。だってそうでも言わなければ解放してもらえなさそうだったから。

「ええ、分かったわ。返事・・・楽しみにしてるわね?」

ようやくナディアは笑みを浮かべると僕を解放してくれた。ああ・・・怖かった・・・。
そして舞台の練習が再開された—。


 いよいよ明後日は学園祭、僕の初めての主役の舞台が行われる。
そして、クリスから貰った手紙も最後のページ、70枚目をついに読む日がやって来た。

「さて・・・クリスは何て書いてきているのかな・・・。」

僕はワクワクしながら目を通し・・・徐々に顔色が青ざめていくのが自分でも分かった。そして読み終えた頃には不覚にも僕は涙を流していた。
そこに書かれていたのは別れの手紙。婚約解消しましょうと書かれていた—。


 その日の夜、僕は悲しくて一睡も出来なかった。こんなに悲しかったのは母が亡くなって以来だ。そこで僕は改めて思う。クリスがどれだけ僕に取ってかけがえのない大切な人かって事を―。
よし、もう・・・曖昧な態度を取るのはやめよう・・。学園祭の日に・・僕は、はっきり自分の気持ちを伝えるんだ・・・。
それも飛び切りの方法で・・・っ!



翌朝―

僕は学園祭の準備で忙しい部室をそっと抜け出し、クリスの姿を探した。
そしてようやく人づてに、クリスが庭園にいる事を聞きだせた。

「クリス・・・何処だろう・・?」

綺麗な薔薇が咲き乱れる庭を探していると、ベンチの上に座っているクリスの姿を発見した。

「クリ・・・。」

名前を呼びかけ、僕は心底驚いてしまった。何故ならクリスの前方にはヒューゴがいたのだから。しかもあろう事か、僕のクリスをモデルにキャンバスに向っている。
こうしてはいられないっ!僕は猛ダッシュで2人の元へ駆けつけ、ハアハア息を切らせながらクリスの正面に立った。

「え・・・?リアム様・・・?」

「ど、どうしたんだよっ!リアムッ!」

ヒューゴも慌ててクリスの隣へ駆け寄って来ると僕を見た。

「ク、クリス・・・。君の手紙を昨日最後まで読んで・・それで驚いてずっとクリスを探していたんだよ。」

そしてチラリとヒューゴを見ると、彼は気まずかったのか、サッと僕から視線を逸らせた。

「私・・とうとう幻覚が見えているみたいです・・・。」

いきなりクリスが訳の分からない事を言い出した。

「「はあ?」」

僕とヒューゴが声を揃える。そして何を思ったか、クリスは隣に立つヒューゴのほっぺたを両手でおもいきり引っ張った。

「ひたいひたいっ!」

たまらず声をあげるヒューゴ。

「あ・・す、すみません!どうやら夢では無かったようですね。」

クリスは恥ずかしそうに言う。

「そうだよ、夢じゃないよ。」

か、可愛い・・・。い、いや。そんな事よりもクリスの話をしなくちゃ!コホンと咳払いすると僕は言った。

「ねえ、だから夢では無いと言ったでしょう?それよりどうしたんだい?クリス。どうしてあんな手紙を僕によこしたの?どこかへ引っ越しでもするの?!」

「え?!クリス・・・引越しするのか?!いつ?!」

ヒューゴ・・・まだ君はそこにいたのかい?

「え・・?何を言っているのですが?2人とも。私は何所にも引っ越しなんかしませんよ?」

「だって手紙に書いてあったじゃないか。『さようなら、今までありがとうございました。私は貴方の事が本当に好きでした。』って。」

本当に?本当に引っ越ししないんだよね?

「ですから、そのままの通りです。さあ、私に構わずにトーレスさんの元へいってくださいっ!明日は学園祭では無いですか。」

何故かクリスは僕を追い払おうとしている。そんなに・・・ヒューゴと2人きりになりたいの?!

「た、確かに明日は学園祭で・・大事な日だからナディアの元へ戻らないといけないけど・・・。」

するとそこへ運悪くナディアが来てしまった。

「あっ!リアムッ!こんなところへいたの?!早く戻ってきてよっ!」

「ああ・・ご、ごめん。すぐ戻るよ。クリス・・・それじゃあね・・。」

いやだ・・・本当はもっとクリスの側にいたいのに・・・。

「はい、リアム様。どうぞお幸せに・・・。」

「え?その幸せにって意味が分からないけど・・あ、そうだっ!クリスッ!明日は講堂で演劇部の舞台があるんだっ!絶対見に来てくれるね?」

僕はクリスの思わせぶりな台詞にギョッとなってしまった。

「はい、分かりました。」

素直に返事をしてくれるクリス。でも念押ししておかなくちゃね。

「絶対に一番前の席で見てくれるね?」

「はい、大丈夫です。」

するとイライラした様子のナディアが言った。

「ほら、もういいですよね?行きますよっ!」

僕は後ろ髪を引かれる思いでその場を後にし、稽古へ戻った―。



 翌日―

今日はとうとう学園祭だ。僕は舞台に立って主役を演ずる。そして一番最後のシーンで・・・僕は演劇部の皆には悪いけど・・・舞台をぶち壊す。
だって、そうでもしなければ永遠にクリスが僕の手から離れて行ってしまいそうだから・・。
後2時間で本番が始まる。その前に僕はどうしてもやっておかなければならない事がある。
グッと拳を握りしめると、僕は美術部のブースへ向かった―。


「な・・・何だ、これ・・・。」

僕はヒューゴが描いた作品の前に立っていた。今回ヒューゴが展覧会で出展した作品は人物画だった。うん、別に人物画を出すのはどうって事は無い。問題はそのモデルだ。何故・・・何故・・・モデルがクリスなんだっ?!それに・・この絵はまだまだクリスの魅力を描き切れていないじゃないかっ!
呆然とクリスの絵の前に立っていると、背後から肩をポンと叩かれた。振り向くとそこにいるのは当然の如くヒューゴ。

「・・・来ると思っていたよ。」

ヒューゴは苦笑いした―。


「ほら、殴れよ。リアム。」

人気のない校舎裏にやって来るとヒューゴは言った。

「いいんだな?ヒューゴ。」

「ああ、勿論。」

「そうか・・・じゃあ殴る前にちゃんと言っておく。クリスは僕の婚約者なんだ。二度と手を出すなよ?」

そして僕は拳を振り上げた—。


2時間半後―

僕は舞台に立って演じていた。観客席の一番前にはクリスが目をキラキラさせながらじっと僕を見つめている。よし、これで全ては整った。これから僕は台本には無い、一世一代の演技を始める。
僕は深呼吸すると、本来はナディアに渡すべき花束をくるりと観客席のクリスに向ける。クリスは大きな目を見開いている。
僕はゆっくり壇上を降りていくと、クリスに近付き跪いた。

「僕は今まで一度も君に自分の気持ちを伝えたことが無かったけれども、今こそはっきり告げます。クリス・・僕は貴女が大好きです。だからお別れなんて言わないでください。貴女を・・愛しています。」

「ええええっ?!」

クリスが立ち上った瞬間、観客席で拍手が起こった。きっと皆演出だと思ったみたいだ。すると黙っていられなくなったのか、舞台上のナディアが叫んだ。

「リアムッ!貴方の相手は私でしょうっ?!」

だけど、僕ははっきり言う。

「ごめん、僕の好きな人はクリスなんだ。ナディアの気持ちは嬉しいけど受け入れる事が出来ないよっ!」

僕はクリスの手を掴むと、出口に向かって駆けだした。
観客席の声援と、壇上で湧き上がる怒声が講堂に響き渡る。まるで僕たちの新しい門出を祝福してくれているみたいで僕は最高に気分が良かった。

・・・だけど、結局あの後演劇部員たちに掴まって、こってりお説教されてしまったけどね。でも劇は盛況で幕を閉じたらしいけど。


そして外が夕焼けに包まれる頃・・・僕とクリスは屋外パーティー広場の人気のないベンチに並んで座っていた。

「ごめん・・・迷惑かけちゃったよね・・?」

僕は隣に座るクリスの右手をギュッと握りしめると言った。

「まあ・・少しは・・・。でも、とーっても楽しかったです。」

何処までも明るく、笑顔で答えるクリス。そんなクリスに僕は愛しさが募って来た。
僕は徐々にクリスに顔を近づけると、真っ赤になりながらも目を閉じてくれた。
クリス・・・大好きだよ・・・。
僕は初めて彼女に口付けした。僕達の唇は・・・少しだけ震えていた。

そっと唇を離すとクリスは目を潤ませ、夕焼けよりも頬を赤く染めて僕を見つめている。

「フフ・・・真っ赤な顔。とっても可愛いよ。」

僕はクリスの両頬を手で包み込んだ。

「いつも隣にいるはずのクリスがいなくなって・・・僕は本当に君が大切だって気づいたんだ。だから・・・さよならなんて言わないでくれるかい?僕はね・・・君以外の女性とは付き合う気は全く無いよ。」

「え・・?だ、だって私はこんなに地味で冴えないのに・・・?」

まただ、どうしてクリスはこんな事を言うんだろう?だから僕はクリスを抱きしめると言った。

「クリス以上に可愛い女性なんて僕は見たことが無いよ。だからヒューゴだって君に恋していたんだし・・・でもヒューゴにははっきり言ったよ。クリスには手を出すなって。」

クリスは僕の背中に腕を回して、じっと話を聞いてくれている。

そしてやがて花火が打ち上げられた。

「クリスティーナ。後夜祭が始まったよ。どうか僕と踊って下さい。」

僕は笑顔で右手を差し出すと、クリスは僕の手を取りながら言った。

「はい、喜んで。リアム様。」

そして僕たちは音楽に合わせて、時折口付けしながら2人だけで飽きる事無く踊り続けた。
もう絶対に僕はクリスから離れないからね―。


<終わり>


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