上 下
5 / 98

5  標的

しおりを挟む
 大広間を追い出されるように出ると、扉の近くで執事が待っていた。

「お話がお済みになったようですね?ユリアナ様」

「はい。あの、待っていて下さったのですか?」

力なく執事に尋ねた。

「はい。貴女様はクラウス様の婚約者でいらっしゃいますから」

「婚約者……?」

 うつむいて両手を握りしめた。クラウスと婚約して5年、彼に私は一度だって尊重されたことがあっただろうか?

「帰ります……」

「では出口まで御案内致します」

 男性執事は会釈すると私の前に立って歩き始めた。そして彼の後をついて歩く私。
 長く続く廊下を歩きながら窓を見上げれば、いつの間にか雨が降っていた。

「雨だわ……」

「はい、ユリアナ様が中に入られてからすぐに振り始めました」

「そうですか……」

 御者のサムはどうしているだろうか?御者台にも屋根があるので、雨にあたることはないかもしれないが、彼のことが気がかりだった。



**

 エントランスを出て扉を開けてもらうと、外は本降りになっていた。

「まぁ、サム」

 すでに城門前には馬車が止められており、御者台に座るサムが上から降りてきた。

「雨が降ってまいりましたので、城の前で待たせて貰っておりました。どうぞお乗り下さい」

「ありがとう」

 サムが馬車の扉を開けてくれたので、そのまま私は乗り込むとすぐに扉は閉じられた。

「ユリアナ様。どうぞ……周囲にご注意してお気をつけてお帰り下さい」

 執事が心配そうな表情で私に声を掛けてきた。

「え?ええ。お気遣いありがとうございます」

 一体どうしたのだろう?今までそのような言い方をされたことは無かったのに。
 私が返事をすると同時に、馬車はガラガラと音を立てて走り出した――。


「ふぅ……それにしても驚いたわ……」

 背もたれにより掛かりながら、思わずため息が漏れてしまった。いきなりひと目をしのぶかのような場所と時間を指定され、挙げ句に婚約破棄を突きつけてくるなんて。

「一体クラウスは何を考えているのかしら……私との婚約破棄なんて、どんなにあがいても出来るはずないのに……」

 そんなことが出来るものなら、とっくに婚約破棄してもらいたかった。
 幾ら剣を握って、騎士団を率いて戦おうとも私も女。私を大切にしてくれる男性と恋愛だってしてみたかった。

 何処までも冷たく、私を蔑むクラウス。だけど、結婚し……一緒に暮らすようになれば恋愛感情は持てなくても、それなりの家族としての愛情を育めるだろうと思っていたのに……。

「とにかく、帰宅したらお父様に報告しなくては。でも恐らく婚約破棄と言われても陛下がお許しになるとは到底思えないけど……ましてや冷戦状態の『タリス』王国の姫なんて……」

 雨が降りしきる中、馬車の窓から見える暗闇の森を見つめている時……私は異変を感じた。

 森の木々の合間からオレンジ色の明かりがチラホラと遠くに見えたからだ。しかも明かりは徐々にこちらに近づいてきているように感じる。
 
 私は無言で傍らに置いた剣を握りしめると、窓の外を注視した。

 その時――。

「ウワアアアアアアッ!!」

 突然御者台に座るサムが悲鳴を上げた。

「サムッ?!どうしたのっ?!」

 馬車の窓から顔を出した時、私の顔すれすれを弓矢が通り過ぎていった。

「!」

 慌てて頭を引っ込めると、苦しげなサムの声が聞こえてきた。

「ユリアナ様っ!!絶対に……窓から顔を出さないで下さい!!」

「えっ?!サムッ?!」

 すると、馬車は突如狂ったように速度を上げて森の中を走り始めた。

「キャアッ!!」

 はずみで椅子の上に倒れ込む。

「サ、サム……!な、なんてことなの……!」

 この馬車は……狙われているっ!!
 
 そう思ったときには……全てが手遅れだった――。

しおりを挟む
感想 9

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢になるのも面倒なので、冒険にでかけます

綾月百花   
ファンタジー
リリーには幼い頃に決められた王子の婚約者がいたが、その婚約者の誕生日パーティーで婚約者はミーネと入場し挨拶して歩きファーストダンスまで踊る始末。国王と王妃に謝られ、贈り物も準備されていると宥められるが、その贈り物のドレスまでミーネが着ていた。リリーは怒ってワインボトルを持ち、美しいドレスをワイン色に染め上げるが、ミーネもリリーのドレスの裾を踏みつけ、ワインボトルからボトボトと頭から濡らされた。相手は子爵令嬢、リリーは伯爵令嬢、位の違いに国王も黙ってはいられない。婚約者はそれでも、リリーの肩を持たず、リリーは国王に婚約破棄をして欲しいと直訴する。それ受け入れられ、リリーは清々した。婚約破棄が完全に決まった後、リリーは深夜に家を飛び出し笛を吹く。会いたかったビエントに会えた。過ごすうちもっと好きになる。必死で練習した飛行魔法とささやかな攻撃魔法を身につけ、リリーは今度は自分からビエントに会いに行こうと家出をして旅を始めた。旅の途中の魔物の森で魔物に襲われ、リリーは自分の未熟さに気付き、国営の騎士団に入り、魔物狩りを始めた。最終目的はダンジョンの攻略。悪役令嬢と魔物退治、ダンジョン攻略等を混ぜてみました。メインはリリーが王妃になるまでのシンデレラストーリーです。

転生先ではゆっくりと生きたい

ひつじ
ファンタジー
勉強を頑張っても、仕事を頑張っても誰からも愛されなかったし必要とされなかった藤田明彦。 事故で死んだ明彦が出会ったのは…… 転生先では愛されたいし必要とされたい。明彦改めソラはこの広い空を見ながらゆっくりと生きることを決めた 小説家になろうでも連載中です。 なろうの方が話数が多いです。 https://ncode.syosetu.com/n8964gh/

慟哭の螺旋(「悪役令嬢の慟哭」加筆修正版)

浜柔
ファンタジー
前世で遊んだ乙女ゲームと瓜二つの世界に転生していたエカテリーナ・ハイデルフトが前世の記憶を取り戻した時にはもう遅かった。 運命のまま彼女は命を落とす。 だが、それが終わりではない。彼女は怨霊と化した。

悪役令嬢の慟哭

浜柔
ファンタジー
 前世の記憶を取り戻した侯爵令嬢エカテリーナ・ハイデルフトは自分の住む世界が乙女ゲームそっくりの世界であり、自らはそのゲームで悪役の位置づけになっている事に気付くが、時既に遅く、死の運命には逆らえなかった。  だが、死して尚彷徨うエカテリーナの復讐はこれから始まる。 ※ここまでのあらすじは序章の内容に当たります。 ※乙女ゲームのバッドエンド後の話になりますので、ゲーム内容については殆ど作中に出てきません。 「悪役令嬢の追憶」及び「悪役令嬢の徘徊」を若干の手直しをして統合しています。 「追憶」「徘徊」「慟哭」はそれぞれ雰囲気が異なります。

幼い公女様は愛されたいと願うのやめました。~態度を変えた途端、家族が溺愛してくるのはなぜですか?~

朱色の谷
ファンタジー
公爵家の末娘として生まれた6歳のティアナ お屋敷で働いている使用人に虐げられ『公爵家の汚点』と呼ばれる始末。 お父様やお兄様は私に関心がないみたい。愛されたいと願い、愛想よく振る舞っていたが一向に興味を示してくれない… そんな中、夢の中の本を読むと、、、

【完結】不協和音を奏で続ける二人の関係

つくも茄子
ファンタジー
留学から戻られた王太子からの突然の婚約破棄宣言をされた公爵令嬢。王太子は婚約者の悪事を告発する始末。賄賂?不正?一体何のことなのか周囲も理解できずに途方にくれる。冤罪だと静かに諭す公爵令嬢と激昂する王太子。相反する二人の仲は実は出会った当初からのものだった。王弟を父に帝国皇女を母に持つ血統書付きの公爵令嬢と成り上がりの側妃を母に持つ王太子。貴族然とした計算高く浪費家の婚約者と嫌悪する王太子は公爵令嬢の価値を理解できなかった。それは八年前も今も同じ。二人は互いに理解できない。何故そうなってしまったのか。婚約が白紙となった時、どのような結末がまっているのかは誰にも分からない。

悪役令嬢の矜持〜世界が望む悪役令嬢を演じればよろしいのですわね〜

白雲八鈴
ファンタジー
「貴様との婚約は破棄だ!」 はい、なんだか予想通りの婚約破棄をいただきました。ありきたりですわ。もう少し頭を使えばよろしいのに。 ですが、なんと世界の強制力とは恐ろしいものなのでしょう。 いいでしょう!世界が望むならば、悪役令嬢という者を演じて見せましょう。 さて、悪役令嬢とはどういう者なのでしょうか? *作者の目が節穴のため誤字脱字は存在します。 *n番煎じの悪役令嬢物です。軽い感じで読んでいただければと思います。 *小説家になろう様でも投稿しております。

リリゼットの学園生活 〜 聖魔法?我が家では誰でも使えますよ?

あくの
ファンタジー
 15になって領地の修道院から王立ディアーヌ学園、通称『学園』に通うことになったリリゼット。 加護細工の家系のドルバック伯爵家の娘として他家の令嬢達と交流開始するも世間知らずのリリゼットは令嬢との会話についていけない。 また姉と婚約者の破天荒な行動からリリゼットも同じなのかと学園の男子生徒が近寄ってくる。 長女気質のダンテス公爵家の長女リーゼはそんなリリゼットの危うさを危惧しており…。 リリゼットは楽しい学園生活を全うできるのか?!

処理中です...