上 下
6 / 14

第6話 押しかけ妻

しおりを挟む
「ちょ、ちょっと婚姻って……何を言っているのかさっぱり分かりません。いつ、俺があなたと婚姻したっていうんです?」

早速ボロが出たヘンリーは「私」から「俺」に変わっている。

「ええ、役所に婚姻届を提出して受理されましたから。ヘンリー様に確認していただくために、受理された婚姻届をお借りしてきています」

ジャンヌは持参してきたカバンから封筒を取り出し、中身を引き抜くとヘンリーの前においた。

「こちらになります」

「見せて下さい!」

ヘンリーはまるで書類をひったくるように取ると、じっと眺め……ブルブル体を震わせた。

「な、な、何だ……これは……?」

「ええ、ですから婚姻届けです」

「そんなことは聞いていません。こんなのは嘘だ、デタラメだ。勝手に書類をでっち上げないで頂けますか!」

バシンと婚姻届をテーブルに叩きつけるヘンリー。

「嘘でもデタラメでもでっち上げでもありません。この下のサインはヘンリー様のですよね?」

チョンチョンとジャンヌはサインに触れる。

「うぐっ! こ、これは……」

「はい、紛れもなくヘンリー様のサインで間違いありませんね」

背後から書類を覗き込んでマイクは頷く。

「い、一体いつの間に……」

ヘンリーは震えながら記憶を呼び起こし……ハッと気付いた。

「そ、そうか! 親父が失踪する数日前、大量の書類を押し付けてきたが……まさかその中にこの書類が紛れ込んでいたのか!? マイク! お前なら知っているだろう!?」

マイクを怒鳴りつけるヘンリー。

「さぁ? 私は何のことやらさっぱり分かりません。ですが、旦那さまは仰ったはずです。書類に目を通し、サインするようにと。ヘンリー様、勿論そのようにされていますよね?」

「も、勿論だ……とも……」

ヘンリーは青ざめながら返事をする。

「ならば、私との婚姻を了承したということで宜しいですわね。では早速私の部屋を案内して頂けますか?」

立ち上がるジャンヌを見てヘンリーは慌てた。

「はぁ!? ちょ、ちょっと待ってくれ! ここで暮らすのか!? そんな話は聞いていなぞ! 大体……そう、部屋だって用意していない!」

「……先程からあなたは何を仰っているのですか?」

ジャンヌが眼鏡の奥から睨みつけてきた。

「な、何をって……?」

「わたしたちは結婚したのです。一緒に暮らすのは当然でしょう? それに手紙をだしておいたはずです。近い内にここへ嫁いでくるので部屋の用意をお願いしますと」

「手紙だって!? そんなものは……」

「ええ、領主様あてに手紙が何通も届いています。書斎の机の上に置かせていただいておりますが、残念ながらヘンリー様は1通も開封されておりませんが」

マイクが返答する。

「マイク! 手紙が来ていたなら口頭で言え! ただ置かれただけでは分からないだろう!?」

「いいえ、私は何度も何度も『ヘンリー様、お手紙が届いておりますので、目を通して下さい』と散々申し上げてきました。その度に『ああ、分かった』と返事をされていたではありませんか」

「そ、それは……」

マイクの言葉にヘンリーは思い返してみる。確かにそんな記憶があった気がしてきた。

「だ、だが、それは仕事が忙しくて……つい、うっかり返事をだな……」

そのとき。

「いい加減にして下さい!」

ピシャリとジャンヌが言い放ち、ヘンリーの肩がビクリと跳ねる。

「この際、手紙がどうのという話はもう結構です。重要なのは私が嫁いできたこと、そして自分の部屋を所望していることです。それで私の部屋はあるのですか? 無いのですか?」

「無い」
「あります」

マイクとヘンリーの声が同時に重なる。

「まぁ、お部屋はあるのですね? なら安心です」

ジャンヌが笑顔になった。

「はぁ!? 俺は今、無いと言ったんだぞ?」

「さ、若奥様。お部屋をご案内いたします。お荷物は私にお任せ下さい」

マイクがジャンヌの荷物を持つ。

「まぁ、ご親切にありがとうございます」

「おい! 2人だけで勝手に話を進めるな!」

部屋を出ていこうとする2人にヘンリーが抗議した。すると……。

「旦那様。お仕事がたまっていらっしゃるようですね? 私のことならお構いなく、仕事に戻って下さい。後ほどまた書斎にご挨拶に伺いますので。ではマイクさん。案内して頂けますか?」

「ジャンヌ様。もう私の名前を覚えてくださったのですね? では参りましょう」

「ええ」

「お、おい! 俺の話を聞け!」

ヘンリーは必死で声をかけるも、2人は振り返ることもなく部屋を出ていってしまった。

呆然とするヘンリーただ1人残して――
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】婚約破棄だと殿下が仰いますが、私が次期皇太子妃です。そこのところお間違いなきよう!

つくも茄子
恋愛
カロリーナは『皇太子妃』になると定められた少女であった。 そのため、日夜、辛く悲しい過酷な教育を施され、ついには『完璧な姫君』と謳われるまでになった。 ところが、ある日、婚約者であるヨーゼフ殿下に婚約破棄を宣言されてします。 ヨーゼフ殿下の傍らには綿菓子のような愛らしい少女と、背後に控える側近達。 彼らはカロリーナがヨーゼフ殿下が寵愛する少女を故意に虐めたとまで宣う。這いつくばって謝罪しろとまで言い放つ始末だ。 会場にいる帝国人は困惑を隠せずにおり、側近達の婚約者は慌てたように各家に報告に向かう。 どうやら、彼らは勘違いをしているよう。 カロリーナは、勘違いが過ぎるヨーゼフ殿下達に言う。 「ヨーゼフ殿下、貴男は皇帝にはなれません」 意味が分からず騒ぎ立てるヨーゼフ殿下達に、カロリーナは、複雑な皇位継承権の説明をすることになる。 帝国の子供でも知っている事実を、何故、成人間近の者達の説明をしなければならないのかと、辟易するカロリーナであった。 彼らは、御国許で説明を受けていないのかしら? 「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルバ」にも投稿しています。

公爵令嬢の立場を捨てたお姫様

羽衣 狐火
恋愛
公爵令嬢は暇なんてないわ 舞踏会 お茶会 正妃になるための勉強 …何もかもうんざりですわ!もう公爵令嬢の立場なんか捨ててやる! 王子なんか知りませんわ! 田舎でのんびり暮らします!

(完)愛人を作るのは当たり前でしょう?僕は家庭を壊したいわけじゃない。

青空一夏
恋愛
私は、デラックス公爵の次男だ。隣国の王家の血筋もこの国の王家の血筋も、入ったサラブレッドだ。 今は豪商の娘と結婚し、とても大事にされていた。 妻がめでたく懐妊したので、私は妻に言った。 「夜伽女を3人でいいから、用意してくれ!」妻は驚いて言った。「離婚したいのですね・・・・・・わかりました・・・」 え? なぜ、そうなる? そんな重い話じゃないよね?

選ばれたのは美人の親友

杉本凪咲
恋愛
侯爵令息ルドガーの妻となったエルは、良き妻になろうと奮闘していた。しかし突然にルドガーはエルに離婚を宣言し、あろうことかエルの親友であるレベッカと関係を持った。悔しさと怒りで泣き叫ぶエルだが、最後には離婚を決意して縁を切る。程なくして、そんな彼女に新しい縁談が舞い込んできたが、縁を切ったはずのレベッカが現れる。

(完結)私の夫は死にました(全3話)

青空一夏
恋愛
夫が新しく始める事業の資金を借りに出かけた直後に行方不明となり、市井の治安が悪い裏通りで夫が乗っていた馬車が発見される。おびただしい血痕があり、盗賊に襲われたのだろうと判断された。1年後に失踪宣告がなされ死んだものと見なされたが、多数の債権者が押し寄せる。 私は莫大な借金を背負い、給料が高いガラス工房の仕事についた。それでも返し切れず夜中は定食屋で調理補助の仕事まで始める。半年後過労で倒れた私に従兄弟が手を差し伸べてくれた。 ところがある日、夫とそっくりな男を見かけてしまい・・・・・・ R15ざまぁ。因果応報。ゆるふわ設定ご都合主義です。全3話。お話しの長さに偏りがあるかもしれません。

頑張らない政略結婚

ひろか
恋愛
「これは政略結婚だ。私は君を愛することはないし、触れる気もない」 結婚式の直前、夫となるセルシオ様からの言葉です。 好きにしろと、君も愛人をつくれと。君も、もって言いましたわ。 ええ、好きにしますわ、私も愛する人を想い続けますわ! 五話完結、毎日更新

最近様子のおかしい夫と女の密会現場をおさえてやった

家紋武範
恋愛
 最近夫の行動が怪しく見える。ひょっとしたら浮気ではないかと、出掛ける後をつけてみると、そこには女がいた──。

形だけの正妃

杉本凪咲
恋愛
第二王子の正妃に選ばれた伯爵令嬢ローズ。 しかし数日後、側妃として王宮にやってきたオレンダに、王子は夢中になってしまう。 ローズは形だけの正妃となるが……

処理中です...