上 下
172 / 258

第1章 7 今は見逃してください

しおりを挟む

「ア・・・・アラン王子・・・?な、何故・・・?ゴホッ!ゴホッ!」
再び激しく咳き込む私。

「ジェシカ?駄目だ、今はまだ喋るなっ!お前・・・バスルームで溺れかけていたんだからな?!」

アラン王子は赤い目をして私を見つめながら言った。・・・ひょっとして・・泣いていたの・・・?
その時・・・
バアンッ!!
激しくドアが開かれ、デヴィットが室内に飛び込んできた。

「どうした?ジェシカッ!何があったんだ?!」

そして・・・バスタオル1枚でくるまれアラン王子に抱きかかえられている私を見ると、デヴィットの顔色がサッと変わる。

「ジェシカッ?!」

そしてアラン王子を激しく睨み付けると言った。

「おい、お前・・・確か1年で聖剣士のアラン・ゴールドリックだったかな・・・?フン、偽物聖女の犬め。一体ジェシカに何をしていたんだ・・?さっさと彼女から離れろッ!」

「何だと・・・?お前・・・俺の事を良く知ってるようだが・・。ジェシカはここでおぼれ死にそうになっていた所を俺が助けにきたんだ。お前こそジェシカの何なんだ?」

言いながらアラン王子はますます強く私を抱きしめて来る。私は2人の会話をまだ靄のかかった頭で聞いていた。分からない・・何故、アラン王子がここにいるの・・?何故私は抱きかかえられてるの・・?だけど・・・。徐々に頭の中の靄が晴れていく・・・。アラン王子は・・ソフィーの聖剣士・・・。ソフィーの・・・。まさか私を捕まえる為に・・?まだ・・・捕まりたくない・・・っ!目に涙が浮かんでくる。
逃げなくちゃ・・・。

「い・・・や・・・。」
私は力の入らない身体で抵抗した。

「?どうした?ジェシカ?」

不思議そうな顔で私を見つめるアラン王子だが・・・私の目に涙が浮かんでいるのを見つけたのか一瞬ハッとした顔になった。


「は・・・放して・・アラン・・王子・・・。」

「っ!ジェシカ・・・・ッ!」

途端に傷ついた顔を見せるアラン王子。一瞬罪悪感が募る。だけど・・・彼は・・。
私は目を泳がせてデヴィットを探し・・・彼と視線がぶつかった。

「デ・・・デヴィット・・さん・・・。」
弱々しい声しか出せないが、必死で笑顔を作ると、力の入らない手を何とか持ち上げて、デヴィットの方へ向けて、再度声を振り絞った。
「お・・・願い・・・き・・・て下さ・・い・・。」

デヴィットの顔がアラン王子に対してなのか・・・怒りの表情を浮かべた。

「ジェシカ・・・ッ!」

デヴィットに助けを求めて手を伸ばす、そんな私を見てアラン王子の目にみるみる内に涙が溜って来る。

「ジェシカ・・・それ程俺が・・・嫌・・・なのか・・?」
嗚咽を堪えるように声を振り絞るアラン王子。

「おい!アラン王子!ジェシカが嫌がってる!彼女を離せ!」

デヴィットは大股で近付いてくると強引にアラン王子の肩を掴んだ。・・アラン王子は観念したのか、溜息をつくと抱きかかえた私の身体をデヴィットに預けた。

「ジェシカ・・・。大丈夫だったか?」

デヴィットの身体に収まると、私は彼の首に腕を回し・・・安堵の深呼吸をした。

「・・・・!」

アラン王子の息を飲む気配を感じたが・・・今のアラン王子は私にとって脅威以外の何者でもない。私を捕えてソフィーに引き渡すつもりでここに来たのだろうか?

「お・・お願いです・・。アラン王子・・・。」

アラン王子に背を向けたままデヴィットにしがみ付いた私は何とか声を振り絞る。

「お願い?何だ?何でも言ってくれ。」

「おい、ジェシカ。この男に何を頼むつもりなんだ?」

デヴィットは私をしっかり抱きかかえたまま尋ねて来た。

「どうか・・・今は・・見逃して・・下さい・・・。お願い・・・。」
そして益々デヴィットの身体にしがみつくが、アラン王子が怖くて身体が小刻みに震えてしまう。

「おい、聞いたか。アラン王子。ジェシカがこれ程にお前の事を怖がっているんだ。可哀そうに、こんなに震えて・・・分かったら早くここから出て行け。そして・・・少しでも彼女を想う気持ちがあるなら・・彼女の言葉通り・・今回は見逃してやってくれ。」

「くっ・・・!わ・・分かった・・・。ジェシカ・・・。」

下を向いて唇を噛み締めるアラン王子。・・・ひょっとすると、私は今・・・すごく彼の事を傷付けているのかもしれないが・・・。それでも今のアラン王子は私にとって脅威以外の何者でも無かった。
次の瞬間・・・一瞬でアラン王子はこの部屋から居なくなってしまった。

2人きりになると、デヴィットが言った。

「ジェシカ・・・。大丈夫だったか・・・?いや、あまり大丈夫そうには見えないな・・。お前・・・そこの風呂場で溺れかけたんだろう?」

デヴィットの声にいたわりを感じる。

「はい・・・そう・・・みたいです・・。」

「まあ・・・でも溺れかけたお前を助けたんだから・・アラン王子には一応感謝だな・・・。ところで・・・。」

コホンと咳ばらいをし、視線を逸らせて顔を赤らめたデヴィットが言った。

「1人で着替えられるか?ジェシカ。」

そこで私は今も自分がバスタオルを巻き付けただけの姿をしている事に気が付く。
「あ・・・。」
道理で先程からデヴィットの顔が赤らんでいる訳だ。着替えはしたいが・・腕と身体に力がどうしようもなく入らない。
「あ、あの・・・今は・・・着替え・・・無理そう・・です・・。だ、だからお願いです・・ベッドまで・・・・運んでもらえますか・・・?」

途端に耳まで真っ赤に染めるデヴィット。

「な?な・な・な・・。い、今・・何を言ってるか自分で分かってるのか?!」

「?はい・・。もう今夜は・・この恰好で・・眠ろうかと思って・・・。それが・・何か・・?」

「あ、ああ・・。何だ、そういう事か・・・。」

溜息をつきながらデヴィットは苦笑した。そしてを抱きかかえたままベッドに運ぶと、寝かせてくれた。

「風邪・・引かないようにしろよ?」

毛布をかけながらデヴィットは言う。

「はい・・気を付けます。起き上がれるようになったら・・着替えるので・・・。」
素直に返事をする。

「ああ。そうした方がいい。それにしても・・。」

コホンと咳払いするとデヴィットは言った。

「ジェシカ・・・お前、軽すぎる。その・・・もっと沢山食べないと・・。」

「え・・?」

「あ・・そ、その何でも無い。お休み。」

それだけ言い残すとデヴィットは部屋から出て行った。

「ふう・・・。」

私は天井を見上げると溜息をついた。それにしても・・何故突然この場にアラン王子が現れたのだろう?ソフィーの命令で私を捕えに?でも・・・それだったらさっさと私をあの場から連れ去っても良かったはず・・・。それに私を見て泣いていた・・。
あの時のアラン王子は正気だったのかもしれない。だとしたら・・・。
「私・・すごくアラン王子を・・・傷付けてしまったかも・・・・。」
そして、そのまま私は急激な眠気に襲われ・・・・結局そのまま眠ってしまった・・・。


<ジェシカ・・・・ジェシカ・・・・。>
誰・・・?誰が私を呼んでるの・・・?
気付けば私は見知らぬ森の中に立っていた。
<お願い、ジェシカ・・・こっちへ来て・・・。私を助けて・・・。>
弱々しい声が何処か遠くから私に呼びかけて来る。
うん、待っていて。今・・・そっちに行くから・・・。
私は何処までも森の中を月明かりを頼りに歩き続ける。
やがて・・・目の前が開けると、そこには月の明かりに照らされて古びた城のシルエットが浮かび上がっていた。・・どうも助けを呼ぶ声はこの城から聞こえていたようだ。
ねえ・・・私、来たよ。何処?何処にいるの・・・?
途切れてしまった声の主に必死で呼びかける。すると、再び声が聞こえて来た。

<この・・・城の・・塔の・・一番高い所・・・。>

私は城を見上げた。すると確かに城の最も最上階に窓が付いた塔が見える。あの場所は・・・相当高い場所にありそうだ。
ねえ、もしかして閉じ込められてるの・・・?
心の中で呼びかけてみる。
<ジェシカ・・・どうか・・・どうか・・・私の名前を・・・呼んで・・・。早くしないと・・もう時間が・・・。貴女しか私を助ける事が・・・。>
時間?時間て・・・一体何の事?今の私は学院から追われる身。それに魔法も使えないのに・・そんな私がどうやって助ける事が出来るって言うの?

けれど・・・二度と『声』は答える事が無かった—。




しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

オークと女騎士、死闘の末に幼馴染みとなる

坂森大我
ファンタジー
 幼馴染みである奥田一八と岸野玲奈には因縁があった。  なぜなら二人は共に転生者。前世で一八は災厄と呼ばれたオークキングであり、玲奈は姫君を守護する女騎士だった。当然のこと出会いの場面は戦闘であったのだが、二人は女神マナリスによる神雷の誤爆を受けて戦いの最中に失われている。  女神マナリスは天界にて自らの非を認め、二人が希望する転生と記憶の引き継ぎを約束する。それを受けてオークキングはハンサムな人族への転生を希望し、一方で女騎士は来世でオークキングと出会わぬようにと願う。  転生を果たした二人。オークキングは望み通り人族に転生したものの、女騎士の希望は叶わなかった。あろうことかオークキングであった一八は彼女の隣人となっていたのだ。  一八と玲奈の新しい人生は波乱の幕開けとなっていた……。

オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!

みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した! 転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!! 前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。 とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。 森で調合師して暮らすこと! ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが… 無理そうです…… 更に隣で笑う幼なじみが気になります… 完結済みです。 なろう様にも掲載しています。 副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。 エピローグで完結です。 番外編になります。 ※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。

悪役令嬢の逆襲~バッドエンドからのスタート

結城芙由奈@12/27電子書籍配信
ファンタジー
重要ミッション!悪役令嬢になってバッドエンドを回避せよ! バッドエンドを迎えれば、ゲームの世界に閉じ込められる?!その上攻略キャラの好感度はマイナス100!バーチャルゲームの悪役令嬢は色々辛いよ <完結済みです>

君が目覚めるまでは側にいさせて

結城芙由奈@12/27電子書籍配信
恋愛
大切な存在を失った千尋の前に突然現れた不思議な若者との同居生活。 <彼>は以前から千尋をよく知っている素振りを見せるも、自分には全く心当たりが無い。 子供のように無邪気で純粋な好意を寄せてくる<彼>をいつしか千尋も意識するようになり・・・。 やがて徐々に明かされていく<彼>の秘密。 千尋と<彼>の切ないラブストーリー

幼妻は、白い結婚を解消して国王陛下に溺愛される。

秋月乃衣
恋愛
旧題:幼妻の白い結婚 13歳のエリーゼは、侯爵家嫡男のアランの元へ嫁ぐが、幼いエリーゼに夫は見向きもせずに初夜すら愛人と過ごす。 歩み寄りは一切なく月日が流れ、夫婦仲は冷え切ったまま、相変わらず夫は愛人に夢中だった。 そしてエリーゼは大人へと成長していく。 ※近いうちに婚約期間の様子や、結婚後の事も書く予定です。 小説家になろう様にも掲載しています。

はじめまして、期間限定のお飾り妻です

結城芙由奈@12/27電子書籍配信
恋愛
【あの……お仕事の延長ってありますか?】 貧しい男爵家のイレーネ・シエラは唯一の肉親である祖父を亡くし、住む場所も失う寸前だった。そこで住み込みの仕事を探していたときに、好条件の求人広告を見つける。けれど、はイレーネは知らなかった。この求人、実はルシアンの執事が募集していた契約結婚の求人であることを。そして一方、結婚相手となるルシアンはその事実を一切知らされてはいなかった。呑気なイレーネと、気難しいルシアンとの期間限定の契約結婚が始まるのだが……? *他サイトでも投稿中

処理中です...