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テオ・スペンサー

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1

 今日も俺は神殿の見回りをしていた。やはり裏生徒会なんかに所属していたからだろうか?どうにもソフィーの兵士達の蛮行が目に余り、誰に頼まれた訳でもなく、風紀を乱している輩はいないか・・・見張りをして回っている。

その時・・・
神殿の中庭に面したり廊下から女性の悲鳴が聞こえて来た。
チッ!あいつ等又・・・!女を襲っているな?!

俺は急いで悲鳴の上がった方向へ駆けていくと・・・やはり思った通り、兵士が女を床に押し倒して蛮行に及ぼうとしていた。

「貴様・・・・!何してるんだっ!!」

言うが早いか、問答無用で男の襟首をつかむと、力づくで頬を拳で殴りつける。
兵士は油断していたのか、そのまま床に伸びてしまった。
恐怖の為か・・・放心状態で床の上に倒れたままの女に俺は声をかけた。

「おい、大丈夫だったか?!」

そして腕を掴んで助け起こし・・・驚いた。
特徴のある大きな紫色の瞳・・・そして人目を引く程のその美貌・・・。随分髪の毛は短くなってしまったが・・・。
「あ・・・れ・・・。おまえ・・・ひょっとしてジェシカか・・・?!」

すると俯いていた女が顔を上げた。

「テ・テオ・・さん?」

そう、俺が助けた女性はジェシカだった—。


ジェシカは・・・余程怖かったのか、放心状態の上・・・身体が小刻みに震えている。
だから俺はジェシカを強く抱きしめた。
「大丈夫だ・・・。お前は何もされていない。それにあの男は俺が殴りつけて気絶させてやったから安心しろ・・・。」
かなり興奮していたようだったから落ち着かせるために頭や背中を撫でながらジェシカに言う。
するとジェシカは俺の胸に顔を押し付けると、肩を震わせてすすり泣くように泣いた。まるで大声で泣きたいのをこらえるかのように・・・その姿があまりに痛々しくて・・・俺は強くジェシカを抱きしめた。一体何があったんだ・・・ジェシカ。しかもこんなにやつれてしまって・・・・。腕の中で泣くジェシカが・・俺は憐れで堪らなかった。


「どうだ、ジェシカ。少しは落ち着いたか?」
ようやく泣き止んだジェシカに俺は尋ねた。ジェシカは泣いたことを俺に謝罪してきたが・・・謝る必要なんてどこにある?
ジェシカが心配で見ていられなくなった俺は肩を引き寄せるとジェシカは素直に俺の肩に頭を預けて瞳を閉じた。
良く見ると・・心なしか頬も少しこけている用に見えた。ほんの一月ほど姿を見せなかっただけなのに・・俺は正直ジェシカの余りの変貌ぶりに驚いていた。

あれ程長く美しかった栗毛色の髪をばっさりと切り落とし・・・身体もこんなにやせ細って・・・・。その瞬間俺は・・・彼女を守ってやらなければと思う気持ちがふつふつと湧きあ上がってくるのを感じた。
ジェシカをここまで苦しめた原因を作った人間がいるなら・・・1発ぶん殴ってやりたい衝動に駆られるほどに。

 ジェシカに自分達が、『ワールズ・エンド』に行った後の話しを聞かれ、俺がその当時の話しをすると、ジェシカはますます顔色が悪くなっていく。特にマシューの話しになると、今にも倒れそうになるほどに。
だから俺は言った。
「大丈夫だっ!俺は・・・いや、学院中の人間は誰一人としてお前がマシューを殺害した犯人だとは思っていないっ!」

その時、俺達の背後で声が聞こえた。

「誰が、俺を殺害した犯人ですって?」 
途端に腕の中のジェシカの小さな身体が可愛そうな位に跳ね上がる。
どうしたんだ・・・?ジェシカ・・・?
い、いや。それよりもマシューだ。
「お・・・お前・・・い、生きていたのかっ?!」

「ええ、その辺りの記憶が混濁して・・・良く分かりませんが、見ての通り俺は生きてますよ。」

しかし、ますますジェシカの様子がおかしくなってくる。身体はガタガタ震え、必死に何かに耐えている。そして俺の胸に縋り付くかのようにしがみついてくる姿はあまりにも痛々しかった。
「?どうした、ジェシカ・・・?お前・・・様子がおかしいぞ?」 
俺はしっかりジェシカを抱きしめると尋ねた、しかしジェシカは無言だった。

「あ・・・何か、俺お邪魔だったみたいですね・・・。席外しますよ。」

その時マシューが俺達に声をかけてきた。その様子があまりにもあっさりしているので、俺は耳を疑った。
う・・・嘘だろう?マシュー。お前・・・ジェシカの事を好きだったはずじゃあ無かったのか・・・?今のはまるで・・ジェシカの事など意に介さない態度だったぞ。
だが・・・今の様子で分かった。ジェシカがおかしくなってしまったのは、全てマシューが原因だ。・・・許せない。俺の中でマシューに対する怒りが湧いてくる。よくもジェシカを苦しめたな・・・。 あいつと話しをつけなければ・・・っ!!
だが・・・それにしては少し様子がおかしくも感じた。ばかげているとは思ったが・・・。
「おい・・・お前・・・マシューだよな?」
怒りを抑えながら念の為に確認してみる。

「ええ。そうですけど?どうかしましたか?」

マシューは不思議そうな顔で俺を見た。

「・・・いや、何でも無い・・・。後で、2人だけで話がしたい。1時間後に・・この場所に来てくれるか?」

するとマシューは頷くと、急ぎの様でもあるのか駆け足で去って行った。・・一度もジェシカに声を掛ける事も・・・振り向く事もせずに・・・。
もしかして・・喧嘩でも・・・したのか?嫌・・違うな。そんな生易しい物では無いと言う事は・・・恋愛関係に鈍い俺にだって良く分かる。

「ジェシカ・・・。マシューの奴・・・行ったぞ?」

俺は出来るだけ優しい声でジェシカに話しかけた。

「あ・・・。」

ジェシカは顔を上げて俺を見た。ジェシカは大きな瞳を震わせて、目が潤んでいる。瞬きでもしようものなら涙が溢れてきそうなほどに・・・。唇は小さく震え、顔色は真っ青で・・・・・・その表情は悲しみと・・・絶望に満ちていた。
その表所を見た途端・・・俺の心臓は鷲掴みにされたような感覚を覚えた。
腕の中で俺に縋りついて小刻みに震えるその姿は・・・俺の庇護欲を掻き立てるには十分だった。

「・・・っ!おまえ・・・何て顔してるんだよ・・・っ!」
思わず顔が歪み、ジェシカを力強く胸に抱き締めた。
ジェシカを・・・守ってやりたい・・・!いや、俺が必ずジェシカを守る・・・っ!

「今は・・・何があったかは聞かないでおくが・・・泣きたいなら我慢しないで泣け。俺の胸でよければ・・・いつでも貸してやるから・・・っ!好きなだけ泣いてしまえよ・・・。」

「テ・・テオさん・・・。」

ジェシカは涙声で俺に縋りついている。

「テオでいいよ。」

「え・・・?」

「俺はさん付けで呼ばれるようなタイプの男じゃないさ。いいからテオって呼んでみろよ。」

「テ・・・テオ・・?」

ジェシカは涙を湛えながら俺をじっと見つめている。
「ああ・・・それでいい。ジェシカ。」
この瞬間・・・・俺は恋に堕ちていた。ジェシカ・・・。お前が愛しい。俺がお前の笑顔を取り戻してやる・・・!

「テ・・・テオ・・・。」

ジェシカは言うと俺の胸に顔を埋め・・いつまでも泣き続けた。


その後、ようやく泣き止んだジェシカに生徒会室の鍵を渡した。
魔物の襲撃さえ来なければ・・・あの場所が恐らくジェシカに取って一番安心できる場所だからだ。
俺はふらふらと歩くジェシカの背中を見送りながら・・・マシューへの怒りをたぎらせた。

マシューの奴め・・・!良くもジェシカを・・・待ってろよ・・・。
絶対に只では済まさないからな・・・っ!

そして俺はマシューとの待ち合わせ場所へ向かった—。



2

待ち合わせ場所に指定した場所に行ってみると既にそこにはマシューの姿があった。

「待たせたな・・・。」
なるべく怒気を押さえた声で言うが、どうにもマシューに対する怒りが抑えられない。

「いえ・・・。別にいいですよ。それ程待ってはいませんから。ただ・・・なるべく手短に話を終わらせて貰えますか。ソフィーを待たせているんです。出来るだけ彼女を1人にさせておきたくないんですよ。」

俺はその言葉を聞いただけで、一瞬で頭に血が上るのを感じた。

「何・・・?ソフィーだと・・・っ?!あの女のことかっ!」

気付くと俺はマシューの胸倉を掴んでいた。馬鹿な・・・・!誰もがもうあの女に見切りをつけていると言うのにこの男は一体何をふざけた事を言ってるんだっ?!

「待って下さい、テオ先輩。俺が言ってるのは・・・本物の聖女ソフィーの事ですよ。今行方をくらましているソフィーとは全くの別人です。俺と・・・ジェシカが城に閉じ込められていた彼女を助け出したんですよ。」

マシューの口からジェシカの名前が出て来て、再度俺は怒りが湧いてきた。

「ああ・・・!そうだ、ジェシカだっ!お前・・・一体彼女に何をしたんだっ?!」

「え?ジェシカにですか・・・?別に俺は何もしていませんよ。本当です。彼女に直に話を聞いてみてくださいよ。」

「いいや・・・。お前はさっき完全にジェシカの存在を無視していたぞ・・・?俺がジェシカを抱きしめていても無反応だったじゃないかっ!一体どう言うつもりだっ?!」

「え・・?何故俺がテオ先輩とジェシカが抱き合っている姿を見ただけで、反応しないとならないんですか?・・・俺には無関係な話じゃないですか。」

おかしい・・・。さっきから俺とマシューの会話にズレが生じている気がする。

「お前・・・あれ程ジェシカの事を・・好きだっただろう?」

マシューの襟首を捕まえながら俺は言った。すると・・・。

「え?何を言ってるんですか。テオ先輩。俺は彼女に何の感情も持っていないです。だって俺の愛する女性は、聖女ソフィーなんですから。」

その言葉を聞いて俺は凍り付いた。もうここまで来れば話は明確だ。
ジェシカは・・・マシューの事が好きだったのに・・・この男はジェシカを捨てて、別の女に心変わりしたのだ。そういえば・・・マシューは最初に気になる事を言ってたな・・・。

「おい、マシュー。おまえ・・・ジェシカと2人で・・本物の聖女ソフィーを城から助け出したって言ってたよな・・・・?」

「ええ。そうですよ。ただ・・俺は呪いの仮面をどうやら偽物ソフィーから被せられていたようで・・あまり記憶が無いんですが、気付いたら目の前にソフィーが立っていて、俺の仮面を外してくれたんですよ。・・・一目、彼女を見た時から・・俺は彼女に恋をしてしまいました・・・・。」

マシューは頬を染めて言う。

「な・・・なんて事だ・・・。」

俺はジェシカの気持ちを思うと・・・彼女があまりにも可哀そうで不覚にも目頭が熱くなってきてしまった。
恐らくジェシカは本物の聖女を救い・・・ついでにマシューに被せられた仮面の呪いを解いて貰う為にこの男を城に連れて行ったんだ。
そしてマシューはジェシカの事を好きだった記憶を忘れ、ソフィーに恋をしたのでは無いだろうか・・・?
あれ程ジェシカが悲しんでいたという事は・・・きっとマシューとジェシカは相思相愛だったのだろう。ところが、マシューの呪いが解けた途端・・・目の前で心変わりされたんだ・・・。
ジェシカ・・・ッ!こんな男に関わってる暇があるなら、ジェシカの側にいた方がずっと彼女の為だっ!

「どうしたんですか・・?テオ先輩。用事が無ければ・・・もう俺戻ってもいですか?ソフィーの事が心配なので、彼女の側にいてあげたいんです。」

マシューは真剣な目で俺に言う。だが・・・お前は覚えていないだろうな?かつて のお前は同じ台詞をジェシカに言っていたという事を・・・。

「・・・ああ・・。分かったよ。好きにしろ。だがな・・俺はもうお前にジェシカは渡さないからな?後で彼女を返してくれって言われても・・・返すつもりはないからな?」

「え?何言ってるんですか。テオ先輩。俺がジェシカの事を好きになるなんて・・・後にも先にも無いですよ。それでは失礼します。」

そしてマシューは去って行った。

「後にも先にも無い・・・か・・・。」

最期のマシューの言葉が自分の事ではないのに、俺は深く傷ついてしまった。
あの時、俺の腕の中にいたジェシカは・・・一体どんな気持ちだったのだろう?
愛する男が・・・その記憶を無くしてしまった瞬間を目の当たりにした時・・・。
すぐにジェシカの元へ行かなくては・・・!
俺は転移魔法で生徒会室へ飛んだ―。


「ジェシカ・・戻ったぞ。いるか?」

だが生徒会室にはジェシカの姿が見当たらない。まさか・・・ここには来ていないのか?
けれど・・・その心配は稀有だった。ジェシカは生徒会室のソファの上で小さく丸まって眠っていた。可哀そうに・・・泣きながら眠ったのだろうか?
ジェシカの頬には幾筋もの涙の痕が残っていた。

「ジェシカ・・・。もうあんな男の事は・・・忘れろ。代わりに俺がいる。俺が・・・マシューの分までお前を愛するから・・・お前もマシューの事は忘れて、俺の事を好きになってくれ・・・。」

そっとジェシカの髪に触れながら・・・眠っているジェシカに愛を告白した・・・。
その時、ジェシカが寝言を呟いた。

「マシュー・・・。お願い・・・行かないで・・・。貴方を・・愛してるのよ・・・。お願い・・・。」

うなされるように寝言を言いながら、再びジェシカの目から涙が伝ってゆく。
ジェシカ・・・。お前は・・・。呪いが解けた後のマシューに・・何も伝えなかったのか?かつてマシューが好きだった相手は自分だったと・・・。そしてマシューに自分の気持ちを・・何も言わなかったのか・・?

気付けば・・・ジェシカを憐れみ・・・俺は涙を流していた・・・。
そして俺はジェシカの目が覚めるまで・・・ずっと彼女の側にいた—。

 それから約1時間後—。

「う・・・ん・・・。」

ジェシカが身じろぎをして・・・ゆっくり目を開けた。そして目の前に俺の姿を見つめると言った。

「ジェシカ。目・・覚めたか?」

「あ・・テ、テオさん・・・っ!」

ジェシカは慌てたようにガバッと飛び起きた。

「こら、テオさんじゃない。テオと呼べと言っただろう?」

笑みを称えながら俺はジェシカを軽くこづく真似をした。

「あ・・ご、ごめんなさい・・・テオ。貴方を待っていたら・・・眠ってしまって。」

ジェシカは顔を赤らめながら俺に弁明する。そんな彼女を・・・俺は愛しいと思った。

「あ、あの・・・そ・・それでマシューとの話は・・・?」

ジェシカは俯きながら尋ねて来た。

「話し・・・聞きたいか?」

尋ねると、ジェシカは暫く固まっていたが・・・首を振った。

「今は・・・まだ・・・。」

俺はジェシカの小さな手を握り締めると言った。

「ジェシカ。何があったのかは・・・今は聞かないでおく。いつか・・・お前が話せる時が来たら・・・話したいって思える時が来たら・・・話してくれるか?」

「テオ・・・。それは・・・。」

ジェシカは俯いた。

「どうしたんだ。ジェシカ?」


「それは・・・多分無理な話ですよ。」

ジェシカは寂しげに笑うと言った。

「何が?どうして無理なんだ?」
ジェシカ・・・何を考えてるんだ?

「私・・・決めたんです。今回の事件が無事に解決したら・・・ここを去ります。誰も知り合いのいない・・・遠い場所で・・生きていこうって決めたんです。だから・・・多分テオには話せる機会は無いと思うんです。ごめんなさい。」

ジェシカが頭を下げて来た—。
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