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マシュー・クラウド ⑥

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1

俺とジェシカは今、公園のベンチに2人で並んで座り、海に沈む夕日を一緒に眺めていた。
ジェシカも俺も一言も喋らない。今隣に座っている彼女は何を考えているのだろうか?俺は出来ればもう少しこうしていたい・・。ジェシカと離れたくない。このままずっとこうして2人でいられたら・・・。
でも現実は残酷。まだジェシカには伝えていない事が俺にはある。
俺が彼女の側にいられる時間も後残り僅かなんだ。
本当はこの学院に入学した時から俺はジェシカを知っていたのに、手の届かない存在だと最初から諦めて、単なる傍観者になろうと決めつけてた・・。
でも本当は・・。
 ふと空を見上げている中、俺は我に返った。いつの間にかオレンジ色の空に変わり、星が空に瞬いていた。

「ねえ、マシュー。」

その時、突然ジェシカの方から俺に声を掛けて来た。 

「何だい、ジェシカ。」
ああ・・そうか。もう学院に帰ろうと言う事だな。俺は彼女の次の言葉を待った。
しかし、ジェシカの言葉は意外なものだった。

「魔界でも・・・星が見えるの?」

え・・何だって?星の事を聞きたいの?それじゃ・・まだ帰るつもりは無いって事だと受け取ってもいいのかい?
俺は昔行った事がある魔界の世界を思い出しながらジェシカに説明した。そう、魔界は・・・寂しくて・・生きにくい所・・。だけど人間と魔族のハーフである俺にとってはこちら側の世界も決して俺に優しい世界とは言えなかった・・。

「マシュー・・・・。」
 その時、ジェシカが俺の指に自分の細い指を絡めて来た。
え?ジェシカ・・・・?
彼女は俺の顔をじっと見つめていた。まるでその表情は俺を憐れんでいるかのように・・・。
 そうだ、俺は・・行動する前から彼女を諦めてしまっていたんだ。
本当は・・・手を伸ばせばすぐ届く場所にジェシカはいてくれたのに・・・!
ジェシカは俺に言ってくれた。家族以外にも教会の人達だって、俺に寄り添ってくれていると。

「それに・・・。」

ジェシカはそこで言葉を切った。それに・・・?一体何を言おうとしていたのだろう?問い詰めても答えてくれないジェシカ。
きっと、彼女の事だ・・。俺の理解者として寄り添ってあげたいけど、自分にはその資格は無いと思っているんだ。
だけど!・・・俺が今一番側にいて欲しいと思っている人はジェシカなんだ。

 もう、これ以上俺は自分の感情を押さえておくことが出来なかった。なので、今までの事・・全てをジェシカに語った。
入学当時からずっと憧れていた事、他の誰よりも輝いて俺の目にはとても眩しい存在だった事。そして・・・初めて言葉を交わした中庭の出来事、それがどれだけ俺にとって幸せな気持ちになれたのかという事・・全てをジェシカに吐露した。

 「あの日は・・・ジェシカと言葉を交わす事が出来て、嬉しかった。その日はお陰で1日中幸せな気持ちで過ごす事が出来たよ。だから・・あの時、ジェシカが死にかけている話を聞いたときはどうしても助けてあげたいって思った。それなのに俺がミスしてあの花を管理している魔族の女に見つかってしまったせいでノア先輩を魔界へ連れ去られてしまった。だからこれは俺の責任なんだ。ジェシカに手を貸すのは当然の事だよ。ジェシカは負い目を感じる事は何も無いんだ。」

俺は自分の気持ちを正直に話した。しかし、ジェシカは全ての罪は自分にある、決して俺のせいは無いと全力で否定してきたのだ。

ジェシカ・・・君は知らないだろうけど、俺達には本当に後僅かな時間しか残されていなんだよ?早く、自分の望みを俺に伝えてよ。
だから俺はジェシカに告げた。
「ジェシカ・・・。次に俺が門を守る順番が回って来るのは後4日後だよ。その時に・・魔界の門へ行く為の手引きをする。だから、準備をしておきなよ?」
俺はジェシカに伝えた。

「え・・・?4日後・・・?」

その言葉を聞いて真っ青になったジェシカは突然俺の胸に飛び込んできた。ジェシカは俺の腕の中で震えている。何故・・こんなにもジェシカは震えているのだろう?
そう言えば、予知夢を見る事が出来ると以前話してくれたことがあったな・・。
ジェシカのこの怯えよう・・・もしかすると俺の不吉な夢でも・・見たのだろうか?
例えば俺が死ぬ・・・夢とか?
俺は腕の中にいる愛しい女性を抱きしめると言った。

大丈夫、俺は死なないよ。
死ぬつもりは全く無いし、自分が死ぬとも思えない―と。
本当は俺自身不安で一杯だけど・・・ジェシカを安心させるために俺は偽りの気持ちを語る。

 ジェシカは泣きながら俺に言った。自分は与えて貰ってばかりで、俺に何も恩返しが出来ていないと。
恩返し?そんな事・・・ジェシカには何も求めていない。だって、今のこの時間も俺には幸せ過ぎてまるで夢のようなのだから。
それでも・・・少しだけ欲張っても大丈夫だろうか?
「恩返しか・・・。それなら出来るよ。」
ジェシカを見つめながら俺は言った。その言葉に俺を見つめるジェシカ。
緊張で震える声を何とか抑えながら俺はジェシカに自分の正直な気持ちを伝える。

「夜が明けるまで・・ジェシカが今夜俺と一緒に過ごしてくれれば・・・それだけで十分恩返しになるよ。」

そう、この言葉には別に何の含みも無い。ただ、純粋に一晩だけジェシカの側にいたい・・ただそれだけの事。ジェシカは俺の要求をどう受け取ったのかは知らないが、無言で頷いてくれた・・・。

 そこから先は幸せ過ぎてまるで夢の世界の住人になったような気分だった。
宿屋で2人部屋を1つ借り、一緒に宿屋の食堂で夕食を取る。そして一緒に選んだお酒を部屋に持ち込むとジェシカに先にお風呂に入る事を俺は促した。

そして・・ジェシカがシャワーを浴びている音を聞いていると、突然俺は夢から覚めたように頭が覚醒した。
ど、どうしよう・・。ほ、本当に今ジェシカと同じ部屋にいるんだ・・・!
まさか、ジェシカが一晩一緒に過ごしてくれるとは思ってもいなかったから、全く心の準備が出来ていなかったので、今になって突然緊張し始めてしまった。
それにしてもジェシカは一体どういうつもりで俺について来てくれたのだろう?
俺が好意を寄せている事に気が付いていて・・それで・・?

 そこまで考えているとジェシカがドアを開けて入って来た。
お風呂から上がりたての彼女は・・・だ、駄目だ、恥ずかしくて凝視する事が出来ない。でも・・・この宿屋に来る前に買ったパジャマ姿が・・似合い過ぎていた!

「お待たせ、マシュー。ごめんね?先にシャワー借りて。」

「い、いや。そんなの全然気にしなくて構わないよ!こういう事はやはり女性から先に済ませた方がいいに決まってるんだから。それじゃ俺もシャワー浴びてこようかな。」

俺は密かに心を落ち着かせる魔法をかけると、ジェシカに告げてシャワールームへ向った。
1人になると、俺は深呼吸した。心臓がドキドキして、きっと顔なんか熟れたトマトみたいに真っ赤になってたかもしれない。

 シャワーの蛇口をひねり、頭から熱い湯を被りながら、俺は思った。今、俺はひょっとすると飛んでもない状況に置かれているのでは無いだろうか・・・・
でも、俺は断じてやましい気持ちがあってジェシカを誘った訳では無い。
きっとジェシカにしたって俺の事を無害な男だと思い、一晩一緒に過ごす事を承諾してくれに決まっている。
そうだ、何も意識する事は無いんだ・・・と言うか、意識してはいけない!
俺はただ・・・ジェシカが側にいて、声を聞かせてくれるだけで十分充分満足なのだから・・。
シャワールームの窓から見える月を眺めて俺は思った。
今夜は長い夜になりそうだと・・・。




2

今、俺とジェシカは困った状況に置かれている。俺達の客室にはベッドは一つ。
そして今夜、俺達が宿泊したホテルは大盛況だった・・・。


 話は今から約30分程前に遡る。俺がシャワーを浴びて出てくると、そこに宿屋の主人がいてジェシカが困り顔で立っていた。

「え?あ、あの・・・?」
さっぱり状況が分からない俺に、いきなり主人が頭を下げてきた。

「お客様!お願いがございます!本日、ご宿泊のお客様が大変多く、部屋は何とかなったのですが、ベッドが、足りません!なのでこちらのベッドをお一つ貸してください!」

は・・?
「あ、あの・・・。でもそうなるとこの部屋は一つしかベッドが無くなるんですが・・。」

「はい、そうなってしまいますが・・・で、でも幸いにもこちらの部屋のベッドはサイズも大きくお2人で眠られても、全く問題が無いサイズでございますので・・。」

主人は汗を拭きながら言う。

え?ま、まさか・・・俺とジェシカの2人でこのベッドを使えと言うのだろうか?そ、そんな事出来るわけが無い!俺はジェシカをチラリと見ると、彼女も困り顔で俺をじっと見ている。
仕方が無い・・・。かと言って今更部屋をキャンセルする訳にもいかないし・・。

「・・分かりました。その代わり、この部屋に宿泊するのは彼女1人にさせて下さい。俺は今夜は泊まりませんので。」

「え?!」
ジェシカが驚いた顔で俺を振り向く。

「お客様・・・。本当に申し訳ございませんでした。」
主人は心底心苦しそうな顔をしている。まあ、仕方が無いさ。今まで一緒にジェシカといられただけで俺は本望だ。

しかし、ジェシカは言った。

「い、いえ!大丈夫です。2人でこの部屋を借りますので!」



「ジェシカ、あのさ・・・。」
俺が声を掛けようとした時、ジェシカは言った。

「ねえ、マシュー。買ってきたお酒・・飲みましょう!」

ジェシカはお酒を取り出すと、グラスを並べて言った。

「ここのお酒はね、セント・レイズシティの地酒ですごく美味しいんだから、きっとマシューも気に入ると思うんだ。」

嬉しそうに言うジェシカ。・・・もしかするとこの気づまりな状況を何とかしようとしてくれているのだろうか?それなら俺も彼女に合わせよう。

「うん。それじゃ俺も飲んでみようかな?」

ジェシカはにっこり笑うと、グラスにお酒を注いでくれた。2人で向かい合って乾杯
すると俺は口に入れてみた。
「美味しい・・・。」

それを聞くとジェシカは笑顔で言った。

「でしょう?良かった~マシューにこのお酒、気に入って貰えて!」


 そして俺とジェシカは2人でお酒を飲みながら色々な話をした。
ジェシカは始終優しい笑顔で俺の話を聞いてくれ、俺も彼女の話に耳を傾けた。
こうして静かな夜は更けていった・・・。


「ジェシカはベッドを使いなよ。俺はこのソファで寝るからさ。」
俺は毛布を抱えてソファに移動しようとすると、突然ジェシカが俺の服の裾を掴んできた。

「ジェシカ・・・?」
振り向くと、ジェシカは真剣な目で俺を見ている。な・何だ・・・?思わず胸がドキドキしてきた。

「マシュー。何処へ行くの?貴方もこのベッドで一緒に眠ればいいじゃない。」

まさかのジェシカの爆弾発言。流石に俺は驚いた。
「い、いきなり何を言うんだい、ジェシカ。そんなわけにはいかないだろう?」
な・・何て大胆な事を言って来るんだ?それとも・・男性に免疫がある彼女にとってはこんな事など、何てことも無いのだろうか?

「だって、そのソファじゃマシューの背丈だと絶対に無理じゃない。私ならまだしも・・。それにこのベッドはこんなに大きいんだもの。2人で寝ても十分な広さがあるでしょう?」

確かにジェシカの言う通り、やたらとこのベッドは大きい。それと同時に俺にはある疑問すらあった。何故、この宿屋にはこんな大きなサイズのベッドが用意されているのだろうと・・・。

「だ、だけど・・・。」

言い淀む俺にジェシカは言った。

「大丈夫だから。」

「え?」
何が大丈夫だと言うのだろう?

「私・・・寝相は良いから大丈夫!」

胸を張って言うジェシカ。何だか、その言葉を聞くと今迄緊張していた自分が何だったのだろうと思えて来た。だから俺も言った。

「俺も寝相はいいよ。」


 
 そして明かりを消して2人で同じベッドへ入り・・・。俺はなるべくベッドの端に寄って、ジェシカに背を向けるように横になっていた。
俺のすぐ隣で、ずっと憧れていたジェシカが眠っていると思うと、とても俺は緊張して眠るどころでは無かった。
しかしジェシカの方は・・・ベッドに入って、ものの5分も経たないうちに眠ってしまったのだ!何て寝つきがいいのだろう・・・。
ひょっとすると、俺は男としてジェシカに見られていないのだろうか・・・?
だけど・・・。
俺は隣で眠っているジェシカの方を向くと、じっと彼女を見つめた。

・・・幸せそうな顔で眠っているジェシカ。彼女はもうすぐ身の危険を冒してノア先輩を助けるために危険な魔界へ向かう。俺は・・付いて行ってあげる事は出来ないけれども、何としてでもジェシカを魔界の門まで無事に連れて行ってあげるよ。
だけど不安は尽きない。何故ならジェシカはとてもか弱い。魔法を自在に操る事も出来ないし、剣を扱う事すら出来ない。そんな彼女が1人で、魔界へ行ってノア先輩を助け出して再びこの世界に戻ってくる事が出来るのだろうか?

「ジェシカ・・・。ノア先輩を助けるには・・・もっと色々な人の手を借りるんだ。君には・・・君の為なら命を懸けてくれるような人達が周りに沢山・・いるんだから・・。」

俺は自分の願望を眠っているジェシカに伝え、髪の毛にそっと触れた。
「ジェシカ・・・。俺の愛しい人・・。」
幸せな時間の中、俺もジェシカの気配を傍で感じながら眠りに就いた・・・。

 そして翌朝、事態は大きく動いた—。


朝の5時・・・。ベッドの中でまどろんでいると、突然頭の中に声が鳴り響いて来

『聖剣士達・・俺の声が聞こえるか?指輪を・・壁にかざせ・・。』

これは・・・聖剣士の団長の声だ!
俺は嵌めてある指輪を見た。この指輪は聖剣士全員が身に付けているアイテムで、この指輪を付けている者同士で通信が出来るようになっている。
団長の言葉通り、俺は壁に指輪を向けた。すると指輪は怪しく光り、壁に団長の姿が映し出された。

『聖剣士達に重要な報告がある。昨夜未明に今迄ずっと不在であった聖女の存在がついに学院内で確認された。本日7時に学院長から神殿で説明が行われるので、必ず全員出席するように。』

そして、映像はブツリと途切れた・・・。
映像が終わった後も俺は暫く壁に向かって立っていた。え・・?さっき団長は何て言っていた?聖女が現れただって?そんな馬鹿な・・・。最後に聖女が現れたのはもうずっと昔の話では無かったか?そして今までずっと聖女がこの世界に存在していなかったのに、何故このタイミングで聖女が現れたんだ?
よりにもよってジェシカが魔界の門を開けようとしている時に・・・。
何かおかしい。あまりにもうまく出来過ぎた話だ。


 俺はベッドでまだ気持ちよさそうに眠りに就いているジェシカを見た。
「ジェシカ・・・。」
不吉な考えが頭をよぎる。俺は頭を振ってその考えを打ち消した。
「取りあえず、学院に戻らないと・・・。」

 眠っているジェシカを起こして、わざわざ告げる話では無いだろう。
俺は紙とペンを取り出すと、ジェシカに手紙をしたためた。
そして昨日ジェシカの為にスイーツショップで買った紙袋に入ったフルーツケーキをサイドテーブルの上に乗せた。

「ごめんね。ジェシカ。先に帰ってしまって。」
俺はまだ眠りに就いているジェシカに小声で謝ると、転移魔法を唱えた―。
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